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『昨日と明日の境目にて』
神取 アウィンla3388

 最初に文面を目にしたとき、申し訳ないとは思いつつも断る以外の選択肢が考えられなかった。元より順応能力は高かったが、外見には似合わない仕草でスマホを触る。そして丁寧な返事を相手に送ろうとしたその矢先にリビングまで足音など鳴らしながら風呂上がりの妻が近付いてくるのが見えて、操作を中断した。そうして彼女に何かがあったのか、不安げに問われれて正直に話すと妻は受けてあげてほしいと懇願する。現在高認試験に向けその勉強に多くの時間を割いている現状だ、深夜帯を避けるのは将来に向け堅実に勉強を進めたいのもあるし、愛妻と過ごす時間を増やしたいという考えからもきている。ただ話した時点で彼女が何と返すか分かり切ったのも確かだ。
「なら、そうしよう。俺の帰りは待たなくていいからな」
 万が一夜更かしした末に体調を崩したら目も当てられない、というか本人以上にしょげかえる自分の姿が目に浮かぶ。自他ともに認める溺愛っぷりでもそこは入念に釘を刺し、返事を聞いた上で漸くスマホの画面内にある断る文章を全削除すると次は受けるとの旨の返事を書き出す。過去に抱く感情は真横の最愛の妻を意識する内、すぐに溶けていった。

