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『杉ゆくもの』
狭間 久志la0848)&杉 帝虎la3708)&杉 小虎la3711

「これは」
 杉 帝虎(la3708)は眼前に置かれたそれを眼光で撫で斬り、突き突き突き。
「なんと見事なTeriyaki Burgerよ!」
 やたらといい発音で感嘆した。
 杉は武の名家などと言いながら当主が率先して金髪リーゼントだし、ヤマトダマシイ的なものへの拘りは相当に薄いらしい。
 まあ、それを見越して狭間 久志(la0848)もこの店へ案内したわけなので、特になんの問題もないのだが。
「食べたら速やかにお帰りくださいましね、パパ!?」
 金髪リーゼントの愛娘である金髪縦ロール――杉 小虎(la3711)がはしゃぐ帝虎をびしっと叱りつけた。
 今の言葉こそ、小虎の偽りない思いである。なぜなら、父が来た本当の理由は知れていたから。
 SALFへ送り出されるとき、小虎は父にあることを約束として娘へ突きつけられた。
 最初はそれを果たすがためだけに生きていたが、戦場で敵を得、友を得、久志という師を得……心境も心情も大きく変わって。だからこそ、このまま帰って欲しい。
「わしは和食派だが、実はアメリカンもいける口でな! 日米による味のCollaboration、痛快である!」
 娘の重い心持ちを知らぬ顔で、金リーは豪快にビールを呷る。国産でもアメリカ産でもない、メキシコ産にライム入れたやつを。
 ネタじゃねぇんだよな、これ。
 久志は渋い顔を帝虎から逸らし、ベジタブルソルトビネガーバーガーをかじる。たっぷり野菜がパテの脂っこさを抑え、ソルトビネガーがさっぱりと食べさせてくれる逸品である。これなら多少胃が痛くなっても大丈夫……
 と、帝虎が斜め上から久志を見下ろして。
「貴様、菜っぱ大好き野郎くんか?」
 くん付けって、配慮の方向性がおかしい。思いつつ、久志はあいまいにうなずいた。
「まあ、肉に加えて野菜は摂っておくべきでしょう。タンパク質だけじゃ体は仕上がりませんから」
 ぐぅ。帝虎は眉根に力を込めて思いきり引き下げた。
 あ、これ怒るやつ? いや、一応脳筋に配慮してタンパク質とか言っといたのに、マジでツボがわかんねーな杉父。
「確かに!」
 って、怒らねぇのかーい! 久志は胸中で昭和のズッコケを演じておいて、静かに息をついた。だめだ、マジのマジでツボわかんねぇ。
 一方、小虎ははらはらと男たちの攻防(?)を見守り、密かに身悶えている。
 さすが師匠、パパの言葉攻めをかわして反撃まで決めてみせましたわ!
 当の師匠にそんなことをしているつもりはないのだが、結果的にそうなってしまうのは他ならぬ高純度脳筋の小虎とのつきあいで培ったあれこれが作用しているだけのこと。
 しかし。そんなことを知る由もない小虎の中で、久志の株は爆上がりである。まるで弁慶坊の猛撃を跳びかわす牛若丸のごとき美麗さですわよ狭間様!
 と、盛り上がったところで我に返り、己を律する。本当にわたくし浮き足立っていますわね。
 久志と共に過ごしていると、端々の一瞬、忘れてしまうのだ。……自分の家族を皆殺してレヴェルとなった婚約者のことすらも。
 人であることを棄てた彼は小虎をいつか迎えに来ると言った。
 小虎は迎えに来られるより先に、彼を討ちに駆けると誓った。
 なにひとつ、終わってはいない。それどころか始まってすらいない。それなのに、それなのに、それなのに。
 なんと浅はかな、わたくし。
 食いしめた奥歯がぎぢりと鳴った。このままでは、割れる。あわてて力を抜いて、小虎はかぶりを振った。
 だめだめですわ。こんな有様では、己の本心と向き合うなどとてもできませんもの。
 彼女はそっと顔を上げ、栄養素がどうとか言い合っている男の内の一方、久志へ焦点を合わせ。
「やはり狭間様をいただいてみるよりありませんわ」
 振り向いた久志は一瞬後に帝虎と顔を見合わせ、もう一度小虎を返り見て言った。
「杉はまず、それ聞かされたパパの気持ちを考えろ」
 きびきび叱りつけ、今度は帝虎と顔を合わせ直して。
