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『これはつまりGirls manga』
不知火 仙火la2785)& 音切 奏la2594

「うるせえ! 高貴なお姫様だったらよ、負けは負けって素直に認めろよ!」
 尖った声音で吼えるのは、道着をまとって木刀を携えた不知火 仙火(la2785)である。
「負けていませんので! そもそも剣道とは礼に始まり礼に終わるものではないのですか!? 今! 仙火様のどこに! 礼がありますの!?」
 こちらは頭ひとつ分以上の身長差をものともせずに猛然と仙火へ迫り、彼が守りに置いた木刀を手にした木剣で弾く音切 奏(la2594)。
 ここは仙火の、こちらの世界における実家へ併設された剣術道場だ。
 そして道場破りをかけてきた奏を仙火が迎え討つという、週一のモーニングルーティンと化した大騒ぎを終えたばかりなのだが。
「仙火様の剣は確かに私の冠に触れました! でもこの冠は防具でもありますのでセーフ! そして私は仙火様の胴を音切流姫剣術斬り返しの型6番、“向かい風に翻る旗印”で斬り返したのです!」
「おまえなあ! 冠壊さねえように気い遣ってやったんだろ!? そういう情けに感じ入って引くのが武人ってもんじゃねえか」
 あきれた顔で言い募る仙火へ、奏はふんと胸を張ってみせ。
「私は武人ではなく姫ですので! 不都合を無視するもまた姫戦術ですわ!」
 威風堂々、言い切った。
「……お気づきか知らねえけどさ。今おまえ、不都合だからズルしましたわーって白状したぜ。負け、認めてんじゃねえか」
 ぐっ。息を詰めて硬直する奏を追い越し、道場を出て行きかけた仙火がふと振り向いた。
「逃げ帰る前にバツゲームはこなしてけよ」

 仙火のことをいけすかない男だと思っていたし、今まさに、最高にいけすかない男だと思い直したところだ。
 憤りを掌へ込めて飯を握り込み、奏はまん丸い握り飯を拵える。
 確かに敗者へバツゲームを課すのは奏の発案だが、勝者へ朝食を供することを勝手に決めたのは仙火だ。彼曰く、『お姫様にゃそいつがいちばんのバツだろ?』とのことだが、ちゃんと理解しているのだろうか? 奏が勝ったら道場の看板をいただかれてしまうのだと。
 負けるつもりがないのだとしても、看板と朝食、互いの代償に格差がありすぎないか? いや、姫なればこそ(?)料理が不得意な奏だから、敵陣の台所で不細工な握り飯を作らされるのは相当に屈辱である。看板に匹敵する価値はないにせよだ。
「できたか?」
 と、汗を落としてきた仙火が無遠慮に入ってきた。
「できましぎゃー!」
 苦い顔を振り向かせた奏は超高速で真っ赤に染まった顔を振り戻し、わめく。
「破廉恥! 破廉恥ですわー!」
「なにがだよ。ちゃんと着てんじゃねえか」
 銀鼠の袷をまとった仙火。ただしその襟はきちんと合わせられておらず、そこそこに乱れていて、しかも半ば濡れたままの髪へはぞんざいにタオルを被せていて……破廉恥ではないが相当に色っぽい。
 ことあるごとに衝突し、毎週金曜日の朝に道場破りをかけてまで討ち果たさんと思い定めた仇敵ながら、仙火は相当に美しい青年だ。
 まあ、美丈夫と呼ぶには細過ぎるし、性格もガキっぽいのだが。それだけに際立つ未完成な色気と、それに加えて妙な隙があって、気にさせられずにいられなくて。
 あーもーっ! 私、敵だよ!? 今なら命取れちゃうよ!? そういうのほんとにわかってる!?
 心の中でわめき散らし、奏は「喰らうがいいですわ!」。腕だけを後ろへ突き出し、できたての握り飯を仙火へ押しつけた。
「……おまえ、恥ずかしがりなとこだけ姫っぽいよな」
 一応襟を正しつつ、仙火は握り飯を受け取った。次いでなんの躊躇もなくかじりつき、ひと言。
「飯だな」
 実にシンプルで無感情な言葉に、奏は思わず振り向いてしまった。天上の美味とか畏れ多い味わいとか、いくらでも言うことあるでしょー!?
「塩くれ」
 継がれた言葉に、え? そしてようやく気がついた。私、お塩つけてなかった!
 しかし、ここであやまる術は姫戦術に記されていないので、顰めっ面のまま塩の瓶を突き出した。この台所のどこになにがあるかは大体わかっている。つまりそれだけ負け続けてきているわけだ。
「……不味いと言えばいいではありませんか」
 冷静に見れば、酷い握り飯だと思う。ふんわり仕上げられる腕がないため力任せに握っただけの、味すらない飯。
 そういえば最初の頃は完璧朝食とやらを作ろうとして大失敗し、ダウングレードを重ねたあげく「握り飯でいいから。いや、握り飯がいいからよ」ということになったのだ。私、ほんとになんにもできないよね……
「別にまずくねえよ」
 適当に塩を振って残りを平らげた仙火は、冷蔵庫から茄子を出してきて奏のとなりに並び。
「おまえも食うんだろ? だったらどんどん握れ」
 取り出した包丁で手際よく茄子の銀杏切りを拵えていく仙火に、奏はおずおずと訊く。
「仙火様はなにを?」
「いつもの通り、味噌汁だけ作る。……理由は訊くなよ?」
 訊くまでもないことなので口を噤み、奏は眼前の米に意識を集中させた。
 握り飯という理想の料理からかけ離れたものを作る羽目に陥り、それはもう落ち込んだ奏へ、あのとき仙火は言ったのだ。
『白米って昔、姫米って言われてたんだぜ。手間暇かけて精米しなきゃならねえもんで、それだけ価値があったからってことだ。だからまあ、姫にふさわしいんじゃねえか?』
 今度こそ、ちゃんと握ろう。
 姫にふさわしい姫米を、その名に恥じぬものへ仕上げてやりたい。その上でおいしく仕上げられたら――

