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『描きたい未来がある』
神取 アウィンla3388

 濡羽色の髪に藍宝石の瞳。色だけでなく顔貌も血縁関係があると一目で判る。子供の体はとても小さく、どこか心細げにさえ見えた。実年齢以上に大人に見せる姿がどうも痛ましくて。自分自身が庶民の出だからかもしれない。だってこの歳の頃の子供は皆政も知らず日々一喜一憂するのである。なのに嫡男の代わりに血統を残すかもしれず、それではなくとも父兄を補佐する文官としてこの先生きる事を強く運命付けられた子供に掛かる重責は計り知れなかった。己が腹を痛めて産んだかどうかは関係なく、一人の母親として一生懸命に育てたつもりだ。だが目的すらない悪意に振り回された過去も、それが自分に起因するのも知っているから心の底で罪悪感じみた感情が溢れ出した。己を見つめる眼差しは今にも泣きそうにも見えて今まで固まっていた足を動かし、駆け出す。だが静けさの中、はぁはぁ吐息だけが響いていつまでも前まで進める気がしない。冷や汗が一つ頬を伝い落ち心臓が煩く鳴っている。何も考えられず、無我夢中になりながらも手を伸ばし意識は闇に溶けていった。

 悪夢の余韻は身支度を整えて部屋を出る頃には薄れている。十年以上も前に他領主家に嫁ぎ長女がその姿を消して以来、視察だったりで誰か領地の外に出ているときを除き四人が揃う筈の食卓は座る存在が一人欠け、またそれが自然に感じる月日が流れた。いつも社交的な嫡男が中心になってはいたが全く会話を聞き漏らさず、律儀に相槌を打って仕事の話ならばすぐ受け答えが出来た次男も、確かに家族団欒の一員だったのに。もう流石に言葉少なになる事も減ったがふとした瞬間に家族が一人いない事を思い知らされるのである。恐らく火の消えたようなという例えよりも、月が雲間に隠れて暗くなるというのが相応しいように思えた。夫へと目を向ければ彼は平静を装いつつも、瞳に寂寥が映る。父として――或いは領主として彼が人前で悲しみを表に出す事はなくそれは今も同じだ。席の空白と三人分の食事も――それが当然である事に怯えを抱きつつ朝食の時間は幕を引く。

 ノックをすればすぐにはい、と固い声が返る。扉を開けて中に入ると息を飲む音が聞こえた。振り返った先で二人の青年が同時に立ち上がったのが見え、少し微笑ましかった。しかし性格や得意分野が違うからこそ公私共に最良の関係が築けたのではとも思う。歩み寄っていき、仕事机にコップを置く。中に入っているのは温めた香草茶で更に甘味も並べた。紫瑪瑙の瞳を持った青年は甘党である為、酒に目がない翡翠色の瞳の青年から不満げな目を向けられてはその甘味に注ぐ視線を横目に流して軽く肩を竦める。酒ではないのを詫びたなら恐縮して頭を下げるので余計に申し訳なくなった。楽にするように伝えて二人が椅子に座り直したのを見て、改めて労う言葉を掛ける。次男がいなくなって以降も亡くなったわけではないのだからと皆の総意で文官の役職は未だ空白のままだ。皺寄せは当然ながら部下、特に二人は執務室付きの側近なのでより大きな負担が掛かっている事は明白だった。何に対してかも解らないまま、唇からはごめんなさいの一言が漏れる。
 いえ、と声が返ったのはほぼ同時だ。今は主はおらずとも埃を被らず済んだピカピカな机の表面を撫でる手を止める。そして顔を上げた際二対の瞳は聖石のようにも光り輝いていて息を飲む。しかと次男と向き合った者なら、陰口で囁かれている二人で駆け落ちして云々の噂は事実無根と良く解る。しかし忽然と消える今までにない事象に生存は無理と悲観をする者はとても多かった。だというのに家族以外で見るのは初めての、絶望とは無縁で、むしろ逆に希望を抱いている眼差しだったから、正直なところ驚きを禁じ得ないが、だが次第に胸が熱くなるのを感じ涙腺が緩んでいる事に気付いた。彼が愛されている事が、何よりも信頼をし合える相手がいたという事実が暗闇に光明を与えてくれる。今度はありがとうの一言が零れ出た。涙声は一欠片も感情を取り零すことなく二人に伝えてくれたらしい。微笑んだなら二人の顔にもそれぞれに違う形の笑顔が浮かび、二人との時間は次第に過ぎ去った。

