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『手のひらから零れ落ちるものと掬えるもの』
珠興 若葉la3805

 不意に会話が途切れた瞬間、唐突な寒さを感じた。白い息は闇に溶けて、真上を見れば電灯に羽虫が群がる光景が見える。今だけはその生命の強さ、逞しさを感じられるのだから不思議だ。遥か頭上の、仄かながら月光が降り注ぐ夜空には淡く星々が瞬き、また平時であれば飛行機が放つ明かりも見られたのでだろう。とそんな風に現実逃避をしてしまったのは、普段は苦にならない沈黙が今は息苦しく思えたせいでつい逃れるようにあのね、と呟くまではよかったが、先程まで考えていた話題の切り出し方も頭からすっぽ抜ける始末。或は画面越しに顔を見て話していたのなら素直で判り易いと言われる顔つきで相手も大凡察してくれたのかもしれない。けれど耳で聞く行為だけでは叶わずひたすらに気まずい静けさが自身を包んだ。そしてどれ程の時間が経ったのか。結局先に話したのは向こうの彼だ。言葉は最早彼自身がここに今いて、顔を見ているかのようだった。昼行動を共にして一部始終を見てきた気さえもするのだから、また違った意味で脈拍が煩いのに気付いた。それと同時に張り詰めた糸が解け、無理矢理な微笑が自然なものに変わる。緩む涙腺を隠したくて音は小さめにと心掛け洟を啜ったもののそれも筒抜けだったかもしれない。誰も見ていないのは解りつつも影に隠れるようにして暗がりの中、皆月 若葉(la3805)は静かに泣き笑った。
「うん、ありがとね。なるべく早めに帰るから心配しないで待ってて」
 ちゅ、と控えめだがリップ音を鳴らしてから自分の行為を自覚して恥ずかしくなった。それは電話口の彼も同じだったようで逆に笑い声が出そうになる。彼は明日も学校だからと、話を長引かせるのも気が引けて適当に切り上げおやすみの挨拶で通話を終了し、これまでスマホを持ち上げていたせいというよりもおそらくは昼間の戦いが原因だろう腕の痛みを感じながら若葉は一つ深呼吸した。鋭い夜気が喉を焦がすように忍び込んでは決して記憶を忘れさせるまいとでもするように痛みに変わった。夜の暗さに飲み込まれそうになる自分を鼓舞する意味も兼ねて何度か頬を叩き、気を引き締めて若葉はこの街の住民が避難している学校の体育館に戻った。

