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『水入らずの日』
LUCKla3613)&アルマla3522)&ソフィア・A・エインズワースla4302

 ただひと言に、人はこれほどの情念を押し詰められるものなのか。
「寒い」
 小隊のたまり場にて。ソフィア・A・エインズワース(la4302)はどす黒い声音を絞り出し、膝をついた。
「さむむいいいですすすす」
 ソフィアの指先につつかれた途端、下に落ちていたアルマ(la3522)がバイブレーション。虚ろな笑顔で言ってみせる。
「あの夜は……寒かったね」
「さむむかかかったででですす」
 おどろおどろおどろおどろ。まさに鬼気を発してにじり寄り、にじり寄り、にじり寄り。ソフィアは左、アルマは右、それぞれにすがりついた。
「たいちょーのお菓子いいいいいい」
「ラクニィのおてづくりいいいいい」
 左右の脚にしがみつく怨霊どもを見下ろして、LUCK(la3613)は静かにかぶりを振った。
「菓子の代わりにいたずらの限りを尽くしたろうが」

 ハロウィンの夜、行事をコンプリートした3人。
 しかしアルマとソフィアはおとなしく帰らず、LUCKと遊ぼうと企んだ。
 ふたりはしつこい。無理矢理追い返せはしないと判断したLUCKは、彼の家までふたりが自分に捕まらず逃げ切れたら遊んでやる、捕まったらお仕置きをする。そう言って追いかけ始めたのだが……途中でとある女と奇遇にも遭ってしまい、約束を放棄してしまった。
 しかし!
 ようようと家へ帰り着いてみれば、保存食は全部食べられていて、数少ない家具は丹念に逆さまになり、ふたりは寝具になりそうなものを全部抱え込んでベッドを占領していたのだ。

「とにかく離れろ、エインズワース」
 ソフィアの首根っこを掴んでつまみ上げ、LUCKは彼女の額へ額をつけて目力を込める。猫を叱るやつである。
「にゃー」
 ソフィアを立たせておいて手を離し、今度はアルマの首根っこを掴んでつまみ上げ、
「おまえは合鍵を放棄しろ、駄犬」
 油断すればにゅうと伸びて逃げおおせようとするもっちり謎生物を両手でこねこね、逃がさないようにしつつ命令したが。
「わふふ。ぼくのちょーかがくちからのまえには、ラクニィのおうちのカギなどいみなしですよ」
 どうやら合鍵ではなく、なにかしらの解錠機を使っているらしい。つまり、鍵を変えたところで無駄。
 げんなりするLUCKだったが、その間に体勢を立て直したソフィアが両手でそっと自分の体を抱いてひと震え。
「あの夜は名前で呼んでくれたのに……情けない」
 LUCKの腕を短い両腕両脚でホールドし、にじにじ登ってきた謎生物もまたぷるるるる。
「ぼくのことはかわいいおとーととか、アルってよんでいいですよ?」
「あー! 兄貴ずるいっ! だったらあたしもフィーとかがいいし!」
「わふー。フィーはぼくがフィーってよんであげるですので」
 自分の右腕を軸に揉めだした双子を「他の者も出入りする場で騒ぐな」と引き剥がし、LUCKは言った。
「あの夜は結果的におまえたちを捕まえられなかったわけだからな。あらためて菓子くらい食わせてやらんでもない」
 双子は両手を「万歳!」と挙げた。こういうシンクロ具合、どれほど見た目が似ていなくともやはり双子ということなのだろう。
「ただし、いたずらした者へはきつい仕置きを与えるぞ」
 一応念押ししておいて、飛びついてきたふたりを受け止めたLUCKである。


