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『男子と女子と仔猫の感情模様』
吉良川 鳴la0075)&吉良川 奏la0244

 水無瀬 奏(la0244)には最近気になっている存在がいる。気が付けば目で追いかけ、その一挙手一投足から片時も目を離すことも出来ず時に心臓が煩くなるし更に呼吸が止まりそうなこともしばしば。ある意味恋愛感情に近い何かだと、そんな風にも思えた。奏が今心を奪われる存在とは恋人の吉良川 鳴(la0075)の愛猫翠で、彼の溺愛と表現をするに相応しい甘やかしっぷりへの嫉妬心を抱く反面で、純粋に可愛いので愛でたいし、ゆくゆくは家族になる為仲良くなりたいという未来の展望込の思いもある。これは奏が鳴の私宅に行く度覚える葛藤の物語。

 そもそも、鳴の自宅に仔猫が来たのは二人が付き合い始めた後、季節が初夏から真夏に変わった頃のことだった。それまで二人で時々なら鳴の元カノや奏の兄――更に鳴の妹分の来訪もあったが今までと違う距離感に嬉し恥ずかしのひと時を楽しんでいたが水無瀬家を出て以降、一人暮らしを通す彼の隣に翠という家族が出来、変化が増えた。鳴が冷たくなったなどではなく恋人同士になってから、慣れてきたのか、ストレートな言動が増えてきたので、どきっとさせられることも多くなってきた程だが。但し父の飼い猫がいて兄がその仔供を飼っているし更にいえば、奏も鳴と同じ依頼の際に保護猫を引き取っているので世話が大変なのはきちんと解っているけれども折角学業とライセンサーの仕事の合間に二人きりの時間があるのにあまり構ってもらえないというのは寂しいものだ。そうした本音を視線で訴えてみても全く一言も口にしていないから伝わる筈なくて、今度は幼馴染故の彼なら自分の本音を理解してくれるだなんて期待も叶わず、ますますもってしょぼくれた思いになるのだった。
(わがままだって、解ってるけど……)
 一人暮らしを始めてそれなりに経つ筈なのに、一向に自活能力というものが磨かれず、奏が週に一度掃除に鳴の家に通い続けている現状だ。時間がある日などは料理を作り振る舞ったりもして、相も変わらず美味いとの言は貰えていないが充実はまあしている。なのにほんの少し彼の家へと向かう足取りが重たいのはまたあの仔にかかりっきりなのかな、という予感が脳裏にちらとよぎるからなのだろうと思う。足を止めて、太陽に手を掲げる。透けて赤っぽく見える左手の薬指に嵌っているのは銀梅花があしらわれた指輪だった。付き合い始めのとき買ってもらったそれは常に奏の指に付いていて少し照れ臭いような愛おしいような気持ちが湧く。一旦腕を下げて唇で花びらに口付けるように触れるとらしくないもやもやはすぐに消えていき、いつもよりも気持ち早めに歩いた。服の隙間に忍び寄ってくる寒さにマフラーに顎先を埋めて行けばじきに到着する。下げた鞄の中にあるのは全く自炊しない彼の為の料理。
「……いない?」
 聞こえていたなら確実に出迎えてくれる間が過ぎても足音一つ聞こえず、奏は首を傾げた。恋人だが気分が落ちる時は落ちる性質に配慮してむしろ付き合ってからは先に連絡し訪れる回数が増えた。勿論今も聞いた上でここに来たのだが。
「はっ!? まさか鳴くんに何かあったとか……! もしも倒れてたらどうしよう!?」
 あわわと焦りが声になり出てくるも、頭は完全に混乱を極めていて手持ち無沙汰な腕を胸の高さに上げ右往左往する。重い物で窓硝子を割って室内に入る? それとも救急車を呼ぶべきかと考えている内に「奏?」と呑気な声がして振り返った。
「鳴くん!」
「悪い、買い出しに行ってた、よ。……その様子だと何か物騒なこと、考えてたとか?」
「そっ、そんなことないよ!?」
 本当かと言わんばかりの視線が注がれる。奏は頭の天辺でポニーテールにした髪とアホ毛が揺れる程に勢いよく首を振った。ふぅんと呟きながら目を細めて、口角を上げる鳴の腕には確かにレジ袋が有料になって困った彼に渡したペンギンのエコバッグが下がっている。急に何か入り用になることもあると納得し、鳴が懐へと手を突っ込んで、鍵を取り出し開けるのを見守ると至極当然のように先に中に入るよう促す彼の脇を潜り抜けるように通る。その際煙草の匂いが漂ってきて、外で吸ってきたのだと気付く。
「ねぇ、鳴くん。少しくらいお掃除も自分でもしてる?」
「んー……まぁ、人を呼んでも平気な程度、にはねぇ?」
「翠ちゃんが変な物を食べないように気を付けなくちゃ」
「解ってる、ちゃんと解ってるよ」
 ぞんざいな答えだけ返ってくるが実のところその辺りは全く心配していない。何故なら妬けてしまうくらい鳴が翠を可愛がっているのは皆が知るところであって、それに水無瀬家で暮らしていたときも自分や兄がいるときは全然愛猫に近付かなかったのに、本人は誰もいないと思っているときには猫じゃらしで遊んでいたのだから彼の義妹のように猫そのものが大好きというわけではなくとも、その辺はきちんとしているである。
「ただいま」
「お邪魔します、だよ!」
 前は言わなかったただいまの一言は翠が来てから口にするようになった。その事実にやはり嬉しいような悔しいような複雑な思いに駆られながらも、それを飲み込んで鳴の後ろについて居間に行けば摺硝子越しにシルエットが浮かぶ。その健気さには和むものがあった。扉を開けば、飛び出すように翠が鳴の足に縋り付くのを笑顔で眺める。鳴も彼女を抱き上げその鼻先に己の顔を寄せた。短く切った爪が、ヘアピンを引っ掛けないように躱しながら、微笑む姿に抗えない複雑な気持ちを覚える。ぎゅうっと強く、心臓が締め付けられ、訝しげな顔の鳴を奏は横目に捉えどうにか笑みを取り繕おうとしたが、両足が動かなくなっていることに気付いた。

