▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『守護者』
ラシェル・ル・アヴィシニアla3428)&ルシエラ・ル・アヴィシニアla3427

 薪ストーブの前へ置いたエアーソファに身を沈め、ラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)はノートパソコンと向き合っていた。
 ライフワークとなっている異世界調査、その現状のとりまとめと次へ進むための推論の構築を行っているのだが、思うようにはかどらない。
 未知と向き合っているのだから、当然ではあるがな。
 息をつき、ラシェルは小さな薪ストーブの中で赤い火を噴くペレットへ目を向けた。
 ここはSALFが放浪者のために用意してくれた住居。壁の具合を始めとした諸々の理由から断念せざるをえなかったのだが、本当なら暖炉を置きたい気持ちはあった。が、極々小さな体からこれほどあたたかな熱を発し、冬気を押し退けてくれる薪ストーブのけなげさ、実に趣があるではないか。
「この有様、趣がないの」
 火に見入っていたラシェルへ苦笑しつつマグカップを差し出してきたのは妹、ルシエラ・ル・アヴィシニア(la3427)だった。
「名より実を取っただけの話だ。ここならあたたかい」
 頼りないソファの上で身をずらし、妹の座る隙間を作りつつラシェルは言う。まあ、豪奢な暖炉もよく手入れされた革張りのソファもない借家で名に拘れば、多くの問題が生じよう。だからそれでいい。
 並んで座った兄妹はペレットの火を肴にコーヒーをすする。と、ラシェルが眉根を下げて、
「ちなみにだが……インスタントコーヒーは趣なのか?」
「名より実を取ったの。コーヒーを飲むっていう、の」
 すました顔でルシエラは応え、やれやれと息をつく兄へ問うた。
「進捗は?」
 ラシェルが調査記録をつけていることは知っている。もちろん、それがうまく進んでいないことも。
 だからこそ彼女は、同じ小隊に参加してくれているライセンサーから分けてもらったコーヒーの豆をあえて使わずインスタントコーヒーを淹れて、兄の作業スペースへ押し入ってきたのだ。
 ラシェルも妹の真意がわかっているからこそ説明せず、ただかぶりを振ってみせる。今のままでは納得のいく結論を記することはできず、推論を捻り出すこともできないことは明白だ。ならば――
「幼い頃、ふたりで暖炉の前に居座って火を見ていたな」
 ――思い出話でもしてみようか。


 幼少時よりラシェルは物の道理を弁えていて、すでに今の彼とほとんど変わらない形で完成されていた。
 見た目も含めて父に似ていると当時から言われていたし、今もルシエラは言うのだが、本人的にはそんなものかと思うくらいだ。
 実際、父にも母にも似なかったように思うのだ。たとえ体術に覚えはあれど、武技に長けた両親の子でありながら知覚という魔法的な能力に目覚めた自分は。
 一方ルシエラは、母の気質をよく映していた。
 誰かを守りたいと駆け回り、その身を尽くしてきた彼女。母は父と共にひとつの世界を守り抜いたが、ルシエラは子どもたちが住むごく小さな世界あるいは社会を、全力で守り抜いてきたのだ。
 そしてそれは、流れ着いたこの異世界においてもなお変わることはない。溢れんばかりの好奇心に突き動かされ、つい駆け出してしまう癖も。
 とまれ、理知的な兄と情熱的な妹、ふたりとも幼少期には仕上がっていたわけだ。現在の彼らの象徴である白椿、その花言葉「完全なる美しさ」、「至上の愛らしさ」を淡く匂わせるほどに。
 そして、普通ならば同じ場で共生できないだろう兄妹は互いを無二の存在と認め合い、共に過ごしてきたのである。……それこそ冬の暖炉前で、ぎゅうぎゅうに体をくっつけて。

