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『儂とおれ』
不知火 仙火la2785

「ひじー! きょおは、おれ、おせわなるます!」
 それはもう元気いっぱい、舌足らずで怪しいアイサツをかましておいて、不知火 仙火(la2785)はぺこーと頭を下げた。
「おう、上がれ上がれ」
 3歳になったばかりのひ孫を迎え入れたのは不知火家の前当主である。
 なぜか不知火史から細かなデータが消されているため、出自はもちろん実際の歳すら知れぬ「ご隠居」。枯れ木のような風貌ながら、その挙動の端々から鋭い外連味が切っ先をのぞかせる。命の蝋燭もそろそろ燃え尽きようという歳でありながら、なお現役なのだ、このご老体は。
 と、そんな話はひ孫にとってはどうでもいい。今日は当主たる母より「ひじー」すなわち曾祖父に預けられた身の上なのだから。


『断る断るお断りよぉ。ガキの面倒みるなんざ息するよかめんどくさかろうが』
 話を聞いたご隠居は、しわしわの顔をさらにしわつかせて言ったものだ。
『子どもの面倒見るのは息する数億倍面倒だけど! そもそもお爺様のせいなんだからね!』
 不知火内での一族婚を制限する。
 それが当主の座を退く際、ご隠居が次代へ託した新方針だ。
 そも、不知火は血を濃くしすぎた。有事には硬き血の結束を促せど、平時にはその結束が閉鎖性へとすげ替わり、時代からも世情からも取り残されることとなる。
 故にこそ外の血を積極的に取り込み、暗がりへ閉じこもってきた不知火を外へ押し出すことを進めねばならない。
 もちろん、言うは易いが行うは難い。現当主はそれでも時間をかけてシステムを構築し、ついに呼びかけたのだ。
『不知火プロデュース婚活パーティー開催します! 外の世界のかわいいお嫁さんやかっこいいお婿さんを捕まえよう(物理攻撃は禁止)! 騙すのは許可! ただし、おいたする子はうちの手練れがお仕置きする!』
 手練れの筆頭は、無双の剣士たる当主の婿だ。
 そして当主が進行役を務める理由は、偉い人が監視していれば騒ぎも起こるまいとの配慮による。
 と、まあ、現状不知火一族はなかなか面倒な感じなのだが、つまるところ原因はご隠居にあって。こうなればひ孫を預かるよりあるまいと思いきや。
『ぬしも今言うただろうが! 息するのの数億倍――千でも万でも収まらん、億ぞ? そんな面倒背負い込んだら、それこそ息する気力もすり減るわ!』
『お爺様は息するのに苦労してないでしょ! 億って言ったけど百くらいだよ多分!』
 言い切る勢いで言い切らずにごまかして、当主はのんきに特撮ヒーローソングを歌っていた仙火を抱き上げた。
『お爺様のひ孫だよ!? こんなにかわいくてほっぺもぷにぷにで、ニンジャ大好き! 愛でずにいられないよね人間なら!』
『だいじなだいじなせんかだぞ?』
『息子になに言い聞かせてんだい……つか、ひ孫なんざもう近所のガキと変わらんわ』
 仙火を突きつけられたご隠居は一応その頬をつついてみて、深いため息をついた。
『ち。しかたねぇ』
『お爺様! やっとわかってくれ』
『儂は今をもって人を辞め』
『させるかーっ!』
 非情のツッコミ(忍術)で祖父の声音を打ち消し、当主はびしーっと指先を彼へ突きつけた。
『明日私が帰るまで仙火を預かること! これ当主命令だからっ!』
 言い切った直後、声を低く潜め、
『家の中にやる気な面子がいるでしょ。仙火と関わり、作らせたくないの』
 仙火は次期当主の筆頭候補だ。他の若手とは異なり、嫁取りは外ではなく内で行われることが決まっている。これは現当主が我儘を強行した結果のしわ寄せなのだが、とにかくその嫁の座へ身内を送り込み、発言力を強めたい派閥は多いのだ。
 そうした事情をよく知るが故、そこはそれ以上突っ込まないことにしたご隠居だったが。
『世話役とかってぇ娘っ子はどうよ? えーっと、なんてったか、菓子の婿のお友だち? あいつんちに預けろ』
『友だちまでは思い出さなくていいけど、私の大事な夫はちゃんと憶えてて!? ――ちなみにその筋はとっくに封じられてるよ。やる気な人たちに』
 夫の友だちは当主の補佐役なので、彼女は相当に酷いことを言っているのだがさておいて。
 いつも仙火にくっついて回り、世話を焼いている小娘がいない理由はそれか。仙火に取り入るため、親ごと遠ざけられていると。
 てめぇの勝手にガキ巻き込むのは親の特権ってぇやつだがよ。儂まで巻き込むたぁ赦せねぇやな。ちっとばかしシメてやらねぇとだな。
 やれやれとかぶりを振ったその膝に、やけに熱いものが乗せられた。
『あっつ! なんだこりゃひ孫かよっ!?』
 戦いた拍子にぐらっと傾き、そのままぶっ倒れていく仙火。おいー! 大好きなニンジャどうしたよ!? 受け身取れ受け身ぃー! あわてて抱き留めれば、万一に備えて膝を浮かせていた当主は口の端を吊り上げてみせた。
 ち! 仕掛けてきやがったな孫ぉ!
『明日ずーっと乗ってることになる場所だからね。今の内になじみ入れとくんだよ仙火』
 なんでもない顔で仙火を促す当主へご隠居は眉尻を跳ね上げ、
『大事な大事な息子、犬猫じゃなかろうがってかもう儂預かる流れじゃねぇ!?』
『流れに乗せられたお爺様の敗けだよ。というわけで』
 親子でせぇの、
『『よろしくおねがいします!!』』