 ◆◇◆

 このところ奏の様子がおかしいのは察するまでもなく実に判り易かった。いつも翠のことを視線で追い、それからまるで、迷子の子供のように心許ない目をこちらに向けては、ぐっと唇を噤む。まだ最初の内はあまりにも翠が可愛いものだから触りたいのだろうかだなんて見当違いのことを考えたが。彼女を引き取ったときには奏も一緒にいて、また別の仔を気に入り自分で育てると決めたのだからそこまで執心する理由がないのに気付いたのは少し後のこと。その勘違いに自分がどれだけ翠を溺愛しているのかを自覚してそこで漸く奏の異変の理由に思い至ったのであった。多分可愛いと本音を口にしたら彼女は怒るのだろう。しかし翠に対し嫉妬を覚える姿に嬉しさを感じるのは事実で、また同時に自分たちの関係がただの幼馴染ではなく恋人同士に変わったことに大きく起因するのも確かだ。以前白黒はっきりつけるよう焚きつけてきた元カノには感謝を言いたくもなる。そのとき仲介役になった彼女は勿論、奏の兄で鳴にとっては兄弟同然の彼も自らの妹分もわざと意地悪するようなことがあれば誰の味方か明白。流石にどうにかしたいという思いにもなった。もし人間の言葉を話せるのなら構って構ってと言い出しそうな翠を宥めすかしつつ下ろせば、しなやかな動きで着地し不満げに振り返るので鳴は思わず苦笑いをしそうになる。お揃いの翡翠色の瞳と後はインスピレーションで引き取ろうと決めたが実は好みがあるかもしれない。
(勿論、そういう意味で翠が好きってわけじゃないんだけどね)
 そのことを頭で解っていても割り切れないらしい奏に教えようと、鳴は強張った笑みを浮かべる奏を引き寄せた。本当なら抱きかかえるくらいしたいが今の奏にそんなことしたら混乱し、落としてしまいかねないと思って自重しておく。至近距離で顔を覗き込むようにすれば大きな瞳がぱちぱち瞬きして少し遅れて恥ずかしげに伏せてしまう。頬が仄かに朱に染まったように見えるのは錯覚ではなく、夏の夜に成り行きで告白することになる前からきっと彼女も同じ気持ちだろうという確信はあったが、二人の関係がただの幼馴染だった頃には、絶対にこういう反応は見られなかったから結果正解であったと思う。ニヤつきそうな表情筋を引き締め鳴はほらほらと奏の背中を押すようにして進み居間に入る。路地の奥にある自宅だが日当たりは悪くない。テーブル上にエコバッグを置き、その前のソファーに揃って腰を下ろす。二人どころか三人も四人も充分座れるスペースで距離を詰めれば、奏に戸惑ったような表情で見返された。
「はわ!」
 前触れもなく奏の手に自身の手を重ねたら、悲鳴じみた声が出る。体温は高く、それ以上に奏というだけで温もりが移るようだ。
(可愛い、な)
 空白の時間はあれども思い出も沢山あるから好きなところを一言で説明するのはとても難しい。ただあの曖昧な距離感を保ちながらも奏を渡したくはないと思っていた程度に執着したとも自覚をしているつもり。アイドル活動やライセンサー業の間以外は付けている銀梅花の指輪は値段も買った経緯もありふれたものだが、正式に付き合うとの言葉には漠然とながらも将来のことも視野に入っていて。身体を動かすと頸で揺れ動く黒紐を意識しながら、リングの縁をなぞった。奏は擽ったそうに身動ぎする。
「鳴くん、どうしたの……?」
「別にどうもしないけど。逆にそれは俺の質問、かな」
 はっと目を見開いた奏の顔に気まずいと書いてある。鳴は普段通りのトーンで答えながら、太腿の側面が密着する程に身体を近付けた。当然ながら腕も当たるし顔も先程より近くなって前につんのめったら、唇が触れてしまいそうだ。
「ううっ、鳴くん近い……!」
「近いのは嫌、か?」
「そういう言い方狡いと思うよ!」
「つまり、嫌じゃないってことだ」
