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『心のままに』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙寿之介la3450


 不知火邸には季節を問わずに紫陽花が咲いている。夏は終わった。季節は秋へ移り、日が落ちるのも早い。秋の夕べはつるべ落としとはよく言ったもので、さっきまで眩しく庭を照らしていた陽光は、いつしか橙にその色を変えていた。
 日暮 さくら(la2809)は縁側に座って、金細工のブローチを眺めていた。タロットのアルカナの一つ、刑死者を模した紋様が刻まれている。剣の相方に貰った。彼と、その幼馴染も持っている。それぞれ魔術師と隠者だ。
 それを眺めながら、相対した敵たちについて思いを馳せている。既に討ち取ったサイレン(lz0127)、ワンダー・ガーデナー(lz0131)、そして、次会ったら斬ると宣言したヴァージル(lz0103)のことを。

 考え事をしていると、脚を横から何かが触った。見れば、首にピンク色のリボンを巻いた黒い子猫が、前足の一方をさくらの脚にぺたりと乗せている。彼女は微笑み、猫を抱き上げ、その小さな身体を包むように撫でた。次に成人男性の足音を聞く。猫の飼い主である不知火 仙寿之介(la3450)だ。相方の父親であり、さくらとその両親にとっては宿縁の相手。今は目指す目標だ。穏やかに微笑み、さくらの隣に腰を下ろす。
「考え事か?」
「はい。ナイトメアについて……」
 さくらは北米インソムニア関連で出会ったエルゴマンサーたちのことを語った。その中で、自分が元いた世界の事も思う。
 仙寿之介の妻とそっくりな自分の母は、英雄と呼ばれる存在だった。その彼女と誓約を結んだ父は能力者という。この二者がリンクと呼ばれる共鳴を起こすことによって、能力者にはさまざまな変調がもたらされる。さくらの父は、母と共鳴することによって青年の姿になったと言う。
 それが、仙寿之介そのものの姿。
 思えばつくづく不思議な縁だとさくらは思う。言葉を止め、本物の天使の姿を眺めた。
「懐かしい」
 彼は穏やかな笑みを浮かべる。
「八重ともこうして縁側で語り合った」
 さくらの父のことを口にした。
「今のお前と同じような表情でアルカナが描かれた札を眺めていたな」
 その時の札は教皇だったと言う。父にはタロットに詳しい友人がいた。さくらもその友人から教えてもらって、タロットに対しては造詣が深い。教皇とは、父の魂の在り方を表すそうだ。
 視線の意味に気付いているのかいないのか、仙寿之介はさくらの言葉がほつれない内に、わずかに首を傾げて先を促した。さくらとて、別に無意識に言葉を止めていたわけではない。それを合図に話を続けた。
「愚神の王との決戦は、父上と母上の世代のことで、私は詳しくは知らないのですが、愚神は王が作ったプログラムだったようですね」
 倒されることで異世界エネルギーをばらまき、結果として世界を混沌に陥れ、王が降臨するお膳立てをしていた、ということだったらしい。さくらの母をはじめとした英雄たちは、その愚神作成におけるバグで……それは王が自らを止めるために意図的に発生させられていたと言う。
「私は、ナイトメアもそうなのではないかと思っています」
 ならば和解はあり得ない。オリジナルを説得するか叩かなければ、この戦いに終わりはない。
「ですが、異なる存在を理解しようとしたり、手を取り合う未来を諦めてはいけないとも思っています」
 その上で、それが難しい場合、やはり信念を賭け戦うしかない。
 人間同士ですら、異なる者同士としてのそれは起こる。歴史の教科書に載っている、今もニュースとして現実に起こっている悲劇だ。
 愚神と心を通わせようとして傷ついた者もいた。苦悩して、結果死んだ愚神もいた。
 でも、それらが無駄だったとさくらは思わない。そこから導き出された答えに救われた人間もいた筈だ。
「私たちは生きているので」
 変わることはできる。たくさんの縁が誰かの運命を変えながら絡み合っていく。変わった運命から伸びた縁の糸が、また誰かを繋いでいる。
「サイレンは私を気に入ったと言いましたし、他のライセンサーに自分を忘れないで欲しいと言いました。ガーデナーは友達を欲しがりました。種の生存本能だとしても、或いはプログラムだとしても、彼らは生きていた」
 相手が相容れない存在でもその縁を大事に抱えていきたい。
「ヴァージルに次会うことがあれば斬ると言いましたしね」
 別れ際にあのように告げて、ヴァージルも楽しみにしていると言った。あの場で、さくらと彼の間では、切り結ぶ──ヴァージルは銃だし、さくらも場合によっては銃だけど──縁が結ばれたのかもしれない。それは今更引き返して変えられるものではない。
「振り返りません」
 そして、いずれ仙寿之介に届くように。それから、彼女はふと思い出すことがあった。ワンダー・ガーデナーと呼んだ時に、うさぎの着ぐるみの姿を取ったエルゴマンサーが喜んでいたことを。人類は彼の名付け親だった。殺し合ったが、人類から彼に与えるものはあったのだ。
 そして、名付けと言えば……。
「仙寿之介は私の名付け親とも言えます」
 そう言うと、彼はきょとんとして首をわずかに傾げた。さくらは笑みを深め、
「貴方は父上を『八重』と呼んだ」
 遅咲きの桜。それを聞くと、ああ、と仙寿之介は声を溢した。
「貴方との宿縁が、私を日暮さくらたらしめたのでしょう」
 夕焼けの中を鳥が飛んで行った。二人してそれを眺める。あの鳥にも帰るところがある。


