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『らしさとらしくなさの段差』
日暮 さくらla2809)&ラシェル・ル・アヴィシニアla3428

 桜は儚く、だからこそ美しい花だ。
 ラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)が以前いた世界にも桜は存在するし、実際目にもしてきたのだが、しかし。
 彼の視線の先、ひたむきに木刀を振る日暮 さくら(la2809)は違う。
 雨にうなだれず、光に萎れず、風に散り落ちず。咲き続ける桜だから。

 つい先頃まで、あれほど固く蕾んでいたのにな。

 以前のさくらをひと言で表わすならば「頑な」に尽きよう。
 これと見定めた正道の真ん中をひた走り、自らへ課した“正しさ”を貫くため努めてきた。
 けして人にそれを強いることはなかったが、清いばかりの水に住める魚は希だ。彼女へ身勝手な憤りを覚える者は多く、彼らはこぞって彼女を濁らせようとしたものだ。
 それを彼女の幼なじみであるラシェルはカバーしてきたが、彼女が彼の目の届かぬところで相当辛い目に合っていたことは間違いなくて。
 ――それでも有り様を曲げず、頑なに蕾んできたさくらが、これほど鮮やかに咲こうとは。

「ラシェル、どうかしましたか?」
 傾げられたさくらの面。かすかに朱が差しているのは鍛錬による上気か、それとも彼の視線に対する恥じらいか。
「いや、どうすればさくらを攻め落とせるものか。それを考えていたつもりだった」
 穏やかに笑みを返すラシェルの言い様に、さくらは眉をひそめる。
 さくらが剣と銃を得意とするのに対し、ラシェルは魔法――便宜上のカテゴライズではあるが――と体術である点は異なれど、互いに武人。自然と立ち合いを想定し、攻略法を思い描くは当然と言えよう。ただ、「つもりだった」となればそれができなかったわけで。
 視線で問われたラシェルは包み隠すことなく、あっさりと白状した。
「ああ。見入ってしまっていた。散らぬ桜のごときさくらの強かさに。いや、見入っていたは正しくないか。俺は今、さくらに魅入られていた。そういうことだ」
 さくらの頬を色づかせていた朱が爆ぜ、面そのものを染め上げる。
「そういうことだ、ではないでしょう!?」
 跳びすさってラシェルから距離を取るさくら。どうしてラシェルはあんなことをこうも堂々と言い切れるのですか!?
「そう言われてもな。そういうことなのだからしかたない」
 とまどわせているな。わかってはいながら、止めるつもりもなかった。
 互いに戦場を棲処とするもの同士、いつ斃れるとも知れぬ身の上だ。言わずに済ませてしまった無念を抱えていては満足に死に切れまい。あげくに亡霊と成り果てるような無粋を演じるも不本意だ。
 彼にとっての本意とは、さくらという花を誰より近くで眺めやり、その手で守り慈しむことなのだから。
 と、そういうことだからしかたない。

 ラシェルはもう少し慎みを持つべきです!

 それはもう堂々とガン見してくるラシェルから視線をもぎ離し、さくらは幾度も荒い深呼吸を繰り返す。
 いつの頃からだろう。ラシェルがあれほど食えない男に成り仰せたのは。
 いや、幼い頃からそうだったのか。生まれ持った気品と“ご尊顔”は人を惹きつけてやまなかったし、それを鷹揚に受け容れながらも失うことを恐れず、惜しまなかった。
 そのできすぎた性(さが)はアンチに回る者も多く出しながら、それでも彼は1ミリも揺らぐことなく、敵すらも受け容れてしまうのだ。
 さくらからすれば、なぜそうも落ち着いていられるのかが不思議でならなかった。
 彼女が自らの頑なさで招いたトラブルは多々あるが、それを収めに入った彼が相当な被害を被ることも多かった。なのにラシェルはそれすら受け容れ、必要に応じて意趣返しも実施して、その上でいつも通りの鷹揚さを保ち続けてみせる。
 まさに一筋縄ではいかない、食えぬ男。それこそがラシェルなのである。
 ……私などさっさと切り捨ててしまえばよかったでしょうに。
 そうすればラシェルはもっと穏やかな日常を過ごすことができただろうし、これからできるはず。
 そしてそれはさくらも同じである。なにせ彼に恋する女子は多く、そのせいで彼女はなかなかにいろいろとされてもいるので。
 妙な噂を流されるのも困るが、彼女の使っている日常品が嫌がらせで買い占められたりするのは相当に辛い。ただ、その内のいくらかは彼女を気にする男子がよすがとして購入していることと、それによってラシェルが辛い思いをしていることを彼女は知らないのだが。

