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『cat in the meal-tub』
常陸 祭莉la0023)&アグラーヤla0287


 今年の春先のこと。
 エルゴマンサー率いる強大な敵たちによる、お台場襲撃事件が起きた。
 中には自由猫たちの保護要請オプション付きミッションもあり、常陸 祭莉(la0023)とアグラーヤ(la0287)は猫の自由を守るため参戦したのだった。
 あれから半年以上が経つ。
 厳しい冬の訪れを前にして、SALF本部にささやかな連絡が届いた。
「保護猫カフェ……? って、行ったことないけど。あの時の猫たちが快適に暮らせてるなら良かった」
 猫たちが保護猫カフェへ引き取られたというのだ。
 当時、何匹かにはパートナーが現れたが、アグラーヤは飼うことができず祭莉も先住猫を気遣った。
「……うん。雨風、しのげて……三食昼寝付き、は、理想的……」
「優しい世界だね……。その手を血に染める必要はなくて、裏切りや背後の心配もいらない」
「…………うん」
 アグラーヤの背景を思い出し、祭莉は返答に詰まる。
 故郷が襲われ、生き延びることだけを考えていた時期がある。
 それは街中の野良猫とは比べようのない過酷さだったろうとも思う。
 当時の経験は、今も彼女の根幹にあるだろう。
「……アグ。行ってみよう、か? ボクたちのこと、覚えていて、くれるかな……」
 合法的に、猫に触れる場所だから。
 その言葉に、アグラーヤの瞳は少女のように輝いた。
「ホントッ? 行こう。行きたい、マツリ!」
 アグラーヤが、ぎゅっと祭莉の両手を握る。彼女の手はとても暖かくて、ひんやりした祭莉の手には刺激が強い。
(不整脈……?)
 ぐっと掴まれたように、心臓が痛む。
 理由がよくわからず、『不摂生は良くないな』と、特に改善するつもりもないが祭莉はそう結論付けた。




 乾いた空に枯葉の舞う、寒いけれど心地の良い日だった。
「あの時の猫たち、元気だろうか」
 同じくお台場ミッションに参加していたムーン・フィッシャー(lz0066)もまた、奇しくも保護猫カフェへ向かっていた。
 猫を助けたいというムーンの願いに対し、祭莉やアグラーヤたちが全力で背を押してくれた。思い出深い戦いであり、思い入れのある猫たちなのだ。
「……? あれは」


「猫を調理したメニューがあるわけじゃないんだね」
「……どう、したら……そんな発想になるの……?」
 猫カフェとは。
 アグラーヤなりに調べた結果、よくわからない迷宮へ正面から突入したらしい。
 この頭痛はどこから来るものか考えることを放棄して、祭莉は彼女の知識を修正する。


 身振り手振りで猫カフェなるものを説明する祭莉。
 興味津々に聞き入るアグラーヤ。
 音声オフで、その光景だけを見たなら……
(あの2人……もしや『そういうこと』か!?)
 普段なら何も考えず声を掛けるところだったが、娯楽に飢えていた受験生は物陰にサッと身を隠す。
(邪魔をしてはならぬ。しかし我も猫に触れたいし折りを見て祝福したい)


 かくして、保護猫カフェは夢と希望と勘違いを招き入れる運びとなった。




 心や体に傷を負った猫たちが、新たな出会いを待つ場所。
 優先順位は全てにおいて猫が最上位にあり、客人たちは決して猫の心身を傷つけるようなことをしてはならない。
 窓辺やキャットタワーで、すやすやしている猫さんたちにはお手を触れないよう。
 本日のアグラーヤは、気合を入れてポニーテールで来店である。
 猫のしっぽ的な……警戒心を解けるかなって……。


