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『星の詩女の祝福』
ノゾミ・エルロードla0468


 冬の冷たい空気に、ホット・バタード・ラムの湯気が漂った。
 ダーク・ラムの甘い香りと、バターの芳香が重なり、クローブやシナモンがぴりりと引き締める。
 一口啜ると、甘さと微かな塩気が混じり合った豊かな味わいに、体がぽかぽか温まる。
 アイザック・ケインと来栖・望(la0468)は、毛布を被って窓際に座って、星空を眺めていた。
 室内でも窓際は冷えるから、暖かい飲み物で暖をとっている。

「凄く美味しいな。これ、明日作り方を教えてくれない?」
「ええ、もちろん。お気に召していただけたようで嬉しいです」

 ホットカクテルの味に舌鼓を打ちつつ星を見上げる。

「あそこにシリウスがあるね。プロキオンとペテルギウスを結んで、冬の大三角だ」

 星を指さしては、星座を語るアイザックの姿は、いつもより無邪気に見えて、望はふわりと微笑んだ。

「星に詳しいですね」
「うん。子供の頃は、大人になったら考古学者と天文学者と、どちらになるか迷ったくらい好きだね。どちらにもならなかったけど」
「これからなることも、できるのではないですか?」

 アイザックが真に願う夢ならば、応援したいと望は願う。大切な人々の夢が叶うことが、望の夢でもある。

「そうだね。夢が叶ったら、考えてみようかな」
「……アフリカ奪還ですね」
「うん」
「アイザックさんの夢のお手伝いをさせてください」
「ありがとう」

 暖かなマグカップを両手で抱えて、ふーっと息を吹きかけると湯気がたつ。
 舌の上で温かさとラムの甘い香りを楽しみつつ、ぽつぽつと二人は語り合う。
 クレタ島での任務の話。罪と罰。背負いすぎぬようにと案じる想い。

「皆の期待を裏切らずに生きようとすれば、道を踏み外さずにすみそうだ」
「罪は消えないからこそ動く糧になりますが、貴方の尽力で救われたひとも沢山います」
「ありがとう。そうだと嬉しい。これからも皆の想いを星にして、僕なりに旅を続けようかな」

 アフリカ奪還という夢を追う旅人。その道を踏み外さないための星。
 しんみりとした空気を振り払うように、一転してアイザックは想い出話を始めた。

「初めて望君と会ったのは、僕の故郷、英国だったね」
「はい。任務の後のお茶会も楽しかったです」
「あの時は、ずいぶん主人想いのメイドさんだなと思ってたけれど、想いの種類が違ったよね」
「いえ、それは……もちろん、主従の絆と申しますか……」
 そう言いつつ、仄かに望の耳が赤い。
「スペインの蜂蜜パーティーの仲睦まじい様子は、見ていて微笑ましかったな」
 人前でイチャイチャしすぎだろうかと、望は顔を真っ赤にして両手で覆って俯いた。
「……アイザックさん。意地悪ですね。そんなに私達は慎みがありませんか?」
「ごめん。からかうつもりはなかったんだよ。人前でも堂々と恋人としていられるのは、凄く良いことだと思うんだ」
 そう言って、アイザックは指を差す。
「普通なら、男女が夜二人きりで、こうして話をしていたら、変に誤解されそうだけど。望君の場合、誰もが『ありえない』って断言するよ。君の心は主以外に向くことはないって皆が知ってるから」
 望の心は主に捧げている。それが揺るがないのは事実だが、誰もがそう認識しているというのは、気恥ずかしい気がする。
 やっぱり赤面が止まらない。

「僕は、そこに救われている」
「……え?」

 予想外の返答に、思わず望は顔をあげた。からかう様子もないアイザックの表情をじっと見つめてしまう。
 アイザックとの長い付き合いからか、望はその意味が何故か解ってしまった。
「変に誤解されたくない……ですか?」
「昔、色々あったからね」
 アイザックは老若男女に好かれる。当然女性からもモテるだろうし、壮絶な修羅場になるだろうと望は予測がついてしまった。

「僕のせいで人が争って、仲が悪くなるのは悲しいし、皆で仲良く過ごしたいんだ。だから、誰とも親しくなりすぎないように、公平にって心がけている所がある」

 アイザックが誰に対しても公平に接している理由を知って、望は驚きで思わず小さく口を開け、そっと手で隠す。
 誰にも公平であるが故に、誰とも距離をとる。
 それでは大勢に囲まれていても、孤独ではないのだろうか?

