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『紅蓮の猟犬、静寂なる薄闇』
cloverla0874


 春から初夏へ、季節が変わろうとしている。
 日差しのコントラストが強くなり、伸びた街路樹の枝には緑の葉が生き生きと輝く。
 ファッションビルやシネコンなど、若者たちが集う街にて。

「おはよーっ、ライカ!」

 午前9時。
 人でにぎわう休日の駅前広場。
 clover(la0874)が、大きく手を振って待ち人を出迎えた。
「……相変わらず早いのう」
 半袖黒パーカーにホワイトデニム、スニーカーというラフなスタイルでライカ(lz0090)は姿を見せ、定番となりつつある開口一番の呆れ声。
「誘ったのは俺だしね」
 真白の髪を揺らして笑うcloverは、本日も重体ではないが女性型ボディだ。
 今日はこの姿であることを、事前に伝えてある。
 『重体時の代替ボディ』なのだと初お披露目の際に言ったものだから、それ以降ライカは折に触れ気にかけているようだから。
 重体やメンテナンス時ではなくとも、ライカと会う時は自我が目覚めた時のこのボディで居ようと、cloverは決めていた。
「それにしても、今日は輪をかけて難儀な案件じゃな」
「えっ、迷惑だった?」
 訊ねれば「いいや」とライカは首を横に振る。
「今まで俺のしたい事ばっかり付き合ってくれたでしょ? だから今日はお礼がしたいなーって思って♪」
 日時と場所の指定の他に『内容はお任せ』なる文言。
「というわけで、ライカ。何したい? どこ行きたい? 何食べたい? 今日はぜーんぶおごるよーっ!」
 なんでもできる、どこへでも行ける、その拠点として駅前広場。
 どんなアクションにもついていけるよう、今日のcloverは着慣れた七分丈のパンツとレースフラットシューズのスタイルだ。
「カラオケ行く? 映画見る? 遊園地行く? 水族館はどうかな?」
 cloverがグイグイと押し、ライカが後ずさる。
「……でもライカって、そういうとこではしゃいでるイメージない……。なんかこー……図書館とかで本ずーっと読んでるイメージ……」
「失敬な。経験は外を出歩いてこそ得られるものじゃ。書物の知識も侮れないがの」
「ああー。フィールドワーク? は、本当だったんだ?」
 cloverとライカの、初顔合わせとなった一件だ。
 冬の山中で、ライカはフィールドワークをしていると自称していた。
「外の方が、文明の枷が少なく動きやすいのもあるのう」
 IMD。イマジナリードライブ。想像力をエネルギーに変える技術。
 この世界では当たり前に、生活の一部として組み込まれている。
 ナイトメアたちには扱えない・反応しないそれは、ヒトに擬態して生活するエルゴマンサーにとってちょっとしたトラップだ。
 もちろん、安易に引っかからないよう手立ては講じているものの。
「それじゃあ、列車に乗って逃避行?」
「魅力的じゃな」
 吊り橋も、吊り橋効果はさておいて立地は気に入っていたようだし、もしかしたら自然派アクティブなんだろうか。
 cloverの提案へ、ライカはまんざらでもないように顎を撫でる。
「しかし、せっかく街へ来たのだし。ひとりではできないことに興味がある」


 

