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『風媒星』
黒帳 子夜la3066)&白野 飛鳥la3468


 街全体が紅葉する季節。


 駅を出て、目に飛び込んできた風景に、黒帳 子夜(la3066)は何ともいえない郷愁を感じた。
「この世界でも、この街は変わらないみたいですね」
 彼女の隣で、遠くの山々へ目を凝らす白野 飛鳥(la3468)の表情も穏やかだ。
 歴史資産が今も多く眠り、人の手が付けられない土地が多い街。
 空を遮る高い建物が少なく、文明の発展した昨今において魂が洗われるという体験を文字通り実感できる場所である。
「高校の修学旅行で、すごく歩いた記憶なんですけど……バスも有りますよ。どうしましょう、トバリ伯母さん」
 子夜の体調を案じて、できるだけ負荷の少ないルートを飛鳥は提案するが、
「せっかくです、のんびり歩いていきましょう。飛鳥さんの、修学旅行時代の話を聞きながら?」
 声を抑えて笑い、子夜は古都を満喫したいと答えた。
 少し厚手のシャツに木綿の単衣。暖かな羊毛仕立ての羽織を重ねており、寒さ対策はしてきた。
 時間を急ぐことでもない。
 自分たちの生きる速度で、休み休みまいりましょう。




 紅葉狩りに出かけませんか?
 何の気なしに子夜が飛鳥を誘ったのは、一週間ほど前のことだった。
 特別な名所でなくとも良い、近場の公園の遊歩道でも楽しめるだろう。
 季節の移ろいを目で楽しみ、歩いて楽しむ、そんな時間を楽しむ。
 飛鳥は快く応じ、すぐに端末で名所サーチを始めた。
「ゆっくりできる時間も作れるようになりましたし、せっかくですから」
 少しずつ、穏やかな方向へ進み始めている『この世界』。
 放浪者である自分たちが取り戻せたものは、どんな世界なのか。
 無理をしない範囲で目にすることも、良いのではないでしょうか。
 ちょっとした遠出へ、飛鳥はそんな理由を付けた。

 自分たちはなぜ、この世界へ呼ばれたのだろう。

 そんな疑問を抱く放浪者は、きっと少なくない。
 理由はわからなくても、結果は確認できる。
 そして今に至る。
 名所とされる公園の、入り口は駅から徒歩圏内。
 修学旅行の失敗談や愉快な土産品の話を聞きながら、風景を写真に納めたり見覚えのない植物に足を止めたり。
 公園の奥にある大社を目指していたのだけれど、あちこち寄り道をする間に時間は溶けるように過ぎていた。


「歩きましたね……」
「……歩きました」
 戦闘で身体を動かすのとは違う疲労感に、飛鳥は項垂れ子夜は空を仰ぐ。
 晩秋の冷たい風は、歩き疲れた頬に心地よい。
 緋毛氈の敷かれた縁台に腰を下ろすと、それまで気に留めていなかった疲労がどっと襲ってきた。
 北参道の入り口手前に茶屋を見つけ、ひとまず休憩することにした。
 足元はイチョウの黄金の絨毯。
 木々の合間には、のんびりと過ごす神使の姿が見え隠れする。
「けれど……とても心が安らぎます」
「だったら良かった」
 大正初期に建築されたという、茅葺き屋根の茶屋。
 屋根まで落葉で赤く染められていて、微笑ましい景色となっている。
 こことは違う世界の大正の世に、子夜は茶屋を営んでいたことがある。その傍ら、夜には妖に関わる情報屋を。
「ずいぶんと……生きてきましたねぇ……」
 抹茶の器で両手を温め、子夜は渡ってきた世界を思う。
 痛みも苦しみも悲しみも、それぞれに在った。
 それを上回るよろこびも、また。
 意に添わぬ形で世界を渡り、翻弄されながらも幸せを積んできたと子夜は感じている。
「飛鳥さん……そんな顔をしないでください。私のわらび餅を、ひとつあげますから」
「!? こ、こどもじゃないんですから! それじゃあ、俺のチーズケーキと交換しましょう」
 茶店謹製のわらび餅。
 古代のチーズ『蘇』をイメージしたという一口サイズのスフレチーズケーキ。
「意外と……合いますね」
 しゅわりと口の中で溶ける軽さのチーズケーキの後に、抹茶の香りと苦みが程よいバランスをとってくる。
 予想に反した化学反応へ、子夜は微かに目を見開く。
「お茶に合う食べ物は、まだまだたくさんありそうですね」
「見つける楽しみが増えました」
 子夜の味覚は『茶』由来のものしか感知しない。とはいえ、香りや口当たりは他の五感で補える。
 食事を、楽しいと感じることはできるのだ。
(商品開発に力を入れるべきだったでしょうか。今なら、そうですね……)
 茶屋を営んでいた血が騒ぐ。
「トバリさん? トバリ伯母さん?」
 真剣に考えこむ伯母の姿に、思わず飛鳥が心配そうに顔を覗き込んだ。
「あ。いえ。考えても仕方のないことを」
 茶屋の経営について――そう軽く説明すると、青年の表情はたちまちホワリとなる。
「俺は今からでも、いいと思いますよ。……言いっこなしですよね」
 飛鳥は提案し、打ち消し、仔犬のようにシュンとする。

