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『サムライガールとにんじゃまん』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 弟の桐真がうまれて数週間。父の手を借りながらも母は這々の体で、とても他のことに気をやっていられる状況ではなかったから。
「ははうえはとうまのおせわを。ちちうえはははうえをおてつだいしてあげてください」
 日暮 さくら(la2809)はちんまりした手で父母を制し、言い切った。
 数百メートルの彼方にある保育園。そこへさくらはひとりで行き来すると申し出た。
 当然、それを父母が了承するはずはなかったが……さくらは無念を込めてきゅっと目をつぶり。
「わたしでは……とうまのおせわをおてつだいできませんので」
 後に天然の権化と化す弟は、このときから天然だった。内容については割愛するが、なんというか一時も目が離せない感じ。
「はやくかんぺきなあねにならなくては――!」
 結局あれこれ話し合って、とりあえず朝は父といっしょに出て、帰りはなるべく誰かといっしょに帰ることが決められたのだった。

「ときはきた! それだけだ」
 不知火 仙火(la2785)は小さな拳を握り締め、背負っていたお出かけ用リュックの中身を確かめた。
 曾祖父にもらった高級お菓子(100円じゃ買えないやつ!)が3つ。新聞紙で作った“あんぜんブレード”を予備含めてふた振り、あとは折り紙手裏剣が10こ。――この完璧な用意があれば、行ける。ひとりで出てはいけないと厳命されている外の世界へ。
 不知火の土地の外周は塀や監視装置、さらに家人の目で鎧われており、飛び来る鳥ですら1羽ずつ身元を確かめられていると評判だ。
 しかし。その鉄壁に小さな穴があることを、仙火はつい先日発見したのである。見つけた以上は出てみたい。胸躍る冒険の旅へ!
 本当は“お世話役”も連れていきたかったのだが、ここ数日一家そろって出かけているという。せっかくの記念すべき第一歩を分かち合えないことは残念だが、ともあれだ。
「おひるごはんまでにかえるからな」
 ないしょの声で言い残し、仙火は文字通りの穴をくぐる。
 途中でなんだか景色がぐにゃっとしたのはきっと気のせい。


「なんかあかいな?」
 仙火は初めてひとりで立つ外の世界を眺めやり、首を傾げた。
 出てきたときは午前中だったはずなのに、どう見ても夕方で……どういうことなのだろう?
「そとのせかいはふしぎだもんな」
 あっさり疑念を放棄して、仙火は元気よく歩き出す。今が夕方なら、晩ご飯までに帰ればいい。昼、どこに行っていたのか訊かれたら言ってやるのだ。「わかんねー」。どうせ怒られるのだから、それを気にしたところで意味はあるまい。

 さくらはご近所ネットワークに見守られ、ひとり帰路を進んでいた。
「ジロウさん、こんにちは。きょうもおてんきでよかったですね」
 ちなみに彼女へにゃーと応えたのは猫であり、それをふんすと見送るのは犬(モモさん)である。近所の家の者である彼らは濃やかにさくらを気にかけ、こうして添ってくれているのだ。
 と。
 さくらの足がふいに止まり。
 ジロウさんが警戒態勢を取ると同時、モモさんがいつでも吠えられるよう息を吸い込んだ。
 高く引き絞られる空気、そのただ中で――
「おれはしらぬい せんか! かあさんのだいじなだいじなせんかだ!」
「ジロウさん、モモさん、だいじょうぶでした。あれはわるいものではありません」
 ちょっとあたまのわるいあまえんぼうです。

