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『笑顔の花が、また咲き誇る』
ラシェル・ル・アヴィシニアla3428

 今日の天気は、晴れだったはずだ。今朝確認した時も、天気予報のアプリには太陽のマークが表示されていたし、雨が降る予定なんてものは存在しなかった。
 だというのに、ラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)の上に、突然それは降ってきた。
 予報はなかったが、気配には気付いたので、受け止める事は容易い。予告なく降ってきた『それ』は、ラシェルが自分を優しく受け止めてくれる事を知っていたとばかりに、我が物顔で彼の腕の中で鳴くのだった。
 雨ではない。ふわふわしていて、黒くて、ちょっとだけ白い、そんな生き物。
「タマさん」
 ラシェルの腕の中で、名を呼ばれた『それ』は「にゃあ」と返事をする。塀の上を闊歩していた見知った野良猫は、眼下を歩いていたラシェルの姿に気付いて、勢いよく飛び込んできたらしい。
 タマさんは野良猫であるが、大切な家族の一員だった。ラシェルの日常の中に、この愛らしい白靴下の黒猫は、なくてはならない存在だ。
 ぽんぽん、と慣れた手付きで青年はそのふわふわとした頭を撫でる。まんまるなタマさんの瞳が、じっとラシェルの方を見た。両者無言で見つめ合う事、数秒。
(……何か、伝えたい事があるのだろうか?)
 そう気付いたラシェルが、口を開こうとした瞬間、タマさんは突然腕の中を抜け出して走り出す。
 家族だから、なんとなくタマさんの言いたい事が分かる時がある。
(タマさんも、もしかして同じなのだろうか?)
 ラシェルがタマさんの考えに気付いたように、相手もまた、ラシェルが自分の意図に気付いてくれた事を察したのかもしれない。
 ラシェルなら着いてきてくれると信じてくれているのか、振り返る事もなくタマさんは走って行く。
 やがて、辿り着いたのは人けのない公園だ。いや、タマさんの目当ては、この公園自体ではなく、そこに座り込んでいた一つの小さな影なのだろう。
 少しだけ擦りむいた膝。お使いの帰りなのか手には袋を持ち、所在なさげにしゃがみこんでいる少年は、どうやら迷子のようであった。
 タマさんの姿を見て安堵し表情を緩めた幼い少年は、けれど、その背後にいたラシェルを見て固まる。
 ラシェルは、どちらかというとあまり愛想の良い方ではない。
 優しく笑う妹や、親身に接してくれるであろう友人達が居れば良かったのだが……あいにく、ここに居るのはラシェルだけだ。それでも、今にも泣き出しそうな少年を、放っておくなんて出来るはずもなかった。
「迷子なのか?」
 知らない青年に話しかけられ戸惑っていた様子の少年だったが、野良猫がごろごろと彼の足にじゃれ始めた様を見て、ラシェルへの警戒は少しだけ解けたらしい。恐る恐るといった様子だが、彼は小さく頷く。
 少年が持っていた袋には、迷子札がつけられていた。それを頼りに、ラシェルは彼を家まで送り届ける事にする。
「泣かずに頑張って、偉いな」
 ぽつりと呟かれたラシェルの言葉に、少年は言う。だって、お兄ちゃんになるから、と。
 もうすぐ、妹が生まれる予定なのだという。迷子になったのも、生まれてくる妹に何か贈り物をしたくて、初めて一人で買い物に出かけたせいだったようだ。
 ラシェルにも、妹が居る。誰よりも大切な妹。彼女が喜ぶために、何かをしたいと思う気持ちは痛い程によく分かった。
「いい兄になれるよう、頑張ろうな。お互いに」
 兄であるラシェルから、兄である少年にそう告げる。年も背格好も、生まれた世界も、生きていく道も違う。けれど、妹を思う心においては、二人に違いなどありはしない。
 泣くのをこらえて真っ赤になった瞳で、それでも、ラシェルがその日出会った小さな兄は、力強く頷くのであった。

