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『月うさぎの奇妙な客』
マーガレットla2896)&柞原 典la3876


 その日、SALF本部で、柞原 典(la3876)は妙な姿勢でふらふら歩くグスターヴァス(lz0124)の姿を発見した。
「おや、ぐっさん。ゾンビみたいやね。どないした?」
 グスターヴァスが口を開けば概ね愉快な言葉しか出てこない。またぞろ、妙な理由でそんな姿勢になっているのだろう。典は答えを待った。
「面白いミステリーがありまして」
「ほう」
「寝食を忘れて没頭して読破したんですけど、読み終わって『Yeah!』なテンションで来たら今になって反動が来ました」
「休めや。ちょっと休んだくらいでどうにかなるような稼ぎちゃうやろ」
 グスターヴァスの部屋を訪ねたことはあるが、そこそこ経済的に裕福さを感じる住まいだった。あれを維持するためにカツカツで働いてます! という様子ではない。キャリアーとアサルトコアにも乗っているし。
「だって……」
 グスターヴァスは、数日放置したレタスのようにしおしおになりながら呻いた。
「顔出さなかったら、忘れられちゃうかもしれないじゃないですか」
「誰も忘れへんて」
 どうやってこの愉快な男を忘れたら良いのか。忘れたくても、忘れられなくて苦しんでいる人間の方が多いのではないか。アルタール絡みのレヴェルとか。
 人によっては歩くトラウマのような男は深い溜息を吐き、
「最近、気候のせいなのか、調子がイマイチなんですよねぇ……」
「さよか」
「だからってお医者に行くほどでもなくて……アメリカは病院高いんですよ」
「俺、今も払って三割やからようわからんけど、大変みたいやねぇ」
 病院に行くほどでもない、と聞いて、典の脳裏にとある人物が浮かんだ。せや、あの嬢さんならぐっさんの不調にアドバイスできるんとちゃうか。
「なあ、ぐっさん」
「なんです?」
「薬草系っていける?」


 薬屋・月うさぎ。
 マーガレット(la2896)は白いうさぎのぬいぐるみに冬物の洋服を着せて微笑みを浮かべていた。
「可愛い」
 先日、ゲームセンターで取ったぬいぐるみである。その時は秋物の服を着せていたが、季節はすっかり冬。簡単なニットのベストを編んであげた、と言うわけだ。
 薬屋、と言っても、月うさぎはいわゆるドラッグストアではない。漢方薬局と言った方が良いだろう。生薬や薬草、そう言ったものを取り扱っている。
「寒くないですか?」
 首を傾げる。立派なもこもこの毛皮をまとったうさぎは、胸を張って窓辺に鎮座していた。

