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『特別な日だからさらに特別』
狭間 久志la0848)& 音切 奏la2594

 外見年齢25歳、自覚年齢40歳周辺な狭間 久志(la0848)は心の中で唱え、セルフチェックを実行した。
 服はちゃんとクリーニングしてある。髪はよくわかんねぇけど美容院でいい感じにしてもらった。現役ライセンサーだし、腹(体型)は大丈夫だよな。顔は……今さら変えらんねぇから無視。
 とりあえずよしとして、久志は目印でもある時計つきのオブジェへ手をつき、息を漏らした。
 待ち合わせ時間まであと15分。異世界人で社交会人な相手の流儀は知れないが、自称を考えれば少なくとも時間前には来ないだろう。その間に心を落ち着かせ、クールにならなければ。
 と、ここで店のスピーカーからクリスマスソングが流れ出し、久志をびくりと竦ませた。
 今煽ってくんなよマジ頼むから!

 私は今日、完璧な姫姿をご披露して「おまえマジ姫」とか言わせてみせる!
 音切 奏(la2594)は握り締めた拳をぎちっと鳴らす。
 そんなパワフルさ加減はさておき、この世界での姫は、待ち合わせ時間から遅れていくべきか、それとも遅れず行くべきか?
 とりあえず社会人という種族は時間を守るのが普通らしいので、遅れずに行くこととする。そもそも支度自体は数時間前に完了しているので、これ以上待つのは辛いし。ちなみに格好は、いつもの通りな姫衣装である。
 ――今日は戦いなんだからね。体に馴染んでない装備じゃどんな失敗するかわかんないでしょ!
 特別な日だからこそいつも通り。姫教本に残したい訓話じゃないか。早速久志に教えてやらねば。
 言い訳を噴かして一気に加速、奏は待ち合わせ場所へと突っ込んでいった。
 あーもー人多いってば! これじゃ久志様に気づいてもらえないじゃない!


 解説しておけば、今日はクリスマスイブ。
 久志が奏を誘う形でデートすることと相成ったのだが、その理由は……
『4週間後の木曜日、久志様のご予定は?』
『25日先の木曜日なのですけれど、私は依頼の予定もなく』
『2週間と6日後の木曜日――』
 ……自然を装えない奏に酷い圧をかけられたからだ。
 久志にしても、先日奏となにやらいい感じになったこともあるし、なにかしらするつもりではあったのだが、しかし。こうなればもう、なにやらとかなにかしらなんて言っていられるはずはなく。
 久志はちょっと不安げな顔で『12月第4週の木曜日』とか言い出した奏の口を掌で塞ぎ、『もうなんも言うな。クリスマスイブはちゃんと空けてあるし、だからいっしょにお出かけしようぜ』。
 それを聞いた奏はすぱん! 久志の手を払い退け、ぐいーっと胸を張ってふふんと顎先をそびやかし、どやぁ。
『クリスマスイブにご予定もありませんのね!? なんてお寂しいことっ! まあ、国民を博愛の手で救うのが姫の務めですし? その筆頭たる久志様を孤独の淵から救いあげ、さらには特別な1日を味わわせてさしあげることもやぶさかではありませんわー!』
『おまえ、そういうとこだからな!』
 結果的に奏も久志も目的は果たしたのだ。支払った代償が不公平だっただけで。
 ともあれ、久志と奏のうきうきわくわくデート、開幕である。


「久志様ー!」
 凄絶な注目を引きずり、駆け込んでくる奏。原因は美貌のおかげでも奇妙なせいでもない。久志の目を引くため燃え立たせたロードリーオーラである。
「すぐ解除しろ!」
 あわてて叫んだ久志に、「え?」、首を傾げる奏だったが。
「おまえ、討たれんぞ?」
 彼女を討つべき君主だと認識した人々が、じわじわ迫り来ていて。
「ぎゃー!」

