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『薔薇の残り香』
柞原 典la3876


 アフリカでの連戦に疲れていた柞原 典(la3876)へ、緒音 遥(lz0075)から休日に飲みにいかないかと誘いがあった。断る理由もなくエオニアで落ち合いついていく。

「エオニアってイスラムの国やろか?」
「アフリカに近いから、昔はイスラム商人が住んでたの。その文化が残ってるらしいわ」

 エオニア王国の南東部の海沿いの街アルガミラ。
 エオニアとイスラムの交わる不思議な土地に立つリゾート施設「ワルド・ジャンナ」につくと、モザイクタイルが美しい豪華な建物に典は軽く引いた。

「薔薇の匂いが凄いするわ。それに高そうやわ」
「薔薇の館っていうくらいだもの。大丈夫。支部で割引券貰ってきたから」
「こんなリゾートに割引なんてあるん?」
「王女様はライセンサー贔屓で、労いたいって時々SALF支部に割引券が回ってくるのよ」
「まあ、ほんならありがたく楽しまなあ、損やなぁ」

 ワルド・ジャンナのレストランはイスラム式で、絨毯の上にイスラム刺繍のクッションが多数置かれ、寝転びながら料理や飲み物を楽しめる。
 イスラム建築の特徴である、アーチの連なりの向こうに青い海が見え、ときおり浜風がふわりと頬を撫でる。

「寝っ転がりながら飲み食いすんの、行儀悪い感じするけど、正直楽やわ」
「郷に入っては郷に従うってことで、だらだら飲みましょ。はい乾杯」
「ん。乾杯」

 最初はやっぱりビール。黄金色の液体は、日本のラガーよりライトなピルスナー。飲み口は軽いが、ホップと柑橘の香りが爽やかで、すいすい飲めてしまう。
 羊肉の串焼きに齧りつくと、肉汁がじゅわぁと口の中に広がった。独特の癖がまたビールの苦みと良くあう。

「噛みしめるたびに旨味が、ぎゅぎゅっとするんやなぁ」
「鯖サンドもオススメよ。トルコが本場らしいわ」

 皮目がぱりっと焼かれた鯖が、レタスやたまねぎと一緒にバゲットに挟まれている。
 囓りつくと脂がのった鯖の濃い旨味に、レモンの香りが爽やかで、ピリリと効いた粒マスタードやニンニクが良い仕事をしている。

「うんまぁ……。はあ、美味いもんくうて寝そべるんは、罪の味やわぁ」
「ここ、薔薇風呂も有名なのよ。美味しい酒を飲んだ後に入ったら。きっと最高よ」
「薔薇風呂ってえらい耽美やわ。少女漫画みたいやね」
「良いじゃない。薔薇って美容に良いのよ。この薔薇水を飲みつつエステも受けたいわ」

 薔薇の香水を作る際の副産物である薔薇水は、ここでは飲み放題。
 一口含むと、口の中に薔薇の香りが広がる。味はなく、レモンやシロップで甘酸っぱくすることも可能だ。

「なんや、自分が薔薇になった気分やわ」
「仕事の疲れから浄化されるわね」

 お酒を飲んで、良い感じに腹がこなれてくると、やはり吸いたくなる。

「煙草吸うても、ええ?」
「どうぞ。どうせこの後風呂に入るし、匂いは気にならないわ」
「それもそうやね」

 懐から取り出したライターを、思わずじっと見つめて、おもむろに火をつける。
 深く煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
 煙と薔薇の香りが入り交じって、不思議な匂いが漂う。

「この前、蝶が人の魂やって言うてたなぁ。あれ、どこの話なん?」
「日本の平安時代にはあったらしいわ。他にも面白い話があって。夢に誰かが出てくると、その人が会いたくて夢に来たっていうのよ」
「へー。自分が会いたくて呼び出したんやなくて、向こうからきたん?」
「そうそう。夢まで押しかけるほど、会いたくてしかたないらしいわ」

(そんなら、これから兄さんの夢見る度に、おもろいわなぁ)

 自然と笑みが零しつつ、右手でライターを弄び、思わずぽつりと呟く。

「男が、男に会いたがるってのも、おかしいかもしれへんけど」
「あらそう? 男同士の愛もありだと思うけど」
「嬢さん、理解あるほうなんやね」
「私も生物学上は一応男だけど、女物の服や化粧が好きっていう人間だもの」
「……それは嬢さんやのうて、兄さんって言うたほうがええ?」
「嬢さんの方が嬉しいわね」

