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『紅蓮の猟犬、轟嵐磊落:reverse』
cloverla0874


 辺り一面に広がるシロツメクサの花畑に、春風がそよぐ。
 そこへ埋もれるように、clover(la0874)は、まどろみの狭間を揺蕩っていた。

「よーく寝るのう。目玉が腐らんか」

 あり得ない至近距離で、からかうような声。耳に馴染んだ声。
 cloverは一瞬で覚醒する。
 眼前に、寝顔を興味深そうに観察しているライカ(lz0090)の顔があった。
「2人とも起きたー?」
 cloverの心臓が止まっている間に、のんきな声が遠方から響いてくる。
「……すっちーまで?」
 スティーヴ(lz0110)。ワークウェアがトレードマークの青年エルゴマンサー。
 青年は愛嬌のある緑の瞳で、にっこりと笑った。
「ここは地獄の手前。世界線の裏側。俺もライカも『死の直前』で落っこちてきた」
 友好的ながら油断ならぬ雰囲気のスティーヴに対し、ライカはゆっくりと立ち上がる。
 cloverも慌てて起き上がり、寝癖がないか真白の髪をパパっとなでつけた。
「随分とタイムラグがあるのう?」
「ここに時間の概念はないからね」
 ライカは剣呑な眼差しをスティーヴへ送り、右の指を小さくパチンと鳴らす。
 やや離れた場所で小さな火球が生まれ、爆ぜた。
 エルゴマンサーとしての能力は、問題なく使えるようだ。
「で、だ。ここで甘ったるい眠りを貪るも良いし、地獄の扉を開けてもいい。条件付きで生者の世界へ戻ることもできる」
「条件?」
 ライカの緊張感がcloverにも伝染する。怖々とスティーヴの言葉を繰り返す。
「遭遇した同種を殺す」
 冷え冷えとした声音でスティーヴは告げた。
「ライカが……生き、返る?」
 ライカが羽織るハーフコートの裾を、cloverは思わずキュッと握った。
 あの時、エルゴマンサーは理解し合えない敵でしかなかった。
 けれど今は違う。
 進化の先に光が見え始めた。人類と手を取る者も現れた。
 今なら……
「本気で来なよ。俺も本気であんたを殺す」