 テンポの良いスパイアクション。
 謎めいた美女、陰のある上官。
 小気味いい会話に飽きさせないカメラワーク。
 まだ世界にナイトメアは居らず、ヴァルキュリアも生まれて居らず、人と人が戦争を繰り広げていた古い時代が舞台の映画だ。
「映画って『作り物』だからさ。ホラーとかは怖くないんだけど。ミステリーは探偵さんが謎を解いてくれるし」
 誰が敵か味方か、何をきっかけに変化が起きるか。
 敵の懐へ入り姿を変えて動き回るスパイものはなかなかにスリリングだった。
「死んじゃダメ。殺しちゃダメ。とらわれちゃダメ、かー……」
 捕虜になるくらいなら自決しろ。
 敵は躊躇なく殺せ。
 国のために。
 そんな当時の時勢に反した作中のテーマは、現代を生きるcloverには説明が難しいけれどなんというか、響いた。
「意味は違うと思うけど、俺も、そっちのが良い。殺さずに済むならそうしたいし、何かに束縛されて強要されるのはヤだな」
 敵と味方、なんて簡単に分けるんじゃなくて。
 わかりあえるんじゃない?
 解決方法は、他にもあるんじゃない?
「……そうしたかった」
 映画の向こうに、cloverは無意識に自身の積み重ねを見ていた。
「あ! あのおねーさんは良かったよね!! いいおっぱいして……なんでもない」
 暗くなりかけた空気を振り払うように、身を乗り出して印象的な場面を挙げてみるけれど、慌てて壁に戻る。
 純情可憐な美少女の姿で言うべき感想ではなかったかもしれない。
 しかし、どんな外見だろうとcloverはcloverなので、抱く感想にかわりない。
 くるくる変わるcloverの表情を、ライカは楽しんでいるようだった。
「……楽しい?」
「興味深くはある」
「きょうみぶかい」
「人間たちの言う『感情』が、わしらには標準装備されておらん。成長の途で変化する個体もあるだろうが」
 感情。想像する力。それがないから、IMDを扱えない。
 ――それを得ることが種の進化、すなわち『答え』
 そう語ったエルゴマンサーもいる。
 対象を捕食することでしか種としての成長ができないナイトメアは、本能的に人を喰らう。
 1つの個体が『答え』に至れば捕食の必要はなくなるというのも、そのエルゴマンサーの談だが真相はわからない。
 種族としての本能とは違う、個別の意志もあるだろうから。
「友情、恋愛、嫉妬、その辺りは複雑じゃな。『作り物』を観て、そういうものと理解したつもりになりがちじゃ」
 ――恋愛感情、恋愛関係、そういった『モノ』という知識はあるが
 クリスマス(仮)に、ライカ自身が語っていたことだ。
 理解はするが実感に至らない。
「映画を観たいとか、外は気持ちがいいとか、俺が重体かどうか心配してくれるのは、『感情』じゃないの?」
 やりたいことがある。
 やりたくないことがある。
 それで充分じゃないの?
「イマジナリードライブどうのは横に置いて、ライカにはライカの意志があるでしょ」
「それは……そういうものなのか?」
「俺はそう思う。ライカ、コーラは好き? 前も飲んでたよね」
 夢の中だったかもしれないけれど、一緒にポップコーンも食べた。
「好きというか、見映えが良かろう。わしがこうしておると」
「ワー……」
 自分で言っちゃう。わかるけど。
「怪しまれないように、相手の懐へ入る」
 ライカが、冷えた手をするりとcloverの首筋へ伸ばす。
「油断した隙に――喰らいつく」
 がぶり。
 細い首を、強くつかんだのは一瞬。
 パッと離し、意地の悪い笑みを浮かべる。
「これが常套手段でな、染みついておる」
 ある時は、人里離れた山の中で道に迷った少年。
 ある時は、終電を逃し帰る術を失くした少年。
 人の善意に付け込んで、それを喰らう。そうしてライカは生きてきた。
「映画館という場所も、映画を観ている人間たちの反応を観ているようなものじゃ」
「ああー、なるほど」
「しかし今日は」

 わしが楽しんで、いいのじゃろう?




 昼食を挟んで3本連続鑑賞は、なかなか正気の沙汰ではなかった。
 恋愛、ホラーと見せかけたスペクタクル怪獣バトル、しんみり友情モノ。
 邦画洋画新旧織り交ぜて。
 cloverが名前を知っている作品もあったし、聞いたことのないようなものもあった。
 話題作以外も取り扱っているここの映画館は、なかなか懐が広い。


