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『行き着く先はlover's spat』
狭間 久志la0848)&日暮 さくらla2809

 キャリアーの艦長兼オペレーターが、タフな戦場になるとうれしげに言い切った。つまり、カーゴに詰め込まれたアサルトコア陣のほとんどは今日の戦闘で棺桶と化し、セルフ火葬を決める見込みなわけだ。

 暖機が進む愛機の内、このアサルトコア群が誇るエース・狭間 久志(la0848)は苦い息をついた。
 ……エースったって、10匹墜としゃ自動でそうなるんだからな。ま、墜とされたところで、俺はエースの中でも最弱って言ってけばいい気軽さはあるけどよ。
 あちこちから流れ込んでくる無線の内容は、仲間同士の打ち合わせであり、今日は勝とうぜといった無意味な威勢であり、神への祈りであり。
 面倒は見てやんねぇぜ、ルーキー? 俺もいっぱいいっぱいだからよ。
 カーゴのハッチが開くと同時、久志はブースターを噴かして愛機を押し出した。面倒は見ないし、対空放火の第一射も引きつけてやらないし、難敵を探し出して相手もしてやらない。

 真っ先に跳び出し、敵の目と攻撃を集めながらランダム軌道の急降下を行う機体を見た日暮 さくら(la2809)はその意図を察し、愛機のブースターを最大出力へ。最短距離を辿って後を追った。
「こちら日暮機、助太刀に参ります!」
 相当な手練れであることはその機動を見れば知れる。しかし、人体を摸したアサルトコアの背面や下半身は、たとえカメラで死角を補っていたとて弱点だ。
 新参の身ではありますが、あなたひとりに難を負わせる不義、演じるわけにはいきません。
『助太刀? 俺が死ぬからくんな』
 あっさり切り捨てられることも当然織り込み済みだ。不言実行の連中はいつだって言葉足らずでぞんざいなものだし、それに。
「私のせいで撃墜される程度の腕ならお下がりを」
 挑まれて逃げられるような男ではありえない。
 なぜわかるか? 同じタイプだからだ、さくらも。
 意地の張り合いで負けるわけにはいきませんからね!

 辛勝の代償に半数以上をスクラップにされたアサルトコア群。
 その中でごくわずか、自らのブースターでキャリアーへ帰り着けた一機は久志の機であり、そして彼との共闘を演じたさくらの機である。
 ふたりは機体を降り、ふと目を合わせて――
「ヒサシ、ですか?」
 久志は思わず目を剥いた。なぜこの少女は自分の名前を知っている? しかし疑念はすぐに晴れた。
 ああ、そうか。放浪者か、こいつも。
 自分もそうだった。元の世界での知り合いに思わず声をかけてみれば、相手がまるで自分を知らないことがままあって。
「久志は久志でも、俺はおまえさんが知ってるヒサシじゃねぇ」
 ああ、俺はいっぱいいっぱいだからよ。話なんざ聞いてやんねぇし説明もしてやんねぇし飯も奢ってやんねぇ。


「なんでついてくんだよ」
 別のタフな戦場へ、今度は生身で放り出された久志は[TU]快速刀「隼」の軽刃でマンティスの鎌を斬り飛ばし、切っ先を喰らわせる。
「一飯と一言の恩はお返しするべきかと思いますし、剣でなら十二分に助太刀もかなうかと」
 引き込んだマンティスどもの鎌を踏んで跳んださくらが守護刀「寥」を閃かせ、その首をまとめて断ち斬った。
 生身の戦闘能力――特に命中と回避では久志に大きく勝るさくらである。助けてもらっている感は相当なものだし、実際はそれ以上なのだろう。
 くっそ、アサルトコアなら俺のほうがうまく使えんだからな!
 さすがにわめかず自重して、久志は切っ先をマンティスの口から引き抜いて、
「恩はもう返してもらってるんだし、これじゃ俺の側の借金がかさむばっかだろうが」
 大きく踏み込み、隼の鍔元で続くマンティスの鎌を受けた久志はそのまま刃を引き、鎌ごとその個体を袈裟斬った。
 戦局を見切り、確実に斬り拓くクレバーさこそが久志の真骨頂だが、その一閃は今、さくらへ向かう敵の一端を損ね、彼女の先を拓く。
「では、夕食の食材で返していただけますか?」
 久志の拓いた先へ踏み込み、鞘に納めた刃を抜き打つさくら。いつ、どうやって抜いた? 歴戦の久志をして迅いとしか言い様がない抜刀術である。
「作んのか、おまえが」
「いけませんか?」
「むしろありがてぇけど」
「もうひと声いただけますか?」
「あー、すっげぇ楽しみ」
「棒読みですね?」
 くだらないことを言い合っている間にもふたりはナイトメアを屠り、悪夢を世界から祓っていく。目が醒めた後の楽しみを胸に抱いて。