 奏の鈍さは酷い。
 仙火は鯖節で取った強い出汁へ茄子を入れ、煮えゆく音にため息を紛れさせた。
 彼と奏がこんな関係になった理由は、仙火の幼なじみに入れあげた彼女が邪魔者――すなわち彼を排除せんとしたことに起因する。
 最初っから物理攻撃だったよな……姫ってこう、裏工作とかで蹴落としたりするもんじゃねえのか。
 思ってみた次の瞬間、そりゃねえか。と思い直した。
 奏はたったひとりでこの世界へ来た放浪者だ。同じ放浪者の仙火には家族や幼なじみがいてくれたが、その点で大きく異なっている。
 そう、奏はたったひとりでナイトメアへ立ち向かい、たったひとりで幼なじみへ想いを寄せ、とある理由で恋破れた後にもたったひとりで立ち直って……相変わらず仙火へ襲いかかってくる。
 それに対していじましさよりもいじらしさを感じてしまうようになったのは、いったいいつの頃からだったろうか。
 なんか、気がついたら向かい合ってる時間が長くなってて、いろいろ見えてきちまった。自分のことばっか考えてるみてえに見えんのに、ほんとはいつも誰かを助けてえって思ってることとか、なんも考えねえで突っ込んでくのも全部、誰かのためなんだとか。あと。
「なんも気にしねえで突っかかってくんの、俺だけなんだってこととかな」
「なにか言いましたか?」
 思わず口にしてしまった言葉に食いつかれ、仙火はあわてて「なんでもねえよ」と返す。聞いたところで奏が察することはないだろうが、それでもだ。
 察してくれたら負けてやってもいいんだけどな。
 って、察しねえか。俺の本音も、自分の味噌汁飲ませるってのがどういうことかもよ。


「頼もう!」
 道場破りの様式をなぞって言い放ち、奏は不知火の道場へ――きちんと靴を脱いで――踏み込んだ。
「懲りねえな」
 金曜日の朝、他の者は生暖かい笑顔で早上がりしてしまうこともあり、残っているのは仙火ひとりである。
「音切流姫剣術の真価、今日こそ見せてさしあげますわー!」
 わめいた奏は唐突に頬を赤らめ、眉根を下げて、
「仙火、ではありませんからね!? 真価ですのであしからず!」
 ハナから聞き間違えてねえよ。仙火は苦みを噛み締めると同時、うれしくもなるのだ。そんなとこ気になる程度にゃ、俺のこと意識してくれてるわけだよな。
「今日はいい鰤のアラがあるからよ、アラ汁にすんぞ。おまえ葱食えるんだっけ?」
「当然ですわ! って、お待ちくださいまし! すでに私に勝つおつもりですか!? 皮算にも程がありますわね!」
 斜に木剣を構え、奏が仙火へ迫る。
「つもりじゃねえさ。すぐそうなるんだからよ」
 木刀で奏の初太刀を弾いた仙火は続く突きを回り込んでかわし、間合を取った。
 相手の命を奪うに足る木剣であればこそ、奏はけして急所を狙わない。それが知れているからこそ、仙火は迷わず避けられるのだ。