 逆らう言葉が見つからないようでそれこそ翠のような可愛い唸りが漏れる。その彼女はといえば先程の奏のように拗ねているのか近寄ってくる気配がなかった。また至近距離であるが故に金色の瞳に涙が溜まっているのが見えて、揶揄い過ぎたことに気付き、慌てる。
「ごめん。だから泣くなって」
「な、泣いてないよっ! ……でも鳴くん、本当に意地悪だね」
「翠に嫉妬する、なんて思わなかったから、さ。可愛くてつい」
 可愛いとの発言に目を白黒させ、少ししてその意味を咀嚼したらしい奏は「鳴くんのバカ」と小さな声で短く呟き服の胸元の所をぎゅっと掴む。その手の内側に彼女が付けているのと同じ指輪が収まり、軽く握られた為に首の後ろに紐が引っ張られる感触が伝わってきた。今にも零れそうな涙を指先で拭う代わりに唇を寄せる。わ、と声を漏らすのと同時に咄嗟に奏は目を瞑ったようだった。若干瞼の震えを感じる。左に右と口付けを落として、少し身体を離せば彼女は恐々瞳を開く。最後には適当に、頭の天辺を撫でた。すると、不満げに両頬が膨れる。
「鳴くん、私は翠ちゃんじゃないんだよ?」
「知ってるよ。っていうか、翠にはこんなこと、しないし」
「嘘。だってさっきもっ……!」
 急に語気が強くなったのでそこが気になっている部分か、と悟り鳴は自分自身の記憶を辿った。そういえばつい先程、奏が動きを止めた際に翠を抱いて顔を近付けたような気がする。
「あれは猫吸いだけど? 奏も家で猫を飼ってるんだから、解るんじゃない? お前の兄貴……はやってないっけか? あの猫オタクがやってるのなら、見覚えくらいありそうだけど」
 敢えて名前は出さずとも、猫オタクの一言で通じるくらい義妹は重度の猫好きだ。最初は如何にも聞き覚えがなさそうに首を傾げていた奏もそれで思い至ったようでぽんと両手を叩いて理解する。傍目にはキスも猫吸いも判別がつかないようだ。とはいえ鳴自身としては勿論全く意識の違った話である。ペンダントとして付けた指輪を握る手が解けて、それと共に肩肘に入った力が抜けたようだった。どうも自分は奏を誤解させがちだからと鳴は暫し熟考し言う。
「俺がキスしたいのは、奏だけ、だから」
「うん、解ったよ」
「それなら、よし」
 そう言って奏の前髪を手でずらし、現れた額に唇を寄せれば擽ったそうに笑う声がした。どちらからともなく、抱き合って視線が重なれば何が言いたいか全て解る。寸前でにゃあと鳴き声がして、膝を肉球で叩かれる感触がしたが、
(撫でるのはまた後で、な)
 と胸中で呟いてから、僅かに残った距離を縮め、同じものを重ね合わせて感触を楽しむように二度三度と啄むように触れる。そうしながら頭の片隅で思ったのは自らも奏の飼い猫に嫉妬をするかもだなんてことだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
無事に恋人同士になった後のいちゃいちゃをもっと
書きたいなと思っていたり、犬猫とは奏ちゃん家に
いるとき以外関わりが薄かったであろう鳴くんにも
可愛い家族が出来たということで自分以外の存在の
影響を受けているのを見て、奏ちゃんにも思う所が
あれば可愛いかな、という発想からこういった話に
させていただきました。幾ら何でも猫相手に嫉妬は
しないよ! という感じだったなら申し訳ないです。
あとキス魔の気配を感じる鳴くんを書いてみたくて。
買ってきたのも翠ちゃんの食べ物だとか色々考えて
いたんですが結局触れる余裕もなく無念な限りです。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年12月23日

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