 紅葉狩りの話題が出る前。
 子夜の余命を、その口から伝えられた。

 飛鳥は、できれば戦いから身を引いて養生して欲しかった。
 『いつ死ぬかわからない』より、『残された時間を穏やかに』過ごしてほしいと願った。
 しかし伝えた時点で子夜の心は定まっていた。
 『命ある内は心残りがないように』。
 唐突な転移で、子夜が消えた日を飛鳥は強く覚えている。
 心残り、という言葉を持ち出されては反対できなかった。
 何がきっかけで別れが訪れるかなんて、誰にもわからないのだから。
 一日、一分一秒、すべてを抱きしめるように、生き抜く。
 子夜の意志に押し切られたようでいて、それは飛鳥の願いでもあった。
 どうか、少しでも長く共に笑い合えることを。
 どうか、急な別れとなったとしても、悔いで涙を流さないことを。
(伯母さんは……自分の願いを、後回しにしてしまうから)
 彼女から、自身の望むことを聞いたことは数えるくらい。
 飛鳥の育ての親として、弱いところを見せまいとしていたこともあるだろうけれど。
 戦う者として、強くあらねばならなかったともわかるけれど。
(少しでも、叶えてあげたい。俺ができることなら)
 もう、寂しさで泣くばかりの幼子ではないのだから。自分も。
「お土産に、さっきのケーキを買いましょうか」 
 自宅のお茶と合わせても美味しいでしょう。
 口に出さない、願いとも呼びきれないような微かなものであっても。
 感情をすくい上げるように、飛鳥は子夜の顔を覗き込んだ。




「ここへ来る前に調べたんですが。『もみじ』は植物学上にはないんですね」
 飽きることなく植物を撮影しながら、ふと飛鳥が切り出した。
 もみじ。一説によれば、万葉集に由来があるのだそうだ。
 楓を始めとして、秋になり色が黄や赤へ変化することを『もみつ(黄花つ)』と呼び、その名詞形が『もみち』。
 呼び名が変化し『もみじ』となり、代表格の楓を指すようになった。
 イロハモミジも、種類としては楓に属する。
「……ああ。それで、花言葉が」
 もみじと楓の花言葉は重なる。
 自身の技へ花や花言葉を掛ける子夜は、記憶を手繰り寄せた。
 『大切な思い出』。
 それは、紅葉狩りの思い出という文化が花言葉そのものになったもの。
「飛鳥さんは、思い出をたくさん撮っているのですね?」
「ここに生きている証ですから」
「……そう、ですね」
 その年の気温によって、紅葉の色どりも変わる。
 同じ年でも、日が進むにつれ紅葉の深まりは変わる。
 今日の景色は、今日だけのもの。
(消える時は猫のようにふらりと……ひっそりと死に向かいたいと、願っていましたが)
 余命を告げられる前からの、子夜の自身に対する死生観だった。
 それは子夜だけの考えで、周囲が必ずしもそうでないとも知っていた。
 仮に、理不尽な死を下す者があるならば。そんな穏やかなことを言っていられない。
 かつて義妹を死に追いやった人間に、子夜は報復を行った。
 死を受け入れる。還らぬ変化を受け入れる。
 それは遺された者には、どうしようもなく辛いこと。
 だからこそ、義理の甥である飛鳥には申し訳なさと我儘に付き合ってくれる感謝の念を抱いていた。
「飛鳥さん?」
「……その」
 カメラを手に、飛鳥は動きを止めていた。
 名を呼ぶと、彼の手が微かに震える。
「トバリ伯母さんが、こういうの苦手だって……知ってるんですけど」
 その切り出しで、子夜は察した。
「俺のわがままですが……一緒に写真を撮ってくれませんか?」
「いやです」
「!!!」
「冗談ですよ」
 この世の終わりのような顔をする飛鳥の背を、子夜は優しくたたいた。
 撮られることは苦手。それは本当だ。
 自分の姿を捉えられるのがどうにも苦手。物を贈ることも記憶に残りやすくなるため、苦手。
 けれど、そうとばかりも行っていられないだろう。
(私は……飛鳥さんへ、何も遺してあげられない)
 体格が違いすぎて、羽織物も……リメイクすれば何とか……いや、そういう問題ではない。
(ハンカチや小物入れくらいならば、布地を選べばあるいは)
 今はそこではなく。
「本殿に行けば、神職の方か観光の方もいるはず……。撮ってもらえるよう、お願いしてみましょう」
 さすがに飛鳥も脚立は持ってきていないし、せっかく撮るのなら不安定な自撮りよりは。




