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『厚い雲から咲く花は』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621


 空から白いものがちらちらと降ってくる。雪だ。
 神取 アウィン(la3388)はそれに気付くと顔をしかめた。傍らにいた、妻の神取 冬呼(la3621)を抱き寄せる。冬呼はそろりと周囲を見ると、夫に身体を預けた。
 多くの人間が、自分たちの背後にある建物に入っている間は許されるだろう。手を握ると、冬呼の細い指先は、使い捨てカイロと一緒にアウィンのたなごころにすっぽり収まった。カイロはもはや用をなさず、手袋越しでも、その手が随分と冷えてしまっていることはわかる。
「予報が外れたな」
 白い息を吐きながら、空を見上げる。晴れていれば濃紺の筈である夜空は、雪を降らせる分厚い雲によって濃い灰色に塗り替えられていた。それを映す、憂いが浮かぶアウィンの藍色の瞳も、鈍色が混ざるようである。

 国際会議会場警備の任務で、アウィンと冬呼もかり出された。二人は建物周囲警備に割り振られた。気温が下がりがちな冬場の警備と言うことでアウィンは心配していたが、冬呼も念のため防寒の準備はしており、カイロも持参。天気予報では、夜になってもさほど気温は低くならない、筈だった。
 が、蓋を開けたらこの有様だ。雪が降る方が却って体感温度としては高いとは言われているが、春並みになるわけではないし、冬呼の紫色の髪を雪が飾る様を見ていると、早く暖かいところに入って落としてやりたいと思う。体感温度に関係なく風邪を引いてしまう。
 冬呼は腕時計を見た。それからアウィンを見上げ、
「もう少しで終わるから、大丈夫ですよう」
 安心させるように笑う。
 その、「もう少し」の間に、雪片はどんどんその大きさを増して行った。細雪からぼた雪へ。雪が降らない地域の子供が喜ぶ雪だ。
「おお、何かすごいことになってきましたねい」
 冬呼はマフラーを鼻まで引き上げた。


 結局、この日は雪で帰るのが困難になってしまい、自治体が用意したホテルに泊まることになった。神取夫妻はツインの部屋を案内される。部屋に入るなり、暖房のスイッチを押したアウィンは大股で風呂付きの洗面所に入った。風呂に湯を張りながら、備え付けのタオルを持ってベッドに腰掛けた冬呼の元へ飛んでいく。髪の毛についた雪を丁寧に落とした。既に屋内の温度で溶けていて、髪の毛は濡れてしまっている。毛束をタオルで挟んで軽く叩きながら水気を取った。
「風呂ができたら入ると良い」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
 鼻の頭を真っ赤にしながら冬呼は頷いた。彼の気遣いは無碍にできないと言うのもあるようだが、彼女自身、寒さが堪えているのだろう。
「アウィンさんは? 大丈夫?」
 冬呼は手を伸ばし、アウィンの髪にまだついていた雪を払う。彼はそれに微笑みながら、
「俺は大丈夫だ」
 鍛えているから、というのは完全な冗談というほどでもない。一般的に、筋肉が付いていると冷えにくいと言われている。ものには限度があるが、自分を気遣う妻の表情を、少し明るくするのには充分な言葉だ。
「そろそろか」
 頃合いかと思って湯船を見に行く。水位は六割ほど。今から洗面所で準備すれば、丁度良い位置まで溜まるだろう。
「もう少しで溜まる。準備すると良い」
「うん、じゃあ、お先にお風呂頂きます」