「アイザックさん……」
「あっ、これ内緒ね」

 ちゃめっ気たっぷりな笑みを浮かべてアイザックが口元に人差し指を立てたので、望も微笑んで二本の人差し指でバッテンを作って口元を覆う。
 望には、心を預けている。そういう意味なのだろうと察して、ほんのり心が温まった。

「今日が素敵な一日だったのは、皆が皆でクリスマスを楽しもうって思いやっていたからだよね。抜け駆けしようとか、誰かを仲間はずれにしようとかが一切なくて、皆が仲良しで。僕はそれが大好きなんだ」
「わかります。皆さんが心穏やかに過ごせる時間は、とても尊いですね」

 皆でクリスマスを楽しむために一生懸命準備をし、全員でパーティーを楽しんだ。
 ピアノの伴奏に合わせて、クリスマスソングを歌ったのを思い出し、思わず望は小さく口ずさむ。

「もっと歌って。僕、望君の歌が好きなんだ」
「……私より上手い方は、たくさんいらっしゃると思いますが」
「ライセンサーでアイドルやってる人もいるもんね。そういう人の歌は、太陽のようにエネルギッシュで眩しくて。望君の歌は、星の輝きのように優しく包みこむ感じがするんだ」

 その輝きで人を熱狂させる歌ではない。
 心に静かに染み渡って癒やす、墓守の詩。

「そう言っていただけると嬉しいですね。では、一曲」

 望は胸に手を当てて、目を閉じて考える。
 詩に何を託すのか。何を想うのか。願いの糸を編み上げて、詩を作ろう。
 冬のしんとした静けさが漂う空気の中で、小さく口ずさむ。
 飴のように甘く、羽のように柔らかな声が、唇から紡がれる。

 ──優しさで編み続けた、絆の糸に祈り込めて。
 ──どうか孤独な旅人に、束の間の休息を与え。
 ──果てのない戦いにも、終焉があると信じて。
 ──私の願いは一つだけ、未来のあなたの幸せ。

 優しく紡がれた音色が空気に溶けて、儚く消えていく。
 アイザックはホット・バタード・ラムを口にしながら、黙って唄に耳を傾けた。

 静かな夜だ。
 ただ星を見て、酒を飲み、唄を聞く。
 それだけの、何でもない時間が、星の輝きのように優しい。

 歌い終え、その名残を惜しむように、無言で星を見上げる。
 沈黙とホット・バタード・ラムの香りが、二人の間に横たわった。
 賑やかな人々の輪を楽しむと同時に、静けさを楽しめる二人だからこそ、この沈黙が尊い。


 ホット・バタード・ラムの魔法が消えて、体が冷え切ってしまう前に、望は暖炉に向かった。
 火を絶やさぬように、暖炉に薪をくべると、ぱちりと爆ぜる。
 揺らぐ炎をじっと見つめていると不思議と落ち着く、心地よい静けさだ。

 望は店内をゆっくり見渡した。今日皆と過ごした時間を思い出すだけで、自然と笑みが零れる。
 皆が幸せな夢をみられますようにと願って、子守唄を口ずさむ。

 ──私の願いは一つだけ、未来のみんなの幸せ。

 聖夜に降り注ぐ、星の詩女の祝福

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【来栖・望(la0468)/ 女性 / 22歳 / 星の詩女】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

望さんで書いてみたい話はたくさんありすぎて、何を書くかで迷いました。
今回は「G線上のメリークリスマス」のシーンを膨らませてみました。
あの時、あまりにアドリブが増えすぎて泣く泣く削ったことを思い出します
望さんの優しさや、可憐さが描けていたら幸いです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
おまかせノベル -
雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月09日

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