 長い前説となったが、そうしたわけで今、ご隠居宅に仙火がやってきたわけだ。


「ささ、菓子でも食うか」
 ご隠居はやさしく笑みながら、今の卓へ盛られたカラフル且つお高めなお菓子を指したが――仙火は凄絶に歪めた顔を逸らし。
「ひじーのおかしいっぱいたべたら、おやこのえんきるってゆわれた」
 当主は完全に読んでいたのだ。仙火に菓子を与えてほったらかし、食べ過ぎて具合が悪くなったら寝かしとけばいいだろう的なご隠居の企みを。
 しかし、だからといって親子の縁を賭けるほどのことか。子どもが傷つくだろうが。
 いや、当主は仙火から話を聞いた自分がそう思うだろうことまで計算したはず。ったく、食えねぇご当主様に成り仰せたもんだな、孫。
「いっぱいじゃなくてよ、いっこならいいだろうがよ」
 やれやれと言ってやれば、仙火はぱあっと顔を輝かせ。
「おれさんさいだからみっつだな!」
 3歳だから3つ欲しい。幼児特有の屁理屈ではあるのだが……おいおい、こっちはやけに食える三歳児じゃねぇか。思わず苦笑うご隠居であった。

 これ、ゆめか?
 仙火は選び抜いた3つの菓子を長め、ほうと息をついた。曾祖父からもらったそれらが母親に見つかれば怒られるだろう。それはご隠居もわかっているので「早く食っちまえ」と促すのだが。
「とっとく!」
 仙火はお出かけ用リュックへそれらを大事そうにしまい込むのだ。
 スーパーの一角で仰ぎ見、涙ならぬ涎を流すよりなかった逸品たち。食べたくないはずはないのに。
「なぜに食わん?」
 ご隠居の問いに、仙火はぷっくりした頬をふんすふんす上気させ、
「おせわやくにわけてやる! だってさ、ひとりぼっちはさ、つまんないんだ」
 あー、例の娘っ子か。ご隠居は髪の失せた頭を掻き、薄笑んだ。
 両親からは手厚く守られ、周囲からは慮られ、どうしたって甘やかされるのが当主の子だ。それがこうして自分以外の誰かの価値を心得ている。まっすぐ育てばいいリーダーに仕上がるだろう。
 とはいえ当主はなぁ。ま、継がんでいいなら継がずに済ませるがよかろうよ。
 どれほど表で繕ったところで、忍の本質は裏側にあるもの。外の者と結婚できれば、それにつれ表でも繕わずに暮らしていけるようになっていくはずだが、当主となればそうはいかない。一族という枠を保つがため、裏に囚われ続けなければならない。
 ああ見えて孫もまた囚われておる故な。こやつもいくらか歳を取ればおのずと気づかされるだろうがよ。
「ならばもういっこやる。そいつを食うても、ぬしはここでいっこしか食うておらんわけだ」
「……ひじー、ちょうてんさい?」
 尊敬のまなざしを向けるひ孫に少々興味が沸いた。とりあえず遊んでやる気にはなったが、さて、なにをしてやるか。


 婚活パーティーの中間報告を携え、ご隠居宅へ着いた者がある。従姉妹を娶り、今は三子を育てる父であるところの彼は、当主からご隠居と仙火の様子を窺ってくるよう言いつかっていた。同じ親であればこそ当主が頼んできたことは理解していたし、ご隠居の人となりもかなり深刻に理解しているので、適役であるとの理由で。

