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『本物と紛い物の境界線は何処』
桃李la3954

 梅雨時も夏も秋も冬も、私の身体から金木犀の香りがするようになって早半年程が過ぎた。店主が幽霊と噂されていた椿屋という名前の香油屋さんに興味だけを抱いて見に行ってその本人である桃李(la3954)さんと出会った当時が随分と昔のようだ。それ以降は彼の言う通りに捻り出した面白い噂を流して、実際友達だと相手は思っているだろう同級生達も店に行って、少しは売り上げに貢献出来たみたいなので、そこはよしとしておこう。但し少し変わった感じだけどイケメンだし狙いたいと騒ぎ出して質問責めにしたとも直に聞いたから、その点は申し訳なくも感じた。
「――何々、どうしたの? 俺の顔に、何かついてたりするのかな?」
 いつの間にやらぼんやりしていたようでそんな声を掛けられて唐突に我に返った。と同時にテーブルの上についた肘がバランスを崩して滑り落ちて、つい顔を叩きつける羽目になりかけたけど、踏み留まる。心臓が止まるかと思ったとか普通の人みたいだ。もしも実際にそうなったらまず心配すべきなのは自分の顔より目の前に色々設置された品物を壊す確率だろう。勿論私にはそれが幾らかも全然判らないし、何より初めて来た時に一つタダにしてくれていた桃李さんなら最早別に弁償しなくていいよみたいな感じで言ってきそうにも思えてちょっと怖かった。最初に私が貰った金木犀の練り香水だったら大人ならお気楽な感じでサービスしてくれそうだと思える値段だけど、もしかしたら万だとか十万だとかもいくかもしれない赤字を流されたら捻くれ者の私も流石に良心で怯む。少なくとも、もう二度と彼に顔見せ出来ないだろう。それにそうなると私は刺激のない毎日に逆戻りする。我ながら浅ましい考えと思うけども本音には間違いなかった。物自体は調理器具や実験道具に見えるけど、本当は超高級品なんて普通にありそう。通う頻度はあまり高くない私だけど来る度来る度違う柄の着物を羽織っていて、採算は度外視とも言ったので、道楽で経営してる可能性も相当高めだ。遺産でも使い遊んで暮らせるような人種とか――と、捗る邪推に、自分で自分に嫌悪感が募って思考を追い払った。
「全然気にしなくても大丈夫ですっ!」
「……それならまぁ、いいんだけどね。準備も出来たからじゃあ、始めようか」
 何やら含みのある言い回しが気になるけども若干の後ろめたさを感じている今つついても藪蛇になるだけとは目に見えているので何にも触れず、単純にはいと応えた。真っ直ぐ背筋が伸び、精神が引き締まるのが分かる。尤も桃李さんはまるで変わらず飄々とした様子で身を乗り出してテーブルの中央に置いてある箱を寄せて、蓋を開いた。その箱の中には、豊富な数の精油が入った小瓶が並んでいる。今いるのは店内の奥の一室で、桃李さんにとって仕事場でもある。つまり、今ここには商品を作る材料と道具が揃っているということだ。何故今私がこの場に着席しているのかというと金木犀の香水を買い足しに来たついでに、気分転換に何か新しい香水をと物色していたところ、今日は客が少なくて暇だしオリジナルブレンドでも一回試してみればとのお言葉があったからである。
「オーダーメイドっていうと大袈裟だけど、普段要望を訊いて希望通りのものを作ることはあっても、俺が人に教えるのは全然ないから解り難かったらごめんねぇ。って言ってもやること自体は簡単だから大丈夫かなと思うんだけどね」
 よっぽど手先が不器用じゃなければ、と付け足された言葉にぎくりとするものがあったが、素知らぬ顔で頷いておく。すると瑠璃の瞳が細められたように見えて心臓が煩くなった。彼は意味ありげな視線を寄越すのに留めてトップノートだのミドルノートだのと香水をつけてからどれくらいの時間が経つと効果を発揮するかによりタイプが違うというきっと常識だろう解説を話す。
「こっちの空の瓶の中から好きなのを選んでそうだねぇ、精油は三種類を合計二十滴分にするといいかな。ある程度は同じ香り系のものにすると纏まりはするけどその辺は好みでもいいかも。決めたあとで俺に言ってくれれば配分はこっちで指示するね?」
