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『杉たるもの』
狭間 久志la0848)&杉 小虎la3711)&杉 帝虎la3708

 足首に腫れはない。曲げ伸ばしすると少々痛むが、サポーターなどで固定してさえいれば問題あるまい。
 グロリアスベースの自己治療用具室、通称“保健室”の椅子に座した狭間 久志(la0848)はやれやれと息をつき。
「杉。それもうサポーターの域越えてっから」
 言われた途端にくわっと彼を仰ぎ見たのは、捻挫が癒えかけた久志の足首へ執拗にチューブ包帯を巻き付けていた杉 小虎(la3711)だった。
 そして彼女は急ぎ、師匠である久志の足首をぎぢっと見下ろす。
 うん。どんなににらみつけたところで結果は同じ。ボールさながら丸く膨れ上がった、包帯製の球体関節――関節なのに曲がらない――がそこにはあって。
「過ぎたるはなお及ばざるが如しですわね!?」
 ちょっと考えてから言い直した。
「杉たるはなお及ばざるが如しですわね!?」
「言いてぇことはわかるんだ。でもな、なんでも杉にしときゃいいわけじゃねぇからな」
 杉たるはって、そもそも意味わかんねぇし。
 まあ、やり杉るもといやり過ぎるのは、小虎自身が加減を弁えていないからなのは間違いないにせよ、過ぎることこそが杉の家風なんだろう。小虎を見ていればわかるというか、思い知る。

 戦場(いくさば)に 暴れすぎたる 杉の虎

 戦国に名を馳せた杉家初代はそう謳われたそうだが、何十代目かの小虎でさえ高純度な脳筋なのだから、杉の血というものは相当に濃い。
 言ってみりゃ“しつ濃い”って感じだけどなぁ。
 いそいそと包帯を解き、一からでかすぎる球体関節を作り直しにかかった小虎を見下ろし、深いため息をつく久志である。
「杉、それなんも変わってねぇから。さっきといっしょだから。杉たるはなお及ばざるが如しだから」
「わたくしといたしましたことが! 師匠を案ずるばかりにかような失態、やはり心鎮まらぬ中で為せるものなどありはしませんのね……」
 憂い顔を伏せて無念を噛み締める小虎だが、別に心が鎮まっていたところで結果は変わるまい。なぜか? 小虎は狂おしいほど脳筋だからだ。
 ガワだけでも歳相応で! などと思い直したばかりでさえなければ、久志もすかさずツッコんでやったのに。人間というやつは、つくづくタイミングの善し悪しに左右される代物である。

 いや、今はタイミングの話じゃねぇか。
 自分と小虎とが、先日からの流れを引きずっていることはわかりきっていた。
 久志は儚い大人げの真ん中にある拙い弱さを小虎へ見せてしまい、彼女は脳筋の端から染み出す乙女心を彼へ見せてしまった。
 見せ合う必要などまるでなかったものを晒してしまったせいでふたりは今、どこかぎくしゃくしていて。
 互いの芯にあるものを確かめてしまったおかげでふたりは今、男女の間合を大きく詰めてもいて。
 このまんまだと始まっちまうよなぁ。インキャおじさんと脳筋ですわの笑えねぇコイバナ……っていうか、杉。目が怖ぇ。獲物(俺)狙ってるタイガーさんの目だぞ。

 一方の小虎もまた、自分と久志が引きずっている気まずさと、一気に近づいてしまった心の距離とを噛み締めている。
 いったいわたくし、どうしてしまったのでしょう? まさか武の師へこれほど心靄めかせてしまうなど。
 書(マンガ)に親しむ中で、男女がわりない仲となるに雄壮な一騎駆けや命を捨てての助太刀が必要ないことは学んできましたけれど……どうですわ? 師を抱きかかえてから始まる色恋。
 こうしたことに疎い少女漫画の主人公であれば「この気持ちはいったいなに? 私ぜんぜんわからないよっ!」などと悩むのだろうが、小虎は脳筋。思考は概ね野生の勘で代用していて、彼女は本能の声に即応できるよう自らを鍛え上げている。
 そして、そんな彼女の本能は!
 ――凄まじい勢いで久志を美化し始めていた。小虎に彼を魅力的な獲物として認識させるべく。
 いえ、狭間様はけして美化必須な醜(ぶ)男子ではありませんけれど! そもそも武男子ですし、わたくし的には高評価で好評価!
 と、なれば……ですわ?
 これはもういただいてみるよりありませんのではありませんのかしらいえそんなはしたないことははしたないですわよわたくしおちつくのですわ――