 仙火に返された横薙ぎを立てた木剣でがっきと受け止め、奏はそれを支点としてサイドステップ。仙火の進む先を塞ぐ。
 今の反撃はこちらに防御させるためのものだ。骨など容易くへし折れてしまう木刀だからこその、気づかい。
 私も気をつけてるし、おあいこだけどね! でも今日はいつもみたいにいかないんだから!
 身長差とはすなわちリーチ差でもある。しかし、リーチに劣る奏が唯一仙火に勝っている点があるのだ。それはすなわち、狭い間合での“手繰り”。
 ぶつかることを避けるため、踏みとどまった仙火。その懐へまで踏み込んだ奏は柄頭で仙火の胸を突き、勢いを殺しながら振りかざした木剣でその額をこつりと――あ。さすがに近すぎ? あれ、私これ、バランス取れなくない?
 仙火の胸を突いた反動によろめかされた足がかくりと曲がり、奏はそのまま横倒しに倒れ行く。
 と。
「あぶねえな!」
 木刀を放した仙火が奏の木剣を掴んで引っぱり上げ。
「ひぅっ!」
 動揺した奏が木剣を放してすくみ上がり、そのせいで今度は後ろへひっくり返っていって。
「なにやってんだよ!」
 咄嗟に空いているほうの手を伸ばしたはいいが、片手で人ひとり支えきれるはずもなく、それでも奏を倒すまいと仙火は前へ前へ前へ。
「私今どうなってますのー!?」

 どん!
 奏がいきなり止まって。
 仙火も止まって。
 ふたりは落ち着くより先に気づいた。
 奏の背には道場の壁。
 仙火の眼前にはすくみあがった奏。
 これはいわゆる、壁ドンというやつなのでは!?

 沈黙押し詰まる中、ふたりはぐるぐる。
 それでもとりあえず先に言葉を取り戻したのは奏だった。
「今日の勝負、引き分け? に、して差し上げても、かまいませんわよ」
 沈黙破れたことで詰まりのとれた仙火もまた口を開く。
「俺もそれでいいけどよ。じゃあどうすんだ?」
 まず手をどけてくださいまし。凜々しく言い切りたいのに、また言葉が詰まる。結果とはいえ、壁ドン。すでに流行ではないのだろうが、破壊力は今も凄まじくてアラ汁。
 ちょっと待って、なんで今私アラ汁とか考えちゃうわけー!?
 残念だからだ。とツッコんでくれる者もないので置いておいて。焦る余り彼女は言ってしまうのだ。
「アラ汁を作りますわ!」
 仙火がびくりと跳ね上がり、一歩二歩三歩、後じさった。
「なんですの仙火様! もしや……私のアラ汁を恐れて」
 わかっている。握り飯も満足に握れない自分がアラ汁をおいしく作れるはずがないことは。なにせダシと聞いて「お祭の車ですの?」と聞き返してしまった奏なのだから。
 憂い顔をうつむける奏に、仙火は「ちがうちがうそうじゃねえ!」と手と頭を振り。
「食いてえ! あーちがういやちがわねえけど!! おまえ意味わかってねえんだよな異世界人だもんな!? 味噌汁っていやだめだ言えねえ」
「やっぱり仙火様は私の料理など」
 ああ、こいつは察しねえヤツなんだから、言わなきゃわかんねえんだよなあ! ヤケになった仙火は奏の手を引っぱり、道場の外へ向かう。
「仙火様」
「おまえにそういう気がなくても勉強だと思って聞いとけ!」
 いつも通りなのにいつにない激しい言葉に、奏はびっくり口を閉じた。
 それを確かめた仙火は、台所への直通ルートを行きながら声を潜め、
「朝の味噌汁ってな、好きな奴に作ってやるもんなんだよ」
「はい?」
 えっと、好きな人に作るのが朝のお味噌汁?
 いつもお味噌汁作ってくれる仙火様はつまり――
「やっぱり私、おにぎりを作ります。姫米は姫たる私にこそふさわしいものですし、それに」
 仙火が振り向かせた仏頂面へ笑みを傾げてみせ、奏は言ったのだ。
「今日のお味噌汁、ぜひともじっくり味わわせていただかないと」

 まだ、この気持ちがどうしたものなのかはわからない……ことにしておきたい。
 仙火が好きな奴のために作った味噌汁を心して味わい、姫の想いをいっぱいに込めた姫米を味わってもらうまでは、せめて。


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2020年12月04日

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