 毎度、不思議でたまらない気分になる。
 なにもなかった部屋にさくらが入り込んでいて、台所であたたかい飯を作っているそのことが。
 なんで俺、こんなに気ぃ許しちまったかな。
 エプロンをつけ、真剣に食材を向き合うさくらの背を見ながら久志は首を傾げるのだが……
 最初は成り行きで久志がさくらを食事へ誘って。
 その恩を返すとさくらが戦場で並んでくるようになって。
 繰り返す内に部屋で鍋でも、となって。
 いろいろ話をしている内に、それが当たり前になって。
 やけに話が早かったのは、異郷に在る放浪者同士だからなのだろう。それにさくらが話すもうひとりの彼の話は興味深く、自分と違って既婚者だというのが実に妬ましくて……いやだからって俺もリア充になろうって思ったわけじゃねぇんだけど?
 しかし。
 さくらは彼の内に空いた風穴へぴたりと嵌まる女だということは、認めざるを得ない。
 あの見た目に自分が釣り合っているとは思えないし、性格はまあ、どちらも我が強くて、寄り添うよりぶつかることのほうが自然な有様だ。それでもなぜか嵌まりがいいと思えてしまうのは……いや、思いつかない。
 そこで久志はとりあえず。
「なあ、包丁危ねぇし、やっぱ俺がやるから」
「こんなに短い刃渡り、扱いに問題はありません!」
 言いかたがすでに怪しいし、実際苦戦しているし。これは料理が苦手というより、人の家の台所が遣い辛くて緊張しているせいなのかもしれない。慣れた台所なら――さくらの住居なら――
「そういやおまえの下宿先? 俺も来ねぇかって誘われてんだわ」

 久志が何気なく切り出した言葉に、思わず人参をまな板ごとぶった切ってしまいかけるさくら。
 どうして私はこんなことで!?
 久志は郷里の知り合いによく似ている。とはいえ、あちらの知り合いは父母の友人で既婚者だったから、「仲良くしてくれるおじさん」という認識でしかない。
 そもそも中身が似ていないのだ。“おじさん”は穏やかで、人当たりも面倒見もいい人だった。しかし久志はどうにも斜に構えた男で人当たり悪くぞんざいで。
 まあ、実は面倒見がよく、目の前の誰かを放っておけない男なのだという点は“おじさん”以上かもしれない。戦場でも、この台所でも、さくらをこうしてかばってくれるのだし。
 でも。
 だからこそ腹が立つ。
 彼女の下宿先には他に何人もの人間がいて、当然さくら以外の女子もいる。
 世間にはギャップ萌えという言葉があるそうです。久志のギャップに心惹かれる女子がいないとは言い切れません!
 ――最初は同じタイプだからと気になって、同じ放浪者だからと交流を深め、気がつけばこうして家まで訪れるようになって、戦場ではない日常の久志を知る中で、「それこそ緩んだおじさんのような一面も色濃くありますが。まあ、障るほどではありませんね」などと思うようになってしまった。
 だから。悪くない緩んだおじさんを、自分だけのものにしておきたい。そんな衝動が彼女を動揺させ、憤らせて……
 不安になるのではなく、怒る? 意味がわかりませんけど。
 不安も憤りも出所は同じであること、さすがに自覚はしていた。ただ、そこから憤りが出てくる理由はなんだ?
「なんだよ、やなのか?」
 待ちきれなくなった久志に問われ、さくらはつい。
「あなたがこちらへ来ると言うなら、私がこちらへ参ります――どういうことですか!?」
 言った端から混乱の極みである。
 今、私は! ふたり暮らしをご提案ですか!? それすなわち同棲からの同衾!? 確かにいつなりとそうしたことがあることもないにしもあらずと整えてはいますけれどしかし私にもその上での準備というものが!
 久志はひとり悶えるさくらからそっと包丁を取り上げて安全を確保、そして。
「部屋交換してぇのか? 観光地のビジホじゃねぇんだか」
「かか、観光地のほっ、ホテルっ!?」
 唐突に顔を赤黒く染めたさくらが久志の言葉をかき消し、自分の有様に焦って手刀で人参を叩く。それは切れない。むしろ切れたらやばい。
 放っておくとおもしろくなってしまうので、久志は包丁を片づけてから止めに入った。
「ビ・ジ・ネ・ス・ホテルな。ってかおまえ、おじさんの強い味方にまで“破廉恥”感じんなよ。そもそも女子はあれだろ。ちゃんとしたとこがいいんだろ?」
 一応気づかいをしたつもりで言ってやれば、さくらは血の気が抜けた青白い面を引き締めて。
「それはすべて、あなた次第です」
 まっすぐに久志を見上げて言い切った。
 どうごまかそうか。久志はそんなことを考えかけて、放り棄てた。さくらはもう言ったんだぜ。こっからは全部、俺次第だって。
「なんでこんな頑固でめんどくさいお嬢さんに惚れちまったもんか、わかんねぇな」
 さくらを抱き寄せ、久志は息をつく。
 やるべきことだけはわかっている。決死の覚悟で白状してくれたさくらに、全力で応えろ。それができなければもう、男ではない。
「どうしてこれほど意固地で身勝手な男を好きになってしまったのでしょうね。まるで思い当たりません」
 久志の腕に巻かれたさくらは彼から眼鏡を奪い、作業台の上へ投げ出した。
 やっと覚悟を決めてくれたあなたの分身、しばし私が独占させていいただきます。ですので覗き見することなく、おとなしく待っていてくださいね。