 やれやれと出動した久志に救い出された奏は胸を張り、
「生き残れたのは私の徳あってこそですわね!」
「主に俺のがんばりだけどなー」
 せっかくセットしてもらった髪はぐしゃぐしゃで、手櫛で直したら結局いつもの調子に落ち着いた。
 奏はともかく、俺まで出だしから失敗してんな。そう思った直後。
「久志様が私を守るために尽力してくださること、それすなわち私の徳ですわ」
 言い切る奏の威風堂々に、思わず笑ってしまった。言っていることは滅茶苦茶だが、確かにそうだ。
「やっぱ奏、姫だわ」
 頭をなでられ、奏はむぅ。子ども扱いはうれしくないが、褒められるのは嬉しくて。
「私の頭、お好きなだけなでればよろしくてよ?」
「おまえは高貴な犬か。……っと、今日はどこ連れてってくれんだ?」
 奏はふふんと鼻を鳴らし、巻物さながらな予定表をばさぁ。
「素敵なお店からスタートして街を17分お散歩の後、羽田へ。そこから伊丹へ飛んで本場の喜劇を拝見し、ロシアンたこ焼きでひと笑い済ませたら下関で旬のフグを」
「それこなすの、1秒の遅れも許されなくね?」
「当然ですわ! だって今日は私たちの初デ、デっ、はちゅ」
 こんだけ行動力あってなんでそこ、恥ずかしみで噛むんだよ。久志はそっと予定表を取り上げてポケットにしまい。
「素敵なお店行って、時間決めずに街ぶらつこうぜ。その後のことは後で考える」
 やさしく説かれれば奏もうなずくよりなくて。
 くっ、ちょっとスタートダッシュは失敗しちゃったけど! これからすっごい挽回するんだから!

「ここです! このお店が今インフルエンザです!」
 インフルエンサーおすすめの店とかだよな。久志は鼻高々な本人へは告げてやらずにおいて、あらためて店を見たのだが。
 白い。
 以上。
 カフェ、だと思うのだが、今ひとつ確信できなかった。
 とにかくご予約の音切様ーと呼ばれて行列をぶっちぎって席へつけば、ようやくここがカフェラテアートを売りにした店だと知れた。
「お店にはもう、描いていただくものをお伝えしておりますので!」
 久志は並んでる人に悪いし、早く飲んですぐ出ようと思っていたのだが……うきうきと待ちわびる奏の姿に思い直す。
 そりゃそうだ。特別な日のデートなんだもんな。
 覚悟しろよ、俺。今日は1日、全力で奏の残念チャージ受け止めて、しかも自分から乗っかってくぜ。なんでも来いよ脂物以外!
「やべぇ、普通に期待感上がってきた」
 果たして「来た」ものとは。
「いえ、せっかくなので目バリをお願いしただけなのです……だって私は心身共に姫ですが、久志様はほら」
「薄めな日本人顔でゴリゴリの平民だしな、でもこれはなぁ」
 アーティストが力を尽くしてしまったらしい。凄絶美化+目バリぶりばりな久志と奏の超笑顔が描き込まれたカフェラテだったのだ。
「呪術的な意味合いがあると思えばよろしいのですわよ! 相手の笑顔を取り込んでひとつになるなど」
 しかも奏がいきなりとんでもないことを言い出した。そんなこと言われたらもう、そうとしか見えねぇだろ!?
 だがしかし。ここで久志は肚を据えた。今日は全力で奏の残念を受け止め、乗っかると決めた。だったら貫けよ俺!
 勢いをつけて奏の笑顔をすすり込めば、ミルクとコーヒーがいい感じで混ざり合って普通にうまい。
 一方、久志の顔を吸い込んだ奏はといえば。
「ああ、久志様が染み入りますわね。そんな今の私はむしろ久志様なのでは!?」
 なにやらトランスし始めていたり。
 久志はとんとん。奏の額を指先でノックし正気を取り戻させて。
「そういうとこだぞ奏ー」
「う、なにがですわとは言えませんわ」