「杉。為せねぇんだからもう巻くのやめろ」
 先ほどより丸くて大きな球体関節が仕上がっていく様に耐えかねた久志が、とうとう口に出し。
「あああわたくしといたしましたことが!」
 縦ロールを逆巻かせ、我に返った小虎が吼えたそのとき。
「御免蒙る!」
 保健室の自動ドアをこじ開け、踏み込んできたのだ――素肌に革ベストと革パンツを合わせるという世紀末仕様のおっさんが。
 御免蒙るの主な意味は「相手の許しを得る」ことであるのだが、まず間違いなくこのおっさんはもうひとつの意味、「嫌だと断る」ほうのやつを押し出している。そうでなければわざわざ体を低くし、自分より背の低い久志の顔を斜め下から睨み上げてきたりすまい。
「いや、御免はともかく蒙る(こうむる)って言われてもなんもしてませんし……どちらさまで?」
 一応訊いてみたのは、万一の可能性に賭けてみたかったからだ。頼むから奇跡、起こってくれよ!
「杉家現当主、杉 帝虎である!! ウチの大事な大事なひとり娘がずいぶん世話してやったとの話を聞き、こうして出向いてきたまでのことよお!!」
 杉 帝虎(la3708)、久志の願いをめっきりへし折って、降臨。
 まあ、最初から叶わぬ願いではあったのだ。なにせ帝虎、小虎とおそろいの金髪で見事なリーゼントだったから。
 武の名家の親子がなんでそろって金髪なんだよ。しかも縦ロールとリーゼントって、大和民族の誇りとかどこ行ったんだよ、おい。
 げんなりする久志を置き去り、びっくりと立ち上がった小虎はおろおろと。
「パパ!? なぜこんなところへ!?」
 大和民族の以下略。
「今言ったばかりだが!?」
「残念ながら、パパのお言葉より狭間様のお足首のほうが気にかかり、まるで聞いていませんでしたわ!」
「狭間 久志とやらあああああああ、赦さぬううううううう!!」
 整理してみれば、小虎が話したせいで帝虎はここへ乗り込んできて、小虎が帝虎の話を聞いていなかったから帝虎は、ほぼ間違いなくフルネーム以上の情報まで押さえている久志を赦さないと言っている。完全に親子内で完結した話なので、久志が赦されなければならない理由はまったく存在しない。
 なんかもう、絶望的杉るって感じだよなぁ。
 威風堂々と登場して数十秒、今は娘に「ギブですわ!?」と立ち関節を極められつつ、「ノオオオオオ!!」とかかぶりを振っている帝虎より、久志はなんとも言えない目を逸らした。


