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『EVRE』
マーガレットla2896

 この戦い、いつ終わるんだろうね。
 そう漏らしたとあるライセンサーの口調には、諦めが滲んでいるように聞こえた。
「ここで一番元気のいい人がそんな顔してちゃダメですよぉ。わたし、こんなに早く包帯が取れるって思ってなかったから、びっくりしてるんですよ〜?」
 マーガレット(la2896)は寝台のシーツを取り換えながら、明るい顔でそう返す。
 窓際の椅子に座ったライセンサーは「そうかなぁ」と口にし、傷跡の残る掌を閉じたり開いたりして見せた。
「君がそう言ってくれるんだったら、リハビリ頑張ろうかな」
「そうですよぉ〜! このまま順調に治ればこの間お見舞いに来てくれた皆さんも喜んでくれますよぉ〜!」
 行ってらっしゃ〜い! と声をかけ、マーガレットは彼をリハビリ室へと送り出した。
 だが彼は戻らなければならないのだ。
 いつ終わるとも知れない、過酷な戦場へ。

(今日はまだ大きい揺れがありませんねぇ……戦いの場が遠いのでしょうか)
 マーガレットは1人病室に残り、朝礼で報告された戦況を思い返していた。
 ここはSALFの前線基地の中にある仮設の病院である。
 任務を受けたマーガレットは、1か月ほど前からここに治療要因のスタッフとして勤務していた。
(こうして過ごしていると忘れそうになりますけど、ここだっていつナイトメアが飛び込んできてもおかしくないんですよねぇ)
 マーガレットはこの場所を、とあるエルゴマンサーが新しいイムソムニアを築くために目を付けた場所だと聞いている。
 ライセンサー達は苛烈な戦いの末にそれを退け、現在はSALFがここを守っている。
だが、エルゴマンサーはこの場所に強い執着を示しており、今もナイトメアの大軍による襲撃が絶える事はない。
 そのため大勢のライセンサー達が動員され、まさに「泥沼の戦い」というべき状況が続いているのだ。

 日夜負傷者の絶えない過酷な戦場において、マーガレットはなくてはならない存在になっていた。
 治療を終えたライセンサー達は再び職務に戻らなければならない。
 彼らには明るい笑顔で励まし、元気づけてくれる存在が必要なのだ。
 マーガレットはここで、心身にダメージを負った彼らに寄り添い、大切な支えになっていた。
「今日の夕ご飯のデザートはカスタードプリンですよぉ〜! 調理長さんの手作りでとってもとろふわ食感なんです〜♪」
 そんな他愛のない会話が、戦闘が何夜も続き、疲れ切ったライセンサー達の心を解す。
 そして治療スタッフたちにとっても、マーガレットの優しく明るい振る舞いが慰めとなっていた。

 どうにかここに運び込まれても、あと少しのところで助けられない者がいる。
 仲間がどれだけ願っても、手の尽くしようのない者もいる。
 プロならば心を無にして任務にあたるべしと自分に叱咤し続けても、押し込めた心が静かに弱っていく。
 マーガレットはここで、医師、先生、と呼ばれる者たちの苦悩に触れた。
「お母さんがね、ありがとうございました、息子は幸せでした、って言ってお帰りになりましたよぉ。最後まであきらめないでいてくださった先生に感謝してます、って」
 そう声をかけると、とある若い医師は泣き崩れた。
 自分の仕事はきっと、笑顔でい続ける事なのだ。
 マーガレットもまた、自分を奮い立たせ任務にあたっていた。

 とある夜、マーガレットは激しい爆発音で目を覚ました。
 飛び起きたマーガレットの目に入ったのは、目の前の建物が激しい炎を上げる光景だった。
(あれは……アサルトコア?)
 建物の崩落の中に落ちていく大きな影を見た。
 マーガレットが着替えて外に飛び出すと、何体ものアサルトコアが一斉に何かに向かっていくのが見えた。
 自分を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。
「マーガレット! すぐに来てくれ!」
 呼ばれたほうに走ると、何本もの消防ホースが建物に水を吹きかけていた。
 炎が収まると、そこに焼け焦げたアサルトコアの姿が見えた。
 ライセンサーやSALFのスタッフらが瓦礫を駆け上がり、機材を使って機体を壊す。
 するとその中に、ひどい傷を負った若い女の姿が見えた。

