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『来世はラブコメ』
柞原 典la3876


 地獄で待ってる。


 約束を破ったのは彼の方だったのか、はたまた自分なのか。柞原 典(la3876)という男の一生、その記憶を持った青年は溜息を吐きながら煙草を吸った。

 ナイトメアとの戦いが歴史の教科書に記され、戦争を知らない子どもたちも大人になった。社会科の授業中、ナイトメアの擬態についての説明を聞いていた時に、突然前世の記憶が一気によみがえり、

「地獄ちゃうやん」

 うっかりそう口走って以来、彼の博多弁には奈良弁が混ざる。

 前世の記憶があるのに、地獄での記憶がないだなんてことがあるか。という事は、自分は地獄をすっ飛ばしてしまったのか、はたまた地獄で再会したけれどあっけなくまたも離されてしまったのか。ヴァージル(lz0103)はどうなったのだろう。
(はんがい)
 歯がゆいの転訛とされている、苛立ちを表す言葉を内心で溢す。行儀よく約束を守って人生を全うし、やっと再会できると思ったのに。

 奈良ではなく福岡に生まれた今の自分は、幸いなことに前世のような厄介ごとを招く、過ぎた美貌もない。が、母が日本人で父がスウェーデン人という、二つのルーツを持つ顔立ちは、それでも美形の部類に入る容姿を与え、たまに変態に目を付けられたり、思い出したようにストーカーに遭ったりする。幸いにも、今の両親は典が受けた被害に心を痛め、警察の聴取にも付き添ってくれる善人だった。前世の記憶が蘇った時は、距離を測りかねてしまっているが、二人とも思春期の難しい頃だからとあまり干渉しなかった。
 大事に育てられた今までの人生と、散々だった前世の記憶が頭の中でめちゃくちゃになって一時期はふさぎ込んだものの、時間が経つにつれて受け入れることはできた。いや、諦めたのかもしれない。ただ、それ以来恋愛というものにはあまり積極的になれなかった。強烈に心を奪っていったあの男の死に顔がちらついてしまう。
 記憶の中で蘇った死者の顔を胸に抱いて大人になり、典は大学を卒業してから商社に勤めた。元から教養はあるので、大学の成績は極めて良かった。


 アメリカに出張したある日のこと。日が沈んでから、ホテル近くのコンビニに入って軽食を買おうとした。レジに並んでいると、不意に、外の音が大きくなる。ドアが開いたのだ。誰かが入って来たらしい。その人はまっすぐに典の並ぶ隣のレジに立った。
「ハイ、ヴァージル」
 店員が呼びかける声に心臓が跳ねる。見ると、そこには警察の制服に身を包んだ背の高い男が立っていた。警察のロゴが入ったジャケットを着ている。市警らしい。カーキではなく、水色のシャツ。
「ハイ。商売は繁盛してるか?」
 店員はにやっと笑い、
「おかげさんでな」
 警官はドーナツを二個購入した。典は「これ、ちょっと取っといて」と店員に言い置くと、彼の後を追う。拳銃は一挺しか携帯していない様だった。

「兄さん」
 典はその背中に声を掛けた。相手は振り返る。胡散臭そうにこちらを見る目は、間違いがなく。それでも警察官として丁寧に、
「何か?」
 典は深呼吸した。視界の上が眩しい。満月が出ている。
「火持ってへん?」
 煙草を取り出して尋ねた。彼は、ああ、と呟いて、
「持ってますよ。自分は吸いませんけどね。旅行ですか? 夜道には気を付けて」
 そう言って自分が咥えた煙草に灯される火は、当然だが暖かい。
「ちょっと、話しせぇへん?」
「お困りごとですか?」
 棒読みの敬語。
「うん、俺めっちゃ困ってて」
 へらりと笑う。今、自分は楽しそうに見えているだろうか?
「初恋の人が兄さんそっくりなんやけど、どうしたらええと思う?」
 それを聞くや、相手の眉間に、わかりやすい皺が寄った。
「ナンパはお断りだ。警官ナンパするとは良い度胸じゃねぇか。このワッペンよーく見ろ。POLICEって書いてあんだろ」
 耳に懐かしい物の言い方。典は笑った。降って湧いたような出会い。これが自分たちには似合いなのかもしれない。
「何で警官になったの? 好きな人でもおった?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「初恋の人にそっくりって言うたやん。教えて」
「……泊まり先はどこだ。ライターもそこで買えば良い。送ってやる」
「そらありがたいわ。お願いしようかな」
「車持ってくる。待っててくれ」
 彼はその場を去ると、すぐにパトカーで戻って来た。道に迷った旅行者を送る、とどこかに連絡しているのが聞こえる。
「何で自分は吸わないのにライター持ってんの?」
「なんとなくだ。悪いか?」
「ううん。持っててくれて、おおきに」
「別にお前のためじゃねぇよ」
(ほんまか?)
 思わず笑ってしまう。相手は怪訝そうな顔になって、
「クスリでもやってんのか?」
「ひっど。初対面でそない言わんでもええやろ」
「俺とお前は、紹介されて待ち合わせてんじゃねぇんだよ。有り体に言えばお前なんか不審者だ。俺からの質問は取り調べだと思え」
 それを聞くと笑いが止まらなくなってしまった。相手はますます怪訝そうな顔をして、
「……何だよ。その初恋の奴にそんなに似てるのか?」
「うん、ほんまにそっくり……」

(俺はリアリストやけど、兄さんには、)

「運命信じてもええかなって思うくらい」

 だって、今日も月が出ているから。


「ちゅう夢を見たんや」
「だいぶ堪えてるな……」
 昼食に誘われたエマヌエル・ラミレスは、適当に入った食堂で典の話を聞くと、難しい顔で唸った。典は首を傾げ、
「堪えてんのかなぁ、俺。確かに食欲はのうなったけど、今は元気やで。兄さんの夢はよう見るけど」
 うたた寝ですら夢に出る。喋ったり喋らなかったりするが。
「三十年弱生きてて初恋だったら、そりゃ重いだろ」
「ラミレスさんも? 初恋が実らんかったときこんなやった?」
「そんな昔のことは忘れたよ」
 エマヌエルは肩を竦めた。あんた俺より年下やろ、と思ったが、典はそれ以上の追及はせず、
「これ正夢になるんかな……親のいる生活っちゅうもんが全く想像できひんのやけど」
「正夢になるならラブコメみたいだな」
「来世はラブコメかぁ。多少マシになるんかな」
「ばーか。何言ってんだ」
 エマヌエルはにやにやと笑う。

「恋するってのはでけぇ火薬庫を抱え込むってことだ。したら最後、平穏じゃ済まねぇもんよ。お前の来世は今回以上にめちゃくちゃになるんだから、今から覚悟しとけ」

 けけ、と笑う。典は半目になり、
「……今度、ラミレスさんの嬢さんに会うたら、『あんたのおとん意地悪や』って言うたろ」
「何でだよ!」
 今度は典の方が意地悪く笑う。窓の外を見た。冬の日差しに、色の抜けた葉は金色に輝いていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
来世はラブコメ、が言いたくて書きました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月28日

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