「あらためて御免蒙る」
 どん。久志の向かい、陣床几椅子へ座す戦国武将さながらの風情でパイプ椅子へがに股座りを決めた帝虎が言い放った。
 いやだから、そっちに蒙らせなきゃなんねぇ御免は強いてねぇんだって。
 思いながらも過去の経験を生かし、鉄壁のお役所スマイルで対応する久志。
「では、杉をお引き取りの上でお引き取りいただけるという認識で間違いございませんでしょうか? 当方といたしましても、妙齢のお嬢様をお引き留めしてる現状は不本意でして」
「貴様の言、誠がないな」
 脳筋は鋭ぇなぁ! 久志は絶望する。
 脳筋の勘が獣レベルなのは先にちらりと述べたわけだが、しかしそれなら上っ面の体裁だけじゃなく、奥にある本意も察してくれ。
「じゃあ正直な話をさせてもらいますが、心の底から杉といっしょに帰ってほしいです。俺の意志が心配だからとかじゃなくて、お宅のお嬢さんは俺に対して冷静さってのを見失ってる感じなんで」
 察してくれる見込みがなかったので、自分で言うことにした久志である。
 一応、激怒される覚悟もしていたのだが、帝虎は不機嫌な視線を久志のとなりに姿勢よく座す小虎へ移して。
「そなた、このヒョロガリ眼鏡に懸想しておるのか?」
 170センチ65キロの久志をヒョロガリ扱いするところに帝虎の偏った筋肉観が見えたりしたし、そもそもあんたも細マッチョ系だろうがというツッコミもありつつ置いておいて。
「狭間様はかなり深刻にお痩せになられておりますが」
 とりあえず父と同じ筋肉観を持っていることを知らしめた小虎は眉根を困らせる。
「わたくし、浮き足立っているのです。お怪我をされた狭間様を見て、また喪ってしまうのではないかと焦りに突き上げられ、それが恋愛ゆえなのか親愛ゆえなのかを掴みかねていて。……ですので、懸想している、していないを取り沙汰するにはまだ早いかと」
 脳筋とは思えない、冷静且つ情理にかなった判断である。思わず感心した久志だったが――
「その正体を確かめるべく、いただいてしまうよりないのではないかと思い詰めていることもまた事実ですわ」
 とんでもないことをはっきり口にしてみせた。
 そしてこの言葉に父は唸り、唸り、唸って、
「確かにっ!!」
 心臓掴み出すみたいな顔するくらいなら「馬鹿なことを申すなぁ!!」とか言えよオヤジぃ! 久志は胸中でコメントし、とりあえず親子へ言った。
「俺は冷静さ失くしてる女子に付け入る気はありませんし、勢いで喰わせちまう気もないんで。杉さんは落ち着いてください。杉はいろいろ控えろ」
 渋い顔で言い募る久志と、「反省いたしますわ」としょんぼりする小虎。両者の顔を超高速で見比べ、帝虎は噛み締めた奥歯をきしらせ、無念を吐き落とす。
「ぬぅぅぅぅ! わしのかわいいかわいい小虎に控えろとはなにごとだぁと怒り散らしたいところなれどまったくもって難癖つける隙が存在せん……!」
 せめて難癖とかいう剣呑ワードは隠しとけよ。あとあんだけしゃべって息継ぎなしとか、肺活量すげぇな。
 口へは出さずにツッコんで、久志は思い直した。まあ、隠せねぇのも隠さねぇのも美徳だよな。相手に本音だけでぶつかるとか、普通は怖くてできねぇし。
 脳筋だから考えず、闇雲にぶつけているだけの可能性も高いが、それにしてもだ。
 思春期を踏み越えた年頃の娘を「かわいいかわいい」と言い切れるほど、この父親は娘を愛している。そして娘は、心かき乱す得体の知れないもののことを話せるほど、父を信じ、頼っている。
 と、久志がそんなことを考えている間に、帝虎は持参していたらしいお見舞い用くだものセットのカゴを掲げて「心鎮めるべくアレをやるぞ小虎!」。
 小虎は小虎でなにを聞き返すこともなく「のぞむところですわー!」。
 共にあたりまえの顔で足首あたりから抜き出した刀子をもって、リンゴの皮をむき始めたのだ。
「心乱るれば刃筋も乱るる」
「さりとて心無くさば物へと堕ちん」
 帝虎の言葉を継ぐ小虎。意味はよくわからないが、おそらくは杉家の格言的なものなのだろう。唱えた直後から親子の手は加速し、糸のごとくに細く剥いた皮を、途中で断つこともなく垂れ下げていく。

