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『死神の瞳』
ラヴィニア・クォーツla3859

 不思議な目をしているね。不思議で、とても綺麗だ。
 本当ね、まるで天使のよう。
 そんなふうに自分を褒めてくれたのは、隣家の親切な老夫婦であった。
 2人とも、その翌日、事故で亡くなった。
 あの事故は、ナイトメアが仕組んだものに違いない。
 ラヴィニア・クォーツ(la3859)は、そう思い込んでみた。
「……めっ! ですよぉ? そんな事したらぁ」
 微笑みかけながら、ラヴィニアは引き金を引いた。
 巨大な廃屋……今や崩れかけのコンクリートと鉄骨の迷宮と化したビルの内部に、乾いた銃声が響き渡る。
 サイレンサーの類は付けていない。
 音など、いくら出ても構わなかった。敵は、銃声に怯えて隠れたり逃げたりしてくれるような可愛らしい存在ではない。
 銃声が、敵を引き寄せる。構わなかった。捜し出す面倒がない。
 2度、3度とラヴィニアは引き金を引き、銃声を響かせた。
 闇の中を敏捷に跳び回っているものたちが、2匹、3匹と砕け散ってゆく。
 銃撃にも、手応えはある。
 命中させ、命を奪った瞬間。銃身から狙撃手の腕に、身体に、伝わって来るものは確かにあるのだ。
 それを両の細腕で、豊かな胸で、凹凸のくっきりとした全身で受け止めながら、ラヴィニアは微笑みを引き締めた。
「……なんて、ね」
 右眼で、スコープを覗き込む。左眼は、さしあたっては必要ない。
 垂れ幕のように伸ばした前髪の内側で、眠らせておいて構わないのだ。
 判明している。あれは、純然たる事故である。仕組んだ者などいない。
 跳ね回るものの1体が、同族の屍を蹴散らし、斬りかかって来た。
 攻撃型の、超小型ナイトメア。螳螂の前肢を備えた蜘蛛、というのが最も近いか。
 超小型と言っても、成人男性とほぼ同じ大きさで、巨大な前肢は人体を容易く両断する。犠牲者も出ている。
 両断される前に、ラヴィニアは引き金を引いた。
 迸った銃火が、斬りかかって来たナイトメアを粉砕する。
 この程度の相手であれば、左眼は必要ない。
 死をもたらす左眼。
 ラヴィの目、とっても不思議で綺麗だね。
 そう褒めてくれたのは、クラスメイトの男の子である。
 数日後。その子は、1億人に1人と言われる難病に罹り、命を落とした。
 ナイトメアが持ち込んだ奇病の類、であるならば、どれほど楽な話であるか。
 思いつつ、ラヴィニアは狙撃を続けた。まるで機械のように。
「何もかも、あなたたちのせいに出来れば……いいんですけどねえ」
 死神。あの子の目を見た人は、死ぬ。
 そんな噂を、ラヴィニアはやがて耳にするようになった。
 実際に周りの人々がそんな事を言っていたのかどうかは、わからない。ラヴィニアには、しかし聞こえていたのだ。
 ナイトメアの群れが、闇の中を跳ね回り駆け回っている。
 せわしなく蠢く節足の音が、囁き声に聞こえる。
 死神、死神。お前は死神。お前のせいで、みんな死ぬ。お前が殺した。人殺し。
「はいはい、死神ですよ。人殺しですよぉ、っと」
 淡々と、ラヴィニアは引き金を引いてゆく。
 ナイトメアの群れが、斬撃用の前肢を振りかざし閃かせながら、ことごとく砕け散った。粉砕の感触が、銃身から伝わって来る。
 それを、ラヴィニアは抱き締めた。
 節足の音が、聞こえなくなった。
 囁き声は、しかし聞こえる。死神、人殺し、と。
 本物の死神が、闇の中から飛び出して来た。ラヴィニアは、そう感じた。
 とっさに跳躍する。
 凄まじい風が、全身をかすめた。斬撃の風。跳躍が一瞬遅れていたら今頃、ラヴィニアの長身は真っ二つである。
 斬撃の風だけを残し、そのナイトメアはすでに姿を消していた。
 今、撃ち砕き尽くしたものたちと比べても、特に敏捷な個体。
 やかましく節足を鳴らす事もなく闇の中を疾駆・跳躍し、ラヴィニアの命を狙っている。
 君のせい? そんなわけがないだろう。僕は、そういうものを一切信じない。
 あの男の子が病死した後、担任の教師がそう言ってくれた。
 オッドアイは科学・医学で説明の出来る、単なる身体的特徴だ。まあ確かに、ラヴィの目は綺麗だと思う。神秘的だと思うよ。どうかな? これで僕も死んでしまうのだろうか。そんなわけはない。見ていなさい。
 そう言った翌日、その教師は通り魔に刺殺された。犯人は獄中で死に、ラヴィニアは誰かを恨む事も出来なかった。
 ナイトメアとは関係なく皆、死んでしまう。
 自分がこうしてナイトメアを狩り殺すのは、仕事であるからだ。仇討ちや復讐の要素など、ひとつもない。
「何もかも、あなたたちの仕業なら……良かったのに」
 またしても、風が来た。
 一閃する前肢を、視認している暇はない。肌で感じられるものだけに従って、ラヴィニアは身を反らせた。
 斬撃が、視界をかすめた。風が、顔面を撫でる。
 垂れ幕のような前髪が、ふわりと舞い上がった。
 一瞬、露わになった左眼が、ぎらりとナイトメアを見据える。睨む。
 スコープを見ずに、ラヴィニアは引き金を引いていた。
 わかっている。自分の左眼に、何か特別な力があるわけではない。左眼で見ると射撃の能力が上がる。そんなわけはない。
 命中した。
 それはただ単に、標的が近くに来ていたからだ。
 銃撃に穿たれたナイトメアが、硬直している。敏捷性のみならず、耐久力も他の個体とは桁違いだ。
「……そうですよね。あなたたちは別に、何も悪くはない」
 硬直した標的に、ラヴィニアは容赦なく狙いを定めた。
 引き金を引く。4度、5度。
 ナイトメアは、砕け散った。
 撃ち尽くしたライフルをくるりと担いでラヴィニアは、自身の作り上げた殺戮の光景に背を向けた。
「だから……ちょっと、八つ当たりをさせてもらいました。ごめんなさいねぇ」


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小湊拓也 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月11日

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