 ここのところ、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。日中は太陽も出てやや暖かいが、日が暮れると一気に寒くなる。訪れる客も、寒暖差で体調を崩していることが多い。
 などと、最近の傾向に考えを巡らせていると、入り口に人の気配を感じた。
(お客様でしょうか)
「ここや」
「あら、素敵なおうちですね」
「おうちやのうて、お店やけどな」
 聞き覚えのある方言。
(典さん。お友達と一緒でしょうか?)
 ドアが空いた。ひょっこりと銀色の頭が覗く。案の定、柞原典だった。愛想の良い笑みを浮かべ、
「嬢さん、今ええ?」
「あ、典さん! こんにちは。ええ、どうぞ。今日はどうされましたか?」
「いや、俺やのうて、こっちのしおれたおっさんなんやけどな」
 典がそう言うと、彼の後ろから背の高い男性がよろよろと入ってきた。誰がどう見ても顔色が悪い。目がしょぼしょぼしている。
「何だか、お疲れが溜まっているようですね」
「完徹して本読んだんやて」
「まあ、それは大変でしたね。睡眠はきちんと取られることをオススメします」
「はひ……」
 まずは挨拶がてら自己紹介する。男はグスターヴァスと言うそうで、年齢は四十三歳。趣味は猫と遊ぶこと。
「猫を飼ってらっしゃるんですか?」
「イマジナリー猫ちゃんと遊んでます」
「話半分で聞いとき」
 典が言い添えた。マーガレットは両方の言葉に頷き、
「猫がお好きなんですね。アレルギーなどはありますか?」
「幸いなことに、触ったり口に入れたりした瞬間にぶっ倒れるアレルギーはなく生きてきました」
「そうですか。ちょっと待っててください」
 マーガレットは裏に引っ込んだ。すぐに、二匹の猫を抱いて戻ってくる。
「きゃわいい」
 グスターヴァスは、両拳を頬の横で左右に振った。ツッコミ待ちらしいが、典はスルーである。
「ふふ。双子なんですよ。この子がセレスでこの子がジェードです」
「やだ〜! 可愛いの☆6じゃないですか〜! きゃわわ! きゃわいいですね〜怖いおじさんに連れてかれないように気を付けるんでちゅよ」
「ぐっさん、それ自己紹介か?」
 典がくつくつと笑いながら言う。マーガレットはきょとんと首を傾げて、
「ええと、連れて行かれちゃうと、ちょっとさみしいかなって」
「連れて行きませんよ……だいたいライセンサー任務忙しくて、十全に構ってあげられなさそうだから動物飼わないことにしてんですよ。なので代わりに典さんたちを猫チャンだと思って……」
「気色悪う」
 セレスの方は典のことをじっと見上げている。典は口角だけ上げると、指先で軽く頭を撫でてやった。子猫はすぐ満足そうに目を閉じる。
 猫を交えて、聞き取りは続いた。マーガレットの質問の合間に、グスターヴァスの答えと奇声、猫の鳴き声が混ざっている。薬屋店主は特に困った様子も見せず、一緒に猫を構うなどして話を進めた。
「わかりました。では、ちょっと待っててくださいね」
 マーガレットは猫を二人に預けてから、手を洗ってカウンターに入った。大きな瓶に入った生薬を数種類取り出し、盆の上に乗せて戻って来た。グスターヴァスから見ると、どれも流木のなれの果てに見える。
「まず、グスターヴァスさんの体質ですが……」
 顔色や舌の色、ちょっとした生理現象から、恐らくこのような体質であろうと言うことをマーガレットは説明した。
「ほうほう」
 グスターヴァスは興味深そうに話を聞いている。
「その上で、今回これらの症状が出ているということで、まずはこちらのお薬を試して頂きたいと思います。まずは……」
 マーガレットは盆に乗せた生薬について丁寧に説明した。これは血の巡りをよくする漢方、これは緊張を取り除く漢方……。
「私、緊張しているんですか?」
「ちょっと力が入っているかな、と感じました」
「常にテンション高いの、緊張やったんか」
「やだ、私の知らない私の一面……全てお見通し?」
「全て、という訳にはいきません。あまり不調が続くようでしたら、きちんとお医者様に掛かって検査を受けてくださいね」
「はい」
 その他にも、準備した漢方を説明する。グスターヴァスのみならず、典も興味深そうに聞いていた。前職でこういう話を聞く機会もあったのか、元々の教養か。
「これらを組み合わせます」
「で、これを毎食後に囓れば良いんですか? 顎の力には自信があります」
「野生動物か?」
「ふふ」
 典のツッコミにマーガレットが思わず吹き出す。猫たちはそんな主人と客の様子を不思議そうに眺めていた。
「そんなことはしなくても大丈夫ですよ。今回は煎じ薬……お茶みたいに煮出して飲む方法でお出ししますから、お鍋ややかんで煮出して食前に飲んでください。火元にはお気を付けて」
「火の用心……」
「そうです。ちょっと飲んで行かれますか? 一回分お作りしますが」
「おお、では是非」
 グスターヴァスは勢い込んで頷いた。それから首を傾げ、
「そう言えば、漢方って結構飲み続けないと駄目って言いますけど、どれくらいで効果が出るものなんですか?」
「そうでもないですよ。即効性のある漢方もありますし。ですが、個人差があるのも事実ですし、合う合わないもありますから一概には言えません」
「なるほど。奥深い」
「もし続けられるのなら、自動煎じ機と言うのもあるそうです」
「はぁー、何でもお商売になるんやねぇ」
 典が感心したように言いながらスマートフォンで検索した。検索結果の最初に表示されるのは、どれも通販ページばかり。その内一つを開き、概要を読んで、
「ほんまや。へぇ、やっぱり結構するんや」
「ここでは売っていないんですけど、もしご興味がおありでしたら。でも、まずは飲んでみないとわかりませんよね。お待ち下さい」
「はーい」
 マーガレットが盆を持って引っ込むと、グスターヴァスは胸に手を当て、
「ドキドキしちゃう……私どうなっちゃうの……?」
「健康になるんとちゃうか」
 すっかり、この目に光のない男のあしらいに慣れた典である。
「健康になったら一晩で何冊本読めますかね」
「懲りんなぁ。またゾンビなっても知らんで」
 健康になれば不摂生して良いと言うものではない。