「次に杉さん。世界が砕けたみたいな顔やめてください。倫理的にも腕っ節的にも、俺はそう簡単にいただかれちまうような男じゃありませんから」
 この言葉を聞いた帝虎の、それはもう情けない顔が、唐突に引き締まった。
「その言、信じろと?」
 唐突に問われた。限りなくまっすぐに。
 久志は帝虎の視線を真がっしと受け止める。よくわかんねぇけど、逃げたらだめなやつだってのはわかるからよ。
「簡単に、とは言いましたが、実際のところは絶対にです」
 ここで小虎が割って入る。
「正直なところ、絶対にではありませんわよ。わたくしの格闘術の程、狭間様がいちばん理解していらっしゃるはずですけれど」
 確かに小虎の腕は相当なものだ。久志の人外めいた身のこなしをもってしても、すべてを避けきることはできまいし、こちらの攻撃を当てるにはかなりの技を尽くす必要がある。それでも。
「俺はおまえの師匠なんでな。負けてやるわけにゃいかねぇし、いただかせてやるわけにもいかねぇんだよ」
 しかし小虎は、久志の厳しい言葉を薄笑みで払い退けた。
 ずいぶんと侮ってくださいますわね? パパとのケンカを止めるつもりはありませんけれど、わたくしをダシにするならもう少しお気づかいくださるべきでしたわよ。
「いつまでもただの弟子に収まっている心づもりはありませんわ。まず並び立って共に戦い、その次には前へ出て露を払う。それこそがわたくしの短期目標ですのよ」
 短期目標とは言ってくれんじゃねぇか。だとしたらなにか? 長期目標は俺を護り抜いてくださるってか?
「この前は本体が分離しかけて無様晒しちまったが、今日はご心配なくだぜ?」
「それはよろしゅうございますわね。戦場であわやを演じられては、いかなわたくしとて遅れることもありましょうから」
 いつの間にかバチバチし始めた久志と小虎を交互に見やり、帝虎はふむ、うなずいた。
「よし。小虎と野菜大好きヒョロガリ眼鏡野郎くんで手合わせをせよ。互いの言を証明するがためにだ」
 差別用語が長ぇー! ってかくっつけただけじゃねぇかー! 自分の扱いに戦く久志と、突然の父の無理強いに戦く小虎。
「パパ、狭間様はまだ完全に傷が癒えたわけではありませんのよ?」
 帝虎は娘の抗議を鼻息で噴き飛ばし、久志へ視線を突きつけた。これまでとはまるで違う、野太刀の切っ先さながらに太く鋭い眼光を。
「よもや逃げはせぬだろうな、狭間 久志」
 これがガチの目力かよ。さすが、杉の父だぜ。でも。
 決めちまったんだよなぁ。杉父に俺を叩きつけてやるって。それから――杉と俺を繋ぐ縁がいったいなんのか確かめようって。
「せっかくのご公認をもらいましたんでね。おたくの娘さんを負かして泣かせてやりますよ」
「させませんけれどね」
 すかさず応えた小虎が、獰猛に口の端を吊り上げた。
 追い始めた当初は遙か遠くにあった久志の背。それは今、目の前にまで迫っていて……父という他者が立ち合う前でそれを証明してやれたなら、さすがに言い逃れはできまいし認めざるを得まい。小虎という女がここにあることを。
「小虎が己の言葉に恥じぬ技を見せられたなら、連れて帰る」
 ぐっ。小虎が言葉を詰まらせた。自分にだけ告げるだろうと思っていたのに、あえて久志にも聞かせるとは……パパ、どういうおつもりですの?
「そもそも許嫁の件で心に深手を負うこととなったそなたを慮り、外へ出したのだ。しかし今、そなたは十二分に前を向いた」
 さすがに察せざるを得ない。帝虎は今、久志に説明をしている。
 なんで俺にわざわざヒント出すんだよ? 訊くまでもない。計られているのだ、杉父に狭間 久志を。
 さらに帝虎は小虎、いや久志へ向けて言葉を重ねてみせた。
「あとは約束をどれほど果たせたものかを計るばかりよ。すなわち、格闘者としてひとかどとなれたかを」
 つまり、杉の仕上がりを通して、俺の師匠っぷりも見てやろうってわけか。いいぜ、見せてやんよ。ただしあんたの思うようには運ばせねぇ。
「ああ、野菜大好きヒョロガリ眼鏡野郎くんに勝つ必要はないぞ。わしがそうと認められたならよい」
 って、判定あんたのさじ加減じゃねぇか! 思いつつも今さらツッコめず、久志はやたらと闘志を燃やす小虎へ目をやった。
 おいおい、わかってんのか? いい勝負したら強制送還だって。……わかってねぇよなぁ、これ。


