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『ピットアウトサイド』
LUCKla3613

『では、ご武運を!』
 作戦本部からのお気楽な伝言。
 キャリアーのカーゴへ詰め込まれたライセンサーたちはげんなり、眉根をへたりこませた。
 これから戦おうという兵士にあれこれ吹き込みたくない気持ちはわからないでもないが、わざわざ上層部への信用を失わせかねないことをやらかす理由はいったいなんだ?
 いぶかしむ同僚とおそろいの顰め面を[TU]バイザーヘルメット「Jadeite」の内に隠し、LUCK(la3613)は胸中にて正解を告げた。
 信用を失くすより、戦意を失くされるほうが困る状況ということだ。
 それをいっしょにくっついてきた技師へ、他の誰に聞かれてもいいようオブラードにくるんで告げ、彼は生身の中枢神経系を収めた機械の体の動作テストを実行した。
 ――コンディション、オールグリーン。生憎、出足を掬われる危険はないわけだな。

 戦場は密林。
 戦場へ向かう時間を最大に短縮し、往路で迷子になる危険性を最少に圧縮すべく、戦場へ真上から投下されることになったライセンサーたちだったが……着地ポイントが見えずに相当数が着地に失敗。さらには待ち受けていたナイトメア群の手厚い歓迎を受けるはめに陥った。まさに泣きっ面に蜂な状況である。
「3613だ。これより10秒間、ビーコンを作動させる。周辺域のライセンサーは速やかに集合、火力を束ねて押し返すぞ」
 LUCKは同僚へかぶりつこうと迫り来たマンティスの鼻面へ、蛇のごとき切っ先を食らいつかせ、手首を返してその顎を斬り落とした。
 それを成した得物は竜尾刀「ディモルダクス」ではない。繰(く)り手のイメージにより形を変える特殊形状記憶合金製の新兵器、創星剣「ダイナロード」である。
 戦いが激しさを増す中、ナイトメアは続々と新型、特化型を投入しつつあった。それに対抗しうる火力を求めてメインウェポンから竜尾刀を外したLUCKだったが、新兵器にも竜尾刀と同じ蛇腹剣の型を取らせているのだから、三つ子の魂なんとやらか。
 それだけ俺に馴染んでいるというだけのことだがな。
 LUCKは飛ばした切っ先を手首のスナップで蛇行させ、密集した木々を縫わせて敵を穿つ。
 蛇腹剣の利点は、敵と向き合うより先に攻めを打てるという一点にある。間合の内に敵がいれば、あとは伸縮する刃のほうで辻褄を合わせてやれば済むのだから。
 そしてなにより。この新たな刃は、凄まじく斬れる。
「敵の布陣が見えん。攻勢に出るよりも守勢を保て。守りながら進むぞ」

 間断なく飛び交う支援要請に応え、LUCKは密林を駆け巡る。
 無限に続くかと思われた危機は、220を過ぎた頃から一気に数を減らし、それどころか今、ライセンサーたちはじりじりと支配エリアを拡げつつあった。
 作戦本部は数秒ごとに成果を反映させたデータを彼らへ届け、このペースならあと1時間もかからず終われるだろうと言ってくるが、しかし。現場で先陣を担う手練れたちは皆、それほど簡単に進むはずがないことを実感していた。
 ――逆に引き込まれているな、これは。
 手練れのひとりであるLUCKは周囲に聞こえぬよう、胸中でうそぶいた。
 ルーキーはすでに疲労困憊。ペース配分に長けた手練れもまた、そのカバーで無駄に体力や気力を消耗している。開戦時と変わらぬ勢いを保つナイトメアが恨めしい。
 と、多節刃が伸びきった瞬間を狙って跳びかかってきたロック。
 咄嗟に右肘で受けたLUCKは下生えの底に転がったが、その中で創星剣の刃を半ば巻き取り、ロックへ引っかけ、縛り上げていた。
 とどめは同僚に任せ、LUCKはバイザーヘルメットに装備されたインカムへ告げる。
「技師からピットインの要求が来た。すまんが一度下がる」
 生き延びねばならない。彼が死ねばこちらの戦力が減り、結果、同僚を殺すのだから。故にこそ、最速で後退する。

