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『死者のわがまま、生者の微笑み』
柞原 典la3876


 その日、執事喫茶に人が足りないと言うことでSALFに依頼が入った。請けたのは、柞原 典(la3876)、地蔵坂 千紘(lz0095)、グスターヴァス(lz0124)などのライセンサーである。
「執事服、前にも依頼で着たわ」
「メイド喫茶じゃなくて良かったね」
 典の言葉に、千紘がちょっと悪戯っぽく言うと、
「メイド喫茶やったら請けへんて。なんや、『二度と女装はせんて思うたんや』って言いながらメイド喫茶の依頼請けるって。幹事はメイド服着たかったんか?」
「いや、全然」
 千紘は肩を竦めた。軽口を叩き合いながら着替えを済ませる。グスターヴァスは相変わらず目に光がなかった。千紘はまたも、「サイコサスペンスに出てくるやばい執事」とかなんとか言ってけたけた笑っている。一行はオープンする前のカフェフロアに出た。店長が待っている筈だが、見当たらない。
「あれ? 店長どこ行っちゃったんだろ」
「お客さんか電話やろかねぇ」
 典がマニュアルを読みながらそんなことを言っていると……。
「いや、だから別に俺は……」
「お試しで! お試しでちょっとやってみてよ! ね!」
 入り口の方が騒がしい。典の目がぱっと輝いたのを見て、千紘はぎょっとした。
「この声」
 典はきらきらした目で声のする方に向かう。千紘たちもそれを追った。見れば店長が背の高い金髪の男の腕を引っ張っている。仕立ての良い黒いスリーピース、灰色の目。
「店長、何してんですか?」
「丁度通りがかりにイケメンがいたので、ハントしました!」
 と、店長が引っ張り込んできたのは……。
「やっぱり兄さんや」
「お前らか……」
 エルゴマンサー、ヴァージル(lz0103)だった。


「なあ、兄さん、俺らに協力せぇへん? そしたら俺たちも手出しせんわ。ええやろ?」
 典はヴァージルを、千紘は店長を呼んで素早く両者を引き離した。千紘の方は、「制服足りるんですか?」とか当たり障りのないことを聞いて時間を稼いでいる。
「お前、俺のこと帰した方が良いんじゃねぇのか?」
「何で? ここで乱射する予定でもあんの?」
「ない」
「ほんだら、ええやん。付き合うてや」
「典さん!?」
 グスターヴァスが目を剥いた。
「何か悪いんか、ぐっさん」
 店主が首を傾げながらこちらを見ていることに気付いて、グスターヴァスはそれ以上反論できなかった。この人ナイトメアじゃないですか! と言った日には大混乱。このまま口裏を合わせるしかない。ヴァージル含めて。早い内に話をまとめようとした千紘が、
「じゃあ。決まりで良いよね。よろしく」
「なんだお前。情報量のねぇ野郎だな」
 千紘の事は一度見ている筈である。何ならヴァージルの前で彼の蛮行にブチギレていたが、どうやら服装が変わったせいで気付いていないらしい。
「僕の情報量は弓道着が八割だから仕方ないね。友達には普段着だとモブって言われるし。覚えてないなら良いよ、その方が都合良いから」
 他人の情報パクってる奴にだきゃあ言われたくねぇと思う千紘ではあるが、典がすっかり機嫌よくヴァージルを構い出したので、それ以上煽るのはやめにした。エマヌエル・ラミレスが、「典の奴、いつも彼氏みたいな顔してる」と真剣に言っていたので、多分お気に入りなんだろう。本人は自覚がなさそうだが。僕、あの顔知ってる。席替えで好きな子の隣になった時の顔じゃん。いつもはちょっと面白いけど、ちゃんとお仕事している典が、無邪気にヴァージルを構う姿を見て、印象が少し変わった千紘だった。ヴァージルの方は? 小さいチョコレートのつもりで食ったらダンゴムシだったらこんな顔するんだろうなぁ。とは言え、振り払う気はなさそうだ。とてもじゃないが、メキシコで大量殺戮をしたようには見えない。
 ロッカーの場所を教えられたヴァージルは、渋々と更衣室に消えていくのだった。


