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『例えばこんなその後』
桃李la3954

「いや? 俺は『ナイトメアを退治した』とは言ってませんよ? とりあえずもう大丈夫でしょう、と言っただけで」
 にこり、笑みを浮かべて桃李(la3954)がそう告げると、村長は一度面食らって目を見開いて、それから不審な目を彼へと向けた。
 肩を竦める。
「何がご不満ですか? 皆さんもご確認なった通り、錯乱していた人たちは落ち着きを取り戻しましたが」
 それで、この村に起きていた『困り事』は無くなったはずだ。だがその言葉にも、この場に居る彼以外の人間はまだ腑に落ちないようだった。
 気持ちは分かる。複数の人間が、同時に豹変して暴れるなんて。そんな偶然──それ以上に。
「ナイトメアの影響なしに、うちの息子や友人に限ってあんな事、ですか?」
 反応したのは、村長よりも、その後ろに控えて話を聞いていた人たちだった。
「……俺は別に、貴方方を責めるつもりは無いですよ。貴方方が彼らをちゃんと見てなかったなんてことは無いんです。ただ、彼らの悩みはこの村の人たちにはちょっと見えにくい所にあった──それこそ、彼ら自身にもね」
 今にも否定の声を上げようとする皆を制するように、桃李は穏やかな調子で説明を続けた。
 今回の件で錯乱した人たちは、皆何かしらの悩みを抱えていた。それはこの村の『常識』に照らし合わせれば、彼ら自身にすらなぜ自分が今不満を抱えているのか分からずに、無意識に抑え続けていたものだった。
 ……だが、世界を、いろんな人たちを見て回ってきた桃李からすれば。彼らの悩み……否、願いは、ごくありふれた、人によっては当然のように望みうるものだ。だから桃李は彼らの様子を、言葉を聞いてすぐに察することが出来た。彼らが、自分でも説明のつかなかった想いを、きみのその想いはこういうものだよ、と言葉にして解きほぐしてやることが出来た。
「彼ら自身にすら理解できず、抑えて隠していたのですから、貴方方が分からないのも仕方ありません。ただ、彼らは落ち着いたら今度こそ、自分の気持ちを自分の言葉で説明できるでしょう。どうかその時は、先入観を持たずに聞いてあげてください」
 聞き終えて、この場の聴衆は尚、まだ納得いかない──したくない──ようではあった。だからって複数人がいっぺんに暴れ出すなんて、とか、あの村はずれの破壊痕は何だったんだ、とかをもぞもぞと呟いている。それらにも一応「誰しも悩みは抱えてるんですからそう考えれば大した数じゃないですよ」とか「野生動物かもしれませんね?」とか答えておいて……やがて、適当なところで立ち上がる。
「まあ、この後どうするかはお任せしますよ──どのみち、行きずりの旅人に出来る事なんてこんなものです。そうでしょう?」
 そう、告げて。

