▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ピットインサイド』
LUCKla3613)&アルマla3522

『本部よりライセンサー各位。今日の戦闘は長丁場になりそうです。補給はできるときを見計らって、自己判断でお願いしますね。では、ご武運を!』
 作戦本部のオペレーターが一方的に垂れ流し、通信をぶつ切った。
 キャリアーのカーゴへ押し込まれたライセンサーたちは、げんなりとした顔を見合わせるよりない。
 途中下車ならぬ途中下艦すれば、帰りは当然歩きになる。まったく初見の路なき密林を踏破できるサバイバル能力の持ち合わせは生憎とない。こうなると、出動するキャリアーの数を最少に抑えるためとの名目でアサルトコアへの搭乗を禁じられた理由、ついつい勘ぐりたくなるではないか。
 他のライセンサー同様、LUCK(la3613)もまた顔を顰めている。ただ、彼の場合は[TU]バイザーヘルメット「Jadeite」のバイザー色をスモーク化し、他の者へ表情を見せない配慮はしているのだが。
「わん! ほきゅーはおまかせです!」
 もにん。骨感のない自分の胸を叩き、LUCKへ宣言したものは、義体化サイボーグである彼専属の技師――全長80センチの謎生物アルマ(la3522)である。
 なにが謎かと言えば、それなりの時間を共に過ごしてきていながら、未だ解明された謎がひとつもないことだ。「気にしない」と決めたことによって心の健康を保てているとしても、言い換えれば気にしてしまったら最後である。
「説明が足りんのは、本部が戦局を計りかねているからだ。長丁場なだけで済むとはとても思えんな」
 数々の戦闘を経てここまできたLUCKである。危険に対する嗅覚はかなりのものだし、小隊を率いるようになってよりその鼻は利くようにもなっていた。
 その彼が、激戦のにおいを嗅ぎ取った。それも間断なく押し寄せるようなものではない。だらだらといつまでも尽きず、気を張り続けることが難しい――しかし気を抜いた瞬間飲み込まれるだろう、最悪の激戦のにおいが。
「パーツはいっぱいごよーいしてあります! ぼくのピットワークのさえをごろーじろです!」
 ふんすふんす。
 そんなアルマの得意顔を見下ろし、LUCKはため息をついた。ずいぶん自信まんまんだが、ご覧じろと言われてもな。
 とりあえず彼は、義体各部に仕込まれたアクチュエーターの動作テストを実行、自身のコンディションを確かめた。残念ながら、いや、幸いなことにオールグリーン。少なくとも開戦で無様を演じる心配はない。


「支援要請143、クリア! 次は!?」
 本戦闘における143番めの支援要請を受け、他の数名と共に駆けつけて同僚の危機を救ったLUCKは、バイザーヘルメットに仕込まれたインカムへ叫ぶ。
『165番! 位置データ送ります!』
 たった数分で22も更新されたのか。と思っている間にもいくつか追加されかねない。すぐに向かわなければ。
『アルマよりラクニィです! みぎひじにしゅつりょくいじょーかくにん、アクチュエーターがかふかでこわれかけてるです! しきゅーピットインをよーきゅーしますー!』
 駆け出しかけたそのとき、高いアルマの通信が割り込んできて。
 LUCKは短く「了解」と返した。
 これまで9つの支援要請に応え、52分の間全力で戦い続けてきた。重ねられたダメージもそろそろ無視しきれなくなっている。
「3613、一時帰艦する。すまないが穴埋めを頼む」

 超低空でホバリングし、支援射撃砲台兼ライセンサーの補給基地として機能するキャリアーへ飛び込めば、そこにはアルマが待っていて。
「わふ、みぎうでかんそーかいしです! はずすとき、ちょっとピリっとしますー」
「せつぞくかんりょー! ちゅーすーしんけーけーとどーきかいし、さん、にー、いち」
「わん! かくすーちいじょーなし、はっしんどーぞです!」
 小さな手に似合わぬごつい工具を握り締め、八面六臂の仕事ぶりを見せるアルマ。まさにピットインの題目へ恥じぬ高速作業を完了し、「いってらっしゃいですー!」、LUCKを再び戦場へ送り出した。
「俺は、疲れてるのか……?」