「爺の膝なんぞに乗っても、固いばかりでつまらんだろうが」
「ひじーはすごいからたのしい!」

 濡れ縁から楽しげな声が聞こえてきて、彼はひとまず胸をなで下ろした。隠居されて後、どうにも人と距離を置くようになられたが、思いのほか若と馴染まれておられるようだ。
 かくて庭へ踏み入り、彼はふたりへ声をかけた。
「失礼いたします。件のパーティーにつきまして、中間報告に上がりました」
 ご隠居は膝の上でじたじた蠢く仙火を指先で御しつつ――簡単そうに見えて、これは相当に難しい――顔を上げる。
「孫が睨みを利かせておる上、菓子が脅しつけておるのだろう? 問題なんぞ起こるかよ」
「御当主に睨まれるのもあれですが、婿殿の剣は軽い峰打ちでも芯まで痺れますからね」
 菓子を婿殿と言い直してやって、彼はにこやかに曾祖父とひ孫の戯れに見入った。
「仲よろしくてなによりです。皆もご隠居の人嫌いの気、心配しておりました」
「隠居ジジイがいつまでも当主面でしゃしゃり出るなど無粋の極みだろうが」
 言いながら、ご隠居は仙火を膝から下ろし、そっと庭へ放つ。
「よし、存分に触れ合った」
 再びしがみついてこようとする仙火を右へ左へといなし、ご隠居は寝転がった。
「いや、ずいぶん世話したおかげで疲れ果てたわ。これはつまるところ歳だな」
 いやいや、さっき乗せたばかりでしたよね? 彼はかぶりを振り、引き攣りそうになる口角を必死で上げて、
「まさかご隠居」
 ありえない。曾祖父にとってひ孫なんてかわいいばかりのもののはずではないか。なのにまさか、1分余りで飽きる? ありえないありえない。
「あー、ひじーは疲れ果てたからよ。あれだ。そこのおじちゃんに遊んでもらっとけ」
「ひじーはすぐつかれちゃうからな。ねてていいよ」
 ありえたー!!
 あと3歳児の気づかいーっ!!
 脳内でわめいておいて、彼は冷静に判断する。別にご隠居は若を嫌っているわけではない。が、すぐ飽きる。
 ご隠居が大した人物であることは間違いない。ただ、人とは完璧な画竜とは成り得ぬものらしい。ご隠居の欠いた点睛は、どうやら大人げやら親愛であるわけだ。
 ともあれこうなれば、彼のすべきことはひとつ。
「若! 実は私、悪の怪人なのです! 世界を守りたければ私を討ってみせなさい!」
 子との遊びで鍛えた演技力を魅せてやる!
 果たして。
「なんてことだ! おれがんばらなきゃ! ひじー、おれにつづけ!」
「心得た! 儂の業を尽くして助太刀してくれるわあ!」
「いきなりやるを気出さないでくださいと言いますか私が死にますね!?」


「……ひ孫の面倒を見るは想像を絶する困難であった。あやつがおらなんだら儂はもう、息もできずに朽ちておったところよ」
 パーティーを無事終わらせ、仙火を迎えにきた当主に、ご隠居はそう語った。嘘をつかないのはいいが、この爺は嘘をつくのが面倒だっただけだろう。
 ちなみに「あやつ」は真っ白に燃え尽き、今は家族の手厚い精神ケアを受けていたり。
 後で詫びに行かなければと思いつつ、当主は仙火に問う。
「仙火はケガとかお腹痛くなったりとかしてない?」
 仙火は元気に右手を挙げて、
「ひじーとあそんでたのしかった!」
 そっかー、楽しかったかー。当主はちらと考え込んで、うなずいた。よくわかんないけど結果オーライ!
「じゃ、来週の第2回婚活パーティーも大丈夫だね?」
「だいじょうぶ!」
 とんでもないことを言い出した母子へ、やっと肩の荷を下ろしたつもりのご隠居は食ってかかる。まあ、彼からすれば当然だ。
「儂が大丈夫じゃねぇが!?」
「いやこれ当主命令だからってことでひとつ」
「おれはさんさいだからみっつ!」
 ふふふふふ。当主は抱えた仙火ごとするする笑みを後じさらせ、かき消えた。後に残るは、ご隠居の踏み出す先を塞いだ撒菱ばかり。
「孫め……!」
 かくて途方に暮れるよりないご隠居だった。

 ――ひ孫再襲来、Coming Soon!


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2020年12月28日

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