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『幸せと想いを硝子に閉じ込めて』
アルバ・フィオーレla0549


 花の命は、儚い。
 刹那の美は、尊い。
 悠久の刻を生きた魔女が、まだココにいたいと望む……。

 ──なんて、贅沢なのかしら。



 エオニア王国にランテルナという薔薇のリゾートがある。その温室カフェLunariaにアルバは来ていた。
 6月の結婚式を祝う祭りに参加するためエオニアに来たが、どうしてもここに来たかった。

 花の魔女。
 花屋【一花一会〜fortuna〜】の店長。
 あるいは花の妖精としての本能が、薔薇の園へ引き寄せた。

 外は雨でも、温室の中は暖かく、しっとりと雨に濡れる薔薇園は静かだ。
 雨のせいか客は他にいない。ゆったりと一人の時間を堪能できた。
 白いブラウスの胸元にブローチをつけて、空色のショールを羽織って。ふんわり瑠璃色のシフォンスカートから伸びた足には、パールホワイトのミュール。
 お気に入りのお洋服に身を包み、のんびりゆったりティータイム。

 白磁に夕焼け色の薔薇が彩るティーカップに口をつける。
 クローブとカルダモンの香りが漂うミルクティーは、甘くこっくり濃厚で、体がぽかぽか。
 ミーベルのタルトにフォークを刺すと、さくり。はむっ。
 甘酸っぱいミーベルの味がおくちいっぱいに広がる。
 はしっこの固い所をぱくり、ミルクティーをくぴー。
 タルト生地にミルクティーが染みて、バターの香りが濃厚で、ほろほろとくだけていく。

「……美味しいのだわ」

 にこにこ微笑み、硝子の向こうに咲く薔薇を眺める。

 ──ぽつぽつ。

 天より舞い降り、硝子に滴る雨だれ。
 水気を含んだ空気に漂う、花の匂い。
 スパイス香る、ミルクティーの甘さ。
 一重、八重に咲き乱れる、薔薇の園。

 五感で世界を感じながら、アルバ・フィオーレ(la0549)は『今』を心に刻む。
 例え記憶が薄れて消えても、心の底に、煌めく残り香を。


 お昼に頼んだ料理が運ばれてきた。
 ほかほか湯気が漂う──ギリシャの郷土料理・コトスパ・アヴゴレモノ。
 たまねぎ、セロリ、鶏肉を炒めて、塩レモンとふんわり溶き卵で仕上げたスープだ。
 匙ですくって、口に運ぶ。
 ふわっとやわらかな卵と、豊かな旨味に、レモンが爽やかなアクセントを奏でる。

「美味しいわ。ここに来て良かったのだわ。日本では食べられないもの」

 イタリアとギリシャの文化が混じり合った、エオニアだからこそ味わえる。
 この味を、この空気を、今感じる幸せの全てを閉じ込められたら。
 それを愛で、友人に見せ、幸せを届けられたら。
 そう願う。
 日記に想いを綴っても、まだ足りない。

 今日の想い出を残せる、何かがないだろうかと、カフェの中をぐるぐる歩く。
 エオニアの公用語はギリシャ語らしく、ギリシャ文化の解説本が置かれていた。
 神話の本をぺらりとめくり、ポツリと呟く。

「……Elysion」

 古代ギリシャ人が想い描いた死後の楽園らしい。
 何故だか耳に心地よい。
 楽園に咲いた花の種子が、春風にのってこの地に舞い降りて、芽吹いた花。
 それが花の魔女だろうか? 
 覚えていない。けれど、そんな気がした。

 そのままふらふらと、土産物コーナーを眺め。
 ぽふっと、手をあわせる。

「ふふっ。そうだわ♪」

 この刻を閉じ込める魔法──ハーバリウムを作りましょう。



 スタッフに頼んで、必要な道具は揃えてもらった。
 瞼を閉じて、友人の顔を思い浮かべて、いそいそと準備する。
 ピンセットでドライフラワーをつまみ、オイルが入ったボトルに入れて。

 大ぶりのボトルに、赤い蕾、蒼い星、ピアノの音が零れるように花をちりばめ、銀に限りなく近い金色の紐を結ぶ。
 ころんと丸い小瓶に、桜色の薔薇をいっぱい閉じ込めて、純白のリボンをかけ。
 すらっと背の高いボトルに、緑の植物を中心に、無骨な金属の珠を入れて、金の鎖を結ぶ。
 ドーム型のボトルに、四葉とシロツメクサの花を添えて、白いレースをあしらう。
 靴の形のボトルに、カモミール、白のハイビスカス、カーネリアン色の花、唄もボトルに閉じ込めるように。ピンクと黄色のリボンを結ぶ。

