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『ルーキーの日』
狭間 久志la0848

「ルーキー、気合入ってる? バトルで死んだら賃金差し止め、SALF丸儲けだよ?」
 ライセンスの発行手数料やら福利厚生費やらは丸損だけどな。そんなこと考えながら、2週間前にSALFのライセンサーになったばかりの俺――狭間 久志(la0848)は「ああ」と応えた。
 こちとら放浪者で、確かにこっちの世界じゃルーキーだけどな、向こうじゃ歴戦の腕っこきやってたんだぜ? 多分、センパイよか上手に戦えるんじゃねぇかな。
 それでも言い返さなかったのは、シンプルにめんどくさかったからだ。犬か猫かで言や、俺は犬タイプなんでな。目先にぶら下がった戦いに集中してぇんだよ。
 それにしてもこのEXIS、訓練はずいぶんしてきたつもりだが相変わらず手に馴染まなくて……イメージで敵を討つイマジナリードライブって、どういう仕組みだよ? わけわかんねぇけど、それでもだ。
 この最低ランクの50000Gソード、刃はちゃんと研いであるし、剣身も曲がってねぇ。逸品の冴えはなくても工業製品ならではの頑健さがある。
 こいつは、斬れる。
 それだけは信じられるから、斬れるんだ。カマキリもビーム虫も、岩のカタマリ――ロック? あいつはちょい辛いけどな。
『ライセンサー、お仕事の時間よぉ! 本艦は着陸ポイントに胴体着陸キメちゃうから適当に跳び降りて走りなさぁいっ!』
 艦長兼オペレーターの金切り声がスピーカーをキンキン鳴らして、カーゴに詰まった俺らを急かす。
「ブッ転ばないようにつかまってなよ! タッチダウンした瞬間、ショットガン決めるからね!」
 アメフト好きらしいセンパイに言われるまでもねぇ。他の連中も俺も、手すりにしがみついてそのときを待ちわびる。
 なんにもおもしろくねぇ俺の人生。
 なんにも盛り上がらねぇ俺の毎日。
 でも、戦ってる間だけは生き生きしてるんだろう。そうじゃなきゃ、故郷でもねぇ世界のために侵略者と戦うなんてできるもんか。
 と、独り言はここまでだ。
 行こうぜ、「生き」によ。

 状況的には混戦で、展開的には乱戦だった。
 となりに並んでる敵、向かってくる味方、味方と背中守り合って、敵の背中に登って次のポイントまで急ぐ。つまり、わけわかんねぇ有様。
 慣れてねぇんだ、俺じゃないルーキーが戦闘に。そりゃそうだよな。この前まで普通の民間人だった奴が、イマジナリードライブに適合したってだけで今日、戦場へ送り込まれてるんだぜ。
 いや、作戦がもっときっちりしてれば連中だってここまで迷わねぇだろうが、シンプルに「殲滅!」だけじゃ連携の取りようもねぇだろうよ。
「まわりの味方といっしょに戦え! 数で押し返すんだよ!」
 味方の数が減りゃ、生き残りにしわ寄せが来る。自分が生き延びたきゃ他人を生かしてやらねぇと。最低限の声かけしておいて、俺は走り出した。
 重心を思いっきり前のめりに倒し込んで、1歩2歩3歩で最高速に。その速さを全部右の爪先にかけて急停止、カマキリの鎌を押し退けて、空いた頭に刃を落とす。こいつは剣道の擦り上げ面の応用で、攻め気まんまんのカマキリにゃ有効な一手だ。
 焦るなよ、俺。先手なんざいくらでもくれてやればいい。後の先取れりゃこっちの勝ちだからな。
 ……ただ、こんなことしてりゃ、いくらカマキリだって考えつく。めんどくせぇ俺じゃなく、もっと殺りやすいルーキー狙おうってよ。