 綺麗なお姉さんかと思いきや、オネェさんだったという衝撃に、典は笑いを堪えるのに苦労する。

「さてと、私はそろそろエステに行ってくるわ」

 すっと立ち上がってさりげなく伝票を持って行こうとするので、典は問いかける。

「ここ奢りなん?」
「私が誘ったんだし、飲食代くらいはね。それに典君より年上なのよ。ここはオネーサンに任せなさい」
「ほな、おおきに。ごちそうさん」

 ばしんと胸を叩いて、朗らかに微笑んで去って行った。

「さすが男前な嬢さんやな。俺もせっかくやし、薔薇風呂入ってみようかなぁ」



 半露天の風呂場は、幾何学紋様のモザイクが鮮やかな浴室で、異国情緒たっぷりだ。
 日が傾きかけ、夕暮れに染まっていく海を眺め、薔薇の花弁が浮かぶ湯船に浸かる。
 酒が入っていることもあり、典の色白い肌が薔薇色に染まっていた。

「眺めもええし、いい湯やなぁ。ぬっくいわ」

 塩気を含んだ海風が、火照った体を冷ましてくれて心地よい。
 風呂桶の側に置いたテーブルに手を伸ばし、タオルの上に乗せたライターを手に取って弄んだ。

「ここに蝶がわぁと舞ったら綺麗やろか」

 ライセンサーの技を使ってみようかと思い、EXISがないから無理だと気づく。
 アクセサリーすらも身につけない、薔薇の香りだけで一糸まとわぬ姿だ。
 それに自分で呼び出すより、勝手に会いに来て欲しかった。

 オレンジやピンクに染まる海をじっと眺め、煙草を咥えてライターで火をつける。
 ふぅ……と煙を吐き出すと、湯気と混じって空に溶けた。

 その時、砂浜から金色の蝶が飛んでくるのが見えた。

「ほんまに来たん?」

 湯船から立ち上がり、指先を伸ばしてみるも、やっぱり躱される。
 近づこうともしない。

「愛想ないなぁ。傷つくわぁ」

 と言いながら、髪をかき上げると、水滴が零れ落ちる。ぞくりとする笑みを浮かべた。

 押してダメなら、引いてみろ。
 ぱしゃり。
 足を跳ね上げて、わざと空に湯をかけてみるも、ひらりと躱して蝶は典の上を飛ぶ。
 なかなか手強い。
 しかたなく湯船から立ち上がり、蝶に背を向けタオルで軽く水気を切って、バスローブを羽織る。
 ちらりと振り向くと、まだ窓辺に蝶はいた。

 二つ分テーブルにグラスを置き、薔薇水を入れてみると、蝶はひらひらと飛んできて、グラスの縁に止まった。

「色気より食い気なん?」

 ふと気づく。バスローブを纏った姿は、少しだけ死に装束に似てる。

「なあ、知ってん? 日本の死に装束って、白い着物なんやわ。このまま死んで、兄さんに会いに行ってもええんよ」

 怪しげな笑みを浮かべて、薔薇水に口をつける。
 ごくり。喉をならして、水が体に染み渡る。思わず目を閉じて、ふーっと息をついた時だった。
 左目の瞼に、かすかに何かが触れる感触がした。
 目を開けると蝶がいて驚く。
 左目を塞がれ、右目だけで海の方を見ると、微かに『彼』の幻が見えた気がした。
 思わず手を伸ばすが、そのまま蝶は空へ飛んでいき、幻も消える。

「左目をもろてくれいうても、受け取ってくれなかったのに……勝手やなぁ」

 左の瞼に指を添えて、花のようにふわりと微笑む。

「長生きする気はあらへんかったのに、まだ地獄行くんは許してくれへんのよね……」

 小さく呟いて、ライターを弄ぶ。
 きっと今日の夜見る夢に、彼が現れるのだろうと思いながら、夕陽を眺めた。
 蝶が口づけた薔薇水に残り香がある気がした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【柞原 典(la3876)/ 男性 / 29歳 / 薔薇に眠れ】


●ライター通信
お世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

時期としては【4N】で忙しくアフリカで戦っていた頃です。
「東西の交わる街」「【祝夏祭】海辺に佇む薔薇の楽園」などに登場したアルガミラという街を舞台にしてみました。
海を眺める薔薇風呂に入る典さんを見てみたかっただけですが。
発注文で頂いた一言がイメージを膨らませる助けになりました。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月29日

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