 最終決戦の準備と双子を迎える準備を平行して進めた数日後。
「きゃふぉうふー!」
「お招きドモアリガットゴザマス!」
 当たり前の顔でLUCKの家へ押し入ってきた双子が、それでもきちんと脱いだ靴をそろえている様に笑んでしまう。まったく、無法なのか律儀なのかわからんな。
「犬はちゃんと人語を話せ。エインズワースはどうして片言なんだ」
「は! ついうれしすぎてわすれてたですね!?」
「いや、あたしは兄貴に合わせたほうがいいかなって」
 すでにLUCK宅には甘いバニラのにおいが満ち満ちていて――と、アルマがふんふん鼻を蠢かし。
「ベリーのにおいもするですよ。これはあれです?」
「うんうん。たいちょー、恋するサイボーグだから」
 なぜそんなかすかな証拠で正解する!? 思わずうろたえたLUCKだが、すぐに思い直した。つい香りだけでも再現してみるかと思い立ったのは事実だし、どこかで見ているならこの男心を思い知ることだろうし。
「ベリーのジャムも作ってみた。まあ、砂糖で煮詰めるだけだからな。メインディッシュと合わせて試してみろ」

「パンケーキーっ!」
「わっふー! ふわふわふわふー!!」
 スフレパンケーキのベリージャム添えを出されたソフィアとアルマは喜びにじだじだ悶えまくった。幼子さながらの振る舞いである。まあ、ソフィアは女の子だからいいとして、アルマはいい歳をした成人男子なわけで。それがすっかりもち犬と化しているのだから、人は外見に心の有り様を左右されるものなのか。
「ちょっと待て。まだだ」
 パンケーキへ飛びつこうとしたふたりを押しとどめ、LUCKは絞り器を取り出した。中に詰められた生クリームをタワー状に盛って……これで完成。
「おまえたちも何度か連れていった喫茶店の名物を真似てみた。ジャムは俺のオリジナルだが」
 しかし。クリームタワーを見上げるアルマの目と、彼を見やるソフィアの目はどうにも光鈍く、どう見ても喜んではいなくて。
「どうした? 生クリームは嫌いか?」
「あたしは大好きだけど、兄貴はつい最近トラウマが」
「きゅうう、クリームのなかではいきができないです」
 先ほど跳び乗ってから居座っていたソフィアの膝の上、体を縮こめて震えるアルマだったが、すぐにもちんと背を伸ばし、ナイフとフォークを握った両手を掲げて言い放つのだ。
「でもラクニィのあいにつつまれてしするのはほんもーですので!」
「俺のどこにも、おまえを包む愛など存在しないが」
「あいらぶゆえにあいにしするです!」
 こう書けば読み流してしまうところだが、アルマは「I love故に愛に死するdeath!」とか言っている。双子のソフィアはともかく、これを普通に音だけで理解できるLUCKは相当にアルマへ馴染んでいるわけなのだが、さておいて。
「ふわふわでマジおいしいー! 太るけど食べるでしょ太るけどっ!」
「わふー。えーよーとじよーがしみいるです」
 美味と現実を噛み締めるソフィアと、もち肌をさらにつやぷるさせるアルマ。
「栄養も滋養も逃げん。ゆっくり食え。いや、冷めるとまずくなるか。慌てず急いでゆっくりだ」
 事情はわからないままながら、アルマがクリームへ顔を突っ込まないよう、首根っこをつまんでやるLUCKである。
 その様をジト目で見ていたソフィアは「あーあ」、わざと大きなため息をついた。
「あたしもちっちゃい女の子だったらなー。たいちょーにお世話してもらえたのになー」
 ソフィアは演技の天才である。なぜかそれを見抜ける眼力を持つLUCKでさえ、かなりの頻度で出し抜かれずにいられない。が、そんな彼が、けして見誤らないこともあった。
 ――どれほど厚い演技にくるまれていようとも、彼女の本音だけは絶対にわかる。
「エインズワースの口は犬よりも小さいからな」
 言いながら、LUCKはソフィアのパンケーキをひと口大に切ってやった。生地を潰さないよう鋭く、切るよりも斬るように。
 ついでにフォークに刺したそれを彼女の口元まで運んでやれば、ソフィアは「えー」と赤らんで、しかしまんざらでもない顔をする。
「いただきます」
 LUCKの手ずからひとかけを食べさせられて、ご満悦。
 そうなれば当然、アルマは黙っていられない。
「わんわわわぎゃわううう!」
 人語を忘れ果ててLUCKの膝へ突撃し、猛アピールを開始した。ぼくにも! ぼくにこそ「あーん」を! よーきゅーするですー!!
「おまえは……全部入りそうだな」
 切らないパンケーキを丸ごと、大きく開けられたアルマの口へ落とし込むLUCK。結果、入るには入ったのだが。
「もごんむぐぐぅ」
 ほっぺたをぱんぱんに膨らませたアルマはじたばた。
「毎度思うんだが、おまえの体はいったいどうなっている?」
「わふふ、きぎょーひみつですが?」
 先ほどのじたばたは演技だったらしい。と、いうのはさておき。
「ちょまっ、待って撮りたいかわいい!」
 あわててソフィアがスマホを取り出し、アルマの有様を撮る撮る撮る。
 まあ、平気そうだからもう少し行っておくか。彼の口へパンケーキを追加投入してやってから、LUCKもまた自分用のパンケーキを口へ運んだ。
 うん、いい味だ。これならあいつも喜んで食うだろう。もっともあいつが出された物を不味そうに食うこともないが。
 しかし、それはそれとしてだ。
「もう一枚焼くか。欲し」
「食べまーす!」
「ぅまえぅわうふー!」
 LUCKにみなまで言わせず、ソフィアとアルマが手を挙げた。
「よし」
 うなずいて、LUCKは立ち上がる。
 当然の顔でついてくる双子を引き連れ、台所へ向かう彼はまた思うのだ。
 今はなにより、おまえたちの「うまい」に集中するとしよう。