 ライセンサーたちがエリアの確保に成功した――と思いきや、伏兵として密林に潜んでいたらしいナイトメア群が降り落ち、場は一気に地獄へ逆戻った。
「敵の数に飲まれるな! 相手に対して多数で当たるを繰り返せばいいだけのことだ!」
 戦闘経験の少ないライセンサーたちへ指示を飛ばしたLUCKは、その盾となって敵へ当たる。シールドが凄まじい勢いで減少し、装甲の各部から血ならぬ火花が噴き出すが、かまわない。
「ここを生き延びれば、おまえたちもルーキー扱いはしてもらえなくなるぞ。今の内にせいぜい満喫しておけよ」
 あえて軽口を唱えておいて、新たな相棒である創星剣「ダイナロード」を手にナイトメアどもを迎え打つ。

「ラクニィはいりますー!」
「わふん! いつでもどぞー!」
「どーぶそーこーまるっとこーかんします!」
「そっちがすんだらりょーうでとりょーあしのチューニングですね」
「わふー、これはタフなさぎょーになるですよ」
 伏兵を足止めし、ルーキーたちをなんとか安全圏まで脱出させたLUCKを迎え入れ、アルマはわーわーきーきー言い合って……
 さすがにもう、疲れたふりはできない。LUCKはわななきを抑えて無理矢理声音を絞り出す。
「駄犬、おまえ」
「「「「「はいです?」」」」」
「いつ分裂した?」
 振り向いたアルマとアルマとアルマとアルマとアルマへ訊いた。
 いや、先のピットイン時にも3人いたのだ。それが今は5人。さらに増えているではないか。
「わふわふ、むずかしーおはなしはおいといて、なぞかがくでふえてみたです」
「わん! ラクニィのおせわはぼくにしかできませんので、ひつぜんです!」
「ぼくもおせわしてますが」
「むしろぼくがおせわしますが!」
 謎をつければなにをしてもいいと思っているのか。
 ツッコミたい欲に突き上げられながらもLUCKはぐっと我慢する。ここでなにを言ったところで、アルマは減らないだろう。すでに本体と分身の別もないようだし、だとすれば。
「……ちゃんと1匹に戻るんだろうな?」
 5人のアルマは一斉に作業の手を止めて小首を傾げ、「たぶん?」。
 謎科学だか謎化学だかは、頼りないことこの上なかった。


 幾度めかのピットイン。
「ひだりかたのしゅーり、ちょっとじかんかかるですー」
 アルマがふたりがかり、LUCKのひしゃげた肩部外装を神経に障らぬよう慎重に取り外し、もうひとりが新しいものを装着。4人めが神経系へ繋いだ計器を見ながらあれこれ調整指示を出し、残る5人めが、座して作業の進捗を見守るLUCKの膝へとよじ登った。
「……なにをしている?」
「てもちぶさたをりよーして、ラクニィのおひざにのってますが?」
 答えたアルマはLUCKの膝上でよちよち幾周か回って、ぬん。香箱座りを決めた。
 最近は猫との交流が盛んなせいか、猫めいてきたような気がする。と、それよりもだ。ひとりがこんなことをすれば、あとの4人が黙っていないのでは――
 4アルマは特になにを言うでもなく猛烈な速度で作業を終え、そっとLUCKの横に一列縦隊。
 順番待ちか――!
 猫は目当ての膝がある場合、前に居座ったものがどくまでじっと待つものだ。そして空いた瞬間、そっと乗ってくる。
 真実に気づいたLUCKは重いため息を吐き、アルマたちへ言うよりなかった。
「戻ってくるたびにひとりずつだ。順番はきちんと決めておけ」
 一流の戦士といえど、いつまでも戦い続けることはできない。どれほどの激戦の内にあれど、修理や食事補給が必要となる。それはメカニックといえど同様であろうし、十全なサポートをしてもらっているわけでもあるのだから、5分の1を膝に乗せてやる程度は受け容れてやらなければ。
「わふわふ、ラクニィがあんのじょーあきらめたですよ」
「わふん。いまだったらなしくずしにいけるのでは?」
「わん、ぼくはのりたいです!」
「わぅー、あとがつかえてるのではやくしてくださいです」
「うわぅ! ぼくはぜったいラクニィのおひざからどかないですが!」
「……」
 しがみつくアルマを無言で膝から引き剥がして放り捨て、再出動していくLUCKであった。