「やってみたかったことがあってな」
 とっぷりと日が暮れて、近くのカフェで軽い夕ご飯。
 シアターの薄闇に慣れた目に、ここの照明は沁みる。
「映画を観終わった後の、感想交換。無難な意見を出すことは可能じゃが、それはわし自身のモノではないからのう」
 おぬし相手なら、ボロが出ようが出まいが気にする必要もあるまい?
 ワンプレートディッシュのエビフライにフォークを刺して、タルタルソースを絡めて、頬張る。
「美味しい?」
「『と、感知するのだろう』じゃな。食感は嫌いではない」
 その場を取り繕う言葉は、幾らでも出せる。それはしない、と今日は決めたので率直にライカは答えた。
「しかし、楽しいとは、思う。これが、そうなら」
「楽しい!? 良かった!!」
「おぬしの頬に、さっきからレタスが張り付いておってな」
「!?」
 cloverは、あわてて指摘された左頬に触れる。ぺらりと、サラダの名残が落ちた。
「案外と鈍いのう。……鈍いと言えば、あの男もたいがいだが」
「最後まで気づかなかったやつでしょー? あれはねー。でもねー……そうだなぁ。認めたくなかったのかなぁ」
 午後1本目の、恋愛映画。
 再会した同級生が、実は同級生ではなかった恋愛ファンタジー。
「人外との恋愛……そも、それを恋愛と呼べるか」
 主人公が、ヒロインの正体に気づきそうな場面はいくつもあった。
 主人公は、いくつものそれを素通りしてきた。
「『鶴の恩返し』で、ふすまを開けさえしなければ幸せは続いたのかのう。子は為せたんじゃろうか」
 日本に、古くからある異種婚譚。それを重ねて考える。
「……そういう意味では、俺も同じなのかな」
 限りなくヒトに近く造られたヴァルキュリア。cloverは、己の身体に手を当てて考える。
(心は繋がっても、その先を……望めない、としたら)
 主人公が鈍いのではなく、気づかせまいとヒロインが必死だったのかもしれない。
 辿ればわかる足跡はたくさんあるのに、『見えない魔法』を掛けたのかも。
 少しでも長く、一緒に居たいから。
「そういうものか」
「俺なら。たぶん。正解はわかんない」
「安心しろ、わしにもわからん」
 めずらしく、ライカはカラカラと明るく笑う。何かを吹っ切ったかのよう。
「わからぬことをわからぬと、言えぬままじゃったからなぁ」
 誰かと映画を観ても、感情を共有できない。素直な感想を伝えられない。
「そうは言っても、考えることは好きじゃよ。何を思って、制作者はこのシナリオにしたのか、などな」
 配役。衣装。小道具。音楽。そういった全体の構成を含めて。
「スクリーンの向こうに、幾多の人間の意図が絡まっておる。それが四方から音響でぶつかってくる。いい体験じゃ」
「あっ。体験型図書館?」
「……そういう着地か」

 知識を貪ることが好き。

 それは、そうなのかもしれない。
 捕食のための行為だとしても、ライカがヒトへ歩み寄るために選んだ行動なのだから。
「最後は……あれは、ハッピーエンドだと思うか?」
「仲直りできないままだったよね」
 人生の終幕を前にして、親しくなった老人2人の物語。
 境遇も立場も違いすぎる2人は、冒険の途中で喧嘩をし、そのまま死別してしまう。
 境遇も立場も関係なく、命は無常だ。
「幸せって、なんだろうって思ったかな。大事な人へ、ありがとうって言ってお別れできたなら最高だと思うけど」
 それが叶うとは限らない。
 大事な人と巡り合えたことが、それだけで人生において最高の幸せかもしれない。
 命のカウントダウンが始まって、それまでにやっておきたいことはどれくらい?
「たぶん。ハッピーだと思う」
 死の間際で思う、己がやりたかったこと。挑戦するチャンスが与えられたこと。
「あとね! 音楽が良かった。これは主題歌がラストを持って行ったよね」
 ――躊躇わないでほしい 貴方の声を届けることを  
「言うべきことは、言った方がいい……か」
 洋楽なので、和訳するとこんな感じの歌。
 青年透き通るような歌声と、シンプルなフォークギターのメロディーが懐古を誘う。

 この命が潰える前に、やり遂げたいことはどれくらい?




 デザートはアイスとケーキの盛り合わせ。
 幸せな気持ちでcloverは店を後にする。
「本当に、今日は何から何まで馳走になったな」
「そういう日ですから! 楽しんでもらえたなら嬉しい」
「これがヒモか……」
「ライカさん……? 自尊心傷ついたみたいな顔してるよ……?」
「いや、うむ。まあ」
 余裕しゃくしゃくな印象が強いから、今日のライカの姿はcloverにも新鮮だった。


「クロ。今日はありがとう。またいずれ……かのう?」
 大きく手を振って、次の約束。一方通行じゃない約束。
 今度は、どこへ行って何をしようか。




【紅蓮の猟犬、静寂なる薄闇 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
『喜んで欲しい、笑って欲しい』、願いのエピソードをお届けいたします。
人生における豊かな体験として映画をチョイスしましたが、私自身の体験が乏しくお時間頂戴しましたっ
個人的に実際に観たものをピックアップしているので、なかなか偏ったものとなっております。
ひとり映画も好きですが、誰かと一緒に行ってワイワイすることもまた、代えのきかないこと。
お楽しみいただけましたら幸いです。

ライカにつきましては
・ナイトメアとしての力を一切失い、ひとでもナイトメアでもない生命体
・SALFはそのことを把握していない
・衣食住、収入や食生活などは一切不明
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2020年12月08日

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