(あ。いたいた)
 足音を忍ばせ、アグラーヤは数ある猫たちの中から見覚えのある姿を見つける。
 当時仔猫だった短毛と長毛の三毛猫とオッドアイの白猫は、兄弟のように仲良く駆け回っている。
「久しぶりっ。元気だった?」
 床に膝をついて視線の高さを合わせ、アグラーヤは距離を詰める。
(……捕食者だ……)
 赤く煌めく瞳を見て、祭莉はアグラーヤの姿をそう表現する。
 案の定、猫たちはピャッと散り散りに逃げてゆく。
「……大きな声、とか……怖がるから。いきなり、手を伸ばすより……こういうの、使ったり?」
「猫じゃらしかー。ありがと、がんばってみるよ」
 ふわふわなポンポンがついた、白い猫じゃらし。
 ポンポンの根元には鳥の羽を模した飾りがあり、祭莉の見立てでは猫さんまっしぐらアイテムNo.1だ。
「一緒に遊ぼうー?」
 今度は、落ち着きのある黒猫へアプローチ。
 艶々とした毛並みは保護されたことで美しさに磨きがかかった美人猫だ。
 右へ、左へ、ゆらゆらする白い物体へ猫が興味を示す。
 ゆらゆらしながら、白いそれは少しずつ距離を詰め……
「……襲い掛かったら、ダメ……絶対……」
「つい」
 一足の間合いへ入った瞬間、アグラーヤの全身から強い殺気が放たれた。
 さすがに、祭莉も極寒シベリアの眼差しを送らざるを得ない。
「マツリの膝上の子、撫でていい……?」
 振り向けば、そうこうしているうちに祭莉が猫に囲まれていた。
 彼の膝を独占しているのは、おっとりとしたクロシロの長老猫。
 他の猫たちはアグラーヤの接近と共に逃げ出したが、老猫は大人しく撫でられてくれた。
「やわらかい……あったかい……」
 アグラーヤの指先が、ふかふかの毛並みに沈む。至福。
「……うん。平和、だよね……。幸せそうにしていて、良かった……」
 野生のまま、短くとも自由に命を全うするのが彼らの幸せか。
 人に抱かれ、食事や病に苦しむことなく暮らすことが幸せか。
 どちらが正解なんて、人間が決めることではないだろう。
 それでも、ここで暮らす猫たちの姿を見て、アグラーヤは少なからず安心した。

 銀色の髪が、さらりと祭莉の眼前で揺れる。甘い匂い。それは青年の心を微かに乱した。

「……っ」
 頭痛は慢性的なものだ、特別じゃない。特別じゃないはずなのに、酷い痛みが針のように突き刺さる。
 異常を感じて、猫が膝から飛び降りてゆく。
「どうしたの、マツリ? 具合悪い?」
「……なんでも、ない。立ち眩みしただけ……」
「座ってるのに?」
 冷静な指摘へ、うめき声で祭莉は応じる。
「ゆっくりしようか。追いかけなくても、こうして猫を見てるだけでも楽しいよ」
 猫じゃらしで祭莉の膝をポンポンと撫でて、アグラーヤが言う。
「飲み物、もらってくる。マツリ、何が良い?」




 猫に心地よい空調は、人間にとっても心地よい。
 祭莉がうたた寝してしまう間に猫たちが再び寄ってきて周囲でまるまるとし、アグラーヤは必死に息をひそめてその光景を楽しんだ。
 無理に触れようとしなければ、強者のオーラも自然発動することはない。
 楽しい時間はあっという間に過ぎて、気が付いたら小腹が空いた。
「保護猫カフェで頭がいっぱいで、他は何も調べてこなかった……。この辺りって、なにか食べれるお店あるかな」
「……んー……。天気もいいし……食べ歩きが楽しそう、かも……」
 揚げたてメンチカツ、あつあつスープ餃子、シシカバブ。
 クレープ、ドーナツ、アイスクリームサンドのデニッシュ。
「アグ……握力、調整しないと……」
「思ったより柔らかかったね」
 デニッシュを受け取った瞬間、サンドしていたアイスが飛び出した。
 クレープを食べていた祭莉が、アクロバティックキャッチ。
「……アイス、美味しいのに。ボクがもらう、ね」
 ふふ。少しだけ笑い、祭莉はウェットティッシュを取り出してアグラーヤへ渡した。
 普段は持ち歩いていないが、アグラーヤと2人で行動するなら……と備えていた今日である。
「さすがマツリ」
 手を拭きながら、クレープの頂点に鎮座したアイスを頂戴するアグラーヤ。
「!? ちょ、アグ、それは……」
「え。だって私もアイス食べたい」
「……そう、だとしてもっ」
 祭莉の動揺の理由が、アグラーヤにはわからない。
(あれ……)
 祭莉の感情はわからないけれど、そこでようやくアグラーヤは小さな違和感に気づく。
 いつからだったろう。
 猫カフェでは完全に猫に意識が向いていたから、もしかしたらその時からかもしれない。

「ムーン、どうしたの?」

 アイスクリームサンドのデニッシュ(アイス抜き)を片手に、アグラーヤは追跡者の背後をとった。
「うひゃ!?」
 アグラーヤには驚かす意図はなかったが、完全なステルスキルの動きは心臓に悪い。
 メンチカツを握りつぶし、ムーンは飛び上がった。
「ああああアグラーヤ殿、奇遇であるな!」
「うん、会えて嬉しい。そうだ、マツリもいるんだよ。一緒に遊ぼう」
「一緒に!? それは、その……良いのであろうか」
「多い方が楽しいよ。あ、ムーンに予定があるなら別だけど」
「ない! 何もない! 遊びたい!!」


