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『からくれなゐに契りを結ぶ』
珠興 若葉la3805)&珠興 凪la3804

 それはふとした、いつもの日常。珠興家で過ごすある休日のことだった。
「凪は誕生日、何かやりたい事とかある?」
「やりたい事?」
 皆月 若葉(la3805)の言葉に珠興 凪(la3804)は小さく首を傾げる。次の誕生日は20歳になる日、つまり凪が酒を飲めるようになる日でもある。その日には依頼の折に譲ってもらったワインを開けるつもりであった。互いを支えながらブドウ踏みをしたことはいい思い出である……が、開けるワインは自分たちが協力して作ったものではなく、その後に工房の者たちが言い出した「11月に飲むためのワイン」だ。
 本当は作った者を少しばかり分けてもらう予定だったのだが、作り手としても祝いの日にはより美味しいワインを飲んでもらいたかったのだろう。結果的には手伝ったワインとは別で数種類のブドウを絞り、苦みの少ないワインを頂いたのである。彼らの話ぶりからすれば、丁度良い具合に飲み時だろう。
 そんなわけで、ワインを開けるのが夜。ならば日中はそれなりに時間が空くのである。
「うーん……あ、紅葉は見たいかな。秋の匂いがして好きなんだ」
「紅葉だね。他にはある?」
「他に……普段できない特別な事がいいな、とは思うけれど……」
 そこで凪は言葉を濁してしまう。濁した先が決して悪いものでないということは、凪の視線を受ける若葉にならしっかり伝わっていることだろう――あんまりにも幸せそうに、微笑まれてしまったことだから。
(若葉は隣にいてくれるし)
 それが当たり前ではないのだと、凪は知っている。だからそれが最も特別な事だとも、凪は分かっている。故にそれ以上の特別というものは中々思い浮かばない。
「特別な事かぁ」
 彼の微笑みを向けられた若葉はくすぐったそうに笑ってから、それでも凪の願いを叶えるべく思案を巡らせ始める。その横顔を見てふと凪の頭をよぎるのは新しい指輪――だけれども。
(それは卒業後、だからね)
 プロポーズ自体は凪から済ませている。婚約も既に済んでいる。しかし入籍自体は卒業後という話になっているし、この誕生日に強請るべきものではない。
 そう、思っていたのに。
「凪」
 彼の視線を自らへと向かせた若葉は、にっこりと笑って告げた。

「じゃあさ……結婚しちゃおうか?」

 ぽかん、とその言葉を聞いた凪は「若葉?」と呟く。その瞳をまん丸にして。
 若葉はずっと考えていたことがある。きっかけはワインを作ったあとに参加した依頼、厳しい戦いで重症者も少なくなかった依頼の中で凪もまた重体の傷を負ったことだった。一時期は車椅子での生活をしていたこともあり、若葉は身体が不自由な間よく助けていたのだけれども。
(生きているからこそ、できたことなんだ)
 凪も、もちろん若葉も。
 これから節目を迎える戦いも迫ってくることだろう。そうなれば必然と厳しく激しい戦闘は多くなり、無事に戻れる保証もない。故に、思うのだ。
「この先、何があっても凪と共に歩んでいきたい……その想いを形にしたいんだ」
 真剣な瞳が凪を射抜く。思わず頬に朱を散らして顔を逸らした凪だが、その頭に元より迷いはない。若葉の大きな想いを受け止めきって、凪は溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
「僕も、若葉と歩んでいきたい。これから、何があっても」
 凪の笑顔に若葉も笑みを零す。この先に何が待つかはわからないけれど、それでも今ここには幸せのみが満たされていた。

 そして迎えた凪の誕生日――入籍の日は、澄んだ秋晴れの空だった。
 降り注ぐ日差しは温かく、されど風は冷たさを纏って2人の体を撫でていく。互いを温め合うように指を絡ませ、繋いだ若葉と凪の足が向かうのは当然役所。婚姻届を出した2人は事務員から祝いの言葉を受けて微笑んだ。
「「ありがとうございます」」
 これで晴れて夫婦となったわけだが、まだそれを噛み締めるのは早い。役所を出たら次は指輪を受け取りに行く。さりげない装飾のついたシルバーの指輪を受け取った2人は、店を出ると互いを見て嬉しそうに笑った。
「ふふ、これで珠興若葉だね♪」
「珠興若葉……かぁ。ふふ」
 嬉しそうな凪の言葉を反芻して、若葉も小さく笑う。ずっと名乗ってきた皆月の姓に全く愛着がないと言えば嘘になる。けれども今はただ、愛する人と同じ姓を名乗れると言うことがただただ嬉しくて、幸せで。
(この特別な気持ちをなんて表したらいいんだろう)
 自分の姓を愛する人が名乗ってくれる――凪もまた若葉と同じ思いだった。幸せな事は確かで、けれどそれを言葉にしようとするとなんとも難しい。想いは今にも溢れてしまいそうなのに。
「あ、ねえ凪! あそこで指輪を交換しない?」
「あそこ……椛の木?」
 若葉に促されるままついていった凪は大きな木を見上げる。秋空に紅色が良く映えて美しい。その下で2人は先ほど受け取った指輪の小箱を出し、そっと開ける。
「凪……手を」
 まずは、若葉が。指輪を手に取ると凪の手を下から掬い上げる。自らの薬指に指輪が近づく様を、凪は頬を椛にもまけぬ赤にして見守った。心臓の音が早く、大きくなっていく。それが薬指の奥まではまると凪はそっと若葉へ視線を向けた。
「次は、僕の番」
 凪の指が残った指輪を台座から外す。そして若葉の手を自らがされたように掬い上げると、若葉は頬を紅潮させながら頷いた。震えそうになる手を叱咤して、指輪を若葉の薬指へゆっくりはめていく。じっくりと時間をかけて行われた、2人だけの指輪交換は終始静かなもので。それは終わりを告げるような2人分の吐息も互いに聞こえてしまうくらいだった。
「これからもよろしくね、凪」
「うん……これからもずっと、よろしくね」

 健やかなるときも、病めるときも。
 喜びのときも、悲しみのときも。
 富めるときも、貧しいときも。

 そんな宣誓をするような聖職者はいないけれど。それでも目の前の人のためならば、いつだって誓えるだろう。まだ平穏無事な世界は確約されていないけれど――この指輪が、そしてこのひと時が諦めない力になる。

 同じ未来を見つめる2人へ――まるで祝福するように――紅葉が風で舞い踊った。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 お待たせいたしました。秋のひと時をお届けいたします。
 こうした大切な時間をお任せ頂いてとても嬉しいです。『大切な思い出』をこれからも紡いで頂けますように。
 気になる点などございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。
 この度はご発注、ありがとうございました!
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2021年01月07日

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