『面会謝絶』

桃李（la3954）

　桃李(la3954)が、オリジナル・インソムニア絡みの任務で手ひどい傷を負って帰還した。キャリアーで彼を運んだグスターヴァス(lz0124)は、着陸場所に待機していた救急車に彼を引き継ぎ、地蔵坂　千紘(lz0095)に付き添いを依頼した。
「私もあとから行きます」
「了解。何かあったら連絡するからスマホは気にしといてね」
　救急隊は、桃李の傷を検めると顔をしかめた。脇腹の裂傷が酷い。出血も激しく、輸血が必要になるかもしれない、という事だ。
（ああ、それは……よろしくないなぁ……）
　もし、輸血が必要になって、合う血液を確認するために検査したら、医師たちは頭を抱えるだろう。
「ちょっと!?　何でこんなに怪我してんのにあんなに撃ちまくってたの!?　嘘だろ!?　あ、僕は付き添いです！」
　千紘のわめき声も遠い。桃李は苦笑しながら、
「ごめんって……」
　弱いところは見せたくないんだ……。
　救急隊員と千紘、その向こうに見える、FS-10。そのタラップを上がっている背の高い金髪の男を見ながら、桃李は目を閉じた。救急車のドアが閉まる音がする。サイレンを鳴らして、救急車は出発した。気が抜けてしまったのと、規則正しい揺れに、いつしか彼は眠りに落ちていた。

「桃李？」
　千紘は、目を閉じてぴくりとも動かなくなった桃李を見て狼狽えた。けれど、彼の様子を逐一チェックしていた救急隊員が頷くのを見て、口をつぐんだ。

●
　数時間後、病院。

「病名：左腹部裂傷、肋骨骨折、貧血……」
　桃李のカルテにはこれでもかと言うくらい病名が記入された。検査した結果、肺にも傷が付いていた。大きな傷は脇腹の裂傷だが、それ以外にも方々に切創や打撲傷がある。しばらくは、動くのも難儀するに違いない。
　処置や手術の類は全て終了。危ない状態はひとまず脱して、個室に入院する運びとなった。
　しかし、危なかったな。まさか血液が……。
　本当に、もう少し出血していたらどうなっていたことか。
　怪我した後も戦っていた、という話じゃないですか。ライセンサーや放浪者の救命についてはまだ改善の余地が……。
　そんな治療チームの話を聞きながら、その看護師は大慌てで走って来る背の高い男性に声を掛けた。廊下は走らないでください。
「ああ、すみません！　桃李さんが運ばれたって聞いたんですけど……」
　桃李さんは面会謝絶です。
　看護師はぴしゃりと申し渡した。彼を担当していない自分でも知っている。相手はぽかんとして、
「そ、そんなに悪いんですか……？」
「ぐっさん」
　その時、桃李の付き添いで救急車に同乗した青年がその男を呼んだ。SALFの制服を着ている。
「あとは僕が。ぐっさん、あのね、桃李、僕たちには隠してたけど左脇腹ざっくりやってて……」
「知ってます。応急処置しましたから……でも、そこまでだとは……」
「出血が酷かったみたい。あとアバラも折ってて……」
　二人が遠ざかるのを見て、看護師は座り直した。

●
　廊下からグスターヴァスの大声と、面会謝絶を伝える看護師の声が聞こえる。桃李は、点滴筒の中を落ちる輸液の粒を眺めながら溜息を吐いた。会えないなんて、つまらないなぁ。
　けれど、今の桃李の顔色を見たら、グスターヴァスはきっと驚いてひっくり返ってしまうだろう。千紘も絶句するに違いない。窓ガラスに映った姿ですらわかる、色の抜けてしまった、紙のように白い顔。よく命があったものだと自分でも思う。