 ふと、小虎は過去のことを思い出した。
 杉の血縁はほぼほぼ全員、思いを隠しておくことが苦手である。杉の本流に合流してきた他家の血もまた杉の有り様を認めたもしくは気にしなかった者のそれなので、むしろ代を重ねるごとにその気風は強まっている説すらある。
 だから。
 いつも小虎は父へ思いをぶつけてきたのだ。うれしさ、悔しさ、切なさ、そして――婚約者をあのような形で失うこととなった、名づけ難き心情すらも。
 そのすべてを父は聞き、そして最後にはこうして共に果物の皮を剥く。
『情に流されてはならぬが、失ってもならぬ。無情は刃を澄ませるが、有情ならぬ刃は残心することもかなわず、ただ斬るばかりよ』
 先に唱えた教えをただ一度、帝虎はこのように説いた。もちろん、今になっても意味を解したとは言えないのだが……
 いつかわたくしがその教えを真に理解し、自らの言葉をもって語れるようになったなら、答合わせをさせていただきますわね、パパ。

 果たして。両者はほぼ同時に剥き終え、6つ割――最初に4等分する等の調整ができないため、難度の高い切りかただ――にした一片をそれぞれ紙皿に乗せて久志へと差し出した。
「どちらが鎮まっておるか判断せよ」
「お願いいたしますわ、師匠」
 心の鎮まり具合って味でわかんのか? 首を傾げながらも久志は皿を受け取り、気持ち的に超えなければならないハードルが低い小虎のリンゴを口に入れた。
「うまい」
 自然に眉根が跳ね上がる。
 今彼が味わっているのはただのリンゴだ。なのに、味も歯触りも、想像していたリンゴをはるかに超えていて。これは刀子の斬れ味と、それこそ刃筋を揺らさない技の冴えによるものか。
「おまえ、なんで戦場でこれが出ねぇんだよ!?」
 この冴えがあれば、どんなナイトメアであれ殴り合う必要などなく両断できるだろうに。
 しかし小虎は久志の言へかぶりを振ってみせ、
「戦場では心が揺らぎますもの」
 遠くを見透かしながら、継いだ。
「でも心揺れなくなれば、人ではなく物へと成り下がりますわ」
「いやいや、やらねぇだけだろ!? 弟子とか言ってねぇで斬りまくってこい!!」
「容易くできるなら苦労はいたしませんわ! 師なら方法を説いてくださいまし!」
 このやりとりを見ていた帝虎は目をみはり。
「貴様、やけに冷めているかと思いきや、存外に血が熱いな。ガキか」
 え、こんなので評価上がる感じかよ。驚きつつ、久志は自らへ苦笑する。脳筋パパにまでガキ扱いされるって。俺の大人げってほんと、ガワだけなんだよなぁ。
 自分を一度落ち着かせて後、久志は帝虎のリンゴを手に取った。
「――!」
 小虎のリンゴはうまかったが、帝虎のリンゴはうま過ぎた。歯に当たった瞬間の限りないなめらかさと、歯を入れたと同時にあふれ出てくる果汁の鮮やかさ、いったいなんなのか!? そもそも心が鎮まるだけで、こんな代物が生み出せるのか!?
 どんな顔をしていたものかは知れないが、驚くばかりの久志へ小虎がつまらない顔で説く。
「リンゴの繊維の“目”を読んで、それを潰さないよう斬りますの。わたくしも相当に自信があるのですけれど、パパにはまだ及びませんわ」
 切るではなく斬るというのがまた杉の家風なのだろう。
 それにしてもだ。
 意外なことに、彼は嫌いじゃないらしい。この暑苦しい脳筋パパのことが。ついでに目の前の親子ばかりでなく、自分までもが心を鎮めてしまったことも悪くない。
 もう一度苦笑して、彼はケガした足を軸に立ち上がった。
「せっかくですし飯でもどうです? リンゴ食わせてもらった礼にごちそうさせていただきますよ」
 かくて久志は肚を据える。
 ガワ通りの大人を演じる気はなかったが、せめて狭間 久志という有り様だけは、この脳筋パパへ叩きつけてやる。それから――はっきりさせようか。
 意外どころじゃなく嫌いじゃない杉と俺を繋げてるもんが、親愛なのか恋愛なのか。


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2020年12月17日

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