 パンケーキのタネが綺麗に片づいた後は、双子の手伝いを受けつつ一度テーブルの上を片づけて。LUCKは水出しのアイスコーヒーを彼らへ持ってきてやった。
「水出しは熱を入れると味がわからなくなるからな」
 双子の体が冷えないよう、代わりに石油ストーブをつけてやったのだが……ソフィアはアルマを抱っこして、真ん前に居座って動かない。それこそ猫のようにだ。
「エアコンじゃないのってたいちょーの拘り?」
 ソフィアに訊かれたLUCKは鼻をひとつ鳴らし、
「石油ストーブなら湯も沸かせるし、書類整理をする合間も鍋をかけ、調理し続けることが可能だ」
 物事をやり始めたらとことんまで突き詰めるのは彼の性格だが、それにしても料理にここまで嵌まるとは。
 昔は栄養補給みたいな顔して、なんでも適当に食べてる感じだった気がするけど。ほんと、いろいろ変わったよね。
 ソフィアは上がり賭けた口角を引き戻したところで気づいた。
「わふーい」
 香ばしいにおい漂わせつつ、アルマのほっぺたが茶っぽく色づいていることに。
「兄貴焦げてるー!」
 あわててストーブから遠ざかり、アルマの焦げをぺしぱし払う払う払う!
「わふわふわふ」
 果たして焦げが払われたアルマのほっぺたは、脱皮したかのように今まで以上のもっちりぷるつる……
「ねぇ。兄貴ってさ、日に日に謎生物感増してない?」
「わふん? どーでしょー?」
 コラーゲンっぷりを強調するようにもちちちち震えてみせたアルマだが、唐突に動きを止めた。
「てゆーかよくわかんないです。ひかえめにいってぼく、なぞせーぶつなので」
 にんげんかどーかも、さいきんちょっとじしんないです。すんと言い添えられた言葉はまさに本音に染め上げられていて、ソフィアは「あー」。
「かわいいからよし!」
「わふふわふふ」
 全力で妹にごまかされてもち腹をこねられ、はしゃぐ謎生物(真の姿は27歳美青年)である。
「今さら悩むことか」
 あきれた声音を割り込ませたLUCKが、テーブルに新たな皿を置く。パンケーキを試作する際、失敗することを想定して焼いておいたクッキーだ。
 説明を受けたソフィアは「さすがたいちょー、ぬかりなし」と戦(おのの)いたが、その膝からもちりんと流れ落ちたアルマはテーブルの際でちょこんと正座を決めて。
「わふわふ。ぼく、おぎょーぎよくまてますです」
「さっきあれだけパンケーキを食ったのに、まだ菓子が入るのか」
 自分で出しておいてなんだが、本当にこの技師は謎である。
「兄貴、“待て”だからねー。たいちょーが座るまで待つんだよ。よーしよし、いいこだね兄貴はー」
「わふー、よいこです!」
「待て。いや、別に待てをしろと言っているわけじゃないぞ。エインズワースはとにかく、駄犬はそれでいいのか? いやいや、本当は犬じゃないからこそだが」
 双子のやりとりに思わずツッコんだはいいが、いろいろと混乱するLUCK。お気の毒ではあるが自業自得でもあった。
「たいちょー、意味わかんないでーす」
 ソフィアにツッコミ返されるのも当然。
「わん! こまかいことはどーでもいいです! ラクニィはいいこのぼくをめでるです! そしたらなんかまーるくおさまるですよ!」
 アルマに膝へよじ登られるのも当然で、とりあえずそれをこねるのは必然であった。

