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『わかとおかえ』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785

「わか。あさごはんができたよ。かおをあらってはをみがいて」
 不知火家の寝室の隅に設置されたダンボールハウス。
 マジックで【せんかのしろ】と書きつけられたダンボールドアを厳かに引き開けた不知火 楓(la2790)は膝這いで内へにじり入り、「あとごふん」とか呻いているものを包む毛布を一気に引き剥いだ。
「さむぅっ! とんだどめすてぃっくばいおれんすだぜー!?」
 ふかふかとあたたかな守りを失った不知火 仙火(la2785)はもう、自分を抱きしめて悶絶するよりなくて。
「はやくしたくしないとあさごはんさめちゃうよ、わか」
 きちんと畳まれた毛布を放られて、仙火はあわててそれをキャッチする。
 お世話役見習いとして朝から晩までくっついてきては世話を焼く楓。性格的にフリーダム寄りな仙火としては、型に嵌められた感じで息苦しいのだが、しかし。
 楓は仙火のニンジャ・サムライ修行(という名の遊び)にちゃんとつきあってくれるし、爺を演じて若気分を盛り上げてもくれる。しかも彼が両親から怒られずに済むようサポートし、彼とお友だちとの関係にも気を配り、いろいろうまい具合に整えてもくれているのだ。
 おれはいいけらいをえたものだ。
 不知火一族の当主である母が寝物語に語ってくれる創作話、『不知火藩主・仙火之介の暴れ統治!』のセリフを胸中でしみじみ噛み締め、仙火はニンジャカラー(紺色)のパジャマをバっと脱ぎ捨てた。
「さむぅぃぃぃぃぃ!!」
 そんな若の有様を無機質な目で見守りながら、楓はやれやれと思うのだ。
 わかはほんとにぽんこつで、ほうっておくとすぐしんじゃうから。わたしはもっともっとしっかりおせわしなくちゃ。
 絶対に死なせない。仙火が幸せに、楽しく暮らせるよう力を尽くす。その意志は楓にとってなにより大事な誓いだ。なぜなら仙火は「だいじょうぶ」の大恩人だから。

 後に思えば、これこそが初恋というものだったのだろう。
 だとすれば、僕はずいぶんといじましくて、かわいらしいんだね。だって今も――


 仙火といっしょに朝ご飯をいただき、保育園へ出かける支度を手伝って、送迎バスの乗り場へ向かう楓。お世話役見習いの心得として仙火の斜め後ろにつき、そこから八方へ警戒の目をはしらせるのだが。
「しゃべりにくいだろ。となりこいよ」
 仙火に手招かれ、となりへ並ぶことになるのだ。毎朝繰り返される、ひとつのルーティンワークである。
「でも、これだとわかをまもれない」
「だいじょうぶだ」
 困り顔の楓に仙火は元気よくかぶりを振ってみせ、
「おれがおかえをまもる!」
 もう1年以上も前のこと。楓が今ほど仙火への思い入れを持っていなかった頃に、彼はよく知らない場所に行き、知らない女の子と遊んだのだという。
 聞かされたときは作り話だろうと思ったし、彼からもらったチョコレートはとてもおいしかった(ように思う)ので、あまり気にしていなかったのだが……あれから仙火は少し変わったのかもしれない。
 修行へ積極的になっただけでなく、なんというか視界が広くなって、他人のこともよく気遣えるようになった。その理由を問えば『あいつにまたあったとき、おれはちょうせいぎのにんじゃまんになってねーとだめだから!』。
 サムライ戦隊ニンジャマンは、ひとりの女の子との出遭いによって超進化を遂げたのだ。楓の知らない、どこなのかも知れない夕暮れの公園で。そして1年の後、恐怖の淵へ沈みゆこうとしていた楓を鮮やかに掬い、救いあげた。
 そのことがなぜか、たまらなく腹立たしい。とにかくその女の子に会って、仙火とどれくらいなかよしなのかを知りたい。
 だからこそ、仙火といっしょに何度もあの穴を潜ってみたのに、出られるのは普通に塀の外というだけで。あげく一族の者に見つかり、怒られた上に穴をしっかり塞がれてしまった。
 なのに、仙火は惜しむことなく言ってみせたのだ。
『ぜったいあのばしょみつけて、あいつとまたあそぶ』
 まっすぐ言い切られた楓の心境は、嵐のひと言である。
 今ならそれが拙い嫉妬であることに気づいたはずだが、いくら早熟とはいえ、立派な大人ですら持て余す複雑な心情を自覚するには幼すぎて。
 とりあえず昼寝中の仙火のほっぺたを執拗につついて邪魔したことについては、正直反省している。
 ――と、余談はこのくらいにしておこうか。
「わか、おかえはやめて。ふつうにおまえでいい」
 そう。「おかえ」は言い間違いではない。楓を江戸時代よろしくふた文字に縮め、尊称である“お”をくっつけた呼び名なのだ。
「りすぺくとだ。おれ、おまえのことだいじだから」
 てらわず言えるのはまさに当主の教育の賜物だろう。仙火が「言わなければ伝わらない」と繰り返し教えられていることは当然、楓も知っている。
 そういうところだよ、わか。
 浮き立つ心をあわてて吸い込んだ息で押さえつけ、楓は心を引き締めた。
 正義を愛し、誰に対しても隔てなく接する仙火は密かな人気者だ。しかし、「せんかくんやさしー」とか言って近づいてくる女子は、たった今仙火の味方であっても少し先には最悪のアンチになりかねない存在だ。そういう女子は自分の思った通りじゃないと、すぐにキレるから。そんな輩を自然に遠ざけるには、相応の手管が必要となる。
 わかはみんなににんきなぽんこつでいて。めんどうはぜんぶわたしがひきうけるから。