 その後のピット作業は神速化した。もともと速かったところにLUCKの膝の取り合いが加わり、膝に乗れない4アルマがキーっと加速するせいだ。
「わうん! ぼくじゃないぼくにゆかいなおもいはさせないですよ!」
 と、アルマのひとりが言えば、となりのアルマがふと思いついた顔で口を挟んだ。
「でも、おもうです」
「なにをです?」
 3人めに訊かれ、そのアルマは応えたものだ。
「ぼくじゃないぼくをじゃましたら、ぼくもじゃまされるです。いんがおーほー?」
 アルマたちは無言で見つめ合い、しかし。
「わんわん! ぼくじゃないぼくがとくをするのはゆるせんです!」
 あいつらは5匹に増えても駄犬だな。LUCKはしみじみ思いつつ、膝上のアルマを押し落としにかかる。
「きゃいーん!! ぼくはまだおひざにのったばかりですがっ!?」
 膝上でじたじた暴れるアルマだが、LUCKの手にはかなわない。ぽてっと落ちて、無体な! そんな思いを込めた瞳でじっと見つめてくる。
 そんな謎生物へ薄笑みを投げ、LUCKは静かに語りかけた。
「ナイトメアの魔手をこの戦場ですべて叩き折る。俺たちの後ろにいる人々が、その手へ怯えず済むように」
 アルマはあたたかく、もっちりやわらかい。膝に乗ったその体をもちもちこねることは、LUCKのストレスを相当に緩和していた。本来なら味わってなどいられないはずの栄養ゼリーがこの上なく甘く、うまく感じられるほどに。
 故にこそ、今は浸っていられない。恐怖と緊張で冷え切った体へ鞭打ち、戦い続けている同僚が支援を待っていることを、LUCKは誰より知っているのだから。
「おまえの補給と支給に感謝する。戦闘の終わりはまだ見えないが、帰ったら特別に散歩へ連れて行こう」
 5アルマはぱちぱち目をしばたたき、びしっと敬礼。
「りょーかいです!」
 完璧に声をそろえて応えた。


「あらかた押し返せたか。これより掃討戦に移る。各員、近くにいる同僚とチームを組み、全方位へ警戒しつつ前進」
 LUCKの指示を受けたライセンサーたちがすぐに動き出す。
 彼が現場指揮官的立場を自然と引き受けることとなった理由は、戦闘経験値の高さのせいばかりではない。密林という劣悪な環境でも錆びぬ視野の広さと、指示の的確さが認められればこそ。
 かくて彼を軸に連動した数十のライセンサーたちは、ゲリラ戦をしかけてきたナイトメアを冷静に迎え討ち、押し戻したのだ。
「こちらが片づいたら他戦域へ支援に向かう。体力はできる限り温存しておけよ」
 おどけた表情で文句を言ってくる同僚へ不敵な笑みを返し、彼は先陣を切って前進を開始する。


 戦闘を終えたLUCKがキャリアーへ戻ったのは、開戦から実に17時間後のことである。
「おかえりなさいですー」
 もちもち駆け寄ってきたアルマはひとりきり。他の4人はどうしたのだろうか。
「わんわん。なぞかがくでがったいしたです?」
 なぜ疑問形なのかはさておいて、汚れた装甲を這い上ってきたアルマを小脇に抱え込んだ。
「かえったらオーバーホールしないとですね。データもじゅーぶんにとれましたので、ラクニィのぶきをちょーせーしなおさないとですし」
 抱えられたまま、あれこれと段取りを考えるアルマ。
 その顔を見下ろし、LUCKは苦笑を漏らすのだ。
「やはり犬は1匹でいい。5匹は面倒見きれんからな」
 つい想像してしまうのだ。多節刃を巻きつけられた5人のアルマを。――においを嗅ぎに行こうとするアルマと抱っこを要求するアルマとおやつを欲しがるアルマと気になるものを見つけたアルマと他の犬と挨拶するアルマ、それぞれに対処しなければならない有様をだ。
 しかし、ほんのわずか、かからずに済んだ手間を惜しむ気持ちもなくはなくて……そんな自分が信じられなくて。
「――ラクニィ、ぼくがへったことをさびしがってますね?」
 電気信号を読まれたらしい。
「謎能力を発揮するな」
 一応叱っておいて、LUCKは足を速める。
 帰ったらすぐ、アルマは散歩を要求してくるだろう。その前にまともな飯を腹へ収めておきたかった。


おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.