 人気のない河原で久志と小虎は向き合った。互いに無手、間合は一歩踏み出せば打撃を打ち込める2メートル。
「ちらとお話したかもしれませんけれど、わたくしには昔、許嫁が――」
 軽くかぶりを振って小虎の言葉を止め、久志は低く返した。
「いい。俺は気にしてねぇし、これからも気にしねぇ」
 ああ、気になんてしねぇ。昔の話を抱え込んでいるのはお互い様だ。大事なのは今、俺とおまえだろ。だからよ、今のおまえを本気でぶつけてこい。
「本気で来い」

 一方、言葉を止められた小虎は、久志の目が万感を鎮めて据わる様を見、ざわめく心を引き締めた。
 狭間様は本気。ならばわたくしも本気で応えなければ。
 久志に言っていないことがある。言えていないことも、言わずに済ませたいことも当然に。久志の言葉に甘える形でそれらを胸の奥へ沈め、小虎は闘志を掻き立てる。
 父が見ていることは、不思議なほど気にならなかった。
 ……当然のことですわね。今、わたくしが向き合うものは狭間様おひとりですもの。
 合縁奇縁とは云いますけれど、どれほど奇しき縁を辿ってわたくしたちは遭い、合い、会ったのでしょうか?
 でも、それすらも語る必要のない過去のことですわね。なにがどうあれ、わたくしたちは今、こうして向き合っている。
 ですから。
 今のわたくしを、本気でぶつけますわ。今わたくしを待ち受けてくださっている、唯ひとりの狭間様へ。
「はい。本気で参ります」

 応えたきり、小虎は動かない。それは久志も同様だ。
 しかし今、どれほど激しい攻防が繰り広げられているものかを、立会人である帝虎は見て取っていた。
 小虎の初手を弾いた久志が内から肩を打ちつけ、それを小虎が返した右腕で滑らせていなし、打ち込んだ膝を久志が自らの膝で受けて跳び、彼女の頭上を越えて背後を取りに行って――さながら脳内の盤上で駒を行き交わせる棋士がごとく、かすかな筋肉の挙動をもってふたりは打ち合い、極め合い、避け合う。
 別に小虎は久志の足を気づかっているわけではない。ただ、動いた瞬間に返されることが知れているからこそ、動けずにいる。それは久志も同様だ。
 正直、帝虎は娘の成長に驚いていた。レヴェルへ堕ちた婚約者を赦せず、自らの手で討ち果たさんと自らを闇雲に駆り立てるばかりだった娘が、ここまで相手と手を合わせられるだけの胆力を身につけたことにだ。
 いや。実際のところ、ここまで攻防が続くのは、小虎が久志の手を深く理解していればこそであろう。
 久志の戦技には一定の型がなく、奔放だ。おそらくは戦場でさまざまな戦士を見、敵と対する中で最適化してきたが故に。対して小虎は杉流格闘術を用いているが、その中に“外し”や“空かし”といった転調を散りばめ、久志を攻め立てている。このジャムセッションのような攻防をリードしているのは久志で、曲として成立させているのは小虎ということだ。
 久志と小虎が互いにギアを上げる。攻防が加速し、優位劣位が目まぐるしく入れ替わる。しかし勝負がつくことはない。これは試合などではなく、セッションだから。
 眼前で演じられるものへ苛立ち、帝虎は尖った声音を吐いた。
「もういいかげんにせよ!」
 これ以上見ていられるものか。娘が野菜大好きヒョロガリ眼鏡野郎くんといちゃついている様など。

