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『遠いこの街で』
マーガレットla2896


 梅雨明けを控えたある日。
「ちょっと! 頂いた薬、全然効かないかったじゃない!!」
 カウンター奥にある薬箱を整理していたマーガレット(la2896)へ、50代と思しき女性が眉尻をつり上げて責め立てた。
「え、あ、すみません」
 女性の剣幕の圧されて、マーガレットは慌てて向き直ると頭を下げた。
「保険も効かない高い薬売りつけておいて、謝罪一つで済むなら免許も警察も要らないのよ!!」
 なお、マーガレット自身は来訪者なので薬剤師免許は無いのだが、口を挟めば火に油となることは明白だったためマーガレットは下唇を噛み締め頭を下げた。
「本当に、申し訳ありません」
「前のご店主の時は私にぴったり合った薬を調合してくれたものだけれど、貴女、まだ一人でお店に立つには早いんじゃ無いの?!」
 頭を下げるマーガレットに女性はネチネチと怒りをぶつけてくる。
「あの、お代は結構ですから、もう一度調合させて頂けませんか……?」
「結構よ!! もう二度と貴女になんて頼まないわ!」
 怒りに顔を紅潮させた女性は、勢いよくマーガレットに背を向けると扉へと向かう。
 その途中、座布団の上、先ほどまで午睡を楽しんでいたセレスと目を合わせた女性は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げると、再度振り返り手にしていた傘でセレスを指した。
「そもそもね、生薬や医療品を扱う店内に畜生を放し飼いしているなんて、常識がないわ! あり得ない!!」
 机の脚を傘で打ち、驚いたセレスが跳び上がってセレスの元へと駆け寄る。
 それを横目に見て鼻を鳴らすと、女性は店外へと出て行った。

 ……大きな嵐が去って行った後のような静寂。
 マーガレットはしばらく呆然とその場に立ち竦んだままいたが、緊張の糸が切れたようにぺたりとカウンターの椅子に腰掛けた。
 にゃぁ、とセレスが心配そうに鳴き、騒動が落ち着いたことを見計らって出てきたジェードがマーガレットの足首に頭をなすりつける。
「……有り難うございます。私は大丈夫ですよぉ。それよりセレスはビックリしましたよねぇ、ジェードも」
 身を屈めて2匹の頭を撫でて、マーガレットはそのままカウンターに額を付けた。
「うーん……何で効かなかったんですかねぇ……?」
 女性は先代の常連で、マーガレットが店に立つようになってからも数度薬を調合したことがあった。
「確か、病院嫌いな上、市販薬で手酷い副作用が出た事があった方でしたよねぇ……」
 ゆえに、体調が優れないと思うとこの店を利用しているのだという人だったはずだ。
 先代から引き継いだ顧客の情報管理帳――要するにカルテだ――を開いて、女性の頁を見る。
 今回の主訴は夜間眠れないという話しだった。だから、睡眠導入剤のような物が欲しいと。
 話しを聞く限り、入眠障害があるようだったので、まずは眠るための工夫が出来ているかを確認した。
 寝室や寝具は合っているのか、布団に入るおおよその時間、運動習慣の有無、入眠前の習慣の有無等々。
 まずその改善が無いまま薬に頼ってもそのうち身体に薬の耐性が出来てしまい効かなくなってしまう事もある。
 概ね女性の回答は理想的な入眠習慣や生活暦であると考えられた。
 その為、寝付きが良くなるようにと調合剤を出したのだが、それが全く効かなかったとなると、問診が不十分だった可能性がある。
「何か、見落としてしまったんでしょうか……」
 そもそも、生薬や調合薬で麻酔のようにパタリと眠らせる、というような物は現代では市販されていない。
「……あ。そんなことありませんねぇ」
 思えばダチュラ……園芸点ではエンジェルズ・トランペットという名前で売られている、チョウセンアサガオ属は全草が有毒であり、毎年誤食した人がニュースで報道されていたりするが、大昔はこれを麻酔薬として使用した。
 ……とはいえ、今やこれを煎じて処方するという薬師はいない。研究職ぐらいな物だろう。成分を抽出し配合した西洋薬の方が良く効き、反作用も少なくすむからだ。
 一方でマーガレットが得意とする漢方薬に代表される調合薬は、原因の特定出来ないような、体質が絡んだ症状改善に有効である事が多い。
「……もしかしたら、何か他の病気が隠れているのかもしれません……!」
 そもそも、何故女性は病院嫌いになったのだろうか。副作用が出づらいと言われる市販薬で“手酷い”と明記するほどの副作用が出たのは何故なのか。
 来歴のデータを見て、その内容と今回の主訴で行った調合が効かないというのなら、それは恐らくもっと根本に原因があるのでは無いかと思い至ったマーガレットは、『ただいま休憩中』の札を扉に引っかけて外へと飛び出した。

