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『この世界に刻みつける足跡』
桃簾la0911


 夏風香るエオニアの一角にある、カフェバー止まり木。
 アイザックのサマーパーティーを満喫した仲間達は、一晩泊まってから1人づつ帰って行った。
 しかし桃簾(la0911)はただ1人居残り、背筋を伸ばして机に向かう。ペンを手にして、ノートに書き綴っていた。

『尊きものを信じ奉ずるのが宗教である。アイスは尊く、故に崇める物であり、これこそアイス教の起源である』

 桃簾の表情は真剣だが、書かれる内容があまりに飛びすぎて、理解できるのはアイス教上級者くらいのものだろう。

 アイス教の『経典』が止まり木にある。そのオリジナル経典を見つつ、新品のノートに桃簾は黙々と書き写し続けた。
 つまり写経だ。
 熱心に作業を続ける桃簾に、アイスティーを用意して、アイザック・ケインは問いかける。

「これ何冊書くの」
「各支部に置く用と、広報担当に渡してネットに上げて貰います。それから布教用に数冊欲しいですね」
 
 アイス教支部リストを見て、アイザックは感嘆の声をあげた。

「ニュージーランドにアルゼンチン! 凄い。本当にワールドワイドな宗教なんだね」
「ふふん。現地の見込みある者を、わたくし自ら指名して支部長を任せております」

 どや顔で語るものの、実際はまだ相手が返答していないのに、勝手に『支部長』扱いしているケースもあるのだが、それをアイザックは知らない。

「本当はアイザックに、エオニア支部長を任せるつもりでしたが……」
「昨日も話したように、エオニアにいつまでいられるか解らないから」
「では、世界のどこにいても務まる職なら良いのですか? アイス教名誉顧問に任命すると以前言いました」
「名誉顧問? そんな凄いこと僕にはできな……」

 ばん! テーブルを叩いて「そこに座りなさい」とアイザックに命令する。

「何を言ってるのです!! 貴方がわたくしに教えた、アイスの作り方が、どれほどアイス教の布教に役立ったのか。アイス教の歴史に刻むべく偉業を成し遂げたのです。アイス教の功労者として、もっと誇りなさい!」

 膝をつめてこんこんと、食い気味に熱弁し、はっと我にかえってポツリと呟く。

「……冷蔵庫は持ち帰れませんが、氷なら可能性があります。故郷の皆に食べさせてあげられる、それがどれほど素晴らしいことか……」

 いずれ故郷に帰ると決めている。
 けれど故郷は温暖な気候で、アイスを作るには不向きだ。嫁ぎ先なら、あるいは氷室を用意できるかもしれない。
 氷があればアイスが作れる。帰ったあともアイスを食べる方法が見つかったことは、アイス教徒の桃簾にとって福音であった。

「そうか……いずれ帰るんだもんね。桃簾君はいつか教祖から女神になるのかな」
「……どういうことですか?」
「桃簾君が自分で熱心に布教し続けて、これだけ大きなアイス教になったんだよね? 関わった人は、きっと一生桃簾君を忘れられないよ。皆が後世に語り継いで神話になり、いずれ伝説の女神に祭り上げられそうだよね。僕も神話の語り部になるのかな」

 ふふっと笑うアイザックと対照的に、桃簾は驚きで思わず目を瞬かせた。
 いずれ故郷に帰ると決めている。そこに揺るぎはないが、この世界にいた証を残せないのは、やはり少し寂しい気もする。
 アイス教の伝道が、この世界に桃簾の名を刻みつける、足跡になるなら嬉しい。
 思わず口元に笑みが浮かぶ。

「神話の語り部というのは良いですね。励みなさい」
「うん。そうだ、昨日、知ることは力になるって言ってたよね。桃簾君に役立つ知識……うーん」

 アイザックは一生懸命考えて、ふと思いついたと笑顔を浮かべる。

「アイスと言ったらやはりバニラは欠かせないよね。昔バニラビーンズを、世界一作っていた国がどこか知ってる?」
「どこですか?」

 アイスを作るのにバニラエッセンスは使ったことがあるが、元になるバニラビーンズは見たことがない。知らないことを知るのは、楽しくてわくわくする。
 アイザックは立ち上がって地図帳を持ってきた。机の上に世界地図を広げて、アフリカの右下の島国を指さす。

