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『いつか、また、戦場で』
ケヴィンla0192


「……やっぱ風呂はないか……」

 ちょっぴり湿った髪を撫で、ケヴィン(la0192)はため息をつく。
 ここはSALFクレタ支部。夏の暑い時期に任務を終えたら、ひとっ風呂浴びたい物だが、あいにくここにはシャワールームしかなかった。
 仕方なくシャワーで汗を流し、一息ついた所である。

「せめて、なんか美味い物食いたいな。受付のおねーさんにでも聞いてみるか……」

 決してナンパじゃない。地元民の勧める店に外れはないからだ。
 だが、しかし、美人なお姉さんより先に、見知った顔を見つけてしまった。アイザック・ケインだ。

「アイザックさん、なんでクレタ支部に? エオニアにいったんじゃないの?」
「仕事でちょっとね。クレタ支部は問題が多いから、隣の支部も大変なんだよ」

 そういえば、またクレタ支部長が変わったとか、任務を斡旋してくれた受付嬢がぼやいていた気がする。
 前線で戦う兵士とは違う苦労が、後方勤務にもありそうだ。

「まあ、いいや。それより、この近くで良い飯が食べられる場所知らない?」
「ああ、それなら僕もこれから夕食にしようと思ってたから、一緒に行こう」
「……それって飲み屋? 酒はいらないんだよね」
「酒を抜きにしても、ご飯は美味しいよ。それに酒と煙草は切っても切れないよね」

 にこっと笑ったアイザックの意図を、ケヴィンは理解した。
 最近は禁煙店も増えて、吸いながら食える場所も限られている。飯の後に気兼ねなく吸えるならありがたい。

「じゃあ、任せるよ。せっかくだからクレタ料理が食べたいね」
「僕も、クレタのエールが楽しみだよ」

 そう言い合いながら、男2人でクレタの街へ飯を食いにいくことになった。



 酒場で出てきたトマト煮込みっぽい料理の説明を聞いて、ケヴィンは思わず問いかける。

「クシノホンドロス? 何ソレ?」
「クレタ島の伝統食品。発酵した牛乳と小麦で作る調味料だよ。日本にも発酵食品ってあるじゃない? 醤油とか味噌とか」
「つまり、クレタ独自の調味料か。このピラフ? に入ってるわけだ」

 思わず疑問形になるのは、汁気の多さが、ピラフのイメージとそぐわない気がしたからだ。
 しかしクレタでは汁気の多いピラフも多いらしい。
 試しに匙ですくって一口食べる。トマトの酸味、たまねぎの甘み、オリーブオイルの脂っ気を吸ったナスの旨味。米はしっかりかみ応えがあって、そこに発酵乳らしい独特の風味が加わった。
 レモンを搾った炭酸水をぐびっと飲み干すと、口の中がすっきりする。

「……ん、美味い。この癖が良いね」
「でしょう。僕もクレタに来ると食べたくなるんだよね」

 そう言いつつ、アイザックが手にしてるのはマトンの串焼きだ。
 野性味あれる肉の旨味が、エールに合わせると最高らしい。グビグビ飲みながら美味そうに食べている。
 人が食べてるのを見ると余計に美味しそうに見える。

「あ、お姉さん、その串焼き追加で」
「はーい!」

 ピラフの合間に、マトンの串焼きに齧りつき、ケヴィンは良い笑顔で咀嚼する。

「ヨーロッパはパンや小麦ってイメージだったけど、米っていうのは、なんか安心感あるよね」
「クレタ島はアラブとの交易も盛んだし、イスラム文化も混じってるんだ。あちらは米もよく食べるよ」
「へー。イスラム文化か……ちょっと食ってみたいな」
「もうじきエオニアでお祭りがあるんだ。あの国にもイスラム文化の影響はあるみたいだから行ってみたら」

 王女がライセンサーを労うための祭りで、ただ飯を食らいながらのんびりする任務も出るらしい。
 アイザックは王女から祭りの相談を受けていたから、他のライセンサーより情報が早い。

「良いこと聞いたよ。そりゃ王女様の好意は遠慮なく、いただくってもんだね」
「僕も少しはのんびりするつもり。お互い良い休日になると良いね」

 つまみと酒をしっかり堪能してから、料理に手を付け始めたアイザックと対照的に、ケヴィンは食後の一服とばかりに、電子煙草を取り出した。
 それを見て、アイザックがぽつりと言う