 やがて、仙寿之介が口を開いた。
「では、俺も一つ話しておこうか」
「何ですか?」
「俺はお前の顔に弱い」
「はい、ふふ」
 さくらは思わず笑った。ヴァージルのことと掛けたのだろう。
 何しろ、さくらは仙寿之介の妻が若い頃と瓜二つだ。真っ直ぐな所もよく似ている。かたちから何かを受け取ることもまた、縁なのかもしれない。
 さくらは敵方(あいかた)の娘。息子の幼馴染は友人の娘。二人のことを、彼は本当の娘のように思っている。
「八重は俺の唯一の敵方だが、その縁を繋げたのはお前だ」
 あいかた。仙寿之介はさくらの父との関係をそう呼ぶ。それは、さくらと彼の息子が結ぶ「相方」とはまた違う関係性なのだろう。
「お前は自分が思うほど非情ではない」
 そっと言葉を差し出す。
「三人に真心を尽くす。それで良いのだと思う」
 情けとは相手を生かすことだけではないから。敵であっても、否、敵であるからこそ、真心を持って相対する。
 それこそがさくらの情であろうと、仙寿之介は思った。さくらは真面目で優しいから、わかりやすい「優しさ」を与えられない場面で悩むかもしれない。
 自分と……八重と呼んだ彼によく似た薄暮の瞳がこちらをじぃと見ている。仙寿之介の言葉がわからないのではない。その言葉を噛みしめている。やがて飲み込み、
「そうですね」
 頷いた。
「終わりを見届けるのが、真心でしょうか」
「そうだな」
 仙寿之介はゆったりと頷く。夕日を映した、温かみのある白髪が動きに合わせて揺れる。羽衣のような美しい眺めだった。


 仙寿之介の、光を透かして橙色に染まった髪の毛一本一本のきらめきを目に映しながら、さくらはガーデナーに向けた言葉を思い起こした。
(此岸の縁までは付き合いましょう)
 それは、さくらの父が、思い入れの深い愚神に向けて告げた言葉でもあった。とどめを刺したのは父だったと言う。その時も、母と共鳴して、仙寿之介に似た姿だったのだろうか。
 父が結んだ縁の欠片は娘に引き継がれ、彼女は自分が縁を結んだ敵にそれを伝える。私の次は、誰かがこの言葉を敵に告げるのだろうか。そんな機会はまたあるのだろうか。
 自分たちの命もいずれは終わる。その後、ガーデナーと戦った此岸の縁、その先に行く。そこにガーデナーやサイレンはいるだろうか。いたとして、自分のことを覚えているだろうか。繋いだ縁は、彼らの死と共に切れてやしないだろうか
(忘れられてしまったとしても)
 縁が途切れてしまったとしても、
(同じ彼岸に行くならば、それもまた縁)
 そこでまた、新たな縁が結ばれるのだろう。
 自分たちはその時を歩いている。過去でも未来でもなく。人は、繋いだ縁で自分を作って行く。過去から繋がり、未来を作る、今ある縁で。だから、そうなったらなったで、縁を大事にしようと思う。それも真心だ。
「良い顔だ」
 仙寿之介が柔らかく言う。さくらは息を吸い込んだ。
「ヴァージルには斬ると言いましたが……」
 狙撃の妙手と正面から相対すれば、きっと心躍ることだろう。
 銃は心で撃つものと教わった。
「心躍ったとして、それを包み隠さずに、銃で渡り合えれば、真心は伝わるでしょうか」
 仙寿之介への問いではない。それは未来への問いかけ。答えはヴァージルとの撃ち合いが出す。