「マダガスカル。世界のバニラ生産量7割を誇ってた時代もあるらしいよ」
「……30年以上前の話、ということですね。今はどうなのでしょう?」

 桃簾は真剣な表情で地図上のマダガスカルを睨んだ。
 アフリカがナイトメアに占領され、30年の月日が流れている。
 かつてのバニラ王国が今どうなっているのか、気になって桃簾は思わず地図を食い入るように見つめてしまう。

「まだそこまで調査は進んでないんだよね。南アフリカの完全焦土の範囲からは遠いし、案外自然がそのまま残った野生の王国になってるかもよ」
「つまり、野生のバニラが生存している可能性があるのですか?」
「アフリカが奪還できたら探検隊を作って、野生のバニラを求めて、いざマダガスカルへ! というのも楽しそうだよね」

 桃簾はすっと立ち上がり、アイザックの手を両手で包み込んで、じっと見つめた。

「素晴らしい。その時はアイザックを探検隊の隊長に任命しましょう」
「いや、僕はその探検隊に参加できるか解らないし……」
「では、何故このような提案をするのです」

 ばんばんとテーブルを叩いて、桃簾がむくれると、アイザックがふっと微笑んだ。

「冷蔵庫は持ち帰れないけど、種子なら持ち帰れるかなって思って。暖かい地方が向いてるみたいだし、バニラの種子、故郷で育ててみない?」

 それはバニラの香りの如く、甘い誘惑だった。
 この世界で手に入れたバニラを、故郷に持ち帰り栽培して、かの地でバニラアイスを作る。
 アイスが世界を繋ぎ、アイス教は世界を跨いだ大宗教となりうる。

「アイザック。やはり貴方はアイス教の名誉顧問になるべきです」
「名誉顧問? う……ん。それは、まだ承諾できないかな。前向きに考えてはみるけどね」
「ところで、この『経典』は読み終えましたか?」
「……一応……目を通したけれど、解らないことが色々あって……」
「今すぐ教えます。どこですか」
「あ、そういえば。ピアノを弾いてあげた人って、南イタリアに住んでるんだっけ?」
「はい。リカルドですね」
「イタリアといえばジェラードの国だし、支部を作らないの?」

 はっと気づいた。リカルドと会った頃はまだ、アイス教の布教を始める前だったからノーマークだった。
 あの素直そうな男なら、支部長を引き受けるかもしれない。
 エオニアからも近いし、この後帰りによっても……と考えた所ではたと気づいた。
 ぱっと立ち上がったアイザックが、キッチンの向こうへと逃げってしまったのだ。

「ごめん。後片付けまだ終わってなかった。また今度ね」
「誤魔化しましたね。アイザック」

 黄金の瞳に闘志を燃やして、桃簾はぎゅっと拳を作る。
 名誉顧問は絶対諦めない。
 それから地図を見下ろして、物思いにふける。
 この世界には、まだまだ未知の知識があり、それを学んで故郷で行かすことこそ、目指すべき未来だ。
 そのための第一歩として、粛々と、桃簾は写経を再開した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【桃簾(la0911)/ 女性 / 22歳 / アイスが世界を繋ぐ】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

今回は「【祝夏祭】未来へ繋ぐ夏の一刻」の続きにしてみました。
リプレイで何度もアイス教の布教いただいていましたが、毎回アドリブが盛り盛り過ぎて、泣く泣く削っておりました。
字数を気にせず桃簾さんとアイザックのアイス教の集いを、楽しく書かせていただき嬉しかったです。
マダガスカルネタはシナリオに使いたかったのですが、出す余裕がないので、こちらで書いてみました。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
おまかせノベル -
雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月09日

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