 ◆◇◆

 北の領主、モリオン・ノルデンの妻であるラピスは一人庭園に置かれた椅子に腰掛け、日々庭師が手入れしてくれている花々をぼんやりと眺めていた。彼女の前にはキャンバスが置かれているものの未だに空白のままである。勿論領主の妻だとはいってもただの置き物ではなく、夫や子供を支え、また領民たちにとっては己がその心の支えとならなければならない。それに今でも前妻の死後後妻に収まった庶民出の元侍女である経歴を理由に陰口を叩く人間もいる為、隙を見せないように振る舞う必要もある。しかし西の領主家の姫が次男と一緒に婚儀の最中失踪したあの一件は何かしら火種になる程の騒動もなく、いや多少の揉め事はあったが、穏当な関係を維持していた。つまりは領主家に連なった二人の人間が失踪をした事実を置き去って日常は回る。それ故に平穏は続いていて、時に何もする事がない、暇な時間が出来るのであった。侍女になる前は息つく暇もなく必死に働いていたので、好きにしてもいいと言われるとむしろ困るのが本音である。勿論ながら気軽に街に行くのも立場上難しい為に自然と選択肢は絞られて、結果絵を描くのに落ち着いた。それなのに遅々として進まないのは何度も同様の風景を描いていて気が乗らないのが理由だった。鉛筆を手に取っては短く唸って止める流れを先程から繰り返している。とそんなラピスの耳に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ればそこにはかつて自分自身身につけていた、エプロンドレスを着た侍女が来て手にした何かを差し出してくる。それは、封蝋された手紙でそして送り主は北西の領主家にいる長女――ラピスにとっては幼少時、世話係を務めていた血の繋がらない娘であった。二男一女と子宝に恵まれたのもあって、便りすらも頻度が少ないだけに嬉しさも一入だ。礼を言い受け取ると、気持ち丁寧に心掛けつつも急いで開封する。自然豊かな領地らしく紙と共に押し花が一つ入っていた。それを見て思わず微笑みが零れ落ちる。幸せな気持ちのまま折り畳まれた手紙を開けば、そこには今まで通りに近況と変わりないかどうか教えてほしいとの旨、そしていなくなった腹違いの弟と、彼女スフェーンにとっては双子の兄である嫡男ユークレースに嫁ぐ筈だった姫の身を案じる一文が末尾に長く記されている。次男の側近執務官である二人、ヒスイとメノウの眼差しを思い出した。いつしか戻ってきてくれると、いや無事ならば戻ってこずともいいと、そう願った。家族間に愛はあるが己の出自のせいで彼を苦しめていたのは、今でも紛れもない事実だから。家を支える重責もなく幸せに生きてくれるのならばそれはそれで祝福が出来る。当然ながら、寂しい想いも付き纏うにしてもだ。そんな事を考えた際ラピスの脳裏によぎるものがあった。それは今から絵としてあの子を――愛する次男を描くということだ。そうすれば側におらずとも彼と共にいられるような気がする。名案に久しぶりに元気が湧いてくるのを感じてラピスは笑い声を零した。鉛筆を手にして今まで誰も試したことのない難問に早速、挑めばすぐ胸が躍った。

 これは地球に転移した神取 アウィン(la3388)には知る由のない一つの物語。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回はどんな話にしようか、色々考えてみたものの
やはりアウィンさんのご家族や周辺の人達のお話を
書きたいというのがあったので台詞はなかったりとか
一応名前が出るだけで登場自体全くしなかったりとか、
全部が駆け足気味になってしまいましたが出来るだけ
アウィンさんが消えてからのノルデン家を妄想しつつ
精一杯書かせていただきました。時間軸が違っている
とのことなので慣れつつあるけどすぐ思い出す感じで。
悪夢でアウィンさんが子供の姿なのは元々抱いていた
後ろめたさが失踪によって加速、その象徴が具現した
みたいなイメージです。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年01月04日

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