 ラシェルもルシエラも、燃える火を見ているのが好きだった。寒さも暗さも寄せつけず、安心して自分たちを眠らせてくれる火。ラシェルはその確かさへ、ルシエラはその強さへ惹かれたのだろう。時には近づき過ぎ、父に抱き上げられて遠ざけられたり、母に首根っこをつまみ上げられ放り出されたりしても飽かずに強く、強く、強く。
 今、そんな思い出をちらちら語っていたラシェルとルシエラは思わず顔を見合わせ、息をつく。
「それにしても母様は豪快だったの……」
「戦士だからな」
 ルシエラはそもそもが好奇心旺盛。それは百歳までの生き様が決まるという三つ子どころか、ようやく歩き出した一歳児の頃からもう、あちらこちらへ前進し、逃亡し、爆走していた。当時まだ幼子であったラシェルが、妹を追いかける父の奔走ぶりを憶えているほどだから相当に酷かったはずだ。
 果たして連行されたルシエラを、母は当初叱るでもなく放置していたものだが、言葉が通じるようになった瞬間から姿勢を変えた。
『獣の時を越え、人の時へ踏み入ったのじゃ。これよりはしかと説いてゆこうぞ』
 凄まじい眼力をもってルシエラを見据えてひとつひとつ、母は説いたものだ。命に関わるものへは特に力を込めて。暴力を振るわれたことはなかったが、母のお仕置きはまさに「豪快」だった。
 しかし、そればかりではない。
 母の気高き心は幼いルシエラの心に正義を灯してくれた。
『時に刃となって愛すべきものを守り、時に盾となって信ずるべきものを護れ。それこそが力持つ者の義務であり、矜持というものじゃ』
 今、彼女は母の教えを誰より正しく理解し、行っている。
「私が生きてここまで至れたこと、全部母様のおかげだの」
 我が身の所業と起点とを顧みて、しみじみうなずくルシエラである――と、ここで彼女はラシェルを見て。
「ラシェルは父様といっしょにいる時間が長かったの」
「ああ、必然的に……という話だが」
 母がルシエラと向き合っていた分、ラシェルは父と共に過ごすことが多かった。とはいえ、父譲りの無口な性分である。なんとなく並んで座っているばかりで……
 そんな息子への気づかいからか、父は一生懸命に話をしてくれたものだ。中でも世界を救った戦いの話は、表情の淡い父から語られているとは思えぬほど起伏に富んで鮮やかで。ラシェルの三つ子の魂というものは、それによって形を定めることとなったのだ。
 そうして母の背にも学ぶことを見出すようになり、彼は思いを定める。
 父母のような守り手となりたい!
 ラシェルが正しい意味での神童ぶりを発揮できるようになったのはすべて、王道の先を行く父母のおかげであったし、それは父がきっかけを作ってくれたからこそなのだ。
「父さんがいてくれなければ、俺は母さんの真価を知ることもできず、今なお目ざす先を見いだせないまま迷っていたかもな」
 噛み締めるように思う。才覚の多くを受け継げなかったことは惜しく思うが、父さんの息子であったことは本当に幸いだった。
 あとはその幸いに恥じることない生を歩めるかどうかだが……それはいつかの未来が今となるときにこそ顧みるべきことだろう。
 ああ、忘れてはいけない。父母への敬愛を自覚したことで、もうひとつの親愛を自覚したことを。
「もうひとつ、ルシとこうして向き合い、同じ先を目ざすこともできなかっただろう」
 世界の守り手を目ざすことを決めた幼きラシェルは、もっとも身近にいてそこそこ以上に危険な存在であるルシエラへ目を向けるようになった。彼女の望みと好奇心を読み取り、危険から遠ざけて守るために。
 守ることはすなわち失わぬことだ。なにひとつ失くしてしまわぬがため、己を尽くして守る。
 しかし、彼は程なく妹に教えられることとなるのだ。自分ひとりでは知り得なかったことや見えなかった景色へ連れていかれ、示されて――これほどに世界は美しく、おもしろい!
 どこかで妹を下に見ていたことは否めない。自分が守ってやらなければならぬものだからと。しかし、実際の妹は彼を導くかけがえない標だった。ふたりで立ち上げた小隊【白椿】の長をルシエラへ任せたのは、彼にとって必然の結果である。
「世界を守る意味と、守るべき世界の価値を教えてくれたのはルシだ」
 深い情が含められた兄の言へ、ルシエラはくすぐったげに笑んだ。
 幼い頃の自分は、言ってみればタネツケバナのようなものだったと思う。心に少し触れられるだけで弾け、あちらこちらへ好奇心という名の種を跳び散らせる白い花。
 ずいぶんと父や母の手を煩わせたことは記憶にも残っているが、それ以上に兄ラシェルへは面倒をかけた。
 そういえば、もともとのラシェルは兄らしくなかった。物静かで聞き分けのいい彼が必然的に彼女の視界へ入ってこなかったこともあるのだが、つついたところでおもしろいことなど起こりようのない彼を見ようとしなかったこともまた事実で。
 しかしだ。ラシェルはあるときから“兄”となって彼女を守り、導いてくれるようになった。それには理由があったのだと兄本人からも聞かされたし、それがまた実に兄らしいとも思うのだが――きっかけがなんであれ、ルシエラは兄によって得られたのだ。茫漠としていた自分の望み、その正体を。
 私はわかったの。
 私は護りたいの。
 誰ひとり喪わないために、私は私を尽くして護り抜く!
 父母、特に母の影響があったとはいえ、今にして思えばなんて我儘な願いだろう。
 しかし、雑草に過ぎないタネツケバナがかぐわしく匂い立つ白椿へ成り仰せるには必要な我儘だったと思う。願わなければ、踏み出すことはかなわないのだから。そして兄の支えがなければ、たとえ自力で願いの正体を知れたとて、絶対に果たし得なかった。
 兄は彼女にとって救い手であり、掬い手だ。突き進むばかりの彼女を時に引き止め、時に誤った道を行く彼女を正道へ押し戻し、時にその身をもって彼女を守り、常に心を併せて同じ先へ向かってくれる唯一の存在。
 守ることと護ること、父母の志を分かち合って受け継いだ兄とだからこそ――
「ラシェルといっしょだからこそ、私は守護者に成れるの」
「ああ」
 幼きあの頃からなにひとつ変わってなどいない。
 兄がいてくれたからこそルシエラはルシエラとなれる。
 妹がいてくれたからこそラシェルはラシェルとなれる。
 この真実を見失わない限り、ふたりはなりたいもので在り続けられるのだ。
 が。斯様に心定まればこそ思わずにもいられない。
「あの頃があればこそ今現在もあるわけだが……さすがに生まれ変わってあの過去をもう一度やり直せと言われたら辛いな」
 ラシェルにしてはかなり長いセリフ、どうしようもなく本音であればこそだろう。嘆くよりないほど、ルシエラは奔放に過ぎたから。
 ルシエラも自分の当時の有様を思い起こしてうなずき、次いでかぶりを振ってみせた。
「ラシェルと本当にわかりあえたこと、アヴィシニア家に生まれたからこその奇跡だったの……」
 あの家であの両親の元へ生まれられたからこその、奇跡。それをもう一度起こしてみせろと強いられたところで、結果は悲惨なものとなるだろう。