 暖房でだいぶ冷えは取れてきた。屋内に入るだけでかなり違う。首に掛けていたペンダントを外して洗面台の脇に置いた。薔薇のチャームに、一粒のアウィナイト。夫の瞳と同じ色彩の宝石が飾られている。いつでもはっとするような美しい青。この世のいかなる宝石と比べても、冬呼にとってはこの石が一番美しい。自分を優しく見つめる、愛おしい夫の瞳を想起させる。
 脚にかけ湯して、温度差に慣らす。ここでヒートショックなんぞ起こしてぶっ倒れる訳にもいかない。軽く温まってから湯に入った。
(心配掛けちゃったかなぁ)
 元々、フィールドワークも兼ねた任務で方々に行くので、悪環境にも強行軍にも慣れているつもりだった。体調との付き合い方含めて、である。
 自分を大切にするという目標は、アウィンとの結婚で重みを増した。彼を心配させるようではまだまだなのか……いや、どれほど自分で気を遣っても、夫の、冬呼にのみ発揮される大変な心配性は緩まない気もする。けれど、それは自分も同じ事だ。戦闘任務でアウィンが負傷すれば心配もするし、怒りも湧く。
 口元まで湯に浸かり、ぶくぶくと空気を吐きながら、じっとしてぬくもりを堪能した。強ばっていた筋肉が緩み、血が巡るような感覚。
「ふゆ? 大丈夫か?」
 外からアウィンの声がした。どうやら、あまりにも静かなのが心配を招いたらしい。
「大丈夫ですよう。ちょっとぼーっとしてただけ」
 聞こえるように大きな声で応じると、狭い部屋には声が反響した。彼はやや安堵したように、
「なら良いが、動けないほど疲れているなら呼んでくれ」
「そうなったらそうさせてもらうねぇ」
 自分をタオルと毛布でぐるぐる巻きにしてベッドまで運び、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼の姿はすぐに脳裏に浮かんだ。へへ、ちょっと良いなぁ。けれど、彼もまた同じ任務で疲れているのだと思うと、冬呼としても甘えてしまうのは気が引ける。

 アウィンが心配していたような事は起こらず、冬呼は自分の脚で湯船から出た。身体を拭くと、彼女は真っ先に、外したペンダントを纏う。
 暖かい部屋に置かれていたそれは、冬呼の肌を冷やすことはしなかった。


 風呂上がりの冬呼はだいぶ血色が良くなった。相当冷えていたのだろう。備え付けのパジャマはフリーサイズでやや大きく、冬呼には袖が余るようである。その姿がまた愛らしくて、アウィンの頬が緩んだ。
「ふぃー、お先でした」
 心なしか、声にも力が戻っている。
「温まれたか?」
「うん」
 彼女はこくりと頷いた。ドライヤーは洗面所備え付けのものがあったので、既に髪の毛も乾いている。アメニティのシャンプーを使ったせいか、いつもとは違う香りが冬呼から漂った。
「アウィンさん次どーぞ」
「ああ、ありがとう。先に寝ていてくれ。待ってなくて良い」
「お言葉に甘えて……おやすみなさい」
 もう一度頷く。
「おやすみ」
 そのつむじに唇を寄せると、アウィンは自分も着替えを持って風呂場へ向かった。頭のてっぺんを手で押さえ、頬を染めながらぽかんとする妻に見送られる。
 洗面所で鏡を見たときに、自分の髪も溶けた雪で湿っていたことに気付いた。冬呼が一生懸命雪を落とそうとしていたのはそう言うことか、彼女のことに必死で気付かなかったが、自分もそこそこ雪を乗せていたらしい。
(これで俺の方が風邪を引いてしまっては、ふゆが気にしてしまうな)
 ゆっくり温まるとしよう。グリーントパーズのついたプレートネックレスを、洗面台の脇に置く。屋内のオレンジがかった電灯を受けて、暖かく光っていた。

 冬呼と同じ香りを纏って、同じパジャマに袖を通す。短い髪の毛はすぐに乾いた。風呂場を出ると、部屋の照明はアウィンの枕元と玄関周りを残して消されていた。
 彼女は既に、最初に腰掛けていた窓側のベッドに入って寝息を立てていた。ぐっすり、のお手本の様な寝入り方で、相当疲れていたことがうかがえる。ようやく休めて良かった、とアウィンは安堵した。しばらく、長い髪のかかる寝顔を眺め、
「おやすみ」
 もう一度声を掛ける。起こさぬように、触れはせず、自分も反対側のベッドに入った。目を閉じる。空調の音と、冬呼の寝息を聞いている内に、彼も自然と眠りに落ちていった。