 女性が通るには若干の不安を伴う電灯の明滅を脇に愛車のネイキッドに乗り、夜道をひた走る。進む以前にはすっかり記憶から抜け落ちていたこの道程は既に遼遠な過去のように思える記憶を引き出し、どこかノスタルジーな気分へと誘い――その事実が年数は浅い地球の生活に馴染んでいる現状を心底実感した。勿論父兄を支える文官としての立場や、家族の愛情に何も感じない筈がなかったが、愛妻と生きると決断して以降、罪悪感に苛まれることもない。出てきたのは妻と生活する家で前と違うというのも感慨深く、変わったものは名前だけではないと改めて実感する。
 暫くして目的地まで辿り着くと、建物の奥側、昼間でも影になって見え辛い位置にバイクを停めた。それから裏手にある扉まで真っ直ぐ歩いていく。そして、休憩室のドアノブを少し緊張し、慎重に回すと丁度というべきか、見知った顔が立っているのが分かった。反射的に会釈すれば彼もこちらの存在に気付き目尻に皺を刻んで、微笑んだ。
「ご無沙汰しております」
「うん、久し振りだよね。その様子だと元気にしていたようで本当によかった」
「はい。店長殿もご健勝のようで、何よりです」
「はは。僕も店も相変わらずだよ。ところで今日はこの急なお願いにも拘わらず来ていただいてどうもありがとう」
「いえ、どうか気になさらず」
 最初は断る以外考えられなかったが、最終的には己の意思で来たのだから店長が気に病むことなどない。緩く首を振りそう返せば、店長は安堵したように笑顔を取り戻す。以前ならばシフトに入ってくれと頼まれる機会も多少あったが辞めた後はそういうことも全くなくなった。今回、誘われたのはバイトに入っているのが同じ大学のサークルに属する学生で合宿時に集団で食中毒を起こし、急に大半が出られなくなってシフトに穴が空いたというのが理由らしい。
 他愛ない世間話を少しして、役目を果たす為久し振りに制服に袖を通した。その後鏡の前で身嗜みを整える。未成年なら兎も角として、成人なので、外見の変化はあまりない。強いて挙げるならクール系男子などと呼ばれていた雰囲気が幾らか軟化したことか。また目には見えないが肌身離さず着けているペンダントが増えたくらい。休憩室を出て、店側に続く扉を潜ると懐かしさより先に日常感を抱く。窓の外は電灯と看板とが煌々とした光を灯し室内と遜色のない明るさだ。深夜の忙しなくはないが、絶えず誰かがいて気を抜けない感覚は久し振りだ。しかし感慨に浸るでもなく、自らの為すべきことを淡々とこなす以外ないのも確か。少しだけ袖捲りをして気合を入れ直すとまずは、入店の音が響いた為いらっしゃいませと挨拶をするのに全力を注ぐのだった。
「――あっ」
 レジの前に立ちながら、どうせ誰も見ていないからと屈伸でもしようかと思った矢先、丁度店の奥から出てきた女性が目が合うなりそんな声を零す。見慣れない店員だと気付き驚いたとは思えずに視線を向けるも恐らくは同業者や顔見知りではなさそうだと判断する。思考を巡らせる間に彼女はこちらへ歩み寄ってきてカゴをレジの横に置いた。中には化粧品やらカップ麺が雑多に入っている。当然ながら人の暮らしを詮索するのは宜しくない為女性が何にも言わないのもあって、淡々とレジ打ちを進めていった。だが最後の商品を通したとき不意に、
「あの、前にここでバイトされてましたよね?」
 と問われて嘘をついても仕方ないと思い、「はい」と首肯した。すると彼女はほっとした表情を浮かべる。画面に表示された金額を伝えれば慌てて彼女は懐の財布を取り出した。そうして紙幣を必要なだけ出し、端数の小銭もきっちりと払おうとして、中身を探る女性は手を止めずにぽつりぽつりと、けれど店内のBGMにも掻き消されない声量で先程の問いの理由を話す。この店でバイトをしていたときも通っていたこと、その当時、恋人に頼まれて煙草を買いに来たはいいが、場所が判らず困っていたのを案内してもらって嬉しかったことなどを語った。店員であるこちらからすれば正直迷惑なお客でもない限り印象に残らないし実際彼女に見覚えはなかった。しかしそれは女性も承知しているようで返事を求めはせずに、
「ただ、久し振りにお見かけしたのでお礼を言いたくて」
 はにかんで笑った彼女の手が最後の小銭を容れ物の中に置いた。何も返せないまま精算を済ませて、釣りなどはなく、袋ごと品物を手渡す。そしてふと先程の話にあった煙草は購入していないのに気付いて、もしかしたならと思いはしたが勘違いの可能性もある為言及はせずにただ受け取って帰りかけた女性に一言だけ声を掛けた。
「これからもどうぞこの店をご贔屓に」
 己自身がこの時間この場所に店員として居ることは恐らくもうないだろうと、個人的に何か言うのは避けて、ただ店長に助けられた分、微力でも恩返しをしたいと思った。己がいなくても女性は通い続けていた訳で、何の意味もないのかもしれないが。彼女は「はい」と答えると振り返らず店の出口に向かう。時間が経てば人は変わる。どうせ変わるならより良いものに――と願いその背を見送る。
 以後も滞りなく店長に頼まれたシフトの時間は過ぎていき退勤の時になった。店長は何度も何度もありがとうと頭を下げ、その度に「いえ」と、気にしないようにと返す。そして店を出る前に見送りに現れた彼はあるものを手渡してきた。
「大したものじゃないんだけどお礼に。僕が言うまでもないんだろうけど奥さんを大事にね」
 普通ならコンビニスイーツでも渡してくれそうなものだが、妻の好みも知っているかのように酒とおつまみの詰め合わせを貰った。ここの店でバイトしていた当時とは神取 アウィン(la3388)と名前が変わっていることは返信したときに伝わっている。バイト三昧の生活をしていた当時の記憶が蘇って最愛の妻がいる今の充実っぷりに擽ったいものを覚えた。それが店長にも伝わったのか笑みを深める彼へと深々とお辞儀し、アウィンは妻の待つ家へ帰る為バイクを駆った。人と人との繋がりが現在の自分を形成している。そんなことを再認識したとある一日が今終わりを告げようとしていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
恐らく最後の機会になるであろうおまかせノベルで
何を書こうか考えたときにぱっと思い浮かんだのが
初めてアウィンさんと関わる機会だったおまかせで、
入籍をされてお名前が変わったことに勝手ながらも
感慨深さを感じていたのもあり今後アウィンさんが
どういう人生を歩むのだろうと想像していたときを
思い出しつつ、こういった内容にさせて頂きました。
ゲームとしての結末はもう目前になってきましたが
エンディングを迎えた後も、アウィンさんの人生が
幸せに満ちたものであると願わずにはいられません。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年12月04日

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