 ヴァージルの着替えを待っている間、千紘はエルゴマンサーと協働しないといけなくなったショックで目を回しているグスターヴァスを放置して、典と雑談に興じていた。話題は今着ている制服に移り、千紘は改めて、制服を着た典の見た目に感服していた。
「それにしても、イケメンって何でも似合うよね。かっこいいな。同性でも惚れそう」
 と、頭のてっぺんから爪先までしげしげと眺めていると、妙な視線を感じて振り返った。グスターヴァスか、通りすがりの女性かと思ったが……。
「ヒッ」
 着替え終えたヴァージルだった。何でこいつ、僕のことをこんな睨んでんの? はて……? そこまで考えた千紘の頭に豆電球が灯る。そそくさと典の横に回り込むと、
「同じ学校に通ってたら、好きになってたかもしれないな〜」
 などと言いながら典の腕を取る。それを見て、ヴァージルの眉間の皺がますます深くなった。なんだこいつ、めちゃくちゃ面白いじゃん。食べちゃうぞってそう言うこと? わーお。
「なんや幹事。突然ベタベタして。気色悪い。ちゅうか、年齢差的に小学校しかかぶらんやろ」
「頑張って飛び級するから高校で待ってて。卒業したけど。いや、ヴァージルが面白いからつい……」
「おん? あ、ほんまや。兄さん眉間に川の字できとる」
「あ?」
「あんまり機嫌損ねると、一般人撃たれそうだからこの辺にしておこう」
 本当だったらもうちょっとあざとくして、「あっ、髪の毛にゴミが付いてるよ」とか「ネクタイ曲がってるよ」とか、これ見よがしにやってやるのに。ヴァージルの奴、歯噛みして悔しがれ。人類の特権だ。無自覚なお前が悪い。無知は罪。
「じゃあ、そろそろ開けますよー。よろしくね!」
 店長の陽気な声と共に、カフェの札は「営業中」に変わった。


 オープンすると、ほどなくして席は埋まった。店長によれば、いつもより良いペースだそうである。千紘はそうでもなかったが、シンプルに顔の良いヴァージル、魔性の男と呼ばれる典、目に光がないことに気づかなければ多分恐らく美形の部類に入る筈のグスターヴァスは、ピンポイントで狙って呼ばれた。グスターヴァスは寒い冗談を飛ばし、二度と同じテーブルから声が掛からなかったのは言うまでもない。

 が、客入りが多いと事件は起きやすくなるものである。
「おい、何してんだてめぇ」
 剣呑な声音に典は振り返った。男の手を、ヴァージルが掴んでいる。どうやら、自分に触ろうとしたらしい。体格の良い西洋人にすごまれると相手も弱いようだ。
「お客様ぁ? お触り厳禁なんですけどぉ?」
 千紘がにやにやしながら詰め寄っている。
「お話なら、彼が窓のない防音の地下室でお伺いしますけど?」
 と、グスターヴァスを指している。目に光のない、ヴァージルより更に体格の良い男を見て相手は震えた。ちなみに、この店に窓のない防音の地下室なんてものはない。
 そんなことが何度かあり、その度にヴァージルがすごんで千紘とグスターヴァスが理屈を聞かせている。千紘はうんざりした顔で、
「柞原さんには防犯ブザーを持っててもらわないと駄目だ……」
「この狭い店で防犯ブザー鳴らしたら大混乱やで」
「じゃあ、ヴァージル付いてて。ぐっさんだと収拾付かないから」
 エルゴマンサーより場を混乱させるライセンサーって何だよ、とヴァージルは思ったが、典がにこにこしながらこちらを見ているのに気付いて諦めた。こいつがその気なら、俺に拒否権はないんだろうな、と思っている。
「離れるなよ」
「惚れてまいそうやわぁ」
 効果は絶大だった。防犯効果もだが、経済効果も。顔の良い二人の距離が近いと言うのは大衆の娯楽である。中には「目線ください!」と言って写真を撮るものもある。典が了承したものには口を挟まないヴァージルだったが、千紘によって隠し撮りや許可なしに触ろうとする客にけしかけられた。なお、典は触りたい旨の希望は一切承諾していない。
「ヴァージル、あの客何とかしてきて」
 と言われれば、
「おいこらてめぇ、何隠し撮りしてんだ。許可を取れ許可を」
「仕事の邪魔するんじゃねぇ。文句なら俺かそこのでかいのが聞いてやるから言ってみろ。命は保証しねぇ」
「本人嫌がってんだからやめろ。触るなぶっ殺すぞ」