 帰路から少し外れた場所にある小さな公園で、さくらは新聞紙の刀を振り回す仙火を見やっていた。
 ふむ、しろうとではないようですね?
 仙火の体捌きはでたらめに見えてきちんと相手を想定している。未熟も未熟ながら、軸もぶれてはいなかった。剣の心得があればこその、動き。
「さむらいせんたい! にんじゃまんっ!」
 うん、ちょっとじゃなく、なかなかに頭は悪いが。
 しかし、さくらとしては今の発言、見過ごしておけない。
「どうしてサムライせんたいニンジャマンなのですか? ニンジャせんたいサムライマンではなく」
 母が語ってくれた「サムライガール」のお話は、幼いさくらの心に深く染み入っている。同じ道を目ざすことをすでに決めている彼女にとって、サムライメインは譲れない。
 しかし仙火はあっさり答えたものだ。
「さむらいまんはいいにくい」
 ――確かに!
 思わず論破されたさくらだったが、ここで引き下がってはサムライガールの名がすたる。ここはあれだ。ひそかに練習してきた名乗りを見せてやる。
「やいばのこころをにぎりしめ、やみにいきやみしす――サムライガールひぐらし さくら、すいさんっ!」
 びしっとかっこいいポーズを決めてみせれば、仙火はよろめき、がくりと膝をついて。
「ちょうかっこいい……おれのまけだ」
 さくらは驚いた。ずいぶん気の強そうな男児なのに、キレることもなく他人を讃えて負けを認めるなんて。
 しらぬい せんか。ただのちょっとあたまのわるいあまえんぼうではないようですね。
 さくらはふふりと笑み、ほとほとと涙する仙火へ手を差し伸べた。
「わたしはかっこよくサムライガールのみちをいきますが、あなたはおとこのこですし、かっこいいニンジャマンのみちをいけばいいのです」
 その手を取った仙火は空いたほうの手でぐいっと涙を拭って笑んだ。
「おまえもな!」
 んー、なかなかどころか盛大に頭は悪いようだが……

 ふたつ並んだブランコにそれぞれ座り、ふたりはお話する。
「とうさんはさむらいだけど、おれのうち、にんじゃなんだ。だからおれ、りっぱなにんじゃにならなくちゃだめなんだ」
 父がサムライで剣士なのにニンジャが家業となれば、仙火の“かあさん”が家長。そしてニンジャマンは、言いやすいからというだけで選んだ名ではないわけだ。さくらはブランコを軽く揺らしながらうなずいた。
「わたしは、ははうえがむかしなのっていた“サムライガール”になるため、まいにちがんばっています。いえがけんじゅつしなんをなりわいにしていることもあるのですが――」
 ここまで話して、ふと止めた。仙火に半分も伝わっていないことが、他ならぬ彼のぽかんとした顔で知れたからだ。
「――わたしはちょうつよくてちょうかわいいサムライのこども! おおきくなったらサムライガールになっちゃうのです!」
 レベルを仙火に合わせて言い直してみたのだが。
「さくらって、ばか?」
 馬鹿と言われたくらいで怒ってはいけない! 歳は同じくらいだろうが、さくらと違って仙火は本当にただの幼児なのだから! これしきでキーっとなっていては、桐真のお世話をするなどできはしまい!
「わたしにはおとうとがいるので、バカではありません」
 いろいろ混ざったあげく、言ってしまったセリフ。ああ、いまのわたしはまごうことなくバカですね! 激しく後悔するさくら――
「そっか。おまえ、おとうといるんだ」
 仙火はリュックのチャックをもたもたと引き開け、中からお菓子の袋をひとつ抜き出した。彼が選び抜いた3つの内でも最高に気に入っている、苺味のチョコレートを。
「おとうとといっしょにくえ!」
 ぐいっとさくらへ差し出し、顔いっぱい笑む。
 バカの話はどこへ行った? なぜひとりぼっちはつまらない? それよりもなによりも。
「どうして、おかしをくれるのですか? だいじなものではないのですか?」
 おそるおそる訊いてみると、仙火は笑みをさらに輝かせて言い返すのだ。
「ちょうだいじだけどな! でもな、ひとりぼっちはつまんないんだ! うれしいとかおいしいとか、みんないっしょがいい!」
「でも、わたしはあったばかりの」
「ともだちだからみんなだぞ?」
 当たり前の顔で言われて、さくらは混乱する。
 初めて会った知らない子をこうも簡単に受け容れるなんて、不用心にも程がある。そんなことを思うのに、だからといって差し出された“大事なもの”を突き返せもしなくて……そういえば、父母以外からなにかをもらうなんて初めてじゃないか。胸が“きゅうきゅう”するのは、そのせいなのだろうか。
「ありがとうございます」
 そしてさくらは、受け取った袋を大事にしまい込んだ。
 これは父母と分かち合おう。そして弟が少し大きくなったら、同じものを買っていっしょに食べよう。今日会った、ちょっと頭の悪いニンジャマンの話を聞かせてあげながら。
「おれいにニンジャマンのてきをします。あくのかんぶとか、あくのボスとか」
 先ほどひとりで暴れていたところを見れば、仙火はそうした遊びが好きなのだろう。それにもともと他の園児が嫌がる役どころを進んで引き受けているさくらだ。正義の味方を演じるお友だちを引き立てる術には自信がある。
 だがしかし。
「なにいってんだ?」
 いそいそと折り紙手裏剣を取り出していた仙火が不思議そうな顔を振り向ける。
 わけがわからず、さくらも不思議そうな顔を仙火へ向けて――だって、敵がいなければ遊びが成り立たないではないか。
「いっしょにたたかおーぜ、さむらいがーる!」
 そんなことが許されるのか。
 そんなことで楽しめるのか。
 でも。
 仙火の言葉はさくらの心に深く突き立っていた。いっしょに戦おうぜ、サムライガール!
 わたしは……ほんとうはあくのボスなんてやりたくない。ほんとうは、ほんとうは、ほんとうは。
「やいばのこころをにぎりしめ、やみにいきやみしす――サムライガールひぐらし さくら、すいさんっ!」
 せいぎのサムライガールになりたいのです!
「くそー! やっぱりちょうかっこいい! おれもなんかかっこいいのしたい!」
 心の底から悔しげな仙火にさくらは笑みかけた。
「じゃあいっしょにかんがえましょう。……わたしもいっしょがいいから」