 ち。舌打ちをなんとか最初で止めて、俺はロックの突進に気づかねぇでいたお仲間を左肩で突き飛ばした。
 と、その瞬間だ。右腕に「みじっ」、フロントガラスが割れるみてぇな感触が弾けたのは。イマジナリーシールドがごっそり削られて、ついでに腕の骨がそこそこやべぇことになったのは見て確かめるまでもねぇことだった。
「仲間呼んできてくれ!」
 俺は振り返らずに言った。焦らせたってなんもいいことねぇし、支援よりこっちのお願いのほうが実行してもらえる確率、高ぇしな。
 ちなみに振り返らなかったのは、殺る気全開のクソ固ぇ超難敵から視線切ってる暇がなかったせいだ。ちょっとでもヘタ打てば、俺があっさり死ぬ。
 ロックは体を縮めて、突進準備を完了した。
 来るか?
 来る!
 ロックの突進は雷で、正眼に構えた俺のソードは避雷針だ。
 切っ先でロックの鼻面を斜め下からこすってやって、右側――俺にすりゃ左側へ抜ける。体を反転させてる間にソードを振りかぶって、急停止して振り返ったロックの眉間に、面。
 これも剣道の面打ちの一手なんだが、正式名称ってあったか? 裏からの面とか、縮めて裏面とか言う技の応用編。
 小賢しい技じゃあるんだが、突進くんにこいつをぶち込みたくて、さっきは左腕をかばったんだよ。剣ってのは右手で握って、左手で繰(く)るもんだからな。打ち合う必要のねぇ戦いで、どっちの手が大事かは言うまでもねぇだろ。
 ……もっとも、力入ってねぇからガッチリ、ロックの頭に刃が食い込んで止まっちまったんだけどな。
 多分、ロックは嗤ったろうさ。次はこっちがやり返す番だって。今からソード放したって、この距離じゃあいつの攻撃かわせねぇしな。せめてアサルトコアに乗ってりゃ、もうちょいやりようもあったんだけどよ。
 だからって、ただで死んでやる気もねぇ。
 傷をもうひとつかふたつ、増やしてやるよ。さっきのお仲間かセンパイかがとどめ刺しやすくなるように。
 と、奥歯噛み締めたときだ。俺のまわりを銃弾が追い越してってロックをぶっ飛ばして、ライセンサー諸氏がよってたかってぶちのめしてくれたのは。
「間に合ってよかったよ。右腕、大丈夫かい?」
 ロックにとどめ刺したセンパイが、サムズアップかまして言ってくれたもんだ。それでようやくわかった。さっきのお仲間が、ちゃんとお願い聞いてくれたんだって。
 俺のカバーに入ったセンパイが肩越しに言う。
「あんたがルーキーじゃないことなんてわかってんのさ。でもね、後から入ってきたあんたがあたしより先に死んじまうのはだめだ」
 言葉足りなさすぎだぜ。でも、センパイの心意気ってのは伝わったよ。
「指示くれ。連携する」
 お願い聞いてもらった以上、今度はこっちが叶える番だ。
 だから絶対生き延びてやるし、誰も死なせねぇ。ここじゃルーキーだが、戦士の職歴じゃ俺がいちばんセンパイだからな。


 なんとか戦闘に勝って、俺らは元の通りキャリアーのカーゴに詰まって帰り道を飛ぶ。
「この艦のメシはエキセントリックでね、よっぽどぶっ飛んだ奴じゃなきゃおいしくいただけない」
 言いながら、センパイがポケットから抜き出したそれを放ってきた。何の変哲もねぇチョコレートバーだ。
「それ食ってごまかしときな。帰り着いたらもうちょいマシなもん奢ってやるよ」
「……あざす」
 一応礼を言ってから、バーをかじる。ピーナッツ風味のヌガーが詰まったチョコレートバーは、歯が溶けそうな甘さ。
「そいつが5000Gの勝利の味わいさ」
 思わず噴き出しかけて、俺はあわてて口を閉じた。こんなもんが5000G!? 10個でソード1本買えちまうじゃねぇか!
 でも。
 まあ、悪くねぇな。
 自分だけじゃなく、他の連中も生き延びた。その勝ちにゃ5000Gの価値くらいあんだろ。
 俺は甘すぎる勝利の味を噛み締めて、ほろ苦い息を吐き出した。


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グロリアスドライヴ
2021年01月12日

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