「ドン引きだよ……」
 エルゴマンサーよりも人間にドン引きする日が来るとは思わなかった千紘である。当の典はどこ吹く風で、キッチンからハニートーストとカフェオレを受け取っていた。
「それにしても、兄さんその倫理観どこで実装したん?」
「人間同士でこれは良くないと、何らかの記憶が俺に教えてくれた……」
「さよか……」


 仕事は終わった。一番働いたのは、典のボディガードとして動き回っていたヴァージルである。疲れ切った様子で更衣室に消えて行った。なお、彼に報酬は出ない。エルゴマンサーに金銭が渡ることを危惧した千紘が店主を丸め込んだ。
「働いた分の報酬出したってもバチ当たらんと思うけどなぁ」
「いや〜なんか資金にされたら嫌じゃん……」
「おもんないなぁ」
 典もそれ以上は口出ししなかった。店側が後で事情を知った時に、責任を問われても面倒だ。資金渡ったらあかん人間もぎょうさんおるのにな。そもそも、報酬と言っても、一般人枠のヴァージルは時給で、ライセンサーほど出ない。
 着替えて、いつもの黒スーツに戻ったヴァージルは、典に歩み寄った。
「帰る」
「おや、わざわざ俺にご挨拶してくれるん? 兄さん律儀やねぇ」
「いや、俺いなくなるから」
 どうやら、盗撮と窃触に気を付けろ、という事らしい。典は吹き出した。
「なんやそれ……あ、せや兄さん。いっこ聞いてもええ?」
「何だ?」
「兄さんも、俺に触りたいって思ったりするの?」
「……は?」
 ヴァージルはぽかんとして典の顔を見た。考えたこともない、という表情である。
「触ってもええよって言ったら、どう触ってくれんの?」
 好奇心から尋ねる。ヴァージルは目に見えて狼狽えた。殺す殺さないの話はかなりオープンにするくせに、親密さに関わる話になると面白いほど動揺する。典はじぃ、と彼を見てじりじりと近寄る。ヴァージルは後ずさった。千紘がちょっと警戒の眼差しでこちらを見ている。自棄になったエルゴマンサーが典に危害を加えるとでも思っているのだろう。ありえなくはないが、その程度の可能性だ。
 典は徐々に近づいた。少し混み合った電車程度の、触れるか触れないかくらいの距離。ヴァージルの目が泳いだ。顔を近づける。相手は顔を背けた。更に追い詰めて、唇が触れるか触れないかくらいまで距離を詰めた。紫水晶の瞳をその目に焼き付けようとするかのように相手を覗き込む。灰色の目は困った様にくすんだ。やがて、ふっ、と笑い、
「なあんて、冗談やて。あ、また眉間に川の字できとる」
「誰のせいだよ……」
「ほんだら、また、な?」
「ああ、また」
 再会の約束は律儀にしていく。殺すと宣言していて、ここで殺さないならば、殺す為にまた会わなくてはならないのだ。ヴァージルはあの軽薄な笑みを浮かべると、ひらりと手を振って去って行った。

「うーん」
 泡を吹いて卒倒しそうなグスターヴァスを椅子に座らせながら、千紘は唸った。
「彼氏じゃん」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
言われて見ればヴァージルって全然典さんに触んなかったな……と思いながら書きました。

千紘は典さんの本音を多分知らない筈なので「ちょっとがめついけど面白くて頼りになる関西のお兄さん」くらいに思っているから馴れ馴れしいって感じです。人類の特権ってものはないですね。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月24日

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