▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『めでたしめでたしは始まり』
神取 アウィンla3388

 店の駐車場に停車していた青色の二輪車は、どこかで見たような色と形をしていた。
 もしかして……と思いながら店内へと足を踏み入れると、まさに脳裏に思い描いたばかりの青年が、彼の記憶よりも少しだけ大人びた姿で椅子に座り、本を読んでいる。
 指先がページを捲るという仕草一つとっても優雅な姿と、遠目でも分かる美しい横顔は見間違いようがなかった。
 ――ノルデン。
 そう呼ぶと、こちらを振り返った藍宝石の瞳と目が合う。
 彼は、かつて同じ店で働いていたバイト仲間の事を、しっかりと覚えてくれていたらしい。男の名を呼び、どこか懐かしそうな笑みを浮かべた。
 何だか、以前よりもずっと落ち着いた笑みを浮かべるようになったな、と男は思った。地に足がついたというか、どこか余裕のある笑みだ。
 会えない内に、何か心境の変化があったのか。それとも、恋人や新しい目標が出来たのだろうか。
「ご無沙汰している」
 そう言って、丁寧に会釈をする男は、やはり男の知っている青年、アウィン・ノルデンで間違いがなかった。
「久しぶり。元気だったか? 最近、店に全然顔出せてなくて悪いな」
「ああ、問題はない。ありがとう。そちらも、元気そうで何よりだ」
 けれど、アウィンは一つだけ訂正する。
 今の自分は、ノルデンではない。神取 アウィン(la3388)なのだ、と。
 先程浮かべた懐かしげな表情は、昔の名字を呼ばれたせいもあったのかもしれない。前よりもずっと雰囲気が柔らかくなった理由が分かり、どうしてか男の方も、「そうだったのかぁ」と、はにかむように笑ってしまった。

 男がアウィンと共に働いていた時間は、ほんの一ヶ月ほどしかない。けれど、それでもアウィンは彼の記憶に色濃く残る程の強い存在感があった。
 その貴公子のような身のこなしと、一見クールな男のように思える顔立ち。そして、そのイメージを良い意味で裏切る、お人好しで少し天然な点と、美しい唇が時折筋トレや鍛錬という体育会系でしかない言葉を口にするギャップは男の中に強烈な印象を残していた。
 アウィンの熱心な働きぶりはバイト仲間にとって当然頼もしかったし、体力作りに悩んでいる旨を話した時に良い筋トレメニューを勧めてもらったりと、プライベートな部分でもアドバイスを貰った事もあった。彼のこなしているトレーニングの内容とその量を聞いて、自分には無理だとすぐに諦めた事も、よく覚えている。
 顔に似合わず、アウィンは脳筋なのだ。ただでさえ自分達が働いていた店は客入りも多く激務だったというのに、それでも文句一つ言わず平然とこなしていたのが、このアウィンという男であった。
 その上、他のバイトも掛け持ちしていると聞いて、当時はその無尽の体力とやる気、そして決して手を抜かない真面目さに目を丸くしたものだった。
 同時に、本当に休みをとっているのかと危ぶむほど働き続ける彼を、少しだけ心配にも思っていた。
 今も変わらず、あの店で働いているのか? という男の問いに、アウィンは首を丁寧に横へと振る。
「いや……今は、以前ほどバイトには励んではいない。受験のため、勉学に集中したくてな」
 言われて、無意識の内に男の視線はアウィンの手元の本へと移った。かつて、バイトの情報誌を持っている事が多かったアウィンの手の中は、今は医療に関する学術書が陣取っている。
 色々なバイトをこなし、色々な事を経験していたアウィンは、どうやら自分の目指すべき場所を見つけたらしい。
 それは決して楽な道ではないだろうけれど、男の中にあったアウィンへの心配は途端にかき消えた。学術書に、アウィンの健康を案ずるメッセージの書かれた手書きのメモが挟まれている事に気付いたからかもしれない。

