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『とある薬屋の主との邂逅』
マーガレットla2896

 その日俺は疲れていた。特に何かあったわけではない。ただ些細なあれこれが積み重なり、削られて擦り減った支柱が耐え切れずに折れた、そんなイメージといえば、分かり易いだろうか。自棄になって外出したはよかったが結局具体的に何かしらしたいでもなく、途方に暮れていたときに不意に目に入ったのは、やけに年季入りの看板でそこに薬屋―月うさぎ―の文字が読めた。――古臭くて無用心な店に見える。淡く抱いたのはそんな感想で。半ば無意識的に足はその入口へ進んだ。
 扉の前でふと我に返ったが硝子製のそこから見える位置にカウンターがあり、そして、そこには成人を過ぎたかどうか程度の歳の女が座っていて目まで合う。自分の状況に物怖じして半歩引いた足が固まるのが分かった。何だこいつと言わんばかりの視線を向けられたなら立ち去れただろう。しかし微笑まれたらどう反応を返せばいいのか見当もつかなくなるから困った。なのに気が付けば俺は扉の把手を引き、前に踏み出している。
「――いらっしゃいませ」
 敷居を跨ぐのと同時に、一言では形容し難い複雑な匂いと先程見たときに抱いたイメージそのままの柔らかな声がこちらを出迎え、遅いのは承知しているが、後悔が忍び寄る。勿論それは不快な印象を抱いたという意味ではなく、怪しい風体の男に対し無警戒だから毒気を抜かれたというか、逆に面食らってしまったのだ。俺の挙動が不審でも店番の女は少し気遣わしげに表情を曇らせる。長く尖る耳に異世界人だと知った。
「大丈夫ですか? あの、何か具合が――」
「いや」
 純粋に心配し言っているのは明らかだが、俺の口からは短く鋭い声が漏れた。威嚇のように獰猛に。後ろ手に扉を閉めて、足を前へ一歩踏み出すも、何か考えていたわけではなかった。視線を感じながらも彼女がいるカウンターの側は見ないように奥に進んだが薬棚は何処にもない。ただ奥に休憩をするところがあるように見える。疑問符を浮かべる俺の耳に女の声が届いて、振り向いた。カウンターから抜け出た女は、迷わずに寄ってくる。怖気付いたが逃げずに済んだ。やはり、その顔に悪感情は見られず視線を下に落とすからぎくりとなった。
「あの、うちのお店に来るのは初めてですよね? ここでは出来上がったお薬は売っていないんです。カウンターのほうでお客様の症状に合ったものをお作りする形をとっているので……良ければ是非お話を聞かせてください」
 優しくされると呼吸が苦しくなって、逃げたくもなる。なのにそうしなかったのは目の前の彼女の瞳が、不思議な色合いをしていたからだった。それは単に珍しいわけでなく淡い新芽色と空色が混ざり合う明確な異世界人のものでその美しさは一時俺の現実を忘れさせてくれて、肩肘の力が抜けた気がした。
「……分かった。向こうで話せばいいのか?」
「はい! 改めてようこそ月うさぎへ。こちらへどうぞ」
 隠し切れない喜色がその不思議な瞳孔を宝石のように輝かせて、彼女は胸の前で手のひらを合わせ微笑む。その手が導くのは先程彼女が座っていた所で、漸く目を向ければ金を支払うだけにしては少し広いテーブル上に乳鉢や石臼が並んでいる。更にいえば背に棚があり、薬剤の名でも記されているのか一つ一つに何かの字が書かれているのが見えた。下手すれば親子程も歳が違う女に椅子を引き労られるのは少し惨めだ。座り息を漏らす間に彼女は断りを入れた後奥に消え、お盆を手に戻る。そしてお茶の入った湯呑が置かれた。裾が膨らむスカートを手で押さえて座った彼女の視線が真っ直ぐに向いて、俺はやっと彼女が店番でなく薬屋の主だと気付いた。その瞳も長い耳も真珠色のふわふわの髪も、全部見えているのに意識は最早そこから逸れ現実と向き合う覚悟が出来て、硬く閉ざした上下の唇を開き、異世界人の彼女に伝わるか心配することなく持病を明かした。とはいっても病でなく原因不明の足の不調にもう何年も悩まされ続け、無論医者にも行き検査して貰ったがその場凌ぎの薬を飲むだけで、一旦良くなるものの、解決に至らず匙を投げられた始末。真剣な表情で俺の話を聞きながら、メモを書き留めていた彼女は口元に手を添え思案げに眉を寄せる。やはり何も期待は出来ないのかと勝手な失望を抱き始めたとき唐突に彼女の手が動き出した。筆は進み終わるのもまた突然で机に置いたかと思うと今度は紙を渡される。