「うふふ。綺麗。でも、まだまだ、足りたいのだわ」

 小さく歌を口ずさみながら、ひとつ、ひとつ、丁寧にしあげていく。
 形も中身も様々なボトルたち、全てに夕焼け色の薔薇を一輪入れた。

 ──例え花と散り、記憶が途切れても、いつまでも、側にいられますように。

 優しさの魔法をかけて。この温室の空気を閉じ込めて。

 カタン。手が震えて、ピンセットを取り落とす。
 手を開いて、閉じて。深呼吸。大丈夫。まだ、大丈夫。
 そう言い聞かせて、作業に戻る。

「あ、そうだわ! 良いことを、思いついたのだわ♪」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、アルバは考える。
 これはしばらく手元に置いておこう。花屋の片隅に並べて、友人達に囲まれてる気分を楽しんで。
 贈るのは、クリスマスか。何でもない日に、わっと驚かせるのも良い。
 どやぁぁと微笑みながら、唄を口ずさみ、作業に戻る。



 作り終えてほっと一息つく。
 気づけば外は雨があがって、日が落ちかけている。夕暮れが近づいているのだ。
 色とりどりのハーバリウムを預けて、薔薇園に赴く。

 花びらの上で雫がキラキラと輝き、濃厚な薔薇の匂いが漂う。
 空の彼方に見える夕暮れへ、虹が伸びていた。

「ラストダンスって決めたのに……もう少し踊りたいのだわ」

 ミュールを脱ぎ捨てて、素足で濡れたタイルの上を踏む。
 妖精の血の残り香が、踊れ、踊れと囁くから。
 耳の奥に残っている、ダイナミックで優しいピアノの音に乗って。
 大切な友人達の幸せを願って。

 足を滑らさぬように、けれど軽やかに、すらりと伸びた足は、大地を蹴って。
 とんっ。
 白魚の指先は天に伸び、星を捕らえようと宙をつかむ。
 くるり。
 ふんわりまわって、大地に降りると、水しぶきが跳ね上がる。
 ぱしゃん。
 夕焼け色を映した雫がきらきら輝く。
 空色のショールと瑠璃色のシフォンスカートが、ひらりひらり揺れる。
 一陣の風が吹き、薔薇の花びらが舞い、アルバの踊りを彩る。
 ふわり。
 ピンク混じりの金色の髪が、さらりと風になびく。

「……──♪」

 カーネリアンの少女の唄を思い出し、ささやくように口ずさみユニゾン。
 この世界への恋心を、言の葉に乗せて。
 花の魔女の祝福を込めて音を紡ごう。

 たくさん、たくさん、幸せをくれてありがとう。
 もっと、もっと、みんなが幸せになりますよう。

 雨上がりの薔薇園に、虹と夕焼けを背景に、花の妖精が舞い踊り、唄う。
 誰も、見ていない。
 けれど、踊ることを辞められない。

「ああ……なんて世界は綺麗なのだわ」

 こんなに世界は綺麗なのに、きっと今日を忘れてしまう。
 手足はいうことをきいてくれなくなる。
 ゆるゆると、ゆるゆると、衰えていく。
 それは仕方がないことと、受け入れた。

 けれど、友人達は?
 きっと、悲しむ。
 ぽつり、涙が零れ落ちた。 

「……、……それでも、大丈夫。私は最後まで愛していくわ」

 そっと胸に手を置いて、口にだして言い聞かせる。
 この世界を、友人達を、最後の刻まで、笑顔で見届けよう。

 私の心の全てを、あのハーバリウムにおいてきた。

 ──なーんてね。

 まだまだ、この世界にとどまって、花を咲かせていかなくちゃ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【アルバ・フィオーレ(la0549)/ 女性 / 24歳 / ただひとつの花】


●ライター通信
お世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

誕生日を迎える直前、【銀梅花】連動の頃のエオニアをイメージして、アルバさんに踊っていただきました。
ただただ美しく、優しく、繊細なアルバさんを、描ければと願って。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
おまかせノベル -
雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月22日

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