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『篝火に咲く白』
ラシェル・ル・アヴィシニアla3428)&珠興 若葉la3805

 雪が降り始めたのに気づき、ラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)は顔を上げた。
 暗くなった山の中に、修験装束に身を包んだ男たちの姿が浮かび上がる。
 隣を歩く皆月 若葉(la3805)が「すごいな」と声を漏らした。
「昼間とは周りの景色が全然違って見えるね。ほら、白い椿が篝火に浮かび上がってすごくきれいだよ」
 若葉は小声でそう言いながら、ラシェルの視線を促す。
 小さな池を中心にごつごつとした自然の岩が配置された山寺の苔庭の奥には、何百本もの古い白椿の木があった。
 周囲に配置された篝火の真っ赤な炎の奥に、その白い花と舞い散る雪が淡く浮かび上がって見えた。
「幻想的だな……きっとこの行事が始まってから1200年間、こんな光景が毎年ずっと何も変わらずに続いてきたんだろうな」
 法螺貝の音が闇夜に響く。
 貸し与えられた白い法衣を身に着けたラシェルは、若葉と一緒に修行者達の後について歩き始めた。
 若葉が再び「見て」と前を指さす。
 山頂の行場へ向かう山道には白椿が零れ落ちんばかりに咲き乱れ、まさに「椿の回廊」のようになっていた。

「椿のトンネルだね。どこまで続いてるんだろう?」
「ああ、すごいな。それより若葉、足元は大丈夫か? 草鞋で痛くなってないか?」
「慣れてきたから平気だよ。それより、山伏さん達歩くの早いから、置いていかれないようにしないとね」
 松明を手にしたラシェルと若葉は、雪が降りしきる中、修行者達の背中を追って山を登った。
 トンネルのようになった椿の大木の下を何十人もの修行者達が錫杖の鈴の音を響かせ、真言を唱えながら上がっていく。
 闇夜に浮かび上がるその姿は、修験道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)の生きた平安の昔を思わせるような光景であった。
(やはり、上へ行くほど闇が濃いように見えるな。周りを警戒するのを忘れないようにしなければ……)
 山頂を目指す列の殿を歩きながら、ラシェルは木々の向こうに沈む闇に目を凝らした。
 ラシェルと若葉はこの山にナイトメア出現の危険があるとSALFから聞かされてここへやってきた。
 本来ならば儀式を中止し、ライセンサー達による「山狩り」を行ってナイトメアを捜索する予定もあった。
 だが、1200年間ずっと続いて来た歴史ある行事をここで途絶えさせたくないというのが地元達の願いだった。
 そのため今回はラシェルと若葉のライセンサー2人を参加させる事を条件に、例年通り修行者達が山に入ることとなったのである。

「先頭が頂上に着いたみたいだね。わぁ、風が強いなぁ」
 寒いね、と言って若葉は着物の袖に両手を引っ込めた。
 椿の森を抜け出した先にあるこの場所は、この山で一番神聖な場所である。
 修業者達の長である山寺の住職が山頂に突き出した大きな岩の上に座り、風雪の中で経を唱え始める。
 その真下は断崖絶壁であり、底の見えない真っ黒な谷底になっている。
 周囲には一層明るく篝火が焚かれ、修行者達が住職の声に合わせて一斉に読経をする声が響くと、周囲はまさに「聖地」と呼ぶにふさわしい緊張感に包まれた。
(これもきっと、修行の1つなんだろうな。もしあの岩の上から落っこちたら……)
 若葉は身を切るような寒さの中で行われるこの儀式が、どうかこのまま無事に終わるようにと祈っていた。
 だが読経が済んで住職が岩を降りようとしたその時、不意に背後から女の叫び声のような甲高い音が聞こえてきた。
(北風の音かな……? いや、違う)
 隣を見ると、ラシェルがロングボウ「レクセル」を手にしていた。
 ラシェルは矢を弓に番えると、「いるぞ」と若葉に言った。
「住職さん達にすぐ山を下りるように言ってくれ。多分、例のナイトメアだ」
 叫び声は次第にこちらに近づいてくるようだった。
 若葉は修行者達を庇うように立つと、静かに下山するように声をかけた。