「こちらに書かれた内容に答えていただいていいですか? わたしはお茶請けを用意してきますから時間なら全然気にしなくて平気ですよ」
 彼女はそう言って立ち上がると店の奥へと引っ込んでしまった。恐らく作るのに必要なのだろうと納得して、俺は紙を寄せて目を通すも先程の話で何故その事がと首を傾げたくなる質問が複数ある。戸惑いながらも正直に答えた。機会を見計らったように彼女はお盆を持ってきて椿の形の菓子を乗せた皿が湯呑の隣に並ぶ。目を細める姿は嬉しそうで俺の視線に気付くと恥ずかしげにお盆で口を隠した。そうして自分の席に戻り一息をついてから座った直後渡した紙に目を通す辺り、何というか自由な感じだ。
「ありがとうございます。ではすぐに必要なお薬を調合しますね」
 時間が掛かるのであちらでゆっくりとしても構いませんよ、と言う彼女が指し示すのは奥の座敷とやらで、だが俺は、
「もし邪魔じゃなければ、見てもいいだろうか」
 そう尋ねた。薬というと既に出来ているのを渡されるイメージしかないので興味が湧いたのだ。彼女は頷き、背後にある棚から何か取り出し、振り向いたときに見えたのは、乾燥した植物の類。勿論だが手順を確認することなく慣れた手つきだ。門外漢の俺には魔法に思えた。
「お客様用のお薬がこちらになりますね。用法と用量を守ってくださると必ず約束してください」
「解った」
「えっと、お代は……」
 店主はきょろきょろ視線を彷徨わせた後目的のものを見つけたらしく汚れないよう加工が施されているらしい紙――何かの表を寄せ、確認しつつ領収書に値段を書いた。そして渡された物を見ると明らかに安くて戸惑う。真摯であると思えなければ詐欺か何かと疑いたくなる程だ。その俺の様子に気付き、彼女は困ったような微笑みを向けて言う。
「薬草の殆どはここで育ててますし先代もこの価格でしたから」
「なら、いいが」
「お気遣いありがとうございます。……ぴったりですね、確かに頂戴しました」
 彼女が一瞥した先には温室らしきシルエットが見えて、俺自身納得し領収書通りの金額を支払った。店主は調合した薬の効能やら用法やらを記した用紙も包んで手渡してくる。俺はそれを受け取り、立ち上がりかけたが短くあっと漏れた声に中腰で止まる。見れば夢中になって調合過程を眺めていたので、用意してくれたお茶請けが手付かずだった。目が合って沈黙が落ちる。
「……持って帰ってもいいだろうか?」
 俺が言うと店主は、
「はい! 容れ物を持ってきますねぇ」
 貝が開き中にある真珠が現れたような笑みと共に彼女はそう言うと俺の返事を待つこともなくぱたぱた音を立て奥に消えてしまう。呆気に取られつつも嫌な気分になることはなく、とりあえず椅子に座り直した。そんな俺をもてなすように二匹の猫が近付いて来て足首に頭を擦り付けるものだから少し笑ってしまった。片手で頭を撫で茶を啜る。それが俺と店主、マーガレット(la2896)の出会いだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
好きなものも書かれていて、何の話にしようか少し
悩んだんですがライセンサーとして戦う覚悟云々は
シナリオで描かれているのかなあと思ったのもあり、
また折角なのでおまかせのレギュレーションだから
出来る話をとも思ったため初めて月うさぎを訪れた
人間目線で薬屋の店主としてのマーガレットさんを
今回は書かせていただきました。その人に合う薬を
作るのなら一般に出回った薬ではどうにもならない
人も救えるのではという安易な発想とにわか知識では
ありますが……。偏屈な性格のおじさんとほのぼのと
したマーガレットさんのやり取りを書いてみたくて。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年12月18日

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