 やがて、マーガレットが湯気の立つマグカップを持って戻って来た。中には、茶色い液体が入っている。一見、ほうじ茶や野草茶に見える。
「どうぞ」
「おお、なんだか見た目はお茶ですね。しかし香りが独特……頂きます……」
 ずぞぞ……と一口すすると、グスターヴァスの眉間にものすごく派手な皺が刻まれた。
「なん……なん……? 独特ぅ……」
 そんな呻き声を上げながらもなお飲む。
「……これは、身体をびっくりさせて不調を忘れさせるとかそう言う……?」
 かなり不躾な問いかけだったが、マーガレットはくすくすと笑うだけで、
「ちゃんと薬効もありますよ! 確かに、人によっては飲みにくい、と感じる方も多いようですね」
「いや、でもこれ、何だろう。ものすごい味なんですけど、逆に癖になりそう……」
「ぐっさんでも漢方の味に驚くんやねぇ」
 典が頬杖を突きながら呟く。マーガレットは、彼にミントティーを提供した。こちらは緑がかった薄い茶色である。典は笑みを浮かべ、
「おおきに、嬢さん」
 謝意を示した。
「典さん、私の事なんだと思ってんですか? あ、ちょっと甘い」
「そうですね。甘さを感じる漢方も入っています」
「食わず嫌いしないで味わってるとなかなかいける気がしますよ……」
 そうは言わなかったが、すっかり気に入ったようで、ちびちびと飲み続けている。
「五臓六腑に沁みるぜ……」
「二日酔いのおっさんみたいやな……」
「これなら飲めそうな気がしますね」
「ではまず三日分お出ししますね。漢方薬にも副作用はあると言われています。少しでも異変を感じたら、すぐにやめて相談してください」
「わかりました」


 マーガレットは三日分の煎じ薬を用意した。
「だいたい一回にこれくらいを使って下さい」
「わかりました……ヒュウ、どきどきしちゃうぜ……」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「へへ、ありがとうございます。時にお会計は?」
「こちらになります」
 マーガレットが提示した金額は、グスターヴァスの想定よりかなり安価だった。彼は目を瞬かせ、
「あら、漢方ってお高いイメージあったけどお安いんですね……じゃあこちらで」
「ありがとうございます」
 マーガレットは丁寧に礼を述べると、典の方を見た。
「典さんは? 今日は何かご入り用ですか?」
「あー……」
 典は天井を見上げた。
「こないだまでちぃとばかり体調悪なったけど、今はもうええし……」
 医者でも湯治でも治せないと言われている病。
「こればっかりは治らんからなぁ」
 ゆるゆると首を横に振った。

「じゃあ、また来ますね……へへ、ありがとうございました」
「ほんだら、嬢さんまたな」
「はい、またお越し下さい」
 戸を開けて、挨拶をする二人に、マーガレットは丁寧に頭を下げた。腕に抱かれた二匹の子猫が、見送るように鳴いた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
あくまでノベルは薬物についてまったく資格のない人間が書いているということはおことわりしておきます。お薬のことは薬局や医療機関でお尋ねください。

コメディになると典さんのノリを軽くしてしまう、という新たな発見がありました。最近シリアス続きでしたのでたまには。
普段はほんわかしているマーガレットさんですが、お薬の話になったらプロの顔になるのかなぁ、とか、色々想像して書かせて頂きました。
薬局の店先に猫を出して良いのかとか色々ありますが、フィクションと言うことで一つ。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月10日

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