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『In A Silent Way』
文室 優人la3778)&霜月 愁la0034


 ここまでのあらすじ。
 友人である霜月 愁(la0034)と話題のスイーツを食べに行く予定だった俺、文室 優人(la3778)は、道中に入った緊急出動要請に従い、予定をキャンセルし、現場へ急行した。
 しかし、そこには経験数にWスコアほどの差のあるベテランが勢揃いしており、俺はほぼ何もできないまま依頼は無事完遂された。
 実際の所、ちょっと凹みながらスマホを見てみたら、めっちゃ可愛いスタンプが! 愁、有り難う!!
 凹んだ心が戻った所で再び緊急出動要請……横浜赤レンガ? これは愁も向かうに違いない。
 そう思った俺は現場へ向かい……俺が着いた頃には敵の姿は無く、代わりに荒れ果てた街並みと、少し疲労感を滲ませた愁がいた。
 片付けを手伝って、途中買った駅弁を二人で食べて……少しは愁の疲れを癒やせたかな? 結局今日行けなかったスイーツの話をして……そう言えば、と俺は真顔を作って愁に話しかけた。
「この後19時からオープンのBARに幻のスイーツがあるらしいんだ」
「……あと二時間後か……何処で時間を潰そうか?」
 同じく真顔で答えてくれる愁。あぁ、こういうノリ、いいなぁ!
 そんなわけで、俺が以前から気になっていた猫グッズの店で時間を潰してから、BARへと向かうこととなったのだった。



「……おかしいな、この辺のハズなんだけど」
 スマホの地図検索通りに歩いて来たが、肝心の店が見当たらない。
「……もう閉まっちゃった、とか?」
 俺のスマホを見て、周囲を見渡して、愁も首を傾げる。
「確かに、赤レンガから歩けない距離じゃないもんなぁ……横スタの試合も取りやめになったって聞いたし」
 俺は天を仰いで息を吐いた。
 すっかり陽が落ちて、晩秋の風は冷たさを増した。
 空は曇っていて、月も星も今は見えない。
 俺はスマホから地図アプリを落として、愁に問う。
「あと一時間ちょっとか……中華街でもぶらつけばすぐ時間潰せるだろ、それでいい?」
「そうだね。目的も無く散策とか、久しぶりかも」
「何なら、肉まんとか食べちゃう?」
「いいね。超巨大肉まんが出たって聞いたから、ちょっとそれは見てみたい」
「マジ? それは俺も気になるな」
 大通りを歩いたところで面白くないだろうと、俺達は裏路地へと足を向け、中華街へと向かう。

 ――チリン

「ん?」
「どうしたの?」
 突然立ち止まった俺を訝しんで愁が首を傾げた。
「いや、今、鈴の音みたいなのが聞こえなかったか?」
「いや、僕には聞こえなかったけど……」

 ――チリン

「聞こえた、こっちだ」
「え、優人?」
 俺は人差し指を立てて“静かに”と合図を送るとビルとビルの間、室外機やビールケースなどが置かれた極々細い隙間道に目を凝らす。
「……いた」
 白い猫だった。
 赤い首輪を付けていることからも恐らく家猫だろう。真っ白な毛並みは闇夜でも分かる程艶やかに映えていた。
「猫? 優人の猫センサーは凄いね」
 後ろから愁が呆れ半分感心半分といった顔で笑う。
「ほら、あそこにすげぇ綺麗な猫が……あ、いなくなってる」
「残念、見てみたかったけどな」
 愁に背中を押されながら、後ろ髪引かれつつ俺はその隙間道を後にした。
 しばらく歩いて、間もなく中華街に入ろうという頃。突然俺の前に飛び出してきた黒い影。
「うわっ、危なっ……! コラ、車だって走る道なんだ、飛び出したら危ないだろ!」
 黒いチャンパオ(長袍)に身を包んだ少年は驚いた様に俺を見た後、縋るように頭を下げた。

 ――お願いです。僕のウェイを探してください!

「ちょ、ちょっと待て。ウェイって誰だ?」

 ――真っ白な猫です。赤い首輪をしています

「真っ白で赤い首輪……あ、さっきの!」
 俺が隙間道で見たあの猫だと気付いて声を上げると、少年は瞳を輝かせて俺を見た。

 ――見たんですか!? どこで!?