 ふたりは言葉を切り、火を眺める。
 父母の手で引き剥がされなければならないほど近づくようなことはしないが、それでもソファを引きずり、ぎりぎりまで迫ってみたのは、共に父母を思い出していればこそだ。

 果たしてラシェルは思うのだ。
 追いつけたつもりは毛頭ないが、それでもここまで戦い抜いてこられたのは、父さんと母さんの背が先にあってくれればこそだ。
 しかしながらまだなにも為せていないのだという思いに震え、同時、ここから為してみせるという決意に奮える。
 ああ、そうだ。ルシとふたりなら、かならず成し遂げられる。

 果たしてルシエラは思うのだ。
 目の前にはいつだって母様と父様がいるの。私はまだそれを追いかけているだけの未熟者だけど……
 まったくもって理想は遠く、しかし決戦の日は近く、小隊長としての悩みも迷いも色濃いが、それでもだ。
 ラシェルとふたりだから、私はまっすぐ進んでやり抜くの。世界を守り抜いてみんなを護り抜く!

 ふたりはまた顔を見合わせ、うなずいた。
「いよいよ決戦だ。俺たちは俺たちが成すべきことを為す」
「わかってるの。戦って戦って守って護る。それだけだの」
 そして表情を和らげ、額と額を合わせて。
「この先、故郷へ帰り着ける日が来たなら胸を張って報せたい。俺たちが為したことを」
「母様と父様に、私たちが成したことを全部聞いてもらおう」
 燃え立つ炎の向こうに垣間見えた過去と父母とへ、ふたりはあらためて誓う。
 この守護の手をもって、この世界へ平和をもたらしてみせる――!


おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.