「とにかく。ラシェルにもするべきことがあるでしょう。私を観賞するよりそちらを優先してください」
 言い置いて、さくらは歩き出す。汗のにおいがつい気になる自分を恥じながら、ラシェルの視線がやけに気になる自分に苛立ちながら。
 早くその有り様に見合う幸せを得て落ち着いてください。そうでなければ、私は――

 一方、なにも言わせてもらえなかったラシェルはやれやれ、息をついた。
 これ以上に優先するべきことなどあるものか。そう言い切れるだけの心づもりはあれど、さくらに受け止めてもらえる自信はなく、結局見送るよりなかった自分が情けないばかりで。
 伝えてはいるつもりなんだが、これ以上なにをすればいい?
 思えば幼い頃からこのような感じではあったのだ。さくらの自己評価は非常に低く、他者の好意や評価を頑と受け容れない。
 いや。さくらが受け容れられないのは、俺がこうだからだ。思い直して彼はうなずく。
「見てもらおうか。泰然自若気取りを棄てた俺の必死を」
 常の通り鷹揚に、しかし強い決意をもって、彼は自らを駆り立てるのだ。


 それから普通に日々が過ぎていった。
 さくらもラシェルも鍛錬や依頼へ向かい、時折顔を合わせることはあれど長い時間を共に過ごすことなくそれぞれに……ひとつの事件が起こる、そのときまでは。
「ラシェル、いったいどういうことですか!?」
 さくらに詰め寄られたラシェルはいつになく不機嫌な顔をそむけ、息をついた。
「どうもこうもない。彼に決闘を申し込んだ結果、行うこととなっただけのことだ」
 ラシェルが自分から暴力を振るうなど――ありえない。あるはずがない。
「ですから! その理由を訊いているのです!」
 ラシェルはかぶりを振り、さくらを押しとどめた。
 その手の思いがけない力強さ。さくらは押されるよりも虚を突かれた思いに自らをすくませ、止まる。
「さくらにどう見えていようと俺はただの男で、男には争いでつけなければならないカタというものがある。無論、誇るようなことではないが、それでもだ」
 たった今思い知った。彼が男であることを、どうしようもないほどに。
 しかし、だからといってこのまま見送っていいものか。迷いの渦に発するべき言葉を飲まれ、押し黙るよりないさくらだったが。
「見ていてくれ、俺を」
 ラシェルは言い残し、グロリアスベースの訓練場へ踏み込んでいった。

 数多の野次馬が見守る中、ラシェルはもうひとりのライセンサーと向き合った。
 ライセンサーはさくらとよく依頼でいっしょになる人柄のいい青年で、故によく言葉を交わす相手でもある。だからこそわからない。なぜ、ラシェルと決闘なんてものをやらかすことになったのか。
 さくらの問いに答えることなく、男たちはまっすぐ距離を詰め――握り込んだ右拳を相手の頬へ叩きつけた。初手からまさかのクロスカウンターである。
 どっと沸く野次馬のただ中、目を剥くさくら。得意の書では相手と存分にやり合えないからこそなのだろうが、だからといって拳で行くか? そもそもラシェルはサブ装備として短槍を持っているし、嗜みとして剣の扱いも身につけているはずなのに。
 ラシェルと相手は一点で向き合い、両足を踏ん張って殴り合う。一切ディフェンスをせず、半歩たりとも引かず、全力で。
 殴り殴られ殴り殴られる。手数も気迫も同等、あとはまさに気持ちの問題であろう。
 と、ここでさくらは我を取り戻した。
 男たちの目はギラつき、知性も理性もぶっ飛んでいた。なのに確かな矜持を移してもいて。それに気づけばなんとなく以上に察せられるものはある。あのふたりは今、互いに譲れないものを両手へ握り込み、その質量を比べ合っているのだと。
 だからだろうか。常のラシェルの代名詞であるスマートさとは対極の、野卑で野暮な有様から目を離すことができないのは。
 ラシェルは見ていろと言いました。それがこの様を差しているのなら、私は最後まで見届けましょう。
 さくらは詰まっていた息を静かに吹き抜き、視線をあらためてラシェルへと据えた。――まるで気づいていなかったのだ。ラシェルと向き合っている相手のことなど、視界の隅にすら入れていない自分に。