 外では雪の勢いが徐々に弱まっていて……それは夜明けを待たず静かに止まった。


「同じ服を着ているのに、アウィンさんの方が決まっているとは……」
 翌朝、起きた冬呼は夫の姿を見て眉間に皺を寄せた。彼女には大きいサイズだったが、アウィンには丁度か、やや余裕がある程度か。着こなしていて、寝間着だというのに様になっている。アウィンは枕元の眼鏡を取りながら、
「ふゆは可愛いから問題ないだろう」
「お、おおう、そうきましたか……」
 きょとんとして、思ったことを包み隠さず言う彼の言葉に、冬呼はやや恥ずかしそうにしながらも満更ではない。

 ホテルを手配された段階で、今日の迎えのスケジュールは決まっていた。正午に、自治体が手配してくれたグラウンドにキャリアーが着陸するらしい。ホテルからはマイクロバスで送ってもらう。
「いやはや、至れりつくせりでなんともはや」
 しみじみ言いながら、朝食の席で湯飲みの緑茶を啜る冬呼。体調も悪くないそうで、アウィンは一安心。他のライセンサーに挨拶をしながら、二人は朝食を終える。時間までは、部屋でゆっくり過ごすことにしている。

 雪はやんでいて、除雪で路面も多少出ていたけれど、白が目立つ景色は眩しく見えた。
 空は相変わらず曇っていたけれど、昨日に比べてやや厚みの減った雲はその上の陽光を透かしている。悪く言えば半端だが、緊張が緩むような空模様を見て、冬呼は目を細めて伸びをした。
「良いねぇ、こういう景色も」
 背もたれの高い椅子に身体を預け、丸くなった彼女に、アウィンは毛布を掛けた。自分も椅子を持ってその隣に座る。時間は穏やかに過ぎていった。

 部屋を出る直前になって、ミニバーに地酒があることに気付いたアウィンは、後ろ髪を引かれる思いで靴を履いた。
「通販で買えるから……一升瓶買った方が良いよう」
 冬呼がその背中をぽんと叩く。アウィンの表情はそれを聞くと、目に見えて和らぐ。
「そうだな。ふゆと飲む酒は格別だからな」
「ふふ、そうだよう。だから気兼ねなく飲める一升瓶の方が良いよ」
 二人は手を繋いで部屋を出た。清掃の時間でもあり、スタッフが行き来している。
「お世話になりました」
 丁寧に挨拶をする。またお越し下さい、という、優しい言葉に送られて、二人は集合場所のロビーに降りた。早め行動を取った二人だが、ロビーには既に、彼らと同じように律儀なライセンサーたちが集まっている。全員ではない。ややルーズだったり、のんびり屋だったりするライセンサーはこれからだろう。
「ふゆ、ここが空いている」
 ラウンジのソファを指した。冬呼は夫の促すままに座る。
「ちょっとした小旅行だったねぇ」
 任務であることは間違いないが、終了後の宿泊だったので、その後に事態が動く心配はしなくて良い。冬呼の熟睡にも、その辺りの理由があるだろうか。
「そうだな」
 アウィンも頷いた。
「次は、任務とは関係のないときに来るとするか。その時こそ地酒を……」
 彼は至って真面目だ。冬呼はそんな夫を愛おしげに見つめる。わたしの藍宝石。視線に気付いてこちらを見下ろす青い瞳は優しい。

 迎えのマイクロバスが停車するのが、外に面した大きな窓から見える。アウィンは二人分の荷物を肩に掛け、冬呼に手を差し出す。彼女がその手を握って、二人は帰路に就いた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
改めまして、ご結婚おめでとうございます。
神取先生は元々虚弱を伴う体質、けれどフィールドワークが必須な研究分野と言うことで、多分遠出するときの体調管理についてはノウハウがあるのだろうな、と思って書かせていただいております。
アウィンさんはこういう状況になったら、一挙一動に全て手を貸そうとしそう……という私の邪推も入っていたりします。
結構捏造が入っているかとは思いますが、二次創作と思ってご容赦頂ければ幸いです(リテイクを拒否するものではありません)。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月14日

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