 仙寿之介とは別の意味で、エルゴマンサーたちとの縁も不思議だった。ワンダー・ガーデンに迷い込み、そこでガーデナーに相対した。彼を追う中で、人魚が待ち構える夢にも介入し、目を付けられた。
「私達が武器を持ち込んでいる事に驚いているのですか?」
 ガーデンでは、EXISは持ち込めない筈だったので、サイレンは驚いていた様だった。どうやって? と問われ、
「それは、秘密です」
「ふぅん……おまえもおもしろいね」
 それから彼女の最期にも立ち会った。弟分がいる者同士、響き合う──共鳴と呼べるような強いものではなかったけど──ものでもあったのだろうか。心を交わすようなやり取りもしている。

 ミラーキャッスル攻略。ガーデナーの思想を許さないと言ったヴァージルに案内されての決戦。その道中でのヴァージルとの会話。そこでぽろりと溢された、人魚の話。

 ガーデナーとの決戦。「此岸の縁」まで付き合った。とどめはさくらではなかったけれど、友と一緒に戦った。
「彼女の人柄が好ましいから友人になりたいと思ったのです」
「そんなの……そんなの知らないよう! だってだって! ジルも綺麗なものが好きだって……! おいらの話聞いて頷いたんだもん!」
 結局、「友」について、ガーデナーとわかり合うことはなかった。けれど、彼との関わりで形にした自分の考えを伝えることはできた。

 仙寿之介との会話から少しして、さくらはヴァージル撃破を見届けた。戦いの最中、「狙撃の妙手には心が躍る」と告げた時に、「気が合う」と笑った彼を忘れないだろう。二人の間に、確かに縁は結ばれていた。

 あの時、夢を見なければ。この一連の縁は繋がらず、結び目が自然にほどけるように終わってしまっていたかもしれない。

 信念を賭けて戦い、三人のエルゴマンサーが逝くのを此岸の縁で見送った。三人とも、自分が思っていたことを言葉に変えて遺していった。その言葉を彼女は両手で受け止めた。実際に言葉が形になったわけでも、さくらが本当に両手を差し出したわけではない。けれど。彼女はそれを両手できちんと受け取ったと思っている。
 この別れに繋がった縁が、さくらをこれからどう形作るのか。それはわからない。彼女が繋いだ縁はここだけではない。それらが絡み合って、また次に続いて行くのだろう。
 だからさくらは振り返らない。


 ヴァージル撃破から数日後、不知火邸の縁側で、さくらの薄紫、仙寿之介の白い頭が並んでいた。
「果たしたか」
「はい」
 さくらは頷いた。
「私なりに、真心を尽くしました」
 そう告げると、仙寿之介の唇がうっすらと弧を描いた。目は優しげ。その表情は彼女のありのままを肯定しているようで、さくらもまつげを伏せて微笑んだ。

 いつか彼岸で会いましょう。

 その時は、刀も銃も鋏も置いて、たくさん話をして欲しい。

 気温差に、紫陽花のがくが潤んでいる。その水滴は夕陽を受けて輝いていた。
 また会えるならば、この紫陽花のことも話そう。さくらはそんなことを考えながら、子猫に手を延べて、呼んだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
縁って本当に不思議なもので、たった一言で人生変わるとか、現実にだっていくらでもありますしね。
たくさんの縁の中で作られたさくらさん、ご自身も縁から生まれた仙寿之介さん。そのお二人のお話を今私が書かせていただいているのも不思議なご縁でした。ありがとうございます。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月09日

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