「だっ……だめ――!」

 ライカが応じるよりスティーヴが動くより、それより早く、cloverが叫んだ。
「ライカは死なない。俺が守るからっ」
 理屈は全くわからないけれど、ライカが傷つく姿は見たくない。
 どうすることもできなかったあの時と、今は違う。
 cloverは成長した。本当の自分を取り戻した。
「すっちーとは、いつか決着をつけなくちゃいけないって思ってた」
 花畑に埋もれていた、愛用の盾を拾い上げる。
 cloverの右目に黒い四葉が浮かび上がる。肩上で遊んでいた髪が風になびいて伸びる。
「ん……? お嬢ちゃん、俺と会ったことある?」
「会ったよ、戦ったよ!!」
 cloverがcloverであることに気づかぬまま、スティーヴは今まで話を進めてきたらしい。
 そういえば、あの時『私』は『俺』で、青髪の男性型ボディでしたね!!
 これまでのあらすじを語ると、スティーヴは感心の拍手を送りライカは頭痛を覚えて眉間を抑えた。
「ライカもすっちーも、死んだり殺したりはナシねっ」
「俺の話、聞いてた?」
「すっちーの話が本当だとしても、ライカは死なせない」
 文字通りの盾として、cloverは二者の間に入る。
「でも、ライカに殺しもさせない。せっかく会えたんだから、物騒なのやめよーよ」
 ぷぅっと頬を膨らませ、cloverは場を収める方法を考える。
「そうだ。すっちーの攻撃で俺たちが倒れたらすっちーの勝ち。ライカの攻撃ですっちーが倒れたら俺たちの勝ち。どう?」
 戦闘不能の重体判定までがラインであって、命を奪うまではしない。
「2対1のハンデ戦ね。俺が生き返りたいのは本当だし、ジャッジはこの空間に任せるか」
 枷を付けることでルール変更が可能というなら、それはそれで。
「すっちーには騙されて呼び出されて、あんな事やそんな事された挙げ句に殺り捨てされたからね。最後まで戦ってみたかったんだ♪」
 こーしょー成立。
 ほくほくするcloverの傍らで、ライカはドン引きの眼差しをスティーヴへ送っている。
「騙してないし、捨ててないって。『蹴り技が華麗で健康的な胸筋のおにーさん』は、誤差の範囲だろ?」
 捨てられたのは、むしろ俺じゃん。そっちは部隊ごと撤退したじゃん。
「おにーさんとおねーさんの間には、越えられない壁があるのっ。おっぱいには無限の夢が詰まってるの!!」
 会話に全くついていけないライカは、技の発動具合の確認へと意識を切り替えている。
「よし。罰ゲームも用意しましたっ。はい、コレっ!」
 cloverは、どこへ仕込んでいたのかエプロンとメイド服を取り出す。
「『裸エプロン』か『ミニスカメイド服でご奉仕(健全)』! どっちがいい? 決着までに考えておいてね」
「動きやすさならエプロンか……? ライカの体格ならメイド服も違和感ないだろうけどさ」
「おい、真面目に思案するな。わしの分まで考えるでない」
「きっと、ライカにメイド服似合うよね。髪をリボンで結んでもかわいー……」
 そこでclover、ハッとなる。
(そ、それはダメだっ! すっちーが目覚めちゃうかもしれない!)
「ライカのメイド服は禁止っ。俺がライカの分も着るっ!」
「おぬしまで乗るな、ややこしい」
「戦闘中に考える暇はないだろうし、先に見立てておくのはいいだろ。んー、お嬢ちゃんに裸エプロンは倫理ホイッスルだよな」
「っていうか、負けないし」
(いかん、これで1時間は溶ける)
 『近所の愉快なおにーさん』と『ファッション誌を開くJK』な光景を前にして、ライカは強めに眉間を揉んだ。




 かくして、戦いの火ぶたは切って落とされた。


「すっちーの魔の手からライカを守るからね、今のクロくんはライカの王子様っ!」
 盾を前面に押し出しながら、cloverは紅い狼を召喚しライカの護衛に付けた。
 【猟犬】。
 ライカの所持する攻撃技と同名だが、こちらは護るためのちから。
「攻撃スキルは一切セットしてないんで、すっちーやっつけるのはお願いします!」
「とんだ王子様じゃな」
 言うが早いか、スティーヴが一気に距離を詰めて半円を描く回し蹴りを放つ。
 【月虹】、周囲にまで影響を与えるほどの威力を誇る。ビリビリと空気を震わせるそれを、cloverの盾が阻んだ。
「ライカを庇うっていうなら、ライカごと狙えばダメージ倍じゃない?」
「倍でも、掠り傷は掠り傷なんだよねー!」
 大切なひとを、守れるようになりたい。
 その一心で、cloverは護りの力を磨いてきた。スタミナも充分。
 スティーヴのエネルギー波を押し返し、笑い返して見せる。
 好敵手。
 互いに認め合い、スティーヴとcloverが視線をかわす。
 その中央から、紅蓮の炎が噴きあがり盛大に爆ぜた。
「おぬしは延々と削られるだけじゃな?」
「ずるくない? 会話の途中にソレってずるくない!?」
 髪の端を燃やしながら、スティーヴは瞳を赤く変化させ、【流星】によるカウンターをライカへ……
「させないよ!!」
 cloverの呼び出した狼たちが身を挺してカウンターを阻止する。ダメージは狼を媒体としてcloverへ返る。
「言ったよね。今の俺は、ライカの王子様だって。指一本、触らせてあげない」
 スティーヴが体勢を整える間に、cloverは風を呼ぶ。
「リュウレイ【薔薇】!!」
 赤い薔薇の花弁が、cloverやライカの周囲を包むように舞った。
「ライカ、ソウビの陣の中にいてね。花が護ってくれるから」
「あーっ、なるほどね!」
 似たような技を、スティーヴは目にした記憶がある。
「その枠内にいなければ意味がない、だろ?」
 直接殴ったところで効果が薄いなら、違う角度で攻める!
 スティーヴは、強く踏み込んでから拳を地へ打ち付ける。
 【磊落】。攻撃の当たった対象を彼方へ吹き飛ばす、自身のリジェクションフィールドを消耗させての荒技。
「それも想定済みだから!」
 真白の白詰草の花が、ぽわぽわとスティーヴの周囲を舞った。かと思うと、生まれるはずの衝撃波が消える。
「……へ?」
 手ごたえのなさに、スティーヴも何が起きたかわからない。
 次の瞬間、取り囲んだ花々がスティーヴに襲い掛かる!
「大切なひととの約束を守るため、幸運を届けるため……ちょっとした、かわいい『復讐』だよ♪」
「絵面はね!?」
「行け、『猟犬』」
 ライカは僅かに下がり、わざと【流星】を誘う距離で左手をツイと上げた。
「掛け合いを楽しむとかさぁ、そういうの無いわけ、おまえは!」
 片腕に紅い狼をぶら下げ、その場でスティーヴはライカへ叫ぶ。でかい釣り針へわざわざ食いつきはしない。
「ちっ」
「舌打ちしてんじゃねーよ、性悪」
 見てわかるライカの不満へ、スティーヴも半眼で返した。




