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『沈黙の戦士』
會田 一寸木la0331

「やあ、酷い目に遭ったね」
 語りかけても、応えはない。
 当然である、とわかっていても會田一寸木(la0331)は語りかけてしまう。
「どうかな……まだ、やれるかい?」
 やれる。
 答えが返って来た、ような気がした。
 俺は、まだ戦える。
 物言わぬ鋼の戦士が、そう叫んでいる。一寸木には、聞こえる。
 錯覚である事は、わかっている。アサルトコアが、言葉を発するわけがない。
 アサルトコアの声が聞こえる。そんなものは錯覚、あるいは妄想と言うべきであろう。
「でもまあ、聞こえちゃうものは仕方がないわけで……」
 凹み、ねじ曲がり、剥離しかけた装甲板に、一寸木はそっと右手を触れた。機械装甲を装着した右前腕。義手のようでもある。
 辛うじて原形はとどめた人型の、左肩。この装甲板は、完全に剥ぎ取ってしまった方が良いだろう。大規模な修復を行うための設備が、ここにはない。
 ちぎれかけの装甲板を、一寸木はそのまま引きちぎった。
 この右手は、いくらか強引な解体作業を行うための、装着型工具でもある。これから行うのは、解体か、修復か。
 廃墟と化した街中。ビルの残骸に埋もれるようにして、巨大な機械の屍が横たわっている。
 中型ナイトメアの一撃を喰らったのであろう。コックピットの開閉装甲はちぎれて失われ、操縦席が丸見えである。
 操縦士の姿はない。機体を捨てて脱出した、のだとしたら当然である。生命が第一だ。
 アサルトコアは道具に過ぎない。壊れた道具に固執して生命を危険に晒すなど、愚の骨頂である。
 壊れた道具が、放置されている。ただそれだけの事だ。
 道具と、会話をする。これもまた愚の骨頂だ。
「機械の声が聞こえるようになっちゃったら……もう、末期症状だよね」
 マスクの内側で苦笑しながら一寸木は、剥き出しになった配線の束に右手を突っ込んだ。接触回線。
 右前腕の装甲の一部が開き、液晶パネルが現れる。
 そこに、もはや残骸に等しく見えるこの機体の、様々な情報が表示される。
「操縦系統は……と。ふむ、辛うじて生きてるかな。兵装は、ほぼ全滅。エネルギー残量はと、あー……通常戦闘約1回分ってところかな。いやもちろん戦闘なんかしないけどね」
 表示されないものが、聞こえてくる。
 助けてくれ。
 このままじゃ死んでも死にきれない。奴らに、せめて一矢報いなければ。
 俺は、まだ戦える。
「気持ちはわかるけど、戦闘はしないよ」
 会話などするはずのない相手と会話をしながら一寸木は、巨大な機械の屍をよじ登った。
「……動く、そして逃げる。あんた、まずはそれが出来るようにならないとね」
 最低限の工具類は常時、携行している。これらで、どこまでの事が出来るか。
 装甲が破損し、全身各所で内部機器類が露わになったアサルトコアの有り様は、筋肉や臓物が露出した人間の死体のようでもある。
 アサルトコアを、修理する。
 それは死体を甦らせるようなものか、と一寸木は常々思う。
 それが妄想でしかないのは、わかっている。人型をしているせいで、つい人間と同一視してしまう。技術者の悪癖と言える。
 いや、アサルトコアに限らない。
 たとえ人型をしていなくとも、今や機械というものは生きている。そう思えてしまう時代である。
「人間がね、機械に面倒見てもらって生きている……そういう一面、間違いなくあると思うんだ」
 まるで医師が、難病患者にでも語りかけているかのようである。一寸木が今しているのは、工具類を用いての医療行為であった。
「ある日突然この世から、全ての機械類が消え失せたら。それだけでもう生きていけなくなっちゃう奴、ボクを含めて大勢いるからね」
 地響きを、一寸木は感じた。
 巨大な何かが、廃墟を揺るがすような足音を響かせている。
 徘徊しているのか。それとも、こちらへ近付いているのか。
 関係ない、と一寸木は思った。自分は今、機械を直しているのだ。
「機械と人間。一蓮托生、ってわけにはいかないかな……あんた方はいずれ、人間の手なんか必要としなくなっちゃうかな? それはそれで、痛快だよね」


「よし、イマジナリードライブ起動……」
 死体が甦った、のであろうか。
 中破状態のアサルトコアが、よろよろと立ち上がりつつある。
 応急処置、程度の事しか出来なかった。どこか本格的な設備の整ったところに拾ってもらえたら、それが理想的ではある。
 ともかく、動けるようにはなった。
 シートベルトでがっちりと全身を固定したまま一寸木は、眼前のコンソールパネルに両手を走らせた。
 剥き出しの、操縦席である。
 モニターは、コックピットハッチもろとも失われている。
 一寸木は、迫り来る脅威を肉眼で確認せざるを得なかった。
「いや、目視戦闘とか……ないわー」
 巨大なものが、ビルの残骸を踏み砕きながら近付いて来る。
 先程から地響きのような足音を響かせていたのは、重機の如く震え蠢いて瓦礫を粉砕し続ける、無数の節足であった。
 中型ナイトメア。動く屍でしかない、この機体で太刀打ち出来る相手ではない。
「ボクは有言実行の男だからねー……逃げるよ、当然」
『……聞…………るか…………』
 死にかけの通信機能が、その時、音声を拾った。
『……ちら、チーム…………護する……』
 小隊名を告げたようであるが、聞き取れない。
 アサルトコアの一部隊が、こちらに近付いて来ている。それは間違いなさそうであった。
『……死にかけの機体で、よく生き残った。そのまま後退しろ』
『頑張ったな、動く棺桶! あとは俺たちに任せてもらうぜ』
 ナイトメアが、節足を伸ばして来た。節足が、甲殻質の触手と化していた。
 襲い来る百足のような一撃を、一寸木はかわした。
 いや違う。残骸同然の両脚部で跳躍し、見事な回避行動を披露して見せたのは、この動く棺桶である。
 屍のような機体の中で、イマジナリードライブが最高の形で稼働していた。
「どうよ? ボクの腕前、そう捨てたもんじゃないっしょ」
 到着したアサルトコア部隊が、ナイトメアに嵐のような攻撃を加えてゆく。
 剥き出しの操縦席から、一寸木はぼんやりと見物していた。
「……ボクの手を、必要としてくれるかい? 相棒……」


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小湊拓也 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月21日

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