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『機械少女は『永遠』で』
V・V・Vla0555

 実戦でも使う武器を手に、素振りをする。
 何億回素振りをしたところで、その細い腕に筋肉が付くことはない。
 なぜならV・V・V(la0555)の両手は鉄で、彼女はただのロボットだから。
 ではなぜ素振りをするのかというと、シミュレートを繰り返すことで演算の最適化を図る為、いわゆる頭の体操で。
 延々と素振りをする――グロリアスベース内の訓練場、気付けば鍛錬をしていたのはファオドライだけになっていた。ピタリと動きを止めて見渡せば、「お疲れ様ー」「疲れた〜」なんて笑い合う人間らの姿が見える。汗をかいて、「筋肉痛になるかも」なんて言って、水分をとりながらシャワー室へ向かっていく。
 ファオドライは自らの体を見下ろした。鋼の体は汗一つかかず、痛む筋肉もなく、そもそも痛覚がなく、水分も要らず、発汗も代謝もないのでシャワーも要らない。

「――……、」

 少し前まで――
 鍛錬の後、人間のようにスポーツドリンクを飲んでいた。「人により近く」がコンセプトで造られた彼女は少量であれば飲食ができるから。
 そして、人間の様にシャワーを浴びていた。温かいシャワーを浴びるのは気持ちがいい、と人間が言っていたし、シャワーを浴びるのはとても人間らしい行為だと思ったから。
 温かな水を浴びる感覚、もこもことシャンプーを泡立てる感覚、スポンジで肌を洗っていく感覚。シャワーの後に冷えたスポーツドリンクを飲む感覚。喉を水分が通っていく感覚。最初はそのひとつひとつに喜んだ。『人間』のように生きるとは、喜びと発見に満ちた、玩具箱を開ける高揚感を伴っていた。己の中に世界を広げる為の視野を取り入れる『進化』であると――そんな風に考えていた。

(――なんて子供じみた、脳天気で楽観的な)

 苦難を予想しなかったわけではない。けれど前向きに、できる最善を尽くせばどうにかなる、努力は報われ幸せが約束される、清廉でいればいつか願いは必ず叶う、そんな花園のようなことを思っていたのだろう。
 ずっと――目の前の課題に、力を尽くすべく駆け抜けてきた。がんばれば、皆が喜んでくれた。がんばれば、きっとよくなると信じていた。
 ファオドライは走り続けてきた。走って、走って――未来の為に戦って、人間の為に尽力して、侵略者を退散せしめて――

(でも、我のその先は?)

 目的の為に造られるのが『道具』。
 では、その目的が果たされたら?
 廃棄される? あるいは道具箱にしまい込まれる?
 要らなくなって、飽きられて、捨てられて、忘れられて――終わり?

(戦いのなくなった世界に、我はどう立てばいい?)

 少し前から、そんな不安がずっと心に渦巻いていた。
 暗くて黒い闇に沈んで、抜け出せないまま、なくなっていくような、ガランドウ――。
 うつむいた視線の先、黒斧デザイアアックスが握られている。その名には「欲望」を冠していた。

(……欲望、か)

 ひとつ、皮肉に笑んだ。

(我の欲望は、――……)

 きっと、人間からすればくだらない、他愛もないものだろう。
 斧を引きずり、ファオドライは訓練場から立ち去る為に歩き出した。昔は訓練場ではトレーニングウェアに着替えていた。今はいつもの服のままだ。実戦でナイトメアと戦う時の。最近はずっとこの服でいる。眠らないから寝間着に着替える必要もない。常在戦場だ、と言えば聞こえはよかったし、みんな納得してくれた。「ファオドライはいつも笑顔で元気だから」、その真意に気付く者は誰もいなかった。

 街を一人で歩いていく。
 快勝のニュース。
 人間はナイトメアに勝利した。
 未だ残党あれど、世界は平和になっていく。
 喜ばしいことだ。ファオドライだってその戦いに誠心誠意、貢献してきた。
 良かったな。努力が報われたじゃあないか。
 がんばったからこうなったんじゃあないか。
 喜ばしいことだ。笑わないと。
 良かったね、って言わないと。
 世界は幸せで満ちているから。

 ふと立ち止まった。戦いが終わって、平和な世界で共に生きようとプロポーズをしている男女を見かけた。
 男からの告白に、女は涙を浮かべて頷いて、そして抱き合った。
 大団円、幸せな光景、煌めく指輪。
 ……邪魔しては悪いから、そそくさと立ち去る。

 あの二人だけではない、多くの人間が心に決めた番と添い遂げていた。
 きっと平和な世界で、平和な幸せを築いていくのだろう。
 結婚して、きっと子供が生まれて……。

(結婚……か)

 道端に結婚雑誌が落ちていた。開かれたページは泥で汚れて湿って――白いウエディングドレスの写真もまた、みすぼらしく汚れてしまっていた。
 なんとなく、ファオドライは通り過ぎることができなくて、雑誌を拾い上げる。泥水を吸ってぶよぶよになった汚らしいその真ん中、綺麗なウエディングドレス。華やかなレースと、たおやかなベール。モデルの美しい微笑み。

「……いいな、『お嫁さん』」

 ぽつんと呟いた。機械の目を細める。女の子の憧れの一つ。
 泥で汚れたページの花嫁で、ファオドライはウエディングドレスを着る自分を想像する。真っ白で、綺麗で、眩しくて、花で飾られて……。

(一度でいいから……着てみたいな……)

 目を閉じて、開いて。
 道路上にあったゴミ箱に、ウエディングドレスの雑誌を捨てた。
 泥で汚れた掌を見る。

(……子を成す事もできない機械人形は、生命を残す役目も果たせないけれど、そんな未来も――)

 あるのだろうか。
 自分に許されるのだろうか。
 ……在り得ざるゆえの、叶わぬ憧憬なのだろうか。

(もしも……普通の女の子なら、我も誰かと番えたのか?)

 思い浮かべる知人達。ずっとよい友人でいられると思っていた。いや、実際みんないい人だ。なのに自分ばかり、置いてけぼりにされたような気持ちがする。苦くて辛くて、とても虚しい。相手に落ち度がないだけに、彼らの幸せに勝手に心を陰らせる自分が気持ち悪い。自己嫌悪とどうしようもない憧憬。手を伸ばしても伸ばしても届かない。救いも報いもない、無間地獄。

(人とは、こんな処理困難なぐちゃぐちゃな感情を宿して生きているのか)

 知らなければよかった。
 機械のままでいられたら、どんなに良かったことだろう。

 遠く、西日が見える。今日も日が沈んでいく。世界はまた一つ老いて、ファオドライはそのままだ。
 眩しくて目を細める。こんな時でも太陽は直視できないほど眩しくて、世界を独り善がりに染めている。

「――ふ、」

 せめて笑顔でいよう。
 そういう『ファオドライ』を、人が望むなら。
 笑っていよう。夢も希望も全部全部、噛み殺して。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
ロボットの哀愁、大好きです。
ファオちゃんが幸せになれますように……。
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グロリアスドライヴ
2021年01月06日

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