 最終決戦が近づくにつれ戦闘は激化し、タフさを増していった。
「0848だ。救援は完了。俺はこのまま敵左翼を引っ掻きに行く。バックス陣におねだり頼む」
 窮地に陥っていた味方チームのひとつを救い出した久志は、愛機のブースターを再点火、キャリアーが長距離攻撃仕様のアサルトコアたちへ飛ばす射撃要請アナウンスを背に飛び出した。
『カバーします』
 斜め後ろについて飛ぶさくら機からの通信。なにも言わずにここまで動きを合わせられるのは、目でも耳でもないなにかで久志の有り様を感じていればこそだろう。そして当たり前のように彼の死角を守り、アサルトコア機動という一芸を全うさせてくれる。
『久志は先だけを見ていてください、そして存分にお働きを』
 果たして、思い知る。
 この世界に流れ着いた薄汚ぇ流木でしかねぇ俺を――他の誰でもねぇ、もうひとりの俺でもねぇ、狭間 久志を見つけて、拾い上げてくれたのはさくらだ。その恩、返せるはずもねぇんだけどな。
 久志は通信機へ向けて鈍色の声音を吹き込んだ。
「おう、身勝手にやらせてもらう。だからおまえも好きにやれよ。それで……俺より先に死んでくれ」

 この通信を聞いたさくらはぐっと眉根を引き下げ、「それは私のセリフです!」。
 結局のところ、不器用な男なのだ、久志は。
 先に死んだ側は、未練はあれどそれだけで済む。しかし残された側はなにより大切な相手の死を目にし、その後まだ戦わなければならないのだ。
 そんな重荷を背負わせたくない。そんな深情けが、久志というフィルターを通すとあんなセリフと成り果てる。いや、フィルターをさくらに換えても結果は変わるまいが。
 ようやくわかりました。私以外にそんなひねくれたやさしみを読み解ける者がいてたまりますか! つまり私は他の誰かではなく、そんな久志へ対して憤るのです。
「身勝手を拗らせ過ぎです、反省なさい!」
 ぴしゃりと叱りつけ、さくらは頑固で面倒な自分を駆り立てる。意固地で身勝手な久志になど、負けてやるわけにいかない。
「もうカバーしませんしフォローしませんしご飯も作ってあげませんから」
 すると久志機からも返事があって。
『察してやんねぇし都合も合わせねぇし飯はむしろ俺が作る』
「……楽しみですね、いったいなにを食べさせていただけるか」
 刺々しく言い返し、さくらは肚を据える。
 ふたりがそろって生き残らなければ、楽しみもなにもありえないのだから。
 そして久志もまた肚を据えて。
 俺は残していかない。さくらに残されもしない。
 ま、そういうことだ。


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2020年12月07日

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