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『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン4 第10話「死者の名前」』
柞原 典la3876


「兄さん、旅行いこ」
「は?」
 柞原 典(la3876)が、ライセンサーの相方たるヴァージル(lz0103)に奈良行きのチケットを押しつけたのは、年も明け、すっかり新年ムードも落ち着いた1月半ばのことだった。

 奈良県は近畿地方の内陸県の一つ。鹿と神社仏閣、史跡等で有名な県である。観光地として旅行者も多い。
「鹿な、角が危ななるから、麻酔銃で寝かして切り落とすこともあるんや。それ以外にも神社で鹿追っかけて角切る行事あんねん」
「へぇ。まあ元々春には落ちるって言うしな」
 鹿用のおやつを購入し、群れに向かって歩く。鹿たちも心得たもので、持っている物を寄越せとばかりに寄って来た。あっという間に囲まれる。
「人慣れしてんなぁ……」
「観光客からぎょうさんもらうからなぁ。ほれ、食うとき。まだまだあるでー。早い者勝ちや」
 典はいつになく機嫌が……いや、テンションが高い。まるで、何か悪いことがあった後に、無理に気力を奮い起こしているような……。それは柞原典という人間をよく知るヴァージルからしたら「異常」に映った。危うさとでも言おうか。それから典の奈良観光名所案内が始まった。
「ここの神社さんは白い鹿祀っとってな」
「鹿苑寺? それは京都や」
「あのお堂から見える紅葉、綺麗なんよ」
 自分のツッコミでけたけた笑ったり、見かける鹿にはしゃぐなどしている。やはり、おかしい。数カ所回ると、彼はレンタカー店へ向かった。
「予約してた柞原言います」
 どうやら、車で行きたいところがあったらしい。典の運転で、車はどんどん人気のない方へ向かって行った。聞けば、隣県との県境に近い村だそうである。ヴァージルはその地名を知っていた。

 典の過去を調べた時に見た地名だ。


「ここ『柞原』いうねん……俺が拾われたとこ」
 車のエンジンを止めてしまうと、辺りは静寂に包まれた。いや、何らかの動物でもいるのか、はたまたそよ風に吹かれているのか、断続的に小さな音がする。車を降りて、雪山を眺めた。
「何があった」
 ここに来るまでの観光は、長い前振りだったのだとヴァージルは悟った。レンタカーまで予約してここに来たのだ。この地でなければ話せないこと……例えば典のルーツについて。
 彼も本題に入りたいのだろう。けれど、口に出すと同時に典の心にひびが入るような重たい話なのかもしれない。だからヴァージルは促した。半分……も持てるかはわからないけど、少しでも亀裂の浅くなるように。
 典は黙って、写真を見せた。一瞬、そこに写っているのは髪の毛を黒く染めた彼かと思ったが、違う。男にしては首が細すぎる。女だ。それも40代半ばの。しかし、顔の造作が典にそっくりだ。何も知らなければ綺麗な人、と言ったかも知れないが……。
「この人は……もしかして……」
「そう」
 典は頷いた。
「俺の母親」


 典の出生について事情を知る人間に、偶然出会ったのだと言う。理由を付けて話を聞き出してきた。
 横山諒典。2031年11月30日生まれ。死産により享年0歳、というのが戸籍上の記録である。けれど、事実は違う。母親は写真に写っている金沢の令嬢。父親は夫ではない。更に言うなら望んだ妊娠でもなかったし、その経緯ですら彼女の意思はなかった。暴行があったのだと言う。
 生まれた子供の髪と目の色が男と同じ色で、母親は心を壊し、祖父が密かに典を山に捨てた。母親の手を離れた赤ん坊はここにいるのだと泣いていた。それが12月7日。「柞原典」の戸籍上の誕生日。
「自分がクズやとは思うてたけど、生まれたらあかんやつやった」
 口元だけで笑って、目だけは笑わずに。
「そんな顔するなよ。笑って言う事じゃないし、そんなことはない」
 ヴァージルは強く言った。典は彼を見上げる。随分小さくなってしまったように見える。すぐに目を伏せ、
「俺かて髪や目、好きや思うたことない……」
 どこの誰かも知らない、人の魂を踏みにじるような男から受け継いだ。人と違うと好奇の目で見られる。うんざりした。事情を知ってもっとうんざりだ。
 生まれたことさえ、母親やその周りにとっては罪だったのだろう。
(安心しろよ、僕は誰にも愛されねぇ奴と違って──)
 地蔵坂 千紘(lz0095)の姿をしたエルゴマンサーの言うとおり、彼を愛する者などいなかった。
 泣き方も縋り方も知らない。涙を受け止める器は最初から置かれていなかったし、縋ることのできる壁も建てられていない。冷たい風に吹きさらしで、立ち尽くすしかない。
 ヴァージルを連れてきたのは、必要と言って欲しかったから。彼の言葉なら信じられる。縋り方は知らないけれど、もしこれが「縋る」であるならば、その相手を信じていないとできないと思った。

「俺は好きだよ」
 ヴァージルは典の肩を抱いた。俺は好きだよ。晴れた日の雪原みたいな銀髪も、その下で咲くのを待っているフリージアみたいな色の目も。
「お前がどう生まれても、どうなる予定だったとしても、ここまで生きてきて、これから生きていくお前には関係ない。それに」
 ヴァージルの声音はそこで和らいだ。
「俺だって、2人に慣れて戻れない。責任取って一緒にいてくれ」
 彼は……典はその言葉を聞いて、反芻するように目を閉じていた。やがて顔を上げ、
「俺は柞原典やもんね……帰ろっか」
 支えを得た人の顔で微笑んだ。しばらく顔を見合わせていたが、やがてヴァージルはいつもの調子で、
「部屋はツインで取ってくれたのか? それともシングル2部屋か?」
「へ?」
 典はきょとんとして目を瞬かせた。それから「ああ……」と呟いて、息を吐き、
「何も考えんでツイン取っといたわ……」
 温泉旅行は人から贈られた。船と列車は偽装夫婦だったから当然の様にダブル。今回は、別に典の自由にして良いからシングル2部屋でも良かった筈だ。相方は典の肩を叩き、
「酒とつまみ買ってく?」
「ええね。兄さんおごって」
「しょうがねぇな」
 典は運転席に乗り込んだ。車は「柞原」を後にする。発進して走行すると、雪山はどんどん遠ざかった。

 未来のことはわからないけど。
 もうすぐ花が咲くだろうとは思うから。

(原題:John Doe)

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
ブレイクスルーするようなことは、私もヴァージルも思いつかないのでありきたりかもしれませんが、そのありきたりがなかった典さんだと思うので土台を固めるような言葉が良いのかなと。
「そんな顔するなよ」の後、本編ヴァージルは「いつもみたいに笑ってくれ」って言うんですけど、CLヴァージルはその後の表情は典さんにゆだねる感じでしょうか。
宿泊先同室は捏造しました(震え声)。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月17日

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