 ◆

 夜明けのような優しい紫色に染まった瞳は、手元にあるスマートフォンをじっと見つめている。その真剣な表情に、近くに座っていたタマさんも、わざわざ礼儀正しく座り直した。
 ラシェルの視線は、先程からスマートフォンに保存されている写真と、部屋に置かれたフォトフレームを行ったり来たりしている。
 先日、迷子になっていたところを助けたお礼にと、その子供から手作りのフォトフレームをプレゼントされたのだ。
 白い花が象られたフレームには、妹や友人によく似合いそうなデザインだった。
 早速、今まで撮った写真の中からフレームに入れる一枚を選ぼうとして、アルバムやスマートフォンに保存された写真を確認し直しているのだが……。
「……参ったな」
 決まらない。思っていた以上に、難航している。何せ、良い写真が多すぎるのだ。
 四角く切り取られた世界の中で笑う妹や友人達は、どれも眩しいくらいに楽しそうで、たった一枚を選ぶ事なんて出来ないのである。
(ああ、これは……懐かしいな)
 それに、どの写真にも相応の思い出が詰まっていて、その都度ラシェルの意識を当時まで引き戻して、彼の手を止めてしまうのだ。
 妹とツーショットで撮った写真を見ながら、ラシェルは思い出に浸る。名残惜しい気持ちになりながらも次の写真に移り、そしてそこでもまた、彼の手は止まった。
(この写真を撮った日の事も、よく覚えている)
 写真の中で咲き誇る、妹や幼馴染と一緒に作って交換し合ったハーバリウムを見て、ラシェルの纏う雰囲気が更に穏やかなものへと変わる。写真の中に写っているものと同じハーバリウムは、今も彼の部屋に美しく佇み、日々ラシェルの心を癒やしてくれていた。
 中には、ラシェルが撮ったものではない、友人が撮影し送ってくれた写真もあった。みんなと一緒に楽しい一日を過ごした後、撮った写真を見ながら和気藹々と語り合った事も大切な思い出だ。
「ほら、お前も写っているよ」
 温かな気配がすり寄ってきたので、タマさんが写っている写真を相手に見せると、黒猫は興味深げにそれを見つめた後、「にゃあ」と一声鳴いた。お気に召したようだ。
 先の方だけ白い前足が、ぽんぽんと器用にスマートフォンの画面を叩く。
 他の写真も見せて、と催促しているかのような仕草に胸中で苦笑しながら、ラシェルは指をスライドさせ、次の思い出をディスプレイに表示させるのだった。

 いつの間にか、日は暮れかけていた。出かけていた妹が、そろそろ帰ってくる時間だ。
 写真は、結局決まっていない。ぽんぽん、とまた、ラシェルの視界の端で白と黒のふわふわが動く。
「もうスマートフォンの写真は、全部見たはずだぞ」
 だが、その手が示しているのは次の写真ではなく、カメラ機能を起動するボタンだった。
 タマさんの言いたい事が分かり、ラシェルは苦笑する。
「そうだな。今日もまた、撮ると思う」
 妹が帰ってきたら、一緒に友人に会いに行く予定だ。きっと、今日の事もまた、写真の中に収める事になるだろう。
 写真は記録だ。ラシェルがこの世界で送った、温かく楽しい日々をそのまま切り取り、彼の手元に残してくれる記録。
「タマさんも行くだろう? 一緒に写ろう」
 ラシェルは出かける支度をするため、立ち上がる。彼の手の中にあるスマートフォンと共に、白椿が揺れた。
 絆は、また写真として記録され、ラシェルの心に褪せぬ思い出として記憶される。
 ますますフレームに入れる写真に悩む事になりそうだが、それは幸せな悩みかもしれないな、とラシェルは思った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
家族思いで優しいラシェルさんの姿を書きたいな、と思ったため、今回はこのような感じのお話にいたしました。
少しでもお気に召すお話になっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびは、おまかせノベルという貴重な機会をくださり、誠にありがとうございました。
またいつか、どこかでご縁がございましたら、その時は何卒よろしくお願いいたします。
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月07日

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