 女性は最寄りのバス停に座っていた。
「あのっ……」
 意を決して呼びかけるが、女性の反応が無い。
「あの……、大丈夫ですか?」
 見れば、女性は震える手で鎮痛剤を取りだし口へと放り込もうとしていた。
「そんなに、一度に飲んだら身体に悪いですよ」
 マーガレットの指摘よりも早く女性は口に薬を含むと、携帯飲料をがぶ飲みしてマーガレットを睨んだ。
「煩いわね!!」
「何処か痛いんですか? もしかして、頭痛ですか?」
「そうよ、でももう貴女には関係無いでしょ、放って置いて頂戴!!」
「そうはいきません! いつからその頭痛はあるんですか? いつも、そうやって薬で痛みを散らしてきたんですか!?」
 いつもならここで圧されてしまうマーガレットだが、ぐっと堪え、身を乗り出して食らい付く。むしろそんなマーガレットに女性の方がたじろいだ。
「そ、そうよ」
「恐らく、眠れない原因もその頭痛にあります。まずは頭痛の原因をちゃんと調べましょう。その頭痛の治療が、不眠症の治療にもなる筈です」
「原因って言ったって……医者にはただの偏頭痛だって鎮痛剤出されただけだったんだから」
「ただの偏頭痛でも、そんなにお薬を必要とするならおかしいです。もう一度ちゃんと病院へ行きましょう?」
 聞けば頭痛で医者にかかったのは30年以上前だという。マーガレットは必死に説得を繰り返し、最終的に女性の方が渋々と折れた。
 バスに乗り込む女性に、マーガレットは「絶対に、病院行って下さいね〜!」と最後まで念を押して見送った。


 数日後。
「あの時は当たり散らして……迷惑をかけてごめんなさいね」
 来訪した女性は女性は菓子折を持参し、気持ち先日よりも身体を小さくさせてマーガレットに謝罪した。
「いえいえ。原因が分かって良かったです。もう眠れるようになりましたか?」
「えぇ、頭痛のせいで脳の興奮状態が続いているせいだったんですって。だから、興奮を静める薬を頂いて……それからは眠れるようになりました」
「それは良かったです」
 何度も頭を下げ、謝罪と礼を告げる女性に、マーガレットは笑顔で首を振った。
「私も、勉強させて頂きましたので。これからも何かあったらご相談下さい」
「えぇ、もちろんよ。有り難う」
 最後は笑い合って、女性は店を後にした。

 にゃぁん、と物陰に隠れていたセレスとジェードがカウンターへと飛び乗るとマーガレットの様子を窺うように2匹揃って小首を傾げた。
「本当に良かったです」
 マーガレットは2匹に微笑むと、窓を開けた。
 見上げた空は夏色で熱い風がマーガレットの髪を揺らした。


 マーガレットは今日も薬屋のカウンターに立つ。
「ようこそ、今日はどのようなお薬をお求めですか?」






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la2896/マーガレット/日日是好日】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 猫達と戯れるほのぼのにするつもりが、初っ端からクレーマーが登場して場を一気にぶち壊してくれたので、薬師として奮闘するマーガレットさんを書かせて頂きました。
 猫達とお客様相手では気持ち口調も変わるのかな、とか妄想しつつ。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。



おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月18日

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