「このちょっと前の隙間道だよ。案内するよ。いいだろう? 愁」
 俺が声を掛けると、愁は険しい顔をして俺を見た。
「な……どうしたんだ?」
「僕は何も見てない。だから答えることが出来ない」
「あ、あぁそうだったな……でも、いいだろ? 今来た道戻るだけだし」
「……優人がそうしたいなら、僕は付いて行くよ」
 不機嫌とも取れる愁の答えに俺は驚きつつも「有り難う」と礼を告げて、今来た道を戻り始める。
 ……どうしたんだろう? そんなに早く超巨大肉まんが食べたかったのだろうか。
 俺は愁に申し訳無い気持ちを抱きながら、少しだけ足を速めた。
「ここだよ。この奥にいたんだ」

 ――ウェイ? 僕だよ、ジャンだよ、出ておいで、ウェイ

 少年が必死に呼びかけるがもうここにはいないのか、白猫の姿は見えない。
「いないみたいだな……少しこの辺りを探してみよう」
 俺の提案に少年は小さく頷くと、小柄な体躯と素早い足取りで隙間道へと入って行く。
「あ、ちょっと待って」
「優人」
 手首を捕られて、俺は愁を見る。
「本当に行く?」
「……行く。放って置けないだろ?」
 当然だと俺が答えれば、愁は仕方が無いと言わんばかりにため息を吐いた。
「決して油断しないで」
 愁の真剣な顔に俺は驚きつつも「大袈裟だな」と笑って少年の後を追い始めた。

 隙間道を抜けると、そこにはまるで時代に取り残された様に古民家が一軒建っていた。

 ――チリン

「鈴の音……こっちだ」
 俺は少年を手招いて古民家の立て板で出来た垣根沿いにぐるりと走り、裏庭へと向かう。
 後ろには何も言わずに相変わらず硬い表情の愁がいる。
 一部立て板が壊れている所があり、少年はするりと躊躇無くその中へと入っていく。
「ちょっ、不法侵入! ……あぁもう!」
 俺はガシガシと頭を掻いて、戸惑いを吹っ切ると四つん這いになってその中へ入って行った。

 その裏庭には11月だというのに花が咲き乱れていた。
 垣根からは見えなかった満開の桜の巨木から、はらりはらりと幾重にも花弁が舞い落ちてくる。
 その樹の根元で、少年は愛おしそうに赤い首輪を付けた白い猫を抱いていた。
「あぁ、良かった、逢えたんだな」
 俺が声を掛ければ、少年は嬉しそうに笑って静かに頭を下げた。

 ――謝謝。貴方のお陰で、ウェイと再び逢うことが出来ました。本当にありがとう

 ――チリン

 鈴の音と共に白い猫が少年の頬に頭突きするように頭部をなすりつける。

 ――ご友人にも、ありがとうと、伝えてください

 強い風が吹き、花弁が一斉に舞い散る。
 思わず目の前を両腕で庇いながら、少年を見ると、その姿は溶けるように小さくなって、白猫より少し大きい黒猫の姿へと変わった。
「……なっ……!?」
 驚きに一歩前へ踏み出そうとしたその時、向かい風の突風が吹き付けてきて、俺は二歩、三歩と後ろへよろめいた。
 そんな俺の背中を愁が支えてくれて、俺は風が止むのを待った。
 そして、風が止んで前を見ると……そこは先ほどの隙間道の前だった。

「だから言っただろ? 『僕は何も見てない。だから答えることが出来ない』って」
 愁にそう言われて俺は言葉を紡げないまま口を開けたり閉めたり。
「突然独り言が始まったから、どうしようと思ってたんだ。精神型ナイトメアの可能性が高い、でも敵の姿は見えない。どうやら優人には見えていたみたいだけど、なら、相手が出てくるのを待つしか無いかなって」
「いや、そんな悪い奴には見えなかったぞ」
「見た目なんてアイツらはどうとでも変えてくるだろう?」
「まぁ、そうだけどさ……そうなんだけどっ!」
 でも、探して欲しいって言ったあの眼に嘘は見えなかった。
 白猫を抱きしめた少年は本当に嬉しそうだった。
 寄り添う“2匹”は本当に幸せそうだった。
「……ご友人にも、ありがとうと伝えてくれって言われたんだ」
「……そう。じゃあ、優人は狸でも狐でも無く、猫に化かされたんだね」
「……のかなぁ?」
「じゃない?」
 そう言って、愁が少し背伸びして俺の髪に手を伸ばす。
 そこには季節外れの――とても瑞々しい桜の花びらが摘ままれていた。