「おい、マーガレットどこだ! 回復を頼む!!」
「今行きます! 消防ホース止めてください!」
 怒鳴り声が響く中飛び込み、マーガレットは負傷者に回復を施す。
 まだ煙がくすぶる中に降り注がせたのは、生命力を回復する暖かな治癒の雫だった。
 しかしこれだけでは彼女を助ける事はできなかった。
「マーガレット、聞いてくれ」
 現場に駆け付けた医師がマーガレットに耳打ちした。
 負傷者のライセンサーは機体に足を潰された状態になっている。
 ここで麻酔をかけ、切断しなければ助けられない状態だという。
「失血もひどい。今は気力で持ちこたえているが、足を失わなければならないという事実を本人に伝えれば、ショックで死ぬかもしれない」
「そんな……」
「人間というのはそういうものだ。マーガレット、君にしかできないことがある。彼女を励まし続けてくれ。今はそれが彼女の命を救うんだ」
 
 点滴が繋がれ、麻酔や消毒などの準備が進み、いよいよ救出作戦が始まった。
 マーガレットはライセンサーの傍へ寄ると、「大丈夫ですよぉ〜」と笑顔を向けた。
「一昨日の作戦から急に大変になりましたねぇ〜。近くで大きな音がして、わたしもびっくりしちゃいました〜」
「……ナイトメアは?」
「皆さんが追いかけていきましたよぉ〜。もうここにはいないので心配要りません」
 そう言うと、ライセンサーはホッとしたような顔を見せた。
 点滴の鎮痛剤が効き、痛みはないはずだ。
 マーガレットは彼女に患部を見せないように努めた。
「巻き込まれたの……アタシだけなのね」
「そうですよぉ〜、痛いところありませんか? あ、お顔にオイル着いちゃってますから取りましょうね〜」

 気を紛らわすように、マーガレットは努めて明るく振舞う。
 すると相手も、苦しそうな顔で小さく笑った。
「お化粧……剥げちゃったな。今日ね、彼氏と一緒の現場だったから、気合入れちゃったの……アサルトコアで見えないのに、変よね」
「ふふ、そういう時ありますよねぇ〜、分かります〜」
 全く関係のない話が、今は彼女の命綱になっていた。
 点滴からより強い薬が投入され、機体に挟まれた足に消毒が施される。
 全身麻酔と酸素吸入用のマスクが運ばれてきたのを見て、マーガレットはライセンサーに「少し眠りましょうか」と声をかけた。
「ゆーっくりスーハースーハーしてくださいねぇ〜。すぐ眠たくなりますから我慢しないで寝ちゃってくださ〜い」

 ライセンサーは小さく頷き、やがて眠りに落ちた。
 挟まれた足に電気メスが入り、施術が始まる。
 マーガレットはその間、ずっとライセンサーの手を握り続けた。
 やがてその場での処置が終わると、彼女は迅速に手術室に運ばれていった。
 だが現場での作業はまだ終わらなかった。
「それは?」
「あの子の足だ。今ならまだ縫合できる」

 保存液に浸けられた足はすぐに処置され、縫合手術が行われることになった。
 後日全てを知ったライセンサーはマーガレットに礼を言いに来た。
「あなたのおかげで助かったわ。これからリハビリなの」
「頑張ってくださいねぇ〜、私も応援してますから。あ、今日のデザートは杏仁豆腐です〜!」
 マーガレットの明るい声が響く。
 過酷な戦いが終わる日も、そう遠くはないだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご依頼ありがとうございました、九里原十三里です。
今回はおまかせノベルということで、マーガレット(la2896)さんのお話を1から書かせていただきました。

舞台はとあるSALF前線基地です。
マーガレットさんのスキルから、回復役が似合う方なのかな、と思いイメージはナイチンゲールのような癒しの存在に。
大変な状況の中、雰囲気を深刻になりすぎないようにしてくれる存在って大事ですよね。
マーガレットさんにはその明るくいい意味でマイペースなところを存分に活かしていただきました!

では、改めまして今回はご依頼ありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
おまかせノベル -
九里原十三里 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月02日

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