 ナイトメアが古式ゆかしいゲリラ戦術を仕掛けてきていることは明白だった。
 しかし、仕掛けられてみて知れるのは、密林の狭間より降り落ちる奇襲を避けることは不可能であり、これを幾度か繰り返されれば人の脳は激しく疲労し、あっさり判断力を失うという事実である。
「考えなくていい。その分、手足を動かせ」
 必要事項に絞って各員へ伝えたLUCKは戦場の標となり、ナイトメアの奇襲を的確な指示でもって迎え討つ。
 別に超能力を発揮しているわけではない。機械体の特性を生かして自らの動作出力を絞り、索敵に関連する能力へその分注力しているだけの話だ。
 もちろん、最前線で実行するには相当な危険があり、それに対する相応の覚悟が必要となるが――
 忍び寄るレールワームがビームを吐こうとしたそのとき、解かれた竜尾刀が発射口へダイブ。内からレールワームを引き裂いた。
 咄嗟に手が伸びるのはやはり竜尾刀か。
 LUCKは小さく息をつき、サブアームである竜尾刀を腰へ戻す。
 どれほど強力な武器を手にし、強大な敵と対しようとも、自らの危機において取る武器は竜尾刀なのだろう。そしてこの相棒は、彼の信頼に全力で応えてくれる。
 それにしてもだ。たとえ体が機械になっても、生身の心は計算式のようには割り切れんな。
 悪いことではない。デジタルに割り切れないからこそ、生(なま)なる生(せい)はおもしろいのだから。
「ナイトメアと言いながら敵は実体だ。つまり身を潜められる場所も限定される。奇襲を潰し、逆に悪夢を見せてやれ」
 視認を元に敵が潜んでいるだろうポイントを見定め、マーキングした地図データを同僚へ送信し、LUCKは創星剣の柄を握り込んだ。
 たとえ隠れていようとも、敵がいることさえ知れていれば対処などいくらでもできる。あとは追い立て、教えてやればいい。ハンター役がナイトメア側ではなく、ライセンサー側なのだという事実を。
「行くぞ」
 同僚へ、そして敵へと告げ、LUCKが前方へ傾いだ――ときにはもう、奇襲を仕掛けてきたナイトメアの眼前まで踏み込んでいる。アイドリングさせていたアクチュエーターを一気に全力駆動させることで、予備動作なしに全速移動を可能とする、LUCKなればこその「無拍子」である。
 まるで彼の機先を読めなかったナイトメアは棒立ちのまま、コンマ2秒後には直刃へ戻された創星剣に喉を掻き斬られていた。
 LUCKは未だ立ち尽くす敵の骸を肩で押して弾みをつけ、跳んだ。それと同時に創星剣を解き、多節刃を次のナイトメアの首へ巻き付けて、引き斬り落とす。
 たとえ数で大きく劣ろうと、こうして一対一に持ち込めば問題とはならない。そして彼が適切に間引きを実施することで、他のライセンサーは多対一で敵に当たることができるのだ。
「狩りの時間だ」
 無機質なセリフに押されるがごとく、降り落ちてきたナイトメアどもがそろって後じさった。

「3613よりキャリアーへ。残っている敵の反応は?」
 強力なレーダー波が戦域を丹念に舐め、LUCKにポイントを告げてきた。
 実に厳しい戦いだったが、ルーキーは経験を得、彼自身は創星剣との馴染みを深めることができた。結果は上々と言っていいだろう。
「サービス残業を片づけ次第、帰投するぞ」
 同僚たちのおどけたブーイングへ皮肉な笑みを振り向け、LUCKは先陣を切って駆け出した。


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2021年01月12日

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