 茶店を後にしてからも、本殿までいくつもの小さな神社がある。
 黄花つ道を、並んで歩く。
 たまに神使の鹿が前を横切っていった。彼らは、そこが自分たちの庭であるかのように悠々としている。
 落ち葉を掃く神職の男性に声を掛け、紅葉と青空を背景に写真撮影を頼んだ。
「……これは、表情がちょっと……」
「これで8まいめですが」
「もう一度お願いします!」
 撮られることが苦手な子夜は、映り具合に敏感であった。
 納得ゆく一枚となるまで、神職の男性はしばし付き合うこととなる。


 おみくじを引き、互いの結果に顔を見合わせ。
 開運魔除と冠された、勾玉のお守りを贈り合う。
 帰りは違う道を通り、違う茶店で休憩した。
 日が傾き始め、冷えた体に甘酒がなんとも沁みる。
(今日の思い出も……いつか、風化してしまうんだろうか)
 空腹気味の飛鳥は、併せて白味噌仕立ての粥も頼んでいた。
 旬のキノコと煮込まれていて、優しい味がする。
 写真が手元にあれば、いつでも鮮明に思い出せる。
 子夜と一緒に撮った写真が欲しかったのは、時の流れが怖かったから。
「花言葉で思い出しました。飛鳥さん。紅葉や楓の花は、春に咲くんですよ。見たことはありますか?」
「え……。ありません。紅葉の花、ですか」
「風媒花。花粉を、風に乗せて運ぶのです。ですから、蝶や蜂を呼ぶための香りや蜜が必要ないのです」
 粥で曇った眼鏡を外し、飛鳥はさっそく調べてみる。
 春に花をつけるようだ。それは、とても小さい。
 そこに由来して、『遠慮』『自制』といった花言葉も持つ。
「これ、実じゃないんですね」
「ええ。でも、可愛らしいです。風にまかせ、ここまで命を繋いできたのですね」
 紅葉狩りの名所は、日本国内にたくさんある。
 多種多様な花々が確実な繁栄を祈り鮮やかな花弁・魅力的な香りや蜜で咲き競う中で、彼らは風と共に生きてきた。
「…………」
 端末の画面を消して、飛鳥は深く息を吐いた。 
「風に……消えてしまうことが怖かったんです。俺とトバリさんの思い出が」
 ふと。
 話を切り替えた飛鳥を、子夜は見上げる。
「香りや蜜がなくても……命は繋がって。血の繋がりはなくても、俺たちは家族……ですよね」
「もちろんです」
「何かが残らなければ忘れてしまうような、色あせてしまうような気が、していて」
 自分の感情を表現する言葉を探しながら、飛鳥は語る。
「俺が、生きていることが……それが、トバリさんが生きていた証明なのに」
 護り、育ててくれたこと。
 再会を喜んでくれたこと。
 今、共に過ごしてくれていること。
 途絶えた期間があっても、飛鳥の命は子夜なくしては存在していなかったと言える。
「でも、今日の写真は宝物にします」
「おや」
「これは、今日の俺のわがまま。今度は、トバリ伯母さんのわがままを聞かせてくださいね」
 にっこり。
 わがままを言い出しにくい子夜から望みを引き出すべく、飛鳥は笑顔でしたたかな願望を。
「何処へでも行くし、なんだってしますよ。冬の夜空も、春の桜も」


 いつか。
 その命が風に乗り、どこかで新たな芽を出すまで。
 あるいは。
 願いを乗せた風を、自分が届けられるよう。
 空に輝く星のように、忘れることなく其処に在り続けることを。


 

【風媒星 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
ゆったり紅葉狩りをお届けいたします。
『紅葉』の由来、植物の特性が興味深く、色々と盛り込んでおります。
お2人のノベルではタイトルに『星』を入れてきたことから、今回はこのように。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2020年12月18日

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