 ◆

 昼食を食べ終え、少し話をしてからアウィンと共に男は店を出る。この後はバイトに向かう予定だと聞いて、アウィンらしい、と思わず男は笑ってしまった。
 かなり数を減らしたとはいえ、まだ幾つかは続けているらしい。けれど、守るべきものと目標の出来た彼は、決して無茶をする事はないだろう。
 今度アウィンがシフトに入っている時に店に行く約束をし、男は彼と別れた。背をぴんと伸ばし、駐車場に向かう後姿を見送る。
 その時、不意に、その背中が歩く速度をはやめた。向かう先は愛用の二輪車ではなく、少し離れたところを歩いている一人の女性の元だ。
 彼女も、自らに近づいてくるアウィンの気配に気付くと、偶然出会った驚き、そして偶然出会えた喜びに彩られた嬉しそうな笑みを浮かべる。
 アウィンの胸に提げられたペンダントに合わせて踊るように、彼女の首元では宝石が煌めいていた。象られたものこそ違えど、お揃いのアクセサリーだという事はすぐに分かった。
 何より、アウィンがその瞬間浮かべた穏やかな笑みが、彼女が彼にとってどんな存在かを雄弁に物語っているのだった。

 昔、バイト中に、アウィンを見て、「まるで童話に出てくる王子様のようだ」と誰かが話す声を聞いた事を思い出す。
 仕事も出来る上に女性に人気なアウィンに少しだけ嫉妬し、でもすぐに彼の人柄に触れて反省して、結局頼ってしまったあの頃の事は、男にとっても良い思い出だ。
 その噂の王子様は、進みたい道を見つけて、無事お姫様と結ばれ、ハッピーエンドへと辿り着いたようだった。
 もっとも、現実は物語と違って、そこでキリ良く終わる事などない。これから先も、彼の人生は続いていく。
 生まれた土地ではない場所で、彼は新しい人生を歩み続ける。しかし、何も心配をする必要などはないように思えた。
 クールな見た目のアウィンは、存外体育会系で、筋トレのメニューも妥協せずにこなし、幾つものバイトを掛け持ちして、それでも決して手を抜く事はない。一ヶ月も付き合いのないバイト仲間の男の相談にも、親身に乗ってくれる程に優しい男だ。
 彼の人柄を知っている人なら、きっと疑う事はない。アウィンならば、これから先も何があろうと、愛しい人の手をしっかり握って放したりなどはしないだろう、と。
 アウィン・ノルデン――神取 アウィンは、ぴんと伸びたその姿勢のように、どこまでも真っ直ぐで、前を向いて歩いて行く姿が、よく似合う男なのだ。
「神取!」
 最後に青年は、アウィンの名を呼んだ。思ったよりも大きな声が出た事に、驚く。厨房に向かってオーダーを叫んでいたあの頃の経験は、知らずの内に男の中にも積み上がっていたのかもしれない。
「言い損ねてたけど、結婚おめでとう! お幸せにな!」
 アウィンは一言、隣の彼女へと何かを(恐らく、彼について)話した後、やはり優雅な仕草で頭を下げた。隣に居る彼女もまた、小さくぺこりと会釈をする。
「ああ、感謝する。貴殿も、どうか元気で」
 ノルデンではなく神取と口にしたのは初めてだったのに、何故かそれは妙に男の口に馴染んだ。悩みに悩んだパズルで、ようやくしっくりくるピースを見つけた時のように、何だか清々しい気持ちだ。
 夫婦は、一度顔を見合わせて微笑み合う。アウィンの瞳の藍宝石が、彼女の色を映し出す。
 夜空に明けの光が差し込むかのように、彼女の色を映したアウィンの瞳は、一層美しく煌めいて見えた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
ご無沙汰しております。そして、ご結婚おめでとうございます!
また、アウィンさんのおまかせノベルを執筆する機会を頂けたて、光栄です。
バイトは減らしたものの、今度は勉学に一生懸命励んでいるアウィンさん。そんな彼の幸せを願うモブ視点寄りの三人称のお話を、今回は綴らせていただきました。
少しでもお気に召すお話になっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼誠にありがとうございました。どうぞ末永くお幸せにお過ごしください。
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.