 了解ですと頷いて返せば桃李さんは微笑みを浮かべた。そして私の気が散ることを考慮してか、テーブルの上に並ぶ道具を手に彼は彼で仕事を再開する。私も小瓶を取り手書きと思しき字を見つつ選ぶことにした。
「この精油って、ラベルに書かれている植物が原材料なんですか」
「うん? あぁ、精油は全部そうだよ。そりゃあもう大量の花びらや葉っぱから抽出して作られてるから。――で、それがどうかした?」
「あー、えっと……食べ物とかでもあるじゃないですか。大豆を使った珈琲とか米粉パンとかそういうの。だから、何か代替品でそれらしい香りを作ってるのかなーなんて思ったんです」
 結局はそんなこともないわけだけど。作業を止めさせてしまい悔やみながら、精油を出したり戻したりして延々悩む。ふと桃李さんが席を立ち、ずっと火にかけていたお湯をボウル内に入れて戻る。それよりも小さいボウルにオレンジの固形物と透明の液体を注いで湯煎をするのを横目で眺めた。と、
「天然香料の他には、合成香料もあるんだよ。例えば白檀は定番の一つだけど、生育条件が難しいし物によっては香りが薄かったり、アレルギーが出易いから、何処も合成香料を使うのがメジャーかなぁ? 作り物って雰囲気が強くなるから俺はあんまり好きじゃないけどね」
「作り物……ですか? それって綺麗に装っても結局本物じゃないし……とか」
「うん、そういう感じかもね。そういえばキミは恋人とかっていたりするの?」
「はぁっ!?」
 急な話題変更につい素っ頓狂な声が出てしまった。ついでに危うく手元の精油を落としそうになったけど奇跡の運動神経を発揮して落とさずに済み安堵する。
「いっ、いませんが……?」
「そう。なら想像してみて。もしキミの恋人がキミの中身より外見が好きで性格が全然違う瓜二つの人に靡いちゃったら何か嫌な気持ちになるとは思わない?」
「うーん……確かに……?」
 我ながら微妙な反応だと思うけど、桃李さんはしたり顔で頷いた。まるで作業の手が止まらない辺り本当器用な人である。私は彼の見るからに普通の人間じゃない部分にシンパシーは感じても恋愛対象みたいなそういう意味での好意は特に抱いていない。それなのにどきっとしたのは多分、夜空みたいな綺麗な瞳が好きだからなのかも。でも解るようで微妙な理論だ。
「――まぁオーガニック系がメインってだけで、合成香料を使った商品もうちで扱ってるんだけどね」
 別にツッコミ待ちでもなく笑わせるでもなく、何の気なしというふうに桃李さんはさらりと言った。それから多分練り香水だろう品を作っていた彼が手を止め急にこちらをじっと見てくる。
「それでそろそろ何にするか決められたかな?」
「……もう少し、待ってください」
「ふふ。どうぞ、気が済むか店仕舞いするまで好きにしていいよ」
 初めて会ったとき普通とは何ぞやと問いかけたのを思い出した。普通の人にとっては多分どんな香りがするのかが全てなのであって、それが本物か作り物かなんて考えることもないのかもしれない。私も人前ではありのままの自分を見せられないから人のことはいえないだろうけど。桃李さんの話を聞いた後で小瓶を眺めればそれに先程と違った印象を覚えたのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回はどういった内容にするか悩んだ結果やっぱり
おまかせならではの話にしたい思いがあった為、
前に前後編として書かせていただいたモブとの
話の後日談にしてみました。桃李さんサイドも特に
この視点主を特別扱いしているわけでもなくて、
気紛れでちょっとサービスする程度のイメージです。
要望を聞きつつ作ることもある、ということなので
延長線的な……教室はしてなさそうな気がしたので。
合成香料は絶対に使わないスタンスだったとしたら
盛大な解釈違いとなるので、本当に申し訳ないです。
また、香水関係の知識は俄かなので違っているかも。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年12月14日

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