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『ELEVATOR』
柳瀬 彩香la4320

 オフィス街ある60階建てのタワー型ホテルは、世界各国から訪れる客で賑わっていた。
 柳瀬 彩香(la4320)はフロントに立ち、「お帰りなさいませ」と笑顔を向ける。
「本日は3泊4日のご宿泊で承っております。ご夕食のお時間は19時でお間違いないでしょうか?」
 接客する彩香を、隣に立つフロントリーダーが感心した表情で見ていた。
 元は「接客用ロボット」という扱いで働いていたヴァルキュリアの彩香は、即戦力として申し分ないようだ。
「助かるよ彩香ちゃんみたいな子が来てくれて! この時期は大忙しでさー」
 フロントリーダーはそう手放しで彩香を褒めた。
 まさに待っていた人材だと大いに評価している様子だ。
「ありがとうございます。お役に立てて嬉しいです」
 そう返事をしながら、彩香は少し申し訳ない気持ちになっていた。
 実はこのホテルに入ったのはSALFの任務であり、それが終われば彩香は本来の職務に戻らなければならないのだ。

(このホテルの中には今のところ、ナイトメアの気配はなさそうね)
 彩香はホテルスタッフとして忙しく働きながら、それとなくホテル内の気配を探って歩いた。
 このホテルでは何人ものスタッフが謎の失踪事件を起こしている。
 全員が夜の勤務中に突然荷物も持たずに姿を消しており、原因は分かっていない。
 SALFに調査を依頼した支配人は、「ナイトメアの仕業を疑うのは大げさかもしれないが、念のためライセンサーに調べて欲しい」と話していたらしい。
「社員寮に住み込みの仕事だし、いろいろあるんだよね。ストレスも溜まるし」
 フロントリーダーはそう口にした。
 20年近くこのホテルに勤務する彼女は、辞めてしまう若いスタッフを山ほど見てきたようだ。

「だけど、荷物も置いたままいなくなるって相当の事がないとやらないよ。彩香ちゃんも、嫌な事あったらため込んじゃだめだからね?」
「はい、ありがとうございます」
 多分、勤務環境が問題で失踪したのではないだろう。
 彩香はフロントリーダーや周囲のスタッフ達の雰囲気を見てそう思った。
(だけど、ほかの部門の人達はどう思ってるのかしら?)
 自分の周りだけで情報収集しないほうがいいかもしれない。
 そう思った彩香は昼食時に社員食堂に集まった他部門のスタッフに声をかけた。

「悪い職場じゃないと思うよ。あたしもこのおばあさんも、30年ここに務めてんだから!」
 清掃スタッフ達はそう言って笑い声を上げた。
「だからいなくなった子たちの事、何でかなーって思っててね。このホテルにナイトメアが隠れてて、1人ずつ食べられちゃってるんじゃないかって……」
「そうそう。北側のガラスエレベーター、夜のルームサービスで呼ばれても使わないほうがいいよ。あそこは夜は暗いし、監視カメラが変な角度にあるから中が半分くらい映らないんだ。危ないよ」
 ベテラン清掃スタッフの口に上がったのは、ホテル最奥部にあるガラス張りの高速エレベーターだった。

 地下3階から最上階の60階まで一気に上れるエレベーターだが、客室からやや遠く、使われるのは高層階にあるレストランが開いている23時までだ。
 夜中に出歩く客やルームサービスを頼む客もいるためホテルは24時間営業だが、北側の高速エレベーターの利用者は深夜には殆どいなくなる。
 しかもホテルを設計した建築士の意向で、ムードを出すためにかなり照明が抑えられた状態になっていた。
(暗がりに監視カメラの死角……これじゃ、ナイトメアだけじゃなくて、人間の不審者も目をつけるかもしれないわね)
 失踪したのは若い女のスタッフばかりであり、どちらの可能性もある。
 そこで彩香は真相を探るため、わざと北側のエレベーターを使うことにした。

