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『迷路にて』
柞原 典la3876


 柞原 典(la3876)は夢の世界へ赴いていた。ワンダー・ガーデンコアを発見し、破壊せよ。そう言う指令が出ていたのである。
「あの兎も懲りんなぁ」
 首を横に振る。北米各地で、ワンダー・ガーデナー(lz0131)による夢世界の浸食が進んでいるという状況だった。ジョゼ社の職人が手作りした共振ブースター「ストーリー・リライター」によって、夢の世界に入り込んでいる。EXISも持ち込むことが可能で、典は傘、大鎌、銀の拳銃その他防具などを装備したまま夢を見ている。
 高い生け垣の迷路で、敵が飛び出して来る気配もない。ひとまず手分けして探索しようと言うことになった。
(せっかくやし、兄さんおらんやろか)
 咲いているのは薔薇ばかりで、喇叭水仙は見えなかった。あれがヴァージル(lz0103)の心象風景なのか、ガーデナーが用意したものなのかはわからないが……。
 などと思いながら歩いていると、前方から足音がした。他のライセンサーのルートと合流しているのだろうか、と思ったらそうではなく……。
「兄さんやん」
「げっ、お前かよ」
 まさに今思っていたヴァージルその人だった。典は目を細めて笑みを作る。先日、「お前は約束信じていない」と言われてから腹立たしくて仕方ないのだ。エルゴマンサーに心を乱されるというのも癪ではあるが……信じてへんの兄さんの方なのに俺のせいにするから、と思うことにしている。
「また邪魔しに来たのか?」
「仕事やからな。兄さんも? 仕事?」
「仕事って言うか……」
「あれぇ? そっち誰かいるのかい?」
 迷路の向こうから声が聞こえた。あれがワンダー・ガーデナーか。典はEXISインカムを耳に当てて応援要請の準備をした。が、ヴァージルが典を隠す様に立ち。
「こっちは雑魚しかいねぇから心配するな」
「そうかい? じゃあおいらあいつらなんとかしてくるねぇ。えへへ」
 声はそんなことを言いながら遠ざかる。ぴょんぴょんと飛びはねながら遠ざかる足音、それが完全に聞こえなくなると、典はヴァージルの背中を小突いた。
「誰が雑魚やって?」
「行っとくけど、俺が持ってる銃全部使ったら、お前死ぬぞ」
 二挺拳銃、ショットガン、ライフル。装填数はEXISと段違いだ。多人数で囲めばどうにかなるかもしれないが、不意打ちすれば、二人程度は一度に殺せるらしいヴァージルと、一人でやり合うのは得策ではない。
「まあ、ええけどね。俺兄さんと戦う気そんなないから」
「そういうもんか?」
 ヴァージルはやや不思議そうに首を傾げた。
「ライセンサーは俺たちが嫌いなんじゃないのか」
「中にはえらい嫌ってはる人もおるけどね」
 身内や親しい人が殺された、と復讐に燃えるライセンサー、純粋に被害が看過できない人間はその部類に入るだろう。
 けれど、典は生まれたときから人類が敵だった。危うく、生後十日も経たない内に死ぬところだったのだ。その後の事はいちいち言葉にするまでもないが、人類が味方だと思ったことはない。疎外感を覚えるには割り切っている。
 だから、約束を数えて覚えるナイトメア、その律儀さに興味が湧く。
「誰か呼ばないのか?」
「呼んで欲しいんか? 呼んだら兄さん逃げるやろ」
「何だよ、追い返したくないのか?」
「追い返されたいん?」
 にやにやして尋ねると、ヴァージルは気分を害した様だった。自分の予想通りに行かないのが気に入らないのだろう。
 典は唇の前に人差し指を立てて、「黙ってて」とヴァージルに伝えると、インカムでエマヌエル・ラミレスに呼びかけた。
「ラミレスさん、柞原やけど、そっちどう?」
『雑魚ばっかだ。ガーデナーの姿は見えねぇな』
「そう。さっきそれっぽい声聞いたさかい、おるかも知れん。不意打ちされんようにな」
『何だって? 典は大丈夫なのかよ』
「俺は大丈夫や」
 ヴァージルを見て、
「雑魚しかおらん」
 ヴァージルの眉間の皺が深くなった。通信を終えると、典はにやにやしたまま、
「兄さんが俺のこと雑魚や言うから悪いんやろ」
「事実だろ」
「何で?」
「何が?」
「何で兎のこと追い返したん? 俺のこと殺して食うのやったら、兎おった方が確実に済むのとちゃう?」
「……」
 ヴァージルは更に難しい顔をした。難題をふっかけられた子供の様だ。
「あいつは顔を刻もうとするから駄目だ」
 きっぱりとそう言った。典の問いに困ったのではなく、万が一ガーデナーが典殺害に荷担した場合のことを考えたらしい。それを聞いて、典は吹き出した。
「どんだけ俺の顔好きやの。兄さんのええようには笑ってやれんと思うけどなぁ」
 故人ははにかむように笑ったと言う。典はそんな風には笑わない。笑えない。だから、尚更、自分の顔を気に入っているらしい彼が、どこをどう気に入っているのかがわからない。
 それを聞くと、ヴァージルは目を逸らした。やはり、故人の話はウィークポイントらしい。
 もうちょっと意地悪してやろうかな。典がそう考えを巡らせた、まさにその時だった。
『こちらラミレス! ワンダー・ガーデナーと遭遇した! 応援を頼む』
 耳をつんざくようなエマヌエルの大声がインカムから轟いた。ヴァージルにも聞こえたらしい。
「あいつ声でかいな……」
 典は苦笑しながら肩を竦め、
「柞原りょーかい。現在地どこ? 迷いそうやな」
『生け垣はぶっ壊せるから壊しながら来てくれ!!!!!』
 もはやインカム耳から数センチ離しても聞こえる。典は通信を切り、
「ほんだら兄さん、またな。兎に加勢する?」
「いや……」
 ヴァージルは首を横に振った。
「迷ったってことにしとく。ラビットは信じるだろうし、レンもそれ聞いて嘘とは思わねぇよ。あいつ、俺のこと未だに幼態だと思ってるから」
「レン……人魚さんやね」
 人魚サイレン(lz0127)が親しい相手に「レン」と呼ばせることは報告書にも記載がある。
「兄さんと人魚さんは親しいんやねぇ……」
「親しいって言うか、お前たちでいう家族みたいなもんだ。行動を共にするんだろ?」
「そうでもないで」
 典は酷薄で冷たい笑みを浮かべると、ヴァージルに背を向け、ガーデナー撃退に合流した。単騎でライセンサーたちに突撃したガーデナーは、袋叩きに遭うと臍を曲げてワンダー・ガーデンを破壊した。


 後日。ワンダー・ガーデンにて。
 ヴァージルがガーデナーの裏切りを宣言すると、兎の着ぐるみを象ったエルゴマンサーは目を剥いて喚いた。
「あー! ジル! おまえ、そいつのことおいらに教えてくれなかった!」
「お前は友達じゃないからな」
 言い合う二人を見て、典はヴァージルの腕を抱く。
(ああ、悪うないなぁ)
 それが、後に自覚する「楽しい」だったのだがそれはまた別の話。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
初心に戻って殺伐とした感じで書いてみたのですが、「この時既に……?」と思うと、こう、えも言われぬ感情が湧いてきますね。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月07日

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