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『氷点下に光を灯す』
霜月 愁la0034

「わ、凄い風。今日は寒くなりそうだね」
 外に出た瞬間、冷たい風が少年の肌を撫でた。霜月 愁(la0034)はその威力に辟易としながら、一度部屋の中へと戻る。
 目当てのマフラーを首に巻いて再び部屋から出てきた愁を、いっこうに弱まる気配の見せない強風が迎えた。むしろ先程よりも、その威力は強くなっている気さえする。
(この寒さだと、待ち合わせの場所につく頃には冷めちゃってるかも……)
 今日は友人と会う約束をしていたので相手の好きそうなお菓子を作ったのだが、この寒さの中ではすぐに温度を失ってしまいそうだ。冷めても味は落ちないとは思うが、やはり友人には温かいものを食べてもらいたい。
(今度家に遊びにきてくれた時に、また作ろうかな?)
 いっそ、友人と一緒に作るのも楽しそうだ。……自然とそんな考えに行き着いたものだから、愁は自分の心境の変化に思わず笑みをこぼす。
 任務でも何でもないのに、誰かと一緒に料理をする計画を立てるだなんて、かつての無気力に生きていた頃の自分からは絶対に出てこない発想だろう。
 友人について考えていると、会えるのがますます楽しみになってくる。早く向かおう、と愁は歩き始めようとし――
「……うん?」
 ――たのだが、予想していなかった感覚が彼の事を引き止めた。
 足元の辺りに、不思議な温もりを感じたのだ。何かふわふわとしたものが、愁の足首を撫でている。
「……猫さん?」
 視線を落とした先で、一匹の猫がまるで甘えるように彼にすり寄ってきていた。
 野良猫だろうか? 近くには、猫達がよく集まる場所もある。見覚えのない子だが、そこの新入りなのかもしれない。
「どうしたの? 僕に何か用があるのかな?」
 未だすり寄ってきている猫を驚かせてしまわないように注意しながら、優しげな声音で愁は問いかける。猫は、返事をする代わりに一度だけ「にゃあ」と鳴いた。
 その「にゃあ」にいったいどんな意味が込められていたのかは、あいにく愁には分からないが、何かを訴えてきている事は確かなようだ。
 しゃがみこんで猫と目線を合わせようとしたが、視線は合わなかった。猫は愁の顔ではなく、彼の手の方をじっと見つめている。
「……あ」
 猫の視線を追い、愁はそして気付いた。その先にあったのは、カバンだ。件の、お菓子の入ったカバンである。
「これは駄目なんだ。ごめんね」
 猫はどうやら、愁の持っているお菓子の匂いが気になっていたようだ。けれど、さすがにこれをあげるわけにはいかない。
 このお菓子は人間用に作ったものだから、猫の体には合わない。それに、むやみに野良猫に食べ物をあげる事は、かえってその猫のためにはならない事を愁は知っている。飼い猫だったとしても、飼い主の許可なく勝手に物をあげるのはあまり良くない事だろう。
「わっ」
 その時、一層強い風が吹いて、愁の長い髪を乱暴に撫で回した。
「……やっぱり、今日は寒いね。猫さんは大丈夫?」
 もし相手が野良猫で寒さをしのぐ場所がないのなら、どこか温かい場所まで案内してあげた方が良いのかもしれない。
 心配する愁の気持ちが伝わったのか……それとも猫ゆえの気まぐれなのかは分からないが、猫はマイペースに歩き始めた。
 そして、近くにあった民家へと堂々と入っていき、日の当たる窓際に敷かれていた温かそうな毛布の中に包まる。
 どうやら、この家の飼い猫だったらしい。温かい場所へ案内する必要はなさそうだ。
「ふふ。猫さんにとって、とっておきの場所だね」
 窓から差し込む光を浴びながら毛布の温かさを堪能している猫は、また「にゃあ」と鳴く。今度は愁にも、相手が何を言っているのかが何となく分かったような気がした。

 ◆

 吹く風は冷たい。手を振り猫に「またね」と挨拶をした愁は、その風に背を押されるように歩く速度を早めた。
 かつてなら、自分が多少凍える事など、どうでもよかった。そもそも、寒いだの暑いだの考える事すら放棄し、豪雪の中も冷たい水の中であっても、それが自分ではない誰かのためになるならばと気にせずに進んでいた。
 けれど、今は――。
(僕にもあるんだ。とっておきの場所)
 もしあの猫にまた会う事があったら、教えてあげよう。
 愁にとっての、温かな場所を。

 孤独というものに温度があるとすれば、きっとそれは、ひんやりとしている。愁の過ごしてきた日々は……自分以外の誰の体温もない一人きりの部屋は、いつだって冷たいものだった。
 けれど、今の愁がその冷たさに苛まれる事は、恐らくないだろう。
 大切な友人と出会ったおかげで、愁の心には光が灯された。その明かりは冷えてしまった愁の事を温めると同時に、彼の未来を照らしてくれている。
「いけない。あんまり遅れると、心配かけちゃうよね」
 脳裏に浮かんだ友人達の顔に、つい頬がゆるんでしまう。たったそれだけの事で、愁の心はぽかぽかと温まり、寒さすらも忘れてしまいそうになるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
未来を見て歩めるようになってきた愁さんのお話ですから温かくて希望溢れるものにしたいなぁと思い、全体的にほのぼのした雰囲気にいたしました。
少しでもお楽しみいただければ、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼誠にありがとうございました! またいつかご縁があった際は、何卒よろしくお願いいたします。
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月07日

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