 受験生は、娯楽に飢えていた。




「マツリー、ムーンがいたー」
 唐突な報告に、祭莉は咽込んだ。
「えっ……う、あの……ずっといたの……?」

「保護猫カフェで、束の間の眠りに落ちる祭莉殿へ肩を貸しながら猫を愛でるアグラーヤ殿は、さながら女神の如く神々しくこの通り保存した」
 
 写メが多すぎる。クオリティが高すぎる。
「ムーン、このスキルは活かせるんじゃないかな。これは才能だよ。尾行の気配はなんとなくわかってたけど、ここまで鮮明に撮られてるなんて」
 アグラーヤは一周して本気で感心している。
 猫で頭がいっぱいで、写真を撮ることを忘れていたので、ついでにデータを送ってもらう。
 祭莉は、酷い頭痛に耐えることで必死だ。
「お2人の、その……デートの邪魔をしては悪いと思ったのだが」
「……これデートだったの?」
 猫と祭莉。
 アグラーヤと猫。
 猫と祭莉とアグラーヤ。
 幸せそうな空間を幾つも切り取った写メだけを見たなら、たしかにそれっぽい?
 デートか。それも悪くないかも。なんて、アグラーヤは思う。
「……いや。違うかと」
 祭莉の周りをくるくる巡りながら問いかけるアグラーヤへ、祭莉は何とか否定の言葉だけを発する。
(デート、じゃ、無い)
 でも。
(……アグと、2人で……外を歩きたかったのは、本当、だけど)
 祭莉にとっては、猫カフェが目的だったんじゃない。
 アグラーヤと出かけるための、違和感のない『理由』が猫カフェだった。
 デートっぽい行動、という自覚はあった。始めから。
「だってさ。だから、気を遣うことはないんだよ。ムーン」
「あう」
 祭莉の僅かな変化に、アグラーヤは気づいていない。しかしムーンは見てしまった。
 ローテンションな青年の、普段はほとんど変わらない表情に、ほんの少し浮かび上がった感情を。
「それじゃあ、これから3人でデートしようか!」
 名案とばかりにアグラーヤが手を打ったので、祭莉とムーンはそれぞれに顔を背けて大きく咳払いをした。
 2人の思いはアグラーヤには届かなかった。




 中国のインソムニア『酒池肉林』を巡る戦いには、3人とも参戦していた。
 祭莉が今も残る傷痕を負うに至った経緯も聞いている。
 もともと戦友として肩を並べることの多かったアグラーヤが、彼を窮地から救ったこと。
 そこから生まれた、小さな変化とぎこちないやりとり。
 祭莉が全てを語ることはなかったけれど、いつになく優しい表情で、ムーンはなんとなく理解した。
「アグラーヤ殿は、頼もしい。それだけじゃなくて、とても優しい人だからな」
 ムーンも、幾度も助けられた。励まされた。時に不器用な感情表現は、それゆえに深く伝わる。
「……握力が、強すぎるけど……ね」
「えっ。緩くしてるつもりだったけど、痛かった!?」
 ぎゅーっ
「……うん、いま、そう言うところ……」
 アグラーヤを真ん中に、3人並んで手を繋いで歩く。
 食べ歩きの際は、左右のどちらかがアグラーヤへ『あーん』する。
 露骨に嫌そうな顔をする祭莉が面白くて、ムーンは幾度もシャッターを切った。
「マツリっ。デート、楽しいね」
「……アグが楽しいなら、良いよ……それで」
 何かを諦めたような青年の姿に、ムーンは言葉を掛けたいが色々と今は無理だった。

『安心されたし。記録は全てお2人のみゆえ、きちんとお2人のデートである』

 片手でメールを打って、祭莉へ送信。
 着信を確認した祭莉が、ゴトンとスマホを落とした。
 気心の知れた相手たちとの油断ならぬ時間は、もうちょっとだけ続く。




【cat in the meal-tub 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
お出かけ+遭遇イベントエピソード、お届けいたします
デートは楽しい。今日はそれが大事だと思います
タイトルはイディオムで『食事桶の中の猫』、『隠れた危険・あるいは隠れていることを指す』そうです
お楽しみいただけましたら幸いです。

ムーンについては、【友if_B】設定で描写しております。
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2020年12月09日

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