 パパはせっかちで困りますわ。やっとあたたまってきたところですのに。
 ま、同じ男として、心中お察しするけどな。
 小虎と久志は思いを交わし、口の端をかすかに上げた。
 本気でぶつかり合えば千日手になることはわかっていた。戦場でも道場でも、久志は技を隠すことなく見せてきたし、小虎はそれを見つめ続け、学び続けてきたのだから。
 そしてだからこそ、イメージの攻防の中で狙ってきたのだ。互いの技を凌ぐ一手、それを繰り出す瞬間を。
 とはいえ、結果は見えていますけれど。
 まだ越えさせてやらねぇよ。仮にも師匠で、現役だしな。
 ですわね。でも、もうじきに並んでみせますわ。共に先陣を駆けるがため。
 ああ、そんで俺に楽させてくれ。もっとも、女の子守るって役どころも嫌いじゃねぇんだけどな。
 ――思いであればこそ隠せぬ久志の本音に、小虎は笑みを深め。
「守られるお姫様は柄じゃありませんわ」
 細かなフェイントを重ねて踏み込み、久志の肝臓へ左フックを叩きつけて。
「言われてみりゃ、俺も王子様って柄じゃねぇな」
 肘でブロックした久志がやさしく、小虎の首筋へ手刀を押しつけた。


「小虎はまだ、貴様の下で学べることがあるようだ」
 帝虎はいかにも無念げな濁った声音で娘へ言い、くっと顔をそむけた。
「そも、ナイトメアとの戦いはまだ終わっておりませんもの。最後の最後まで、わたくしは身も心もわずかにさえ退かせることなく戦い抜きますわ」
 言い切った小虎を見やり、これでやっと杉父騒ぎも終わりかね。と、久志が胸をなで下ろしたところで――
「その心、さすが杉たるものよ! わしは感じ入ったぞ! ……しかしながらYDHMYKのふがいなさはどうだ!? 貴様、本気であれば小虎を12手で制せたであろうが!」
 蔑称の略が長ぇ。あと12手とか具体的に読めすぎだって。げんなりする久志に、帝虎はなお突っかかる。
「かくなる上はわし自ら貴様の力を計ってくれるわー! さあ、得意の得物で真剣勝負と参ろうぞ!!」
「え? 俺の得物でいいんですか?」
「武士に二言はない!」
「じゃ、アサルトコアで」
「は?」
「俺、アサルトコアの操縦が得意なんですよ」
 帝虎の末路はあえて語らずにおこう。


「少しだけ、狭間様のお心を伝えていただきましたわ」
 這々の体な帝虎を無理矢理見送った後、小虎は久志へ朱の差した面を向けた。
「手ぇ合わせると伝わっちまうとこあるしな」
 こちらも朱の差した頬をこすって久志がうなずき、小虎へ手を伸べる。
「王子様じゃねぇし、この身はただの眼鏡置きだけどよ。とりあえず、俺のとなりは空いてっから」
 久志の手を取ってとなりへ滑り込んだ小虎は、ますます朱を濃くした面を笑ませ、
「お姫様ではありませんし、パパはあれですけれど。取り急ぎ占有させていただきますわ」
 これから多くを語り合わなければならない。隠していた過去と隠していた今を。そしてふたりで拓いていく未来を。
 ――久志と並んで歩き出した小虎がふと立ち止まり。
「これはもう、いただいてしまう流れですかしら?」
「いやいや、そんな単純な話じゃねぇから」


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2020年12月23日

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