 その、暫く後。
「そうそう、これを食べに来たんだから……けど、うん、中々に、おおう……」
 桃李目線では一件落着したその村の一角にある食堂で。彼は、この村に寄った本来の目的である郷土料理と対面していた。
 一言で言えばこの村に伝わる秘伝の漬け汁と共に熟成させた肉、である。問題はその漬け汁というものが如何なものなのか。目の前にするだけで、酸味と……発酵? 腐敗? そんなものですらなさそうな強烈な匂いが鼻をつく。店主曰く、「これでも時折あんたみたいに訪れる外部の人向けに調整した一番マイルドな漬かり具合」だそうだ。
 慄きながらも、きわめて鮮烈な体験だけは約束してくれるだろう予感に心躍るのも事実だった。
 ちらり、視線を移す。店主が厚意で一緒にお勧めしてくれた、度数強めのスピリッツが注がれたグラス。おそらく『救済措置』になるだろうそれと共に、一度懐をポン、と叩く。
 ……そこには、忍ばせておいたEXISがある。飲酒の前に、改めて確認しておく。村長宅での話し合いの後、村を一通り歩いたその際──間違いなくこれが、まだナイトメアに反応することは無かった、と。
 薄く笑みを浮かべる。
 要するに。
 ナイトメアを退治したとは言ってない──が、退治していないとも言っていないのだ。
 悩みを抱えた人が同じタイミングで急に暴れ出した……そこには実際、精神型ナイトメアの存在があったのだ。
 倒した後で被害者一人一人の話を聞いてあげたのも事実だが。
 なんであんな茶番で誤魔化す必要があるのか? 言った通りだ。桃李は、ここに珍しい食べ物があるとたまたまやってきただけの旅人──ライセンサーでは、無いのだ。今は。
 かの、オリジナルインソムニアを巡る大規模作戦。
 それが集結した直後……桃李はSALFのライセンスを返上し、姿を眩ませていた。
 懐のEXISも当然、非合法所持となる。
 だからこの一件は、「ライセンサーではない」者でも解決出来るものである必要があった。
 これまでも緊急時は幾度かそうしてきたように、倒してさっさと行方をくらませても良かったのだろうが。
(ここに来た目的をまだ果たしてなかったから、ねえ)
 とは言え、これを食べたらさっさと引き上げるのが吉だろうか。あの様子だと、自分がライセンサーでなかったのならやはりSALFに連絡してちゃんと調べてもらおう、という話にもなりかねない。正規のライセンサーと鉢合わせて面倒ごとになるのは避けたかった。
 ──ということで。
 改めて目の前の肉料理に向き直り、覚悟を決めて一口、大ぶりに切り分けると一気に口に入れる!
「〜〜〜〜〜!?」
 鼻に、食道に抜けていく強烈な風味、トロッと、というか最早ぬるっとした独特の食感、強い塩気、その奥からやってくる凝縮された肉の旨味……──!
 幸い柔らかく崩れるようだったそれはすぐに呑みこむことが出来たが、残る後味それだけでも明らかに脳が処理できる許容量をパンクしていたので酒を流し込む。洗い流される感覚と共に味わう酒の美味さ。それから、付け合わせのマッシュポテトを食べることがこんな新感覚になるとは。
 ……それらを総合して。
「──最初の拒否反応を越えたら、妙な癖になりそうだねえ……?」
 感想を述べる桃李に、店主はやるねえ、と口笛を吹いた。

 結局予定以上に酒を進めることになり、彼が村を発ったのは一泊してその翌朝だった。
 急ぎ誰にも何も言わず去ろうとした……が、入口に誰か立っている。見れば話を聞いた、被害者の青年の一人だった。すっきりした顔をしている彼に挨拶すると、名残惜しそうにいつかまた来てくれますか、と問われる。気が向いたらね、と答えておいた。
 あの戦いが終わったのち、彼はずっと……こうやって旅をしてきた。
 美しい景色を見て、美味しいモノを食べ、行く先々で色んな縁を結んでは別れて──
 そうやって、何年も自由気ままな旅をする彼を。
 ライセンサーの時に繋がりのあった仲間は、もしかして探しただろうか。
 ──だが、もとより『桃李』と言う男は存在しておらず。
 どのデータベースにアクセスしても、人伝に情報を集めても……あれほど目立つ男の消息を誰かが掴むことは、無く……

 そうしてまた、随分と時が流れた。
 ……ふと、彼の脳裏に過る面影があった。ライセンサー時代に幾度か行動を共にした男だ……当時、気に入っていた。
(会いに行ったら驚くかな?)
 気まぐれに、そんなことを思い浮かべる。
 旅をしている。
 気ままに、自由に。
 誰にも見つからない、捉えられない、誰でもない彼が、だから、望むままに次に向かう先は──








━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。凪池です。
今回もお待たせしました。そして相変わらずのお言葉に甘えての好き勝手オンパレードでお届けします(
行きずりでナイトメア退治する桃李さんの茶目っ気ぶりもそうなんですが、発注文には美味しいモノ食べてとあるのになぜ珍味謎肉食レポになったのでしょうか。
いやあ……私なりに桃李さんの魅力を引き出せたら……と思ったんですが、今回もお気に召していただけるか祈るばかりです。
改めまして、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月23日

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