(しっかし、このままじゃ俺だけジリ貧だな)
 幾度かの攻防を終え、距離をとってスティーヴは呼吸を整える。
 cloverの成長は全くもって計算外だった。
 ろくにこちらの手が通らない。
 ライカは懐にさえ入れば倒せる見込みだが、的確にcloverが阻む。
 それを見越して、ライカはあえて長距離攻撃を放つ。
 近接攻撃ならスティーヴが体術で威力を半減させるとわかっているからだ。本当に性格が悪い。
(手数を出し切らせて持久戦がベターか。発動キャンセルなんて大技、何度もできるとは思えない)
 頑健な盾が阻もうとも、少しずつシールドは損耗している。シールドの回復技も無尽蔵ではない。
 リジェクションフィールドのタフさならスティーヴも自信はある。
 2人が連携して攻撃を繰り出してくるなら厄介だが、攻防が完全に分担されているなら狙いようはある。
(気張っていきますか!)


 清楚な白花――姫空木の花弁が舞い、cloverのシールドを修復していく。
「まだまだ行けるよっ。ライカは? 疲れてない? 甘いもの食べる?」
「おやつタイムしている場合か」
「すっちーはー? 元気ですかー!!」
「有り余るくらい元気でーーーす!」
 小学五年生レベルの返答が届く。割と疲れている様子。
(……よしっ。畳み掛けるなら、今!)
 cloverが、ライカへ視線を送る。ケープの内側に手を差し入れる。
 スティーヴが踏み込んでくるだろうタイミングぎりぎりまで引付け……
「お届けものでーす!!」
 秘蔵の書物【なにやらエッチな本(仮)】が宙を舞った。
 巨乳なおねーさまのきわどい水着姿の表紙がひらひらと。
(健康な青少年なら、無意識に目が行くはず!)
「クロ。おぬしは相手の考察が足りんな」
 パチン。ライカが右手を鳴らす。
 本には目もくれず突進していたスティーヴの正面で業火が爆ぜた。
 それでもスティーヴの勢いは衰えない。
 身を焼く炎をそのままに、振り下ろされた蹴りの風圧がcloverとライカを別方向に吹き飛ばした。
「……ライカ!!」
 咄嗟にcloverが手を伸ばすも、ライカには届かない。
 スティーヴは更にライカを追う。受け身をとれない状態を狙って、蹴りの連続技を繰り出す!!
 cloverが喚んだ狼たちが文字通りライカの壁となるが、無防備に受ける攻撃はcloverにも大きく響く。