 楓はとなりでまた、なにかを企んでいるようだ。
 気づいていながら仙火がなにも言わないのは、楓に世話を焼かれている弱みがあるからというだけのことではない。企んで暗躍するのが楓の趣味だから、邪魔しないようにしているんである。
 おかえはあくだいかんだからなー。
 悪代官の評はもちろん正しくないし、無理矢理当てはめるなら悪商人のほうなんだろうが……ともあれ誰かをそのままに受け容れようとする仙火の姿勢は、少なくとも彼が目ざす正義の有り様としては正しい。
 ちなみにこのあたりの悟りっぷりが、後の恋愛事情の残念さへ繋がるし、彼に数々の残念をもたらす最大の原因、すなわち楓という“邪魔”の有り様を磨き上げていくことともなるのである。ようするに、彼の思春期の残念はこのときすでに確定していたわけだ。いや、ここはひとつ、若としての甲斐性はこのときすでに開花していたのだ、と言い換えておくとしよう。


「ひじー、にんじゅつおーしえてー」
 保育園から帰った仙火が今ひとつな礼儀をもって訪れたのは、前当主である曾祖父の家である。
 かくて出迎えることもなく、家の奥から返ってきた“ご隠居”のセリフは。
「こーとーわーるー」
 あまりにも相変わらずな有様である。
 しかし、拒否されたくらいですごすご帰るような仙火じゃなかったし、ましてやとなりには楓がいる。
「じゃあ、このことはごとうしゅにいいつける」
「見習いまでいやがるかよ!? せっかく隠居したってのに、毎日毎日面倒ばかりよなぁ」
 それはもう渋々と出てきたご隠居は、勝手に上がり込んできた仙火と楓を渋々と居間へ通し、渋々と盤を置いて。
「あんまりぬしらが面倒ばかり言うからよ、作ってやったぞ。“たのしいたのしいしのびしょうぎ(たいしょうねんれい4さい〜6さい)”をよ!」
 本来の「忍将棋」は、不知火の子へ忍の基礎をゲームの中で学ばせるためにご隠居が作った、軍人将棋の忍版である。通常、小学校へ上がった頃からあてがうのだが、しかし。
 字が書いてあるばかりの駒ならぬ、凧を掲げた忍やら忍刀を振りかざした忍やらの、見ただけで特性がわかる駒と、撒菱やら崩れた壁やらといった、駒がもたらす効果を示すオブジェクトの数々。正直、ものすごく楽しげだ。
「ちょうかっこいい……!」
 目を輝かせる仙火に満足げな笑みをうなずかせ、ご隠居はそっと立ち上がる。
「こんだけのもんがあるんだ。好きに遊んで学んでいけ」
 と、去り行こうとするご隠居の袖をはっしと掴み止めたのは楓だ。
「これ、ルールとかよくわからないし、つくったひとがちゃんとおしえてくれないと。それに、あそびながらじゃないと、わかがあきるから」
 まだ5歳にもなっていないはずの幼女に痛いところを突かれ、ご隠居はしわしわの眉根へさらに皺をよせた。器用貧乏の娘っことは思えんな、この濃やかさと細やかさは。
 そうして仙火対楓の忍将棋対決は始まったのだが。
「わか、そこに“けむりだま”をおかれたらわたしはこまるよ?」
「ここか? わかった!」
「あ、そこじゃなくてもういっこひだり。あー、こまった。わたし、まけちゃうなー」
 仙火を勝たせてやろうと奮闘する楓の演技力の低さに、ついツッコんでしまうご隠居である。
「ぬし、芝居が苦手過ぎるな」
「なぜそんなことを!?」
 前述の通りなので、なぜもなにもない。
 そしてまったく楓の意図に気づかないぽんこつ、いや、仙火は。
「おかえはなんでおこってるんだ?」
 怒っているのではなく困っているので的外れだ。