　桃李の血液は少々特殊だった。父親が異世界からの放浪者だからかもしれない。全ての放浪者の子供がそうとは限らないが、少なくとも桃李はそうだった。だから、普段から自分の血液はストックしてある。普通に準備された血液では合わない。
　幸いにも、今回は輸血をしなくてもなんとかギリギリ助かる程度だったが、出血がもう少し酷ければ……と思うと、ぞっとしない。辛くも命拾いした、というところだろうか。
　出血がもっと酷かったら……グスターヴァスの迎えがもう少し遅かったら……彼がハイパーブーストを起動するのがもう少し遅かったら……。
（考えてもしょうがない、か）
　少し、眠ろう。いや、少しどころか、これからしばらくは嫌と言うほど眠ることになるのだろう。そのことを、桃李は重たく思える自分の身体から感じ取っていた。
　金を散りばめた、瑠璃色の目を閉じた。薄い、心許ない病衣をまとって、眠る。布団は少しだけ冷たかった。

●
　折れた肋骨が、肺も傷つけていたんですよ。主治医がレントゲン写真を見せてそう説明した。他にも、血液検査の数値を見せてくれる。これが、炎症の数値です。改善されていますね。ですが、こっちの貧血の値。これはいけません。わざとらしく見える難しい顔をしていた。
　青い文字で印刷されている数字を指す。その隣に括弧書きで載っているのは基準値だろうか。確かに、その値に比べると随分と低いように思えた。
「もうしばらくかかりますか」
　かかります。
「面会は」
　当分は駄目です。お友達は心配なさるでしょうが、もし聞かれても、もう少し待っててね、と。元気な姿を見せたいからとお伝えください。
「わかりました」
　桃李は頷いた。随分と律儀な医者で、面白くなってしまう。
　彼の世話をしに来た看護師は、桃李の顔色をチェックする度にわずかに痛ましげな顔をした。
「俺の顔色、そんなに悪いかな？」
　良くはない、というのが看護師の答えだった。
　ガーゼ交換と創部の消毒は頻繁に行なわれた。少しずつ、傷から染み出る血も減っているように思う。それでも、面会にOKが出るまでしばらく時間が掛かった。

●
　面会謝絶が解けると、彼はグスターヴァスと千紘に連絡を入れた。
「この前はお見舞いに来てくれてありがとう。面会謝絶が解けたから、もし良かったら会いに来てね」
　そのメッセージを受け取ると、二人はすぐに飛んで来た。よく晴れた日中のことだった。
「うっわ、顔色悪」
　千紘の第一声はそれだった。そう、未だに貧血の数値は改善されていない。投薬もされていて、効いていない訳ではないが、あの古めかしい物の言い方をする医者は、これではまだ退院ができません、としかつめらしい顔をして首を横に振っていた。でも、お見舞いはもう良いでしょう。お友達に連絡して良いですよ。おしゃべりして元気を出してください、とも。
「参ったよね。貧血で退院できないんだ。それ以外は、だいぶ良いから安心してね」
　桃李が肩を竦めると、千紘は窓を開けながら頷いて、
「うん。顔色以外は元気そうで安心した」
　グスターヴァスは花籠を持って来ていた。中のスポンジに生けられていて、そこに水を足していくタイプのものだ。
「ありがとう」
「ここに置いておきますね」
　グスターヴァスは床頭台の上に籠を置いた。それから、桃李の顔をじっと見る。
（あ、これは怒ってるな）
　眉間に皺が寄っている。けれど、桃李はそれに反応せず、微笑んで相手の顔を見返していた。
「桃李さん」
　やがて、低い声でグスターヴァスが自分を呼んだ。
「何かな？」
　相手の言葉には怒気がこもっていたが、桃李は気づかないふりをする。グスターヴァスは息を吸い込んだ。
「『何かな？』じゃありませんよ！　そんなヤバい出血があるのに戦わなくても良いでしょ！　どうせ三十秒ありゃあ離脱できたんですから！　ええ!?　とっとと中戻ってあとは千紘さんたちに任しときゃあ良かったでしょうが！」
　グスターヴァスの大声は部屋中に響き渡った。千紘は両掌で耳を塞いでいる。看護師がすっ飛んできたが、桃李が笑って手を振ると、何かあったら呼んでください、と言って出て行った。
「僕は怒鳴る気はないけど。それにしても、百歩譲って作戦での無茶はしょうがないとして、怪我を隠して戦ってたのはいただけないなぁ」
　耳から手を離した千紘も、いつになく苦い顔をしている。
「アサルトコアがあれだけいたんだから、任せてくれて良かったんだよ。それで桃李に何かあったら、助けに行った意味がないじゃん」
「うん、それもそうだね。ごめんごめん。反省してるよ」
　桃李は反論せず、肩を落として見せた。それほどしょんぼりした様子を見せるのは、彼にしては珍しい。グスターヴァスと千紘は、意外そうに顔を見合わせた。
「いや、あの、無事だったから結果オーライではあるんですが……」
「今後は気を付けてよね。毎回ラッキーとも限らないんだからさ。まあ、そうも言ってられないのがライセンサーだけど」
　おろおろし出したグスターヴァスに、千紘が苦笑した。
「オリジナル・インソムニアが落ちたから、もう大きな戦いはそんなにないだろうけどね。気を付けるよ」
　桃李は頷いて見せた。