 際限なく菓子を食らいながら、まるで重さも太さも変わらないアルマの不思議。
「おまえが食ったものはどこへ行くんだ? 異次元か?」
 LUCKは謎過ぎるアルマを見下ろし、そろそろ本気でどこぞの研究施設へ引き渡すべきかと思い悩む。
 しかし、この手触りはなんとも言えない魔力があって……引き渡してしまえばこの腹ともお別れか。悩ましいな。
「ラクニィがふおんなことをおなやみです!? ぼくはここからうごきませんですよ! むしろすみつくいきおいです!」
 もちぃっ! LUCKの膝にしがみつく謎生物。
 その脇によよよと崩れ落ちたソフィアが涙ながらに訴えた。
「たいちょーが謎研究所に謎生物引き渡そうとか思うのは当たり前なんだけど! でもほら見て!? こんなになついてるし、もっちりもちもちだよ!?」
「……おまえらも電気信号を受信できたりするのか? いやそれよりも、膝に棲みつかれたら戦うのに邪魔だからどけ」
 べりーっとアルマを膝から剥がしてつまみ上げ、LUCKはあらためて膝の上へ乗せた。
「兄貴ばっかりずるいー!」
 そこへソフィアが横から飛び込んできて、LUCKはアルマごと彼女を膝に座らせることに。

 果たして言葉なく、3人はなんとない時間を過ごす。
 悪くないな、このふたりとこうして過ごす時間は。
 理由は知れぬままだが、気になることもなくて。LUCKは静かに息をついた。
 と。
「押しかけちゃってごめんなさい。ほんとは決戦が終わってからのほうがいいかなって思ったんだけど」
 戦争って、なにが起こるかわかんないから。
 ソフィアのうそぶきに気づかぬふりをして、LUCKはかぶりを振る。
「いや、ふたりのおかげで逸りが抜けた」
「わふ」
 アルマのほっぺたをこねてやりながら、LUCKは静かに言葉を継いだ。
「決戦を終えて帰りついたら、またこうして集まるか。もしかすればもうひとり来ることになるかもしれないが」
 アルマとソフィアは一度顔を見合わせ、うなずいてみせる。けして“兄”へ伝えてはならない万感が隠したまま。
 LUCKは気づかなかった。このことに関してだけは、ソフィアの演技が完璧だっただけでなく、アルマの演技もまた、このことに関してだけは完璧だったから――

 その夜、3人はLUCKのベッドで無理矢理川の字になって眠った。
 真ん中がLUCKなのでいびつな“川”にならざるを得なかったが、誰ひとりそれを気にすることなく、寒々と深い夜をあたたかに越えていくのだ。


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2020年12月21日

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