 格闘バカ。

 スティーヴの性分を端的に表現するならば、その四文字であろう。
 ――俺が最初に喰ったのはロシアの軍人
 ――格闘術ってのを知って興味をもってさ
 ――女にも、強い奴はいる。たくさんいる。男だから女だからってのは、相手に失礼だと思うよ
 清々しいまでに戦うことにしか興味がなく、性欲・男女の差異という類は最初から搭載されていないよう。
「俺のとっておきだったのになー!」
 ちなみに表紙こそ水着姿のおねーさんですが、内容はかわいい猫の写真集。
 年齢制限の関係でcloverにはホンモノが購入できず、表紙だけネット画像を印刷してカバーとして付け替えたモノである。
 盾から大鎌へ持ち替え、cloverは怒りの突撃を試みる。
「わかりあえないって……悲しいね」
 白き月が輝きを放つ。
 ライカへ今ひとたびの攻撃を加えんとしていたスティーヴだが、否応にも体が動く。
 刃を避け、鎌の柄を蹴り上げる。

「『種』以前にのう、それぞれに好みや優先順位がある。すべてが自分に合うとは限らんし、相手を変えられるとも限らん」
 自分の意志で変わることができるのは、自分だけ。

 パンッ、ライカは崩れた体勢のまま両手を打ち鳴らした。
 閉じた手の先から、業火を纏う狼が顕現する。
 【煉獣】。
 獣の爪が、スティーヴの身体を貫いた。




「なにあれ」
「出番のなかった必殺技じゃな」
 花畑で大の字になるスティーヴへ、メイド服とエプロンどちらが良いか考えながらライカが答えた。
「右手と左手個別に技があるなら、両手で更なる大技を――とは、思わないんじゃろうか」
「え。それ使ってたら、あの時ライカ逃げることもできたんじゃない?」
「というか、さっき思いついたのでやってみたら発動した」
「「ええーーー」」
 そんなことってある?
 cloverとスティーヴが、思わず声を重ねた。
「なんなら、ここで技の研究をするっていう手もあるのか」
「すっちーは……根っからだね」 
 落ち着いたグリーンのスカートに、クリーム色のエプロン。
 ベージュとブラウンのストライプ柄のリボンをアクセントとしたメイド服を手渡しながら、cloverはしみじみと呟いた。
「あの本についても語らいたかったのにさ。かわいい猫にも興味ないの?」
「猫は瞬発力や反射神経の参考にはなるかな」
「そう……」
「狩りの成功率ならば、イヌ科の連携と持久力が上回るのう」
「ライカ……。あっ、じゃあ、犬なら語れる!?」
 そうこうしているうちに、案外とおとなしくスティーヴは着替え完了。
「お、意外と動きやすいんじゃないか」
「すっちー、ムダ毛は処理しない派なんだ?」
 恥じらいという感性はなく、ついでにメイドの知識も無いらしい。何をすべきかわからない模様。
「もー! 戦いも終わったし、メイドさんもいるし、綺麗な花畑だし、お茶にしよっ!」
 相手のことがわからないなら、色々お話するのもいいじゃない?
 戦うだけじゃなくってさ。
 食べたり飲んだり、見たり聞いたり。
「すっちーはメイドさんだからねっ。ご主人様の言うことは絶対だからね!」
 cloverが手を鳴らすと、どこからとなく敷物や紅茶セット、サンドイッチなどが出てきた。



 春風かおる花畑。
 生と死と、意識と無意識の狭間で。
 花の蜜の様に甘い夢を、覚めるまでは幸せなままで。
 『生き返り』を賭けた戦いの判定結果もまた、花畑の奥深くに眠る。




【紅蓮の猟犬、轟嵐磊落:reverse 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
『vsスティーヴ戦』夢の一幕:世界の裏側、お届けいたします。
ライカは適合者ではないため、スキルの『効果を得られるのは適合者のみに限定』の部分が全て無効となってしまうのですが。
それだとあんまりなので、シールド回復以外は有効として判定等を行っています。
ライカもスティーヴも、登場段階の状況に合わせた強さ設定だったため、時代に取り残された感すごかったです。
せめて、とライカには新技を生やしてみました。スティーヴは美脚の内側を披露(誰得)。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2020年12月28日

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