「彩香ちゃん、5433のお客様に白ワインのハーフ、グラス2つでお願い」
 とある夜勤の日、彩香はそう注文を受け、54階の部屋にルームサービスを届けることになった。
 客が彩香を気に入って30分近く部屋に引き留めたため、引き上げるころには深夜2時近くになっていた。
(本当に真っ暗ね。おかげで夜景はすごくよく見えるけど)
 彩香はエレベーターホールに立ち、籠が降りてくるのを待った。
 そして扉が開くと、中に1人のスーツの男が乗っていた。
(この人……宿泊のお客様にいたかしら? レストランに来た人じゃないわよね)
 籠内に乗り込みながら、彩香はサービスカートに隠した籠手「日晴」を意識した。

「こんばんは。お部屋にお戻りですか?」
 彩香がにっこりと声をかけるも、相手は返事をしなかった。
 だがドアが閉まり、彩香がそちらを背にしたとたん、相手は本性を露にした。
「いけませんお客様、エレベーター内ではお静かにお願いします」
 彩香は背後から襲い掛かる男の姿を目の前のガラスに映った像で確認し、素早く身をかわした。
 男に腕はなく、その代わりに鎌のようなものが2本あった。
 明らかにナイトメアだ。
 ナイトメアは鎌を振りかざし、彩香に切りかかった。
(失踪事件の犯人はこいつね!)
 彩香が日晴で鎌を受けると、周囲に陽光の輝きが散った。
 そのまま相手を押し返し、彩香は顔面を殴りつける。
 青白く、淡く燃える炎を纏った拳から旋空連牙・技の二連撃が叩き込まれ、ナイトメアは背後の階数ボタンに背中を強く打ち付けた。

(ああ、いけない!)
 彩香はナイトメアが体勢を崩した瞬間、背後のドアが開くのを見た。
 ナイトメアは寝静まった客室フロアへと飛び出していく。
 ハンドガンを手にした彩香はその後を追う。
「ご就寝中のお客様にご迷惑です。ここで仕留めさせていただきます」
 銃声が響き、ナイトメアはそれを回避せんと真横に飛んだ。
 彩香は客室を背にし、庇うようにして銃を撃ち続ける。
 すると逃げ場を失ったナイトメアが再びこちらに飛び掛かって来た。
「うっ……!」
 咄嗟に彩香は銃を捨て、日晴で鎌を受けた。
 強い力で押され、壁際に追い込まれる。
 だが彩香はそこで踏み止まり、相手の体を突き飛ばした。

 突き飛ばされたナイトメアがバランスを崩し、よろめく。
 彩香はその間に、サービスカート内に隠していたグレネードランチャー「('◇')」を手に取り、構えた。
「ホテルスタッフへの暴力を行うお客様は、今後のご宿泊をお断りさせていただきます」
 弾頭が飛び出し、爆発音が響く。
 強烈な一発を受けたナイトメアは、背後にあった階段を転げ落ちていった。
 だがしぶとく踏みとどまると、踊り場のガラス部を背に再び彩香に向かってくる素振りを見せた。
 彩香は相手との距離を詰めると、ナイトメアの体の中心を狙い、残りの一発を撃ち放った。
「これ以上の対応は業務に差し支えますので。どうぞ、お帰りください!」
 至近距離からの強烈な一撃を浴び、ナイトメアの体がガラスに叩きつけられる。
 ガラスの割れる音が辺りに響いた。
 ナイトメアはそのまま、都会の夜景に吸い込まれるように、遥か下の地上へと落下していった。

「残念だなぁ、ずっと一緒に働けると思ったのに」
 全ての事情を知ったフロントリーダーは彩香がSALFに戻ることを惜しんだ。
 だがライセンサーという仕事も、ナイトメアがいなくなればなくなる職業である。
「また戻ってくることもあるかもしれません。では、行ってきます」
 そうおどけた彩香を、「行ってらっしゃいませ」の声が送り出したのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました、九里原十三里です。
今回はおまかせノベルということで、柳瀬 彩香(la4320)さんのお話を1から作らせていただいております。

舞台は、とある高級なシティーホテルです。
元は接客業、という事で彩香さんにはフロントのお姉さんになっていただきました。
敵はエレベーターを利用する怪人的なナイトメアです。
何かの映画でスタッフがお客様に「お帰りなさいませ」「行ってらっしゃいませ」(またいつでも来てくださいねの意味で)と言っているのを思い出し、そんな雰囲気で書かせていただきました。

改めまして今回はご依頼ありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年12月02日

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