 インソムニアの攻略が大詰めになった今でも成態のナイトメアであれば、散発的に出現し都市部を襲撃し続けている。今回若葉が参加したのもそうした珍しくもない任務だったが、一方その被害は計り知れず追い立てられるように住民の大半がここに避難してきたのだ。大失敗だといって差し支えない結果を生んだのは自分たちライセンサーではなくて一体何処で襲撃が起きたか伝達に行き違いがあり、駆け付けるのが遅くなったことが原因だったが、それは住民らには関係のない話である。これまで若葉が受けた任務も一筋縄で済んだことなどなかったが、ここまで被害が大きいのは初めてで戦いの際にも心を乱された部分は否めない。住民の避難は完了していた為に人的被害が少なかった分マシではある。といっても、家に帰れる人が少ないことに変化などなく、罪悪感じみた思いがあるのか自分でも解らないがナイトメアを倒してはい終わりと帰る気になれず居残ると決めた。
(だって人を助けるのがライセンサーの意味なんだから――)
 それこそ、国や世界丸々を救うなんて大それたことが自分に出来るとは思っていない。出来るとすればそれはこの目に映る範囲全部を守ることで、それで充分だろう。イマジナリードライブへの適性を活かして、朝からあくせくと肉体労働に励んだ若葉は漸く人心地ついた。もし今が夏であれば木陰が丁度いいだろうが冬なら逆に日光が射しているほうが暖かいので居心地がいい。薄ら滲む汗を拭っていると視線を感じ若葉は周辺を見回した。すぐにその相手が誰なのかも判る。
「どうしたの? 君、迷子?」
 木の影に身体を隠し顔だけを出してこちらを見ているのは十にも届かないだろう年頃の少女だった。瞳は純粋無垢に言葉を言い換えればまるで珍獣でも見るような眼差しを向けていて、いい気は勿論しないけれどそれを表に出さずそう尋ねて、何だか年寄り臭いなと言った後には思いつつもよいしょと呟き立ち上がる。ライセンサーは身体能力が高いものの体力には限界があって動くと身体全体が軽く軋む。少女は怯えて逃げ出すのかと思いきや、むしろ、引っ込めていた身体を出して、ちょこちょこという表現が似合う軽い足取りでこちらに歩み寄ってくるものだから、少し疲れが癒されて笑みが浮かぶ。ただし両腕を隠すところが気になるが。
「迷子じゃないもん」
「うん、そっか。なら大丈夫だね」
 彼女が目の前に来たところで膝をつき目線の高さを合わせればその可愛らしさに微笑ましい思いで一杯になった。そのまま話を聞くと、どうやら少女も自宅を失った人たちの一人らしくつきりと胸が痛むのを強く感じた。連絡の不備を責める気もなく、どうしようもないと解ってはいる。けれどもし戦闘の最中に、知らず知らず自分の行動が影響し失われたのだとしたらだなんて、たらればでしかない話が脳内に浮かんでしまうのだ。
「どこか痛いの?」
 自分が顔を伏せているのに気が付いたのはそう言う少女に頭を優しく撫でられたから。痛いの痛いの飛んでいけと口にされたわけではなかったがそんな幻聴が聴こえるくらいに繰り返し往復して若葉の赤毛を乱してくる。子供特有の少し乱暴だが下手な同情も微塵もないような、酷く無遠慮な手つき。不覚にも泣きそうになり、それで己の心が弱っていることに気が付く。
「いや、ちっとも痛くないよ。ちょっと疲れちゃっただけで」
 物語の主人公みたいに超人的な力を発揮出来るわけではないと知っているのに自分の手には余る最良の結果を求めもがき苦しんでいる。きっとそれ自体は悪くなどなくて、成長する為に必要なことなのだろうと思う。要はバランス感覚なのだ。考え過ぎず思考停止もしない。心を丁度いい形に保てることは途方もなく難しいだろう。何か納得出来たようで少女の手が頭から離れた。漸く若葉も、顔を上げて彼女を見返す。すると、先程まで背に隠されていた両腕が当たり前ながら見えて、頭を撫でていた手とは逆だろうそれに、ある物が握られているのが見えた。視線に気付いたらしい少女が自分の手元を見てそして若葉の目の前に、それを差し出してくる。
「あげる!」
 幾つか乳歯の抜けた口を目一杯に開き少女が渡そうとしてくる物を両手で丁寧に受け取る。くしゃくしゃに丸められているその紙は、彼女からの視線を感じつつ開くと一枚のイラストとなっていた。子供の描く物なので、ぱっと見で理解をするのは難しい。しかし人の顔が描かれていて、かつ髪と目が赤色で塗られていればすぐに自分のことだと判る。であれば持っているのはきっと銃だろう。
「あの悪い怪物からみんなのことを守ってくれてありがと!」
「そんな……ううん、お礼を言わなきゃいけないのは俺の方だよ。こっちこそありがとね」
 生きていてくれて、見ていてくれて。そんな続きは喉の奥に飲み込んだ。お礼の為にライセンサーになったわけではないが言われて嬉しいのも確か。似顔絵を抱き締めて、それから少女の頭を彼女がしてくれたように撫でる。すると、擽ったげに鈴を転がしたような声で笑った。それにつられる形で若葉も微笑む。胸を張り愛する伴侶の元に帰れる気がするとそんなことをふと思った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回もちょっとシリアス寄りというかライセンサー
としての若葉くんへと焦点を当てた内容にしました。
両親を見て育ったので美化というか万能だみたいな
勘違いはしなくても、自分の目につくところで何か
被害があったらやっぱり気にならない筈ないよなと
そんな考えから、センチメンタルな雰囲気になって、
けれど居残ったからこそいつもは聞く機会の少ない
救われた側の人間の話も聞けたとそんなイメージで。
避難した人はテレビ等で勇姿を見ていた設定でした。
ストラップに言及出来なくてぐぬぬとなりながらも
真面目な話ですが書いていてとても楽しかったです!
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2021年01月08日

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