●
（それにしても……）
　桃李はぼんやりと考える。自分は何故、大規模作戦で重体に陥るほどの無茶をしたのだろうか。人類の存亡を賭けた戦いであるとは言え……。
（人類、か）
　目の前の二人を見る。彼らがここで、自分を怒ることができたのは、結局はその作戦が上手くいったからで。桃李は、その作戦が上手く行って欲しいと願っていた……のだろうか？
　長くいるつもりもなかった場所に、そこで結んだ縁に、情でもわいたのだろうか？
（あぁ、そうか……）
「もう、桃李さん、もうちょっと出血してたら危なかったんですからね……本当に……心配したんですから……」
　姉以外を入れるつもりのなかった「特別」……つまりはお気に入りに、いつの間にか他人の枠があった。すなわち、今はもういない彼女と同等の存在。
そう言う存在を持ってしまった時点で、その「特別」達の生きる未来のために動くのは必然だったのだろう。

（俺はこれが見たかったんだ）

　平和な世界で笑い合う。ささやかで、ありきたりな風景を。

（……うん、こう言う自分の変化も、面白いね）

「それじゃあ、あんまり長居をするなとも言われているので、私たちはこれで……あの、その、ごめんなさい……」
　桃李が黙り込んでしまって、流石に言い過ぎたとでも思ったのか、グスターヴァスは気まずそうに暇を告げた。千紘も肩を竦めて、
「僕たちもぐちゃぐちゃ言ったけど、桃李が無事で良かったよ」
「ありがとう。俺も、グスターヴァスくんたちが無事で良かったって思ってるからね？」
　にこりと笑って告げると、グスターヴァスはいたく感激したように目を瞬かせた。
「と、桃李さん……！」
「ほら、ぐっさん帰るよ」
「ぴえん。お名残惜しい……」
「だったらあんな怒らなきゃ良いのに。じゃあね。また会いに来るから。連絡するからまずかったら言ってよね」

　千紘はグスターヴァスを引きずって病室を出る。彼がまだむにゃむにゃ言っている声がしばらく廊下に響き……やがて聞こえなくなった。看護師が様子を見にやってくる。その人は千紘が換気のために開けて行った窓を見て、寒いでしょうと言って閉めた。十二月になって、気温は下がった。もう、今年最後の一ヶ月になってしまったのか。
（ここで年越しって言うのは避けたいねぇ？）
　もう少し、大人しくしている必要がありそうだ。彼らはあと何回、見舞いに来てくれるだろうか？　そんなことを楽しみに思いながら、目を閉じる。

　グスターヴァスが持ってきた、紫紺色の花が、日を浴びて鮮やかに佇んだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
大規模作戦→重体入院→【4N】大規模と言う流れだったのか、と思うとなかなかハードな十一月十二月だったのだな、とあらためてしみじみしました。
ひとりぼっちになった世界で、何か光明のようなものが見えていたなら嬉しいなと思います。
なお医療については私も素人なので実際こうなるかはわかりません。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。

イベントノベル（パーティ）

三田村　薫

グロリアスドライヴ

2021年01月08日