 たった1分で、ラシェルと相手は無残な顔に成り果てる。当然だ。互いにがら空きの顔を思いきり殴り合っているのだから。
 果たして、左フックを腫れ上がった頬で受け止めたラシェルは「おおっ!」。太い咆吼を噴くと共に左のオーバーハンドフックを相手の顔面のど真ん中へ叩き込み、尻餅をつかせた。
 人々の歓声でどおっと震える訓練場、中心に仁王立ったラシェルはさくらを返り見て。
「見ていてくれたか、さくら!?」
 青く赤く黒い顔で、くもぐった声音を紡ぐ様は、いつもの彼とはあまりに違っていて――でも、なにより輝いていて。
 一気に静まりかえった場に、さくらは答を返した。
「見ていましたよ、あなたを」
 見届けた。彼がこれほどの無様を晒してまで掴んだ勝利を。
 なんて馬鹿なことをするのかとあきれたし、今もそれは変わらないが、しかし。あんなにいい顔ができるほどの価値があったことだけはわかりますから。
 さくらは丹田に落とし込んだ息をもって声を張り、
「この場にいる全員、解散なさい! 喧嘩をした馬鹿な子どもたちは医務室へ! 早く!」


 医師になかなかの説教を食らいつつ手当を受けたラシェルは、室の外で待ち受けていたさくらに切れた口の端を上げてみせた。
「どうして勝負をすることになったのか、ちゃんと説明してください」
 責めるでもなく、ただ、訊くさくら。
 ラシェルもまたただ応えた。
「彼はさくらに告白すると言った。だから俺は、そうしたければ俺を倒していけと決闘を申し込んだわけだ」
 さくらの心臓が縮み上がるように跳ねる。
 ラシェル? それはつまり――いえ、早とちりはいけません。ラシェルは幼なじみで、家族のようなものでもあって。だからこれは、兄や父がするようなあれである可能性は高いわけで。
 動揺して思考を乱すさくらにかぶりを振ってみせ、ラシェルは言葉を継いだ。
「さくらがなにを考えているかは予想できるが、そうじゃない」
「そうじゃない? 本当にそうだという証拠はありませんが!?」
 つい言い返してしまいながら、さくらは激しく悔いた。こんなことを言いたいのではないのです! 私はラシェルの次の言葉が聞きたいだけで!
 でも。
 もしも自分が欲しい言葉でなかったなら、どうすればいい?
 怖い。怖い怖い怖い。なんとなくで築き上げてきた心地よい時間が、無残に砕け散ってしまうのではないかと。
 そして気づかされる。ラシェルとの時間が、どれほどかけがえのないものなのか。
 ああ、私が欲しい言葉はひとつしかなくて。聞きたいのに聞きたくなくて。もう、ぐちゃぐちゃで――
「示したかった。幼なじみでなく、兄のようのな存在でもない俺という男の有様を、この心を捧げたいただひとりの女であるさくらに」
 言い切ったラシェルは片膝をつき、右手を伸べた。
 本当に、スマートではありえないやりかたで、とんでもない顔で、それでもなおこの男は堂々と愛を語ってみせるのだ。
 さくらは深いため息をつき、ラシェルの手を取った。
「こんな私です。よき恋人、よき妻になれるものとは思い上がれませんが、ただひとつ誓いましょう。あなたを愛し抜きます。この命ある限り――赦されるならその先までも」
 自分がなにより欲しかった言葉をくれたラシェルに、どれだけのものが返せるのか? それはこの一生を終えるときに知れるものなのだろう。だから尽くそう、この心を精いっぱいに。
「これより私はラシェルに告白したい女子たちと決闘してきます。だから私を見ていてくださいね!」
「いや待て! それとこれとは話が違う!」
 駆け出していこうとしたさくらをあわてて引き止めるラシェル。
 ふたりが落ち着いて向き合うには、もう少しの時間が必要なのだった。


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2020年12月04日

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