「明かりを減らして、声は立てないで。俺とラシェルも後から行くから」
 そう若葉が言うと、何が起きているのかを察した修行者達は大きく頷いた。
 彼らは若葉の指示に従い、高齢の住職を先頭にして、速やかに山を下り始めた。
「一体かな? 複数いるとまずいよね」
 若葉は下山していく者達の動きを横目で見ながら、吹きすさぶ風雪の向こうに耳を澄ました。
 甲高い北風の音に交じって近づいてくるその声は、近づくにつれて女の叫び声のようなそれから獣の咆哮に近い響きを持って聞こえ始めた。
「北側から来るな。多分、一体だけだ」
 ラシェルはそう言いながら、まだ何も見えない闇の向こうを睨みつける。
 ナイトメアは修業者達の下ったのと反対側の斜面からこちらに駆け上がってきているらしい。
 若葉は軍浄銃「狼演」を構えると、「行くよ」とラシェルに声をかけた。
「大きい音を立てて、こっちに引き付けよう。篝火があってよかった。多分、すぐに来るよ」
 鳴き声を頼りに大体の方向を推測すると、若葉はそちらの方角に向けて引き金を引いた。

(さぁ、来い!)
 狼の咆哮にも似た爆音が真っ暗な山中に響き渡った。
 北風の音をかき消すようなその轟きが、若葉とラシェルの位置を強く主張する。
 すると闇の向こうにいるそれは、自分の標的の位置をはっきりと認識したようだった。
 斜面の木々が大きく揺れ、何かが木から木を飛び移ってこちらに向かってくるのが見えた。
「狙い通りだな、若葉!」
 ラシェルが弓を引き絞り、そして放った。
 何か大きなものが椿の大枝を蹴り、篝火の上に飛び出す。
 その瞬間、ラシェルの矢はそれに向かって真っすぐに飛んで行った。
「オォオオオオオオオオ!!!!!」
 悲鳴と共に、真っ白な椿の花びらが散った。
 炎の明かりに浮かび上がったのは、真っ白な体毛を持つナイトメアだった。
 ナイトメアはラシェルの矢に弾かれるようにして山道に飛び降りた。
 そして金色に光る大きな目玉と赤みを帯びた二本の牙をむき出しにし、ラシェルと若葉の方を睨みつけ、怒りの咆哮を上げた。

「やはり、こいつだったな。SALFから聞いていた通りだ」
 ラシェルはすかさず二本目の矢を番え、構えた。
 それは例えるなら、「白い鬼」のようなナイトメアだった。
 獅子のような鬣を持ち、額からは大きな一角が伸び、その下に人間のような顔があった。
 そして筋骨隆々とした体には体毛はなく、古木の根のような太い血管が浮き上がっていた。
(かなり素早いナイトメアだと言われたな。一対一での接近戦は不利だとも)
 ラシェルは篝火の明かりの中に目を凝らす。
 相手も視線を逸らさず、殺気をあらわにラシェルを見ていた。
 目を逸らしたら負ける。
 野生の獣が持つような、そんな強い意志を感じさせる態度だった。
(こいつの武器は、手足の強力な筋力としなやかさから生み出されるあらゆる方向からの素早い突進、強靭な顎を活かした噛み付き……)
 結弦を強く引き絞りながら、ラシェルはそのタイミングを計った。
(だが、迷っていれば先手を打たれる。まずは動きを止めなければな!)

 ナイトメアがこちらに突進すべく身を縮めるのをラシェルは見た。
 その瞬間を狙い、ラシェルは相手の呼吸に合わせて矢羽根を手放した。
 放たれた矢がまっすぐにナイトメアに向かって飛ぶ。
 矢はナイトメアの盛り上がった肩に深く突き刺さった。
 だが、ナイトメアがそれにひるむことはなかった。
「まずい……!」
 ラシェルは肩に矢が突き刺さったまま、相手が勢いよくこちらに突っ込んでくるのを見た。
 恐らく、ラシェルの攻撃が効かなかったのではなく、勢いをつけたナイトメアが「止まれなかった」のが正しかったのだろう。
 正面から飛び掛かられたラシェルはそのまま横倒しになった。
 ナイトメアは大きく口を開き、ラシェルの首元を狙って食らいついた。
「うっ……この!」
 ラシェルは咄嗟に相手を押し返そうとした。
 だがナイトメアは四肢にあらん限りの力を込め、ラシェルを押さえつけて離さなかった。
(なんて強い力だ……それにこの重さ、まるで岩だな!)
 自分の放った矢が顔のすぐ横でガリガリと地面を擦っていた。
 それが深く刺さったナイトメアの肩口からは鮮血が流れ続けていた。
 ラシェルの着物には真っ赤な染みが広がった。