「見習いはよ、ぬしにわざと負けてやろうとしておるのさ。さすがに気づいてやれよ」
 仙火はびっくりと見開いた目で盤、ご隠居、最後に楓を見て、
「よくわかんねーけど、おれがかつのはうれしい」
 負けず嫌いは男子の性。とはいえそれをここまで素直に押し出せるのはまあ、器であろう。だが、それにしてもだ。
「ごいんきょはわかをみくびってる。わかはちょうぽんこつだよ?」
 したり顔でうなずく楓もまた楓である。
 ご隠居はため息をひとつ漏らして彼女へ言ったものだ。
「芝居は大根だが、ぬしに才覚があるのは間違いない。――見習いから本当の世話役に上げるよう言っておく。ぬしでなくばひ孫の世話は務まるまいしよ」
「おきづかい、いたみいる」
 数日後、楓の肩書きから見習いの文字が外された。とはいえ別になにが変わったわけでなく。今まで通りの有り様ではあるのだが。
 ただし、このことは一族内に大きな波紋を拡げる。ご隠居のひと声で正式な世話役が次期当主の筆頭候補についたのはすなわち、ご隠居が仙火と、そして楓の後ろ盾についたとことと同義だからだ。
 それを知りながら彼が話を押し進めたのは、概ね気にするのが面倒だったからに他ならない。その中に微量、仙火と楓なら先々までうまく付き合っていけるだろうとの読みが含まれていたことも事実なれど。


「きょうもいそがしいいちにちだったな」
 本家の前までついてきた楓に、仙火はなにやら疲れた顔で言った。
「あしたもいそがしいよ。だからよるねないとかいわないで、ちゃんとねてあさおきてね」
 水に浸すと溶ける紙で作ったスケジュール帳をめくり、楓は明日の仙火の予定を確かめる。保育園で3つのグループと遊ぶ約束が入っているので、時間管理には一層気を配る必要があった。
 それを見た仙火はいつにない複雑な表情を作り、
「おれ、ほんとはあそびたいやつがいるんだよなー」
 それはきっと、例の女の子のこと。
 まだ、拘っているのか。まだ、忘れないのか。ずっといっしょにいる楓より、たった一度会っただけの子がそれほど気になるのか。
 ぎちぎちと尖った声音で、楓は仙火を叱りつけた。
「わかにそんなひま、ないよ。スケジュールいっぱいいっぱいなんだから」
「そんなのまたこんどにしたらいいだろ」
 あきらめない仙火を今度こそどなりつけてやろうと、楓が息を吸い込んだそのときだ。
「おれ、おかえとあそびたい」
「え?」
 目を丸くした楓に、仙火は顔いっぱいの笑みを向けて、
「おかしいっぱいもってな、いっしょにな、いっぱいあそぼうぜ!」
 呆然としたまま、楓はスケジュールに大きくバッテンをつけ、そのページをバリっと引き剥がした。それでもう、明日のスケジュールは丸空きだ。
「ほいくえんにいったらわかがわるものになるから、おやすみしよう。そしたらずーっとあそべるよ」
 そうと決まれば両親に理由を話して、本家へ了承を取ってもらわなければ。病気だと嘘をつけば遊びに行けなくなるし、正式なお世話役となったお祝いに1日くれと言えば、聞いてくれるはず。
 だって、仙火はあの子でもおまえでもない、おかえと遊びたいと言ったのだ。応えたい、全力で。
「じゃあ、ぼうけんいこうぜ!」
「しょうち!」
 ふたりは指切りをする。
 果たして明日、最高の再会を果たすためにしばし別れるのだ。


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2021年01月04日

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