「こころのやいばをかすみにかまえ、いっとうりょうだんあくをうつ!」
 霞構えで一刀両断はなかなかの困難だが、ふたりがかり、語呂のよさ重視で考え抜いた枕詞を唱えた仙火はアクションを演じた後にびしっと霞構えを作り。
「さむらいせんたい、にんじゃまんっ!」
 果たして戦いは始まったが、イメージの敵は強大だ。ニンジャマンはあっさり弾き飛ばされる。
「このてき、つよいです!」
 仙火から予備のあんぜんブレードを借り受けたさくらが、イメージした敵へ斬り込み、彼と同じように弾き飛ばされながら告げる。
「いまこそちからをあわせるぜ、さむらいがーる!」
「りょうかいです、ニンジャマン!」
 ふたりはせぇので息を合わせ、
「「おしてまいる!」」
 右からさくら、左から仙火が敵へ駆け――
「ちょうけんぎ、しらぬい!」
「ひけん、ひぐらし!」
 決めゼリフと共に敵を見事、斬り裂いた。


「くらくなるまえにかえんないと!」
 迫り来る夜の気配にあわてて荷物をまとめる仙火。
「このけん、ありがとうございました」
 あんぜんブレードを返そうとしたさくらの手を止め、仙火はにっこりかぶりを振った。
「やる。いっしょがいいもんな」
 そして一歩二歩三歩、ジャンプしてさくらから遠ざかる。名残惜しさを振り切るためだということは、訊かなくても知れた。だから。
「じゃあ」
 さくらは小さく手を振った。小さく、小さく、抑えきれなくなって大きくいっぱいに。
「おー!」
 仙火も大きく手を振ってかけ出していく。その背がぼやけて……かき消えて。
 でも、さくらは不思議だとは思わなかった。ニンジャマンならそれくらいの業(わざ)、使えて当然だから。
「また、あそびたいです」
 小さな願いを口の先で刻み、胸の奥へとしまい込む。
 さあ、ここからはいつもの通り、物わかりのいい早咲きの姉へ戻らなければ。我儘も願いもこの新聞紙の刀に託して、なにもなかった振りをして……

 なぜか目の前に現われた例の穴をくぐった仙火は「えー!?」、驚いた。さっきまで夕暮れだったはずが、午前中に戻っていたからだ。
「ちょうふしぎだな?」
 いろいろなことがよくわからないが、それでもひとつだけ、確かなことがある。
 今日、かっこいい女の子と出会って遊んだ。それはもう楽しくだ。
「おせわやくにもおしえなきゃ」
 お世話役が帰ってきたら、お菓子を食べながら話そう。クールだけれど甘いものに目がない彼女へあげるため、苺のお菓子をひとつあきらめて“くろいちょこれーと”を獲得してもあることだし。
「はらすいたな?」
 仙火は遊びで消耗した満腹メーターを回復すべく、家へ駆け出した――と、一度足を止めて穴を返り見て。
「またあそびにいくからな!」


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2020年12月28日

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