 時間は殆ど経過していなかった。
「肉まんはどうする?」
「折角だから見てはみたい」
「……俺、愁が不機嫌そうに付いて来るから、すげぇ食べたいのかと思ってた」
「なにそれ。さっきお弁当食べたばっかりなのに? そもそも、不機嫌になんてなってないし」
 少しむくれた様な表情になる愁を見て、あぁさっきのは“怪訝な表情”だったのかと得心する。
「……そっか。心配してくれたんだよな。ありがと」
「あっ……たりまえだろ!」
 あ。今度こそ、怒った? ふいっと俺から顔ごと視線を逸らせた愁を見て、俺は頬が緩むのを止められない。
「……もしも、愁があの白猫みたいにいなくなったら、俺が絶対に探し出すよ」
 呟いた言葉は俺の前を歩き出した愁には届かなかったらしい。
「さ、早く中華街行こう。お店閉まっちゃうよ、優人」
 ライセンサーとしても俺より前を行く愁が振り返る。
 俺は「おう」と答えつつ、この背を見失わないようにしなくてはと駆け出した。

「……凄かったね、超巨大肉まん」
「アレはもう、常人の食べものじゃ無いだろ……」
 直径1mを越える肉まんなんぞ誰が食うのかと思ったら、1個を友人同士分け合って食べるのがセオリーらしい。
 いや、熱いだろ?! 割るときに火傷しないのか!? つーか、中の熱々な“あん”が落ちそうで怖いんだが!?
 色々思う所はあったが、現物を前にして食欲が見事に失せたのは愁も同じだったらしく。
 げっそりとした俺達はぷらぷらと夜の中華街を散策する。
 飲食店の客引きを適当にあしらいつつ、土産物屋でカンフー服と長い付け髭をあてがって笑いあったり、さっき食べた駅弁の焼売専門店で焼売を買ったりと普通に観光を楽しんだ。

 その後、上品なジャズが流れる開店直後のBARに入ったものの……お一人様ワンドリンク制だと知って俺達は顔を見合わせた。
「えっと……俺達こういうお店にあまりなれてなくて」
 素直にそう打ち明ければ、口髭が似合うダンディなマスターは穏やかに微笑んで、「誕生酒を試してみますか?」と問いかけられた。
「誕生花とか誕生石は良く聞くけど………酒にもあるんだ」
 俺も愁もちょっと興味を惹かれたのでそれでお願いすることにした。
 俺の前に置かれたのはネグローニというカンパリ、ベルモット、ジンで作られたカクテル。
 愁のカクテルはピンガというスピリッツとライムとストロベリーリキュールで作られたストロベリー・カイピリーニャというカクテルだった。
 お互いに静かにグラスを傾ける。ロックグラスが触れあう涼しげな音と「乾杯」の声が重なった。
 そっと匂いを嗅いで、ちびりと舐めるようにひとくち。
「!?」
「!!」
 お互い眉間にしわを寄せながら顔を見合わせると、マスターが茶目っ気たっぷりにチェイサーのグラスを置いてくれた。
「……マスター、これ、絶対初心者向きじゃ無いですよね……」
 どちらも、アルコール度数が25度以上あると聞いて、「デスヨネー」と水を呷った。
 ただし、嫌な味じゃ無い。聞けばこのネグローニはイタリアでは食前酒らしい。
 ……恐ろしい国だな、イタリア。
 愁のお酒はブラジルのカクテルらしい。ひとくち貰ったけどいちごとライムのお陰で飲みやすい感じだった。
 そんな初体験のカクテルに悪戦苦闘している俺達の前に、差し出された美しいグラススイーツ。
 これこそ、幻と言われているこの店オリジナルのズッパ・イングレーゼだった。
「いただきます!」
 ティラミスの原型とも言われるこのスイーツはリキュールに浸したビスケットとカスタードクリームを交互に重ねて作る物だと知識では知っていたが……
「……んまい!」
「うん、凄く、ふわトロで……ラムかな? 凄く効いてるけど、それが嫌じゃなくて口の中で甘さを引き立てるね……!」
 冷静な愁の分析を聞いて納得。最初に度数の高い酒を口にしたお陰か、普段ならちょっと強く感じるようなラムの風味もむしろ爽やかに甘く感じられる。
 俺達が大絶賛するのをマスターは優雅に微笑みながら見守ってくれた。

 久しぶりにガッツリアルコールを摂ったお陰で、ふわふわといい心地で俺達は店を出た。
「今日は色々あったなー」
「ほんと、濃い一日だったね」
 笑いあって、駅の改札を潜る。
「また明日」
 そう言える当たり前を噛み締めて、俺達はそれぞれの家路へと着いたのだった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la3778/文室 優人/猫に化かされた男】
【la0034/霜月 愁/肉まんは手のひらサイズで】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 タイトルは引き続きJAZZの名盤から。
 今回優人さんには“少し不思議”体験をして頂きました。
 見えない愁さん側の心情は推して知るべし。ご受納頂けましたら幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月07日

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