 カフェの後は街の散歩へ。意外に目や気を惹かれるものが多くておもしろい。
「この世界では木そのものに飾りつけをするのですよね。敗者の剣を積み上げて頂点に自分の剣を刺してリボンを結ぶとかではなく」
 後半部で語られた地方の風習(?)は置いておいて。電飾とアクセサリーで飾りつけられた街路樹を見上げ、かろやかにツーステップを刻む奏。
 そっか。こっちで初めてのクリスマスってわけじゃねぇし、知ってるんだよな。久志はほほえましくその背を見やり、声をかけた。
「木のてっぺんについてる星、手に入れると願い事がかなうとかって話だぜ」
 適当なことを言ってみたのは、せっかくの機会、奏のかわいらしいおねだりなんかも見ておきたかったからだ。もっともこんなことを言えば、自分で獲りに行きかねないのが奏なのだが。
 ま、獲りに行かせないのが俺の仕事だな。久志はいつでも跳び出せるよう備える――
「そんなお話があるのですね」
 目を丸くした久志へ「?」を返し、奏は木々の先にある金や銀の星を仰ぎ見た。
 星の尊さは、地上に住まう誰の手も届かなければこそのもの。もし手が届いてしまったら……夜空はただ黒いだけの代物に成り果ててしまうだろう。
 星にかけるのは、無粋な手よりもほほえましい願いがいい。奏は久志へ駆け寄り、その右手の指に左手の指を絡めた。
「私の手は久志様の手にまで届けばいいのです」
 とびきりの笑顔を向けられて、久志は盛大に焦る。
 え、うそ、残念じゃねぇぞ! なんか撃ち抜かれてんだけどなにこのかわいい姫! これってあれか? 俺が人目も気にせず抱きしめにいくとこか!?
 斜め上に肚を決めようとした彼の手を、さらに強く奏の指が握り締める。強いというかすでに痛い。
「最初のプランで行こうとしていたスポットですわ! お店の前の顔出し看板! あれに顔を入れて記念撮影、今日という日の一瞬を永遠に封じ込める魔法をかけるのです!!」
 彼女が目標としていたらしいそれは、近隣の中学や高校の学生服をメインに扱っている洋品店。そしてなぜか入口脇に、微妙に下手なイラストテクで描かれた男女生徒が奇っ怪なポーズを決めた顔出し看板が!
「なんかCMみてぇなセリフだけど結局意味わかんねぇし! ちょ、やめ、あんなのに顔入れて撮った写真流出したらおまえ、あだ名がとんでもねぇことに」
 結局、撮った。
「奏おまえ、誰にも見せんなよマジで!」
 言われた奏は物寂しげな顔をうつむかせ、口の端をわずかに吊り上げて。
「お約束はいたしませんわ。嘘をついてしまったら、私は命をもって償わなければならなくなりますもの」
「おまえ……俺に特別な1日、味わわせてくれんじゃなかったか?」
 ぬぅ。意外に楽しんでしまっていたので忘れていたが、今日という日、久志をまるでエスコートできていないではないか。
 っていうか、今日はさすがに残念すぎじゃない私? 久志様だってもう、こんな姫に付き合ってられるかーって帰っちゃうよ、きっと。
 落ち込み始めたらもう止まらない。鉛と化した心身が下へ向かって落ちていく――と、思いきや。
「今日もおまえは残念で、俺は振り回されるばっかだけど」
 鉛なはずの奏を軽々と抱え上げた久志は不敵に笑んだ。
「結局さ、おまえがやらかす残念だから、振り回されんのもいいかって思っちまうんだ。そんでせっかくがんばって残念になってくれたんだし、俺だって見えるだけじゃおもしろくねぇし」
 お姫様抱っこした奏に言う久志。
 それこそ周囲の人々が皆こちらをガン見している有様だったが、彼は逆に全員を視線で撫で切り、さらに笑った。
「特別な日の特別な残念、ふたりがかりで晒してやろうぜ。今度こそ最っ高に決めたお姫様抱っこ!」
 おまえに付き合ってる俺だぜ。この程度の残念はやらかしとかねぇとな! それにさっき撃ち抜かれちまった借りも返しとかねぇとだし!
 常の久志らしからぬ様子に呆としてした奏だったが、すぐに燃え立ち、久志の首に手を回して体重を散らす。
「久志様はまだあのときの失敗を悔いていらしたのですね。なら、付き合ってさしあげます」
 久志が落ち込んだ奏を引き上げてくれようとしていることは、さすがに察している。だから、全力で甘えるのだ。奏の残念だから振り回されてもいいと言ってくれるただひとりの騎士へ。
 奏は久志の胸にぎゅっと頬をつけ、そして。
「こうしてしまえば私の顔は隠れますし」
「そういうとこだぞおい!」
 言いながらも久志が駆け出した。
「どういうところですか!?」
 笑みながら奏が問えば、久志はわずかに悩み。
「全部言ってたら明日までかかんぞ?」
「そういうところですわよ久志様ー!」
 人々の歓声や注目を浴びながら、ふたりはこの特別な日を特別なお姫様抱っこで駆け抜けていく。

 ちゃんとしたデートは後日あらためて。
 今日はただ残念でただ騒々しくて、ただただ楽しいだけの時間を過ごそう。
「ディナーは俺ん家で鍋とかどうだ? 遅くなる前に送ってくし」
「お部屋っ!? の、望むところですわ! 私が腕によりをかけた私料理をお喰らいなさい!」
「いやだから鍋だっつーの」


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2020年12月04日

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