「ラシェル!!」
 この状況はまずい。
 若葉は武器をオートマチック「ヨルムンガルド」に持ち替え、ナイトメアの脇腹辺りを狙って引き金を引いた。
「ラシェルから離れろ!!」
 二丁拳銃が火を噴き、周囲に銃声が響き渡る。
 銃弾はちょうど、皮膚の薄い腰骨の上辺りに命中したようだった。
 被弾したナイトメアが悲鳴を上げ、ラシェルから飛び退いた。
「ラシェル、大丈夫?!」
 若葉は素早くラシェルのもとへ走った。
 見ると、ラシェルの首元から血が流れていた。
 だが幸い、ナイトメアの牙は急所を外れていたようだ。
「平気だ……だが、危なかったな。助かったぞ、若葉」
 大きく息をつき、ラシェルは立ち上がって王渇ノ書を開く。
 あとわずかに若葉の判断や攻撃が遅ければ、ラシェルは肩の骨を砕かれていたかもしれない。
 ナイトメアの牙はそれほど強力なものだった。
「無理しないでラシェル。多分向こうも、次は今みたいに突っ込んでくることはないはずだよ」
 若葉はラシェルを背にして立つと、暖かな治癒の雫を降らせた。
 ナイトメアは怒り狂った咆哮を上げながら、猿のように周囲の木から木へ飛び移っていた。
 こちらを威嚇しながら、「勝つのは自分だ」と主張しているように見えた。
 だがラシェルと若葉の連携攻撃を脅威とみなしたのだろう。
 闇雲に前へ出ようとはせず、慎重に2人の隙を窺っているようだ。
 神恵の雨雫に癒されながら、ラシェルも二度は同じ手を食わないと言った。

「若葉、あいつをもう一度こちらに引き付けてくれ。今度は止める」
「分かった! じゃあ、行くよ!」
 ヨルムンガルドを構えた若葉は、わざと標的を外すようにして二丁の銃を撃った。
 銃声が響き、ナイトメアは若葉とラシェルの周囲をぐるぐると飛び回りながら鳴き声を上げた。
 次第に距離を詰め、飛び掛かるチャンスを見出そうとしているのだろう。
(もう少し……もう少しだ。さぁ、来い)
 銃を撃ちながら、若葉はナイトメアの動きを誘導した。
 相手は自分が誘い込まれていることに全く気付いていないようだった。
 そしてついに、若葉が意図した場所に身をさらした。
「ラシェル! 今だよ!!」
 ナイトメアが飛び出したのは、断崖に突き出したあの岩の上だった。
 真っ白なその姿がそこに現れた瞬間、ラシェルが動いた。
(止まれ!!)
 王渇ノ書がまばゆい黄金の輝きを放つ。
 その瞬間、ナイトメアの足元に出現した冥府の沼から次々に幻影の刃が飛び出し、その身を貫いた。
 沼に足を取られたナイトメアが怒りの咆哮を上げる。
 さらにそこへ、若葉がすかさず銃口を向けた。
(これで完全に止める!!)
 放たれた心射撃(サイコショット)の威力がナイトメアの体を貫く。
 全身を麻痺させる強力な毒はナイトメアのすべての行動を奪う。
 もはやナイトメアがここから逃れることはできなかった。
「ラシェル!」
「ああ、これで終わりだ!」
 王渇ノ書が黄金に輝き、凝縮されたイマジナリードライブの威力が放たれる。
 レールガンはナイトメアの体を貫き、命を刈り取った。
 ナイトメアはそのまま断崖の岩から落下し、底の見えない真っ暗な谷底へと落ちていった。

「雪が止んだね」
「ああ、そろそろ夜明けだな」
 任務を終えたラシェルと若葉が向かったのは、椿の回廊の奥にある高台だった。
 眼下には雲海が広がり、空は薄紅に染まっている。
 そして真っ白な雲海の向こうから燃えるような朝日が昇ると、陽光は薄雪の積もった白椿の木々を照らし出し、金色に輝かせた。
「この山は一度、戦国時代の大きな戦ですべて焼けてしまったらしいな。椿の木々も、寺の建物も何もかも」
 ラシェルがそう口にした。
 すべてが灰燼に帰したのだと、そう住職は話していた。
「だがそこから復活して、今のような姿に戻ったらしい。俺達もきっと……やれるよな」
「そうだね。必ず、この世界に平和を取り戻せるよね」
 若葉がそう言って頷き、笑顔を浮かべる。
 SALFやライセンサーがこの世界の悲願を成し遂げる日もそう遠くはないかもしれない。
 2人はそう思いながら、白椿の咲く山を下りたのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました、九里原十三里です。
今回はおまかせノベルということで、ラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)さん、皆月 若葉(la3805)さんのお話を1から作らせていただいております。

舞台は、日本の修験道の行場です。
設定等を拝見しまして、お2人がグロリアスドライヴで活躍する中で共通のシンボルが「白椿」なのかなぁ、というところから話を膨らませてみました。
もしかしたらお2人にはこういうシチュエーションにはなじみがあまりないかもしれませんが、今回はこういった形で書かせていただきました。

改めまして今回はご依頼ありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
おまかせノベル -
九里原十三里 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月17日

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