「今は電子煙草も増えたよね。どんな味?」
「これはちょっと特殊なリキット使ってるから。……ていうか、アイザックさん煙草吸うの?」
「昔は吸ってたよ。紙巻きだけど」

 今でこそ後方勤務が多くなったが、新人時代はアイザックも最前線で戦い続けていた。
 酒と、煙草と、硝煙が漂う、泥臭い戦場に。

「へー。禁煙成功したんだ。どうやって?」
「酒を辞めないことかな。仕事にも依存してる」
「あーーー。なるほどね」

 それ以上問わなくても察した。
 今まで関わってきた任務を通じて、何度となくアイザックの仕事への姿勢を『わかる』と感じてきた。
 それはたぶんに、戦場に居続けた兵士特有の、どこか冷めた思考が共通しているからかもしれない。
 すり切れた心を、何かで埋め合わせて依存する。酒か、煙草か、淡々と仕事をこなすか。
 もしも、逃げる物を失ったとき、どうなるのか。

「……最近のSALFは、エジプトに、中国に、スペインに忙しいよな。でもさ、これ、終わりが来るのかな」
「ナイトメアに対して、人類はかなり優勢になりつつあるね」
「もし、ナイトメアが全滅したら、SALFはなくなるのか? 食い扶持がなくなるのはごめんだね」

 戦争がなくなって、平和になることを喜べない。
 今さら平和な仕事に戻れるほど、温い人生を生きてこなかった。
 アイザックは食事の手を止めて、少し考え込む。

「……たぶん、すぐに消えることはないと思うよ。戦争が終わったからって、兵士を全部解雇したら、大変なことになるし」
「ああ、だいたい裏社会に転がり込むか、戦争で傭兵が増えるか。きな臭いことになるよね」
「そうそう。社会情勢の悪化を防ぐのも『正義の味方・SALF』なら、ライセンサー達を放り出しはしないさ」

 ナイトメアという共通の敵がなくなったら、今度は人間同士が争いあう。
 世の中そんな物だと思いつつ、ケヴィンはニヤリと笑ってみせた。

「もしも、俺がアイザックさんの敵国に雇われて、戦うことになったらどうする?」
「もちろん、迷いなく戦うよ。それが兵士の仕事だから」

 一切の躊躇いもなく、表情も変えずに、さらりとアイザックは言った。それから、ぐいっとエールを煽って、にこっと笑う。

「でも、その前に交渉はするけどね。そっちより好待遇を出すから、こっちに寝返らない? って」
「あはは。流石レヴェルと取引しただけあって、したたかだね」

 アイザックがレヴェルとの取引を明かしたのは、クレタ島だったと思い出す。
 因縁のある土地で、仲良く飯を食ってるのが不思議だ。

「金で命が買えるなら、安い物だよ」

 アイザックが笑いながら言ったから、冗談か、本気か解らない。
 けれど、きっと、戦場で敵として出会ったら、互いに迷いなく引き金を引けるだろう。そんな予感がした。
 例えかつての戦友でも、戦場で殺し合う。馴れ合わない関係が心地よい。

「じゃあ、そろそろ帰るわ。ごちそうさん」
「うん、お疲れ様。また任務で会おう」
「また、戦場で」

 笑顔で挨拶しながら『その時は敵じゃないと良いね』と心の中でつけたし、ケヴィンは店をでた。
 日本と違ってクレタの夏の夜は湿度が低く、からっとしている。夜風を浴びると、少し肌寒い。

 もうしばらくは、このぬるま湯に浸かっているのも悪くはない。

 そう思いながら、電子煙草を咥えて、ケヴィンは夜道の向こうに消えた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【ケヴィン(la0192)/ 男性 / 37歳 / 闘争の中で生きる者】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

【3C】が終わって【祝夏祭】が始まる前あたりをイメージしています。
ケヴィンさんのクレバーな思考が、アイザックと気が合いそうだなと、前々から思ってたので形